第2話 クレアの決意
カナセがギップフェル島から消えて三日後、八ヶ国連合軍によるゴッド・パイル作戦は終了した。
一時期、東征號の攻撃により戦況が逆転されそうになる危機もあったが突然、装甲列車が去った後には再び連合軍が押し返し島の占領は達成された。
島、唯一の町であるクォータービューの制圧も目立った抵抗もなく無事完了し、今も各所で残存部隊による小競り合いはあったが鎮圧されるのも時間の問題だった。
当初、懸念されていた第103独立遊撃大隊の様な他国に展開していた方面軍による出戻りやロータス本国からの増援も無かった。
多くの犠牲を払いながらも攻略戦は連合軍側の勝利で終わったのだ。
そんなギップフェル島の西側、占領されたクォータービューの港がある桟橋に一機の航空機が着水した。だが正確には一艇と呼んだ方が正確かもしれない。
機体はクレアの友人のナナミ・セリッシュの操る大型飛行艇ラムサール号だった。
双発のプロペラを回しながらラムサール号が港に接岸すると桟橋でひとりの美しき魔女が待ち構えていた。
「お待たせ、クレア!」
搭乗ハッチから身を乗り出しながらナナミが声を掛ける。
「ごめんなさい、ナナミ。忙しい所、無理を言って」
桟橋で出迎えたクレア・リエルがナナミに手を振った。
機体から降り立ったナナミがクレアと共に港の方へと歩き出す。
そして連合軍が接収した倉庫のひとつに潜り込んだ。
ナナミは持ち込んだ瓶入りのジュースの封を切るとそのまま一気に飲み干した。
「ぷはー、やっと一息つけた! もうヨシュアからここまで何十回ピストン輸送したか」
ナナミが置かれていた物資を椅子代わりに腰掛ける。
倉庫の中は二人以外に人の姿は見えない。密談や個人的な話し合いをするにはお誂え向きの空間だった。
「それで? 無線で言ってた話って本当?」
「恐らく間違いないわ。カナセ君はウラ鉄に連れて行かれたんだと思う」
「何で? 戦時捕虜?」
「多分……」
「ふむ……。それでもう一度確認するけど、クレアはどうしたい訳?」
「カナセ君を助ける。その為にはロータスまで行く足が必要になるわ。私の箒だけじゃ到底、無理。だからナナミ、力を貸して」
「全く……アンタって子は、本当に簡単に言ってくれるわねぇ」
「ごめんなさい。でもこんな事頼めるのって、あなたしか居ないの」
「でもなぁ……。ウチも今が稼ぎ時なんだよねぇ。このギップフェルからヨシュアまでの空輸。人も物も需要に溢れている。そして今度は戦争が終わったんで兵隊さんの里帰りの準備。もう天手古舞よ」
「お金がいるのなら私が払うわ」
「馬鹿言っちゃいけないよ。水没地帯から病院まで送るのとは訳が違うのよ。妹と切り盛りするド田舎の薬屋さんなんかに出せる金額じゃないんだから……」
「両親が残してくれた貯えがあるわ。それを切り崩して……」
「それこそ大バカよ! それはアンタとミリアの為の嫁入り資金じゃん! そんな大事なお金、気安く触るんじゃないわよ!」
「それでも私はカナセ君を助けたいの! 判って、ナナミ!」
「判んない! あの兄ぃさんの何がそんなに大事なの?」
「だって私は彼の後見人よ。それだけの義務があるわ。彼の身に危険が迫っているのなら助けて上げなきゃ」
「まあ、そりゃそうだけどさぁ。そんな理由だけでこっちも仲間を連れて敵地まで潜入出来ると思う?」
「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。今の彼は……確かにそれほどでもないわ。ちょっと特殊な魔煌技が上手く使えるだけ……。でも十年、二十年……いいえ、もっと先を考えた時、彼はきっとヨシュアの為に役立ってくれる。私にはそんな予感がするの」
「それは幾ら何でも買いかぶりすぎじゃないの?」
「そうかもしれない……。でも私はそんな自分の勘を信じたいの!」
「ふ~ん……」
ナナミは親友の前で唸る。
クレアの答えに満足出来ない様子だ。
「ナナミ、私の願いを聞いて! ヨシュアの未来の為にも」
「現在、思案中……」
そう言ってナナミは一旦、口を閉ざす。
そして暫くして考えがまとまるとクレアにこう言った。
「もしも、クレア。もしもの事よ……。もしさらわれたのがカナセの兄ぃさんじゃなかったら。アンタ、やっぱり助けに行く?」
「それは……」
クレアは一度、言葉に詰まる。しかし長い時間を掛けて噛み締める様につぶやいだ。
「多分……無いと思う」
クレアの言葉にナナミは意外そうな顔をする。
普段の彼女からは絶対にそうは答えない。
「それってこの作戦での組合副統括の言葉とは思えないわね」
当然、ナナミは突っ込んでくる。それにクレアは膝の上に置いた両手の拳を強く握りしめながら答えた。
「ナナミ、あなたの言っている事は正しいわ。私だって自分の言っているがおかしいってくらい判るもの。でもそれくらいカナセ君は私にとって特別なの」
「特別? それはさっき聞いたよ。逸材だって……」
「違う、そうじゃないの。その……ナナミ、あなただからはっきり言うわ」
そう言うとクレアは一旦、息を吸って気持ちを落ち着かせた。
「私ね、カナセ君の事が好きなの……」
クレアははっきりと答えた。
それは親友の前だから打ち明けられた告白の言葉だった。
クレアの顔は耳まで赤らめている。彼女の体内で脈打つ鼓動がナナミの所まで伝わりそうだ。
「初めてね、アンタからそんな言葉を聞いたの」
「私だって口に出したのは初めてよ……」
「そうよね、惚れちまったモノは仕方ないよね。理屈じゃない」
クレアの答えにナナミは満足した。
「まあ、そうだとは思ってたんだ。こっちも……」
「気付いてたの?」
「何年、アンタと付き合ってると思ってるの? でも、そうなら最初からそう言ってくれれば良いのに。逸材とかヨシュアの未来とか回りくどいのよ」
「ごめん……。だって恥ずかしいじゃない……」
「おぼこいなぁ~」
「それにそんな理由こそナナミが聞いてくれるかどうか……」
「まあ、普通に考えてそうだよね……」
「やっぱり駄目?」
「駄目じゃないよ、全然」
「本当? 本当に駄目じゃ無いの?」
クレアの声が一段、高くなった。ナナミの一言で気分が高揚する。
「実はずるい事、言うとね。政府からある依頼を受けてんだ」
「依頼?」
「ここだけの話よ。ヨシュアからロータスには何人かスパイが潜入しているんだけど……そいつらの移動やら情報収集やら諸々の業務を請け負ってるんだ」
「あなた、そんな事してたの?」
「うん、まあ……年に何回か、親父の代からだけどね」
「それって危険な仕事よね」
「その分、実入りが良いのも確かなのよ。そしてついこないだ次の依頼を受けた。でも正直、この島の仕事があるから今回は断ろうと思ってたんだけど、クレアの今の話を聞いたら……」
「受ける気になったのね?」
「クレア、こっちの仕事の邪魔しないって約束してくれる?」
「勿論、何なら手伝わせて!」
「別に良いわよ、そんな気を使わなくても……」
クレアの逸る気持ちをナナミは窘めた。
「じゃあ決まりね。ロータスまでの往復便、乗っけてって上げるよ」
「ありがとう、ナナミ……」
クレアは胸がすく思いがした。まだ前途多難ではあるがカナセを救出出来る糸口が掴めたのだ。
「それにさ、アタイもカナセの兄ぃさんの事、嫌いじゃないわよ。いいわよね、馬鹿で世話が焼けるけど、真っ直ぐでウジウジしてなくてこの世に怖いモンなんて無いって思ってる所なんか。確かにクレアが惚れそうなタイプだよね。アハハハハ……」
そう言ってナナミは笑った。
そんな親友の前でクレアは再び顔を赤くした。
だがこれで離れ離れになったカナセに近づけるかと思うと胸が熱くなる。
「ちょっと待ったー!」
そんな時、倉庫の入り口当たりからひと際大きな声が聞こえた。
クレアもナナミもその声に一度は心臓が飛び出るほど仰天する。
しかしその声は嫌と言うほど聞き覚えのある声だった。
「ナタルマ!」
「その話、オイラも噛ませてもらう!」
二人が口を揃えてその名を呼ぶと小柄な少女が大きな麻袋を右手で引きずりながら倉庫の奥へと入って来た。
「あなた、さっきの話、聞いていたの?」
「んな事、どうだって良い! オイラも一緒にロータスに連れてけってんだ!」
「ほほう、魔煌陸戦隊の隊長として拉致された部下を助けに行くってかい?」
ナナミが揶揄う様に訊ねる。
だがそれをナタルマは頭から否定した。
「んな訳、無ぇだろ! リサの野郎だ! あいつと決着を着ける! このまま逃げられたまんまじゃオイラの沽券に関わるんだよ!」
ナタルマの参戦はリサへの意趣返しの為だった。そんなナタルマの意思を横目にナナミはクレアの方を見る。
「どうする、クレア?」
「連れていきましょう。この子も駄目と言って聞くような子じゃない事くらいナナミも知ってるでしょ。それに戦力になってくれるのなら心強いわ」
「ふん、流石はバクダンの魔女だ。何が大事が判っていやがる」
「いや、こっちとしてはあんまり騒がしい客は困るんだけど……」
「そんな事よりも、ナタルマ。あなたの持っているその麻袋ってなに?」
「この島で分捕った戦利品か何か?」
「ああ? こいつか?」
「嫌やああああああああああああああ!! 僕はロータスなんかに絶対に行きませんよ! このままヨシュアに帰るんですからぁぁぁぁ!!」
麻袋の中から突然、男の声が聞こえた。声の主はトギス・エニールだった。
「ちょっと、ナタルマ! 何でトギスさんが中に入ってるの?!」
トギスの声を聞いてクレアも驚きを隠せない。
「こいつも連れていく! この野郎、相棒が連れ去られたってのに知らんぷりして本国に帰ろうといやがった!」
「嫌やぁあああああああああ! 僕は無関係だぁぁ!! ここから出してぇぇぇぇ!」
麻袋の中のトギスはいつまでも泣き叫ぶ。
「ウルサイ!」
そんな彼の頭をナタルマは袋の上からポカリと殴った。
トギスは黙り込んだが袋の中からは何時までも女々しくすすり泣く声が聞こえる。
それを見てナナミが再びクレアに訊ねる。
「どうする、クレア?」
「仕方ないわ。ナタルマが責任取ってくれるって言うのなら連れていきましょう」
クレアは頭を抱えながら答えた。




