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第4話 ウーラシア横断鉄道公社

 カナセがウラ鉄の総裁ロッゾ・カルと邂逅したその日の夜、ギップフェル島からロータスへと続く淡海を一艇の飛行艇が夜間飛行を行っていた。

 それはクレア達一行を乗せたラムサール号だった。

 外は星の無い深夜だった。

 闇が淡海と夜空を溶け合わせどこを飛んでいるのかも判らない。

 しかしそれで飛行艇が迷子になる事はなかった。計器は正常に作動していたし航法士のハンスが正確な飛行経路をナビゲートしてくれている。

 そして何より目的地にあるウラ鉄のゴディバタワーから発せられる航法用の魔煌波を受信していた。

 ラムサール号の乗員は艇長のナナミ、副操縦士のボビー、航法士のハンス、通信士のカカーン。そして乗客に化けたクレアとナタルマとトギスの七名だった。

 そんな夜間飛行の最中、操縦桿を握りながらナナミがつぶやく。

「恐らく、向こうはもうウラ鉄の本部に着いてる頃ね……なのにこっちはやっと昨日飛び立ったばかり……」

 すると後ろの席の航法士のハンスが機長を慰めた。

「仕方ないですよ。情報部との打ち合わせやら、潜入の為の下準備なんかで二日も手間取っちまったんですから。それでも飛び込みの仕事にしちゃ、上出来の速さですよ」

「でも結局、奴らの装甲列車に追いつこうっていう目論見は外れちゃったわ」

 そう言いながらナナミは振り向くと航法士席の更に後ろの一般座席をチラ見した。

 そこにはクレアと他のメンバーが深夜と言う事もあって毛布を被って寝ていた。

「気に病んで寝付けないかと思ってたけど流石ね……」

 ナナミはクレアの気持ちの強さの感心する。

 その一方でハンスも乗客席を見しながらつぶやく。

「でも、何て言うか……やっぱり良いっスね」

「良いって何が?」

「美人は寝顔も綺麗だ……。あのカナセって坊主が入れ込むのも判るってモンですよ」

 そう言ってハンスがニヤニヤしながらクレアの寝顔を眺めていた。

「ハンス! あんまり友達の寝顔をいやらしい目で見ないで頂戴! それに今は夜間飛行中。いざとなったらアンタの航法だけが頼りなんだよ! 航法用の魔煌波が飛んで来るからって手を抜かないで!」

「は、はい!」

 艇長の叱咤を受け、ハンスが慌てて航法の作業に戻る。

「全くもう……」

 そうだ。度はまだはじまったばかりだ。

 それに夜間飛行は一瞬の気の緩みが事故を招く事もある。

 そして何より、ここは敵地。こちらの思惑がバレて迎撃用の水上戦闘機が次の瞬間にも襲って来る可能性だってあるのだ。

 だがそんな事よりナナミにとって気がかりなのはこの旅路の成否だ。

 無事にこのままゴディバに到着しても、クレアがカナセに会えるとは限らない。

 むしろ、彼の今の居場所は本部の中だ。そうなると離れ離れのままという目算の方が極めて高い。

 それを身に染みて知った時、この眠り姫が落胆する様を想像すると親友として胸が痛い。

「でもクレア……それでもあなたは諦めないでしょうね……」

 ナナミはクレアの事を知っている。

 知っているからこそ、彼女の自分が傷付く事を躊躇わない性分も知っていた。

「本当はここで引き返すのが友情でしょうね……」

 いいや、友人ならば共に茨の道を進む事こそが友情ではなかろうか。

「判ったわ、クレア。一緒に地獄に堕ちましょう。そしてカナセの兄ぃさんに必ず会わせて上げる」

 そう心の中で決意を新たにした。


 カナセはふて寝から目を醒ました。

 目が覚めたのにも訳がある。突然、天井のスピーカーからチャイムの音が鳴り響いたからだ。

「うわっ!」

 驚いたカナセが飛び上がる。正直、どのくらい寝ていたか見当もつかない。

 牢屋の照明はいつの間にか照らされていた。

「クソッ! 無理やり起こしやがって……」

 カナセは文句を垂れながら照明の下を見渡す。

 牢屋にはベッドどころか窓も時計も無い。ただ鉄格子の内側にトレーに乗せられた食事が差し入れられていた。食事の中身はコップに入った水と箱に入ったフルーツバーだった。

「晩飯? 朝飯? どっちだ?」

 これが朝飯なら日付は次の日に変わってるはずだ。

 取り合えずカナセは冷たい食事を口にした。リエル家の料理と比べたら不味い上に愛情が一欠も籠っていない

「さて、これからどうなるんだろうな……」

 向こうが新生魔煌技の秘密を知りたいのなら、これから尋問が待って居るはずだ。

 そしてあらゆる手段を使ってカナセに自白を強要する。

「御苦労なこった。無駄な努力だっていうのに……」

 だが自分の行末を思うと不安と憂鬱が同時に押し寄せて来る。

「拷問でもされるかなぁ……痛いのは嫌だなぁ」

 それを思うと食欲が減退する。トレーの上のフルーツバーはまだ半分ほど残っている。

「あーヤダ、ヤダ、ヤダ! もっと別の事を考えよう!」

 カナセは再び床の上に大の字になった。

 そんな時、最初に頭に浮かんだのが師匠の顔だった。

「師匠……アンタ、何でそんな大事な事、俺に言わなかったんだよ。お陰で弟子は大迷惑だ……」

 溜息の後にカナセはつぶやく。

 エリザベス・アムンヘルム。ロータスの魔女と呼ばれた史上最大の魔女。クレアもベス先生と敬愛する有名人。それが師匠タタラ・ヘンジの正体だった。

「未だに信じられないな。あんなおばさんが。共通点なんて魔女くらいじゃないか……」

 そう言いながらカナセは気晴らしに足元の鉄格子を蹴った。

 しかし蹴った瞬間、鉄格子の扉は勢いよく開きカナセを解放した。

「開いてる?」

 その事実に驚きながらもカナセは僅かばかり高揚する。

「しめた! 看守の奴、飯を持ってきた時に鍵を掛け忘れやがったな。馬鹿だねぇ……」

 カナセは残したフルーツバーを口にねじ込むと牢屋を脱出した。

 牢屋を出ると大きな鉄扉が待ち構えていた。鉄扉にも鍵は掛かっていない。

 その鉄扉を抜けると今度は廊下が現れる。廊下は照明の灯りも窓もなく薄暗かった。

 そして逃走劇はここで呆気なく潰えた。

 廊下の突き当りの防火扉が行く手を塞いでいたのだ。鉄の防火扉はカナセが押しても叩いてもビクともしない。

「チッ、ここまでか。こんな時にコアが一個でもあれば……」

 口惜しさの余りカナセが舌打ちする。

 そんな時、背後から薄暗い灯火を感じた。振り向くと先ほどまで閉っていたはずのドアの隙間から淡い光がこぼれている。

「何だ、あれ……」

 カナセは吸い寄せられる様に光の漏れるドアの向こうへと歩いて行った。

 部屋の中は装飾一つない黒い壁に囲まれていた。

 そして中央の台座には初めて見る機械が設置されていた。

「?……」

 機械の正体は映像を映し出す映写機だった。

 映写機は動いていた。暫くしてリールに巻かれた細長いフィルムがカタカタと音を立てながら光源の中へと呑み込まれていくと黒い壁に張られた純白のスクリーンに向かって映像を映し出す。

 同時に部屋の中でクラシック音楽が流れ出した。 

 それは無声映画の開始の合図だった。突然の上映会にカナセは息を飲む。

 ウラ鉄の歴史と書かれた重厚な表題の後、ゆっくりと水没した都市の全景がモノクロで映し出された。

 だが海面に沈んだ建物はどこか今風の様式が見え、アイスインパクト以前の街並みという風でもなかった。

 画面の下に擦れた白い字幕が現れた。

 字幕にはパラキナ共和国とだけ記されている。

「パラキナ?」

 聞き覚えのない国名だった。しかし見覚えはある。

「そうだ……応接室にあったあの絵だ」

 ならばこれは総裁ロッゾ・カルの言っていた始まりの町の事なのか?

 映像は暫く水没都市の情景を映し続ける。

 どこも酷い有様だった。季節は冬なのか雪が降りしきり寒々しい。

 よく観察すれば都市は典型的な干拓地だった。

 だがどこも堤防を盛り越すまでの浸水によって淡海と繋がっていた。堤防の内側の家々は完全に水没し背の高い石とレンガのビル群も屋上まで水が届いていた。

 どこを見ても人が住めるような乾いた土地はない。

 画面が切り替わる。今度は駅のホームに停車する列車の姿が映し出された。

 先頭のコア機関車の後ろには長い客車の列がムカデの腹の様に連なっていた。

 その客車を挟んで港の桟橋の様な木製のホームが浮いている。

 ホームの上には大勢の人々が列車に押し寄せ、乗り込みの順番を待ち続けていた。

 乗客の身なりは誰もが貧相で金持ちには見えない。

 そして例外なく表情は暗く、瞳は虚ろだった。

「陰気臭い行列だな……まるで葬式帰りだ」

 カナセがつぶやく。そこには唯の一人として幸せそうな人物の姿は見えない。

 そんな葬送の行列の中で一人だけ笑ってる者がいた。

 それは母親に抱かれた一人の子供だった。

 子供は灰色のフェルト帽の下で無邪気に笑っていた。まるで目の前の水害が自分には何の関係もないとでも言いたげな振る舞いだ。

 多分、両親に旅行にでも連れて行かれると思っているのか、まだ幼すぎて目の前の死んだ町の意味が理解できずにいるのだ。

 そうカナセは思った直後、背後から音楽に混じって声が聞こえた。

「あの子は子供の頃の総裁閣下だ……」

 慌てて振り向くとそこには黒い壁に背を預けるグレン・ハルバルトの姿があった。

「隊長さんよ!」

 姿を現した獅子仮面を前にカナセが睨み返す。穴に突き落としておいて澄ました顔をされていてはこちらとしても面白くない。

 しかしグレンは取りつく島も無く涼しい顔で言い返す。

「それよりもせっかくの上映会だ。最後まで見て行ったらどうだ」

「こんな物、見せてどうするつもりだ?」

「我々の理想と戦う本当の理由が判るはずだ」

「ふんっ!」

 カナセは鼻を鳴らしながら再び画面の方を観た。

 それに少なからずウラ鉄の戦う本当の理由とやらにも興味がある。

「それにしてもあれが臓物の爺さんだって? 可愛らしい子じゃないか」

「今から百五十年前の記録映像だ」

「それがあんなお化けに変わっちまうとはな」

「誰だって子供の頃は可愛い物さ」

 そう言いつつもグレンは苦笑した。

 あの姿には部下である彼にも思う所があるのだろう。

「しかしその身が滅びたとしても総裁には守る者がお在りになった」

「それって何だよ?」

「あの列車に乗り込もうとしている人々の子孫だ」

 カナセの背後でグレンはもう笑ってはいなかった。

「今から百五十年ほど前、ここより更に西の最果てにあった干拓地国家パラキナは滅亡した。原因は様々だが元々、海底面が深くて干拓事業に不適合な土地だったらしい。そこに水位調整の不手際やら堤防の欠陥やらが重なって国全体が水没の危機に陥った。現状であらゆる手段が取られたが結局、水没は免れぬという結論に至った。さてカナセ・コウヤ、ここで問題だ」

「問題?」

「ならば沈みゆく祖国を前に、その国民の選択肢は? 君は溺れ死ねばいいと思うか?」

「いいや、国が沈む前に脱出すれば……とは思う」

「あの映像の向こうの彼等もそう思った。そして脱出し生き残ったのがパラキナ国民の子孫である我々、ウラ鉄だ」

「放浪の民って奴か?」

「その様な美しい言葉で締めてもらっては困る。百万人の住む土地が消えたのだよ。終焉が訪れた後も新天地にバラ色の未来はない。待って居たのは過酷な生存競争だ」

「生存競争?」

「パラキナの民は巨大な国民軍を組織した。十歳の子供から七十五歳の老人にまで全員に武器が渡された」

「そしてやっちまったのがお隣への侵略戦争か」

「国民皆兵による圧倒的な大動員によって最初の土地を手に入れた」

「元々、そこに住んで居た人々は?」

「言わずもがな、だ……」

「外道の所業だな」

「しかし生き残る為には已むを得ない措置だった」

「この悪魔の子孫め……」

「否定はしない。それだけに後に与えられた試練も苛烈極まりない物だった」

 聞くに堪えられない話だ。百万の民衆が武器を取って別の百万人を淡海に叩き落したのだ。それを物理的に……。

「何で鉄道だったんだ? 船じゃダメだったのか?」

「最初は我等も他と変わらぬ船の民だった。最初に攻め込んだ国も船に乗って滅ぼした。しかし浅い淡海に浮かべる船はおのずと大きさに制約が出る。小さな船では大勢の国民を運ぶ事は出来ない。それでは脱出事業は完了前に時間切れだ。そんな時、最初に占領した国の中で先祖は地面に敷かれた二本の鉄の棒を見つけた。それが東の隣国へと伸びる鉄道だと知った時、同時に大量輸送に適している事を理解した。先祖は占領国の鉄道の事業と技術を引き継ぐと、パラキナに向けて吶喊工事で路線を敷き始めた。線路は無事、本国へと繋がり全パラキナ国民の脱出に大いに貢献したのだ」

 そうグレンが答えた頃、スクリーンに映し出された映像はウラ鉄の成功を謳い上げながら事業拡大の未来図を子供でも判るアニメーションで表現していた。

 動物に扮したウラ鉄職員が干拓国家群を次々と占領していくと淡海を飛び越え塩の外海へと乗り出し、やがて鉄路によってジオの地を一周した。

 鉄路は縦横にグルグルと地表を巻き込み、青い球体をまるで毛糸玉の様に埋め尽くしていった。

「伸びーる、伸びる、ウラー鉄♪ 走ーる、走る、ウラー鉄♪ 例え狭き軌間でも、敷かれた分だけ土地となる♪ ウララララララララララララ~♪」

 背景で明るく元気な調が動物たちの踊りと併せて歌い上げられる。

 その能天気な口調に我慢しきれずカナセは映写機を蹴った。

 映写機は台車から転げ落ちると映像を映す事を止めた。ただ光源だけが壁を照らし、その反射光がカナセとグレンの横顔を照らす。

「おい隊長さんよ、人間、生きる為だ。仮に最初の侵略は同情の余地ありだとしようや。だがな、今のアンタ達は何だ? 百五十年経った今でも住む所が無いって嘆いているのか? 無垢な民が故郷を失って貧乏を味わっているっていうのか? そんな訳、無いだろ。住める土地なんて有り余ってるはずだ! 違うって言うならこの金ぴかの町の灯りはどうなってるんだ?! 五つの箱舟に囲まれた天まで届く塔は何だよ! もうどこの国よりも金持ちじゃないか! なのにアンタ達はまだ戦争をしている。それは理想の為の戦争じゃない! ただの欲しがりの欲張りだ!」

 カナセが言ってやったとばかりに思った事を吐き捨てる。 

 そんな怒りを爆発させるカナセに銀の獅子仮面は答える。

「ならばカナセ・コウヤ。君に聞くが、小さな干拓地がばらばらな状態で貴重なコアを食い潰していく今日の世界の状態が正しいと思うか?」

「今はそんな事を……」

「君もそうは思うまい。現状を維持するだけではやがて人類は空気が抜ける様に衰退していく。それを防ぐには人類の再統一と新生魔煌技の再発見がどうしても必要なのだ」

「だからって戦争をやって良い訳が無いだろ!」

「確かに戦争は悪手だろう。だが世界中の人々を話し合いだけでまとめ上げる時間はもう人類には残されてはいないのだ!」

「いいや! そんなの体の良い言い訳だ!」

 カナセはグレンの言葉を大声で遮った。

 その瞬間、二人の間に沈黙が生まれる。

 聞こえてくるのはカタカタと空回りする壊れた映写機の歯車の音だけだ。

「アンタにも言ってやる! 悪いが俺はウラ鉄には協力できない。最も、俺は師匠から新生魔煌技なんて大層な物を受け継いでなんてないからな!」

 そうカナセは答えるとグレンの前をズカズカと歩き始めた。

「どこへ行く!」

「どこへ行こうと俺の勝手だ! 俺は誰にも縛られない自由な存在だ!」

「ここに居て、そんな言い分が通じると思うのか?」

「通してみせるさ! この壁を突き破ってでもな!」

 カナセは息巻きながらグレンの前で背後の黒い壁を掌で叩いてみせた。

 そうして自らの意思を見せ付けた。


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