第1話 ウーラシア超特急
広漠な淡海の上に敷かれた長大な軌道の上を、16両編成の一本の列車が西へ西へと走り続けていた。
列車の名は103東征號。正式名、四十四式装甲列車二型103號。ウーラシア横断鉄道公社・鉄道公安機動軍・第103独立遊撃大隊に所属する軍用列車だった。
その装甲列車の中央にある司令車のすぐ後ろの装甲貨車の一角。そこには改造された宿泊可能な貴賓室が設けられていた。
だがその貴賓室も今は扉や窓に鉄格子が嵌め込まれ頑丈な鍵まで掛けられていた。
いわば動く牢獄だった。
その牢獄に入れられた囚人は外へと通じる小窓から外の景色をぼんやりと眺めていた。
だがどこまで見渡しても目に映るのは東から西に流れていく淡海の海面だけだ。
「一体、どこまで走るつもりだ?……」
囚人が小さな声でつぶやく。囚人の正体は誰あろうカナセ・コウヤだった。
ギップフェル島の森の中でカナセは獅子の胸飾りを付けたマギアギアと遭遇すると、手も足も出ないまま、最後は完膚無きまでに叩きのめされ意識を失った。
そして次に目覚めた時に既にこの貴賓室の中に居た。
それからは何の変化もない。
列車は停まる事無く走り続け、今日で二日ほどが経過した。
太陽の動きと星の位置で西に向かっているのは確かだった。
だがこの列車が今、何処に居て何処に向かって走っているかは皆目見当がつかない。
ウラ鉄側からも接触はない。牢獄の寝具はきちんとした物だったし食事も定期的に与えられた。だが尋問の様な事は今まで一度も無かった。
「あいつら、何が目的だろう?」
確かに自分はヨシュア水軍のマギライダーとして戦った。だが同時にただの一兵卒に過ぎないのも事実だ。あの森の中で殺したところで何の不都合もないはずだ。
しかし実際にカナセはこの狭い牢屋の中で生かされている。
生かされているにはそれだけの理由があるはずだ。
だがその理由が皆目、見当がつかない。
「もしや、終点で拷問する気じゃ無いだろうな?……」
俺は奴等のおもちゃにされるのか?
そう思うと気が気でならない。
カナセの未来に行き先の知れない暗澹たる影が忍び寄る。
「ああ、駄目だ……。弱気になっちゃ、駄目だ」
そんな自身の不安を紛らわそうと他の事を考える。
だが瞳を閉じ、目蓋の裏に浮かぶのは離れ離れになったクレアの横顔でも、遠のいていくヨシュアの風景でもない。
クォータービューで見せ付けられた住民達の憎悪に満ちた眼光だった。
周りの全ての人間が敵に回ってしまったあの恐怖、思い出すだけでも寒気が走る。
「正直、あそこで殺されるかと思った……」
住民達から放たれる自分達が正義だと信じ込む揺るぎない強い意思。そんな彼等の言葉を越えた圧にあの時、カナセは圧倒されていた。
しかし彼等から離れた今では逆に憤りを覚える。
「あれじゃあ、まるで悪いのが俺みたいじゃないか……」
確かに自分は戦争で彼等の仲間を殺した。
もしかしたらあの中の誰かを自分が不幸に貶めていたのかも知れない。
それでもあそこに居た全員がリッタ・ブランの様な被害者ではないはずだ。
なのに彼等は連合軍の所業の全ての責任をカナセに負わせようとした。
それは余りにも理不尽ではないか。
それに本来、悪いのは最初に戦争を仕掛けて来たウラ鉄の方だ。
むしろカナセの戦いは侵略者の魔の手から新しい故郷と愛する人を守る防衛戦争なのだ。
正義は我にあり。それを知れば彼等もカナセを単なる仇敵だと非難出来ないはずだ。
「クソッ! なのに何だってんだよ! 人を犯罪者みたいに、こんな所に閉じ込めやがって!」
行き場の無い怒りがカナセの胸の中をかき回す。
「クソッ垂れ! 俺をここから出せ!」
カナセは突発的に檻の中で吠え立てる。
しかし鉄格子を蹴ったところでカナセの声に答える者はいない。
何を言ってもこの列車の中の連中はカナセを無視したままだった。
憤りが空回りし、空虚に時間のみが浪費される。
だがそんな時の流れも遂に中断される事になった。
その日の夜、ウラ鉄側から接触があったのだ。
「自分はなぜ殺されないか? そんな疑問が頭の中を渦巻いているんじゃないかな? カナセ・コウヤ」
カナセの前に現れたのはあの銀色の獅子仮面を被った男だった。
男は鉄格子の嵌った鉄格子を挟んで備え付けの椅子に腰掛けると小脇に抱えていた薄いファイルを目の前で開いた。
そんな男を見てカナセの背筋に緊張が走る。
この二日間、自分を支配していた暗鬱と憤慨の入り混じった気持ちは、獅子仮面から放たれる銀色の光を浴びた途端、どこかへ消し飛んでしまった。
そしてもう一人、今度はカナセの知った顔が獅子仮面の横に立つ。
その顔を見てカナセが声を上げた。
「げっ! ラーマさん!」
「元気にしてた? カナセ君?」
「アンタも捕まった?! ……様には見えないな」
口に出した途端、カナセの声のトーンが下がっていく。
「思っていたより頭は冴えているみたいね」
「じゃあアンタ、ヨシュアを裏切ったのか?」
「違うわ。最初から味方じゃなかった」
「えーと、つまり。それは?……」
「ウラ鉄の工作員よ。ヨシュアへは混乱させる為に侵入してきた」
「スパイだって?!」
「その名もスパイ17號! カッコいいでしょ?」
そんな彼女の言葉にカナセは怒りよりも驚きが隠せない。
「何だよ、せっかく立派なお医者さんだと思ってたのに……。だったら、和平派ってのもスパイ活動の一環か?」
「勿論、宣伝活動で民衆を扇動するのは常套手段よ」
「そんな……先生の和平論って結構、俺、本気にしてたんだぜ……」
「なら良い勉強になったでしょ。裏には裏があるって」
それを聞いてカナセは眩暈を起こしそうだ。
「じゃあ待てよ? もしやムラクモに積んであった突撃艇を壊したのもジルを殺したのも全部アンタの仕業か?」
「うふ♡、そこは御想像にお任せするわ」
「酷ぇ……。クレアが嫌う訳だ……」
「多分、良い死に方はしないでしょうね」
そう自嘲を込めて笑うラーマの言葉にカナセが顔を歪める。
間違いない。恐らくカナセの周りで起こった碌でもない事の幾つかはラーマが関わっていたはずだ。
なのにそれらに対してまるで悪びれた様子のないラーマの開き直った態度を見てカナセは憮然とする他なかった。
もう、大人はみんな嘘つきだ……。そんな気分だ。
「さて再会の挨拶は済んだかな?」
期を見て獅子仮面の男が会話に入って来た。
「何だよ手前ぇ! 俺は今、女スパイと話してるんだ! 赤の他人が勝手に入って来んな!」
カナセは不機嫌さを露にする。
一方で男は獅子仮面の下で苦笑しながら肩を竦める。
「赤の他人とはご挨拶だな」
「何だと?」
「君は師匠に恩人の顔はすぐに忘れろと教えられたかい?」
そう答えると男は顔を覆ていた銀色の仮面を外した。
「嗚呼ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
カナセは堪え切れず大声を上げた。
喉の奥から臓物が飛び出そうな気分だ。
なぜなら獅子仮面の下から忘れもしない、カーニャの村の排水場で出会ったあの白髪の美少年が現れたのだ。
「では改めて名乗らせてもらう。私の名はグレン・ハルバルト。この列車の主だ。皆からは単に隊長と呼ばれている」
「……」
驚愕のあまり今度は息が詰まりそうだ。
「どうした? 驚きで魂でも抜かれたか? もっとも私は魂など信じない質だが君はどうだ?」
「全くだ! 全く、こいつぁ……驚いた! まさかアンタがジルの言ってたウラ鉄の撃墜王だったなんて……」
「ふむ……。ヨシュアではそんなに有名かい?」
「悪い方にな。きっとクレアも蛇蝎の如くアンタを嫌ってるだろうよ」
「クレア? ああ、ヨシュアの空爆の魔女か。彼女にとって敵なら君にとっては?」
「敵に決まってんだろ!」
「それは穏やかではないな」
「やんちゃしすぎなんだよ、人様の土地で! オマケにそんなギンギラギンの仮面なんかでカッコつけやがって。隠すほどの面か?!」
「年若くして周囲から期待と羨望の両方を受けるとこんな芸当も必要になるのさ。本当は暑苦しくて私も嫌なんだが……。まあ、君も出世すれば判るよ」
「ふん! 気取りやがって」
カナセへの説明が終わるとグレンは獅子仮面を再び被り直した。
「ではお互いの自己紹介が済んだという事で本題に入ろうか。その前に17號、済まなかった。手間を取らせたね。だが、もういい。後は私だけで何とかする」
「はい、隊長」
そう返事を返すとラーマは二人の前から立ち去った。
そんな彼女の後姿を見ながらグレンは言う。
「君と話す前に種明かしをしておこうと思ってね」
「俺がアンタに一杯……いや、腹一杯食わされたって事か」
「飛び込みの仕事だったが君を上手く誘導してくれた。彼女は本当に優秀だ。ひとりで二二役も三役もこなしてくれる」
「こっちは、嬉しくとも何ともないね!」
「一応、私としては誠意のつもりなんだが……。まあ、君の立場ならそうだろうね」
グレンが笑った。それは会話の主導権をこの隊長に握られている証だった。
隊長は座ったまま手にしていたファイルを開く。
「カナセ・コウヤ。出身は辺境のオートル村0番地。年齢は推定十六歳。魔煌技の系列はマルケルス神技。得意な魔煌技はコア探査とモーフィング・マギア、それと古代格闘技パンクラチオン……とは色々と珍しいな」
「何だよ、人の事を根掘り葉掘り調べやがって。ウラ鉄は興信所でも始めたか?」
「仕事の為なら探偵ごっこだってするのが軍隊さ。それにしても君の軍歴でこの戦績は凄いな。あのポカチフ中将を倒したのも君だったとはな……」
「どうだ、大したモンだろ? けどあんた達もよく短期間でそこまで調べたな」
「別に難しい事じゃないさ。君が組合に提出した履歴書と水軍の戦闘記録を17號がコピーして持ち出しただけだからな。それに実際、君とは色々な意味で二度、手合わせした。だが正直、我々にとって君の履歴や能力なんて今更、重要な事じゃない」
「ああ、そうかい」
グレンの重要ではないという言葉にカナセは詰まらなそうに口を尖らせた。
正直、プライドが傷付けられた。お前程度のマギライダーなんてウラ鉄には山ほど居る。きっとこの獅子仮面はそう言いたいのだ。
「なら何で俺を捕虜にした? それに島ではまだ戦いの最中だった。アンタはそれをほっぽり出した。何故だ?」
「何故というと?」
「まるで俺を捕まえる事が目的みたいじゃないか」
「その通り。私達の目的は君を確保する事だ。東征號での連合軍攻撃はその欺瞞工作だ。もっともそんなに派手にする必要も無かったが」
「分岐点なんて取られてもかまわないって言うのか? アンタたちの大事な戦略拠点じゃないのか?」
「無論、ギップフェルは我々の戦略の要ではあるが、私は自己の判断基準を優先した」
「俺なんかにそんな値打ちがあるとは思えないけどな……」
「まあ、そこまで卑下する事はないさ。今更だが私が認めよう。魔煌士としての君の能力は一級品だ。私と正面から戦ってあそこまで逃げ回れたマギライダーは外に居ない」
「ふん! ありがとさん」
「さて、今度は私からの質問だ。君に聞くが……」
ここからが本題だ。カナセは思わず息を飲む。しかしグレンから返って来た質問は意外なものだった。
「ここの備考欄に書き足されているタタラ・ヘンジとは誰の事だ?」
「タタラ・ヘンジ? ……誰もヘチマも無ぇ。俺の師匠だ」
「ほほう……師匠か」
グレンが嬉しそうに笑った。逆にその微笑みがカナセには不気味に映る。
「何だよ? 文句あるのか?」
「無名の人か……」
「無名で悪かったな! だがその名無の教えのお陰でこうやって飯が食えてんだ!」
「気分を害したのなら謝るよ。申し訳なかった。無名な人だが優秀な人に違いないな。何せ、君にマルケルス神技などというユニークな魔煌技を教え込んだのだからな。それに別に私は君とはここで喧嘩をする為に顔を合わせている訳じゃない」
「じゃあ、何だって言うんだ?!」
「その訳を話す前に聞かせてくれ。君の師匠タタラ・ヘンジとはどんな方だ? まだ御壮健か?」
「あのおばさんなら、死んだよ。三年ほど前にな」
カナセはありのまま答えた。
「心の臓の病気だ。自分の魔煌技で治せない事もなかったみたいだが、最期はこのまま自然に身を任せたいってのが本人の遺志だった」
「……。ふむ、それはお気の毒にな」
グレンの声には落胆の色が見える。まるで本当に残念そうだ。
だがそれが真実かどうかは素顔を覆った獅子仮面が邪魔をして伺い知る事は出来ない。
「ところでその師匠は君にとって何だ? 実の母親か?」
「さあな。違うんじゃないか? あっちはお前は拾った子だと言っていたからそれが正しいんだろうさ」
「あやふやだな」
「拾われたのが赤ん坊の頃だし、今更、よく判らん話だよ。だいたい他所は知らんが自分の子供にお前は拾い子だって言う親が居ると思うか?」
「まあ、常識的にそうだろうね。ではその師匠はどこのご出身だ? あの村の出か?」
「師匠は自分の昔の事はあまり言いたがらなかったからな。でも違うだろうな。オートル村の連中とは訛りが違っていたから浮草みたいに流れ着いたんだろう」
「ダラシネという訳か。なら師匠の過去どころかタタラ・ヘンジの名が本名かどうかも君自身すら知らない訳だな」
「まあ、そういう事になるよな……けど」
しかしグレンの話し方はおかしい。
「どうしてアンタが俺の師匠なんかにこだわる?」
カナセは率直に疑問をぶつけてみた。
しかし目の前の仮面の男は首を左右に振った。
「悪いがそれは言えない。ある方に強く口留めされているからね」
「どこの誰た? そいつぁ。今までの事は全部そいつの差し金か?」
「このまま我々に付いて来れば判るさ」
ただグレンはそう思わせぶりに答えるだけだった。
だがそんな二人きりでの会話の中、向かい側の窓にカナセの視線が釘付けになる。
「何だ、今の?」
「どうした? カナセ・コウヤ?」
「大きなコアの反応が三つ。船みたいだ……南からこっちに向かって近づいてくる」
「何だと?」
それを聞いた途端、グレンは車内電話で司令車に呼び掛けた。
それを見てカナセが問い掛ける。
「おい、敵の言葉をそんなに簡単に信じていいのか?」
「それを今から確かめる。だが嘘だったら朝飯は抜きだ」
「当たったらベーコンを一枚くらい余分に付けてくれよな」
「よかろう、当たったらな」
だが隊長が連絡しても魔煌探信科からは何の反応も無いとの報告が入った。
「……だそうだ」
「ああそうかい。距離にして南に3㎞。いや、2.5㎞を切った。けっこう早いな。このままいくと接触するぞ」
「2.5㎞だと?」
それを聞いてグレンが頭を巡らせる。
カナセが嘘を吐いている様には思えなかったからだ。
「まさか探信障害……しかしそれなら探信班が妨害波を傍受しているはず。そうか、潜航艇か! 運転手、急停止!」
グレンが電話越し叫んだ後、東征號が急制動を掛ける。
「うわあああああああ!!」
急ブレーキのスキール音が響く中、檻の中のカナセが取り付く島もなく前のめりに倒された。
だが電話の前で立ち尽くすグレンの足腰はビクともしない。
急停車の後、列車の前方で爆発が起きた。
振動を感じながらグレンが電話越しに声を上げる。
「各部署に通達、周囲を監視しつつ被害状況を確認。機関長、釜の具合は?」
「機関に異常なし!」
その報告にグレンは安堵すると再びカナセと向き合った。
「ベーコンの件は保留だ。私は今から司令車に戻る。だがひとつ聞くがなぜ、私に敵の接近を教える気になった? ヨシュアからの救援の可能性もあったかもだぞ」
「そんな事、聞くまでも無いだろ。ここで列車が転覆して淡海に沈んだら、俺まで溺れ死んじまう。悪いがまだ死にたくない」
「ははっ、良い判断だ」
グレンは笑いながらカナセの前を後にした。そして小さくつぶやく。
「成程、やはり非凡と言わざる得ないな……」
何も無い淡海の半ばで東征號が急停止するとグレンの率いる大隊はそのまま謎の奇襲部隊と戦闘に入った。
敵戦力は謎の潜航モニター艇が三隻。潜航艇なのに主武装が魚雷ではなく大砲を搭載した変わり種の艦種だった。
それに先ほどの爆発は線路上を占拠していた、これまた謎の攻撃部隊によるもので、その破壊工作によって線路は大きく変形させられていた。
もし東征號が先ほどの爆発の中に突入すれば脱線横転事故は免れなかったはずだ。
「これは厚切りをつけてやらないといけないかな……」
「は?」
隊長の独り言を横に居たリサが聞き返す。
「いいや、こちらの事だ。銃器班はこのまま持ち場にて迎撃に当たれ。第一、第二陸戦中隊は降車戦闘用意。本車両の右側から降車しそのまま前進。前方の敵を叩け」
「右側ですか? 確かに敵は本車両から見て左側に集中していますが潜航艇なら右側の海中にも潜んでいる可能性もあります」
「いや、敵はあの三隻だけだ。右側の心配は無用だ」
カナセの言葉が正しければ敵艦は全て進行方向から見て左側に集まっているはずだ。
グレンはカナセの言葉を完全に信用している訳ではないが機知に富む才覚は持ち合わせているのは確かだ。
「心配ない、あの男は今、自分にとって何が必要かを知っている男だ」
一方で隊長はギップフェルの戦場で拳の魔女を圧倒した凄腕の副官にこう言った。
「リサ、君は拘束中のカナセ・コウヤの護衛及び監視に当たれ。そして万が一の時はカナセを確保したままここを脱出し本部へと向かえ」
命令を聞いた途端、リサはいぶかし気な表情を浮かべる。
「隊長、お言葉ですが……」
「意見は無しだ。これは君にしか出来ない任務だ。復唱は?」
「了解しました。リサ・マキーナ、これよりカナセ・コウヤの護衛に当たります」
そう答えて隊長の前からリサが離れていった。
暫くすると灯火管制で暗くなった貴賓室に剣の魔女が現れた。
赤髪の美女を前にカナセが目を大きく見開く。
「おや? 今度はいつぞやの女剣士じゃないか? 確かクレアが名前を言ってたんだけどなぁ、何だっけ?」
「リサ・マキーナだ」
「ああ、そうそうリサさんだ。」
彼女とはクレアを取り合って以来の久方ぶりだ。
「敵と戦ってるんだろ? 調子はどうなだい?」
「現在、駆除中だ」
「駆除か……まるで害虫退治だな」
「それだけこちら側が相手を圧倒しているという意味た」
「凄い自信だな……」
「当たり前の事を言ったまでだ」
カナセの冷やかしにもリサはクスリとも笑わない。
「それで俺に何の用だい?」
「別に用などない。隊長に貴様の監視を命令されただけだ」
「監視? こんな状況でかい?」
「貴様は油断のならぬ奴だ。駆除の際の不確定要素に於いて何かを起こす可能性がある」
「ふーん。VIP待遇だな」
「まさか……単なる転ばぬ先の杖だ」
「転ばぬ先の杖か……。なら理由を教えてくれないかな? どうせ暇だろ?」
「理由?」
「俺を捕まえた理由をさ。さっきアンタの隊長さんに聞きそびれたんだ」
「なら私が言う訳が無かろう」
「そりゃ、そうか……」
装甲列車が淡海の潜航艇に向け砲撃を開始した。発砲の閃光で一瞬、小窓の外から光が差すとリサの顔を一瞬、照らす。
赤髪の魔女の横顔は目が醒める様に美しい。
「でもクレアほどじゃないよな……」
「なんだ、ブツクサと。それとここで空爆の魔女の名を出すな。忌々しい」
「そう言ってやるなよ。本人は物凄く、気にしてるんだから」
「箒から爆弾を落とされる身にもなってみろ」
「それはウラ鉄が落とされる様な事をするからだろ? ところでさぁ」
カナセは唐突に話を変えた。
「アンタってさぁ、隊長さんとは長いの?」
駄目で元々、カナセはお堅そうな副隊長に聞いてみた。
「隊長にはウラ鉄への入隊よりも更に以前から、御幼少の頃よりお仕えしている。正確には十九年と百六十七日六時間二十三分三十秒前からだ」
リサは意外と素直に答えてくれた。雰囲気よりも柔軟な性格なのかもしれない。
「じゃあ、二人は幼馴染? いや、もしかして恋人同士とか?」
「違うな」
「ありゃ、そんなに簡単に否定して良いの?」
「言っただろう? 隊長が御幼少の頃よりお仕えしていると。故にあの方とはそんな関係にはならないという事だ。生まれた世界が違うからな」
「ふ~ん……。そりゃ、御愁傷様」
カナセは肩をすくめながら笑った。
だがリサの話はどこか変だった。今から二十年ほど前なら彼女も子供のはずだ。
それでお仕えしていたというのならリサは子供だてらに家政婦として働いてでもいたのだろうか?
「しかし、何故そんな下世話な事を突然、聞く?」
今度はリサが訊ねる。答えてみたもののふたりの関係を詮索された様で彼女は少し不機嫌になっていた。するとカナセも答える。
「そりゃ、二人に興味が湧いたから……」
ドカンッ! 会話の途中で潜航艇から放たれた砲弾が突然、カナセの居る客車の傍に着弾した。
その衝撃波で貴賓室の内部も大きく揺さぶられる。
「うっわあああああ!」
「慌てるな。これしきの攻撃でやられる東征號ではない」
「それは装甲列車の話だろ? 線路をやられたら脱線して一発じゃないのか?」
「それこそ無用な心配だ。既に線路は破壊されている」
「じゃあ、今は動けないのか?」
「戦闘が済めば最速で30分で補修可能だ」
「それって早いのか? 遅いのか?」
「民間の補修作業を圧倒的に上回る」
「なら凄ぇって事か……ところで敵は何者だ?」
「ファイタスだ」
「ファイタス?」
「ロータスの古い言葉で勇者を意味する。ロータスの名前くらいは聞いた事はあるだろ? ここから西にある干拓国家の一つだ。我等、ウラ鉄の総本部もある」
「おい、馬鹿にすんな。そんな事くらい俺だって……。待てよ。ロータスの人間なら同じ仲間じゃないのか?」
「違うな。ロータスには本来、共和国があった。だが四十年程前に我々、ウラ鉄が本部を置いた際、共和国は解体された。それが気に食わない連中がファイタスと名乗って攻撃を仕掛けている」
「目的はロータスの民の解放と共和国復活って所か……」
「最も我々は奴等の事をファイタスとは呼ばず単に反乱軍と呼んでいる。そして今もロータス国内は内戦状態だ」
「こんな内々で恨まれてる癖に外に向けても戦争してるのか? 全く恐ろしいほどのバイタリティだな」
「これも理想の為だ。我等はその為に犠牲は厭わない」
「よく言うぜ。犠牲者は周りの人間じゃないか。しかしロータスがそんな事になってるなんて知らなかった……」
「誰もが知っている事実だ。無論、ヨシュアでも新聞くらい読めば判るはずだ。まあ、あんな離れ小島に住んでいては……。フフフ、新聞も配達されないか」
「悪かったな、時世に疎くて……でも何で、アンタが俺の家の事を知ってるんだ?」
「無論、調べたからだ。丸焦げの中を色々とな」
「へへ……御苦労なこって。何も見つからなかったろ?」
「まあ、家のあった島にはな。だから小さな離れ小島の方も調べてみた」
離れ小島と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは師匠の骨を収めた祠の事だった。
「手前ぇ! 師匠の墓を荒らしやがったのか?!」
砲撃が飛び交う中、カナセが怒気を吐く。
「人としてやっちゃいけないって事があるだろうが!」
「心配するな。調査が終わった後、祠はきちんと元通りに戻した。我々も目的の為には手段は選ばんが17號の様な恥知らずとは違う」
「物は言い様だな! この人でなし!」
「成程、人でなしか……」
カナセが口汚く罵る。しかしリサはカナセの唾罵を聞いても微笑むだけで、自分のやってきたことに全く悪気が無い様だ。
「気に食わねえな……。これも理想の為か?」
「そうだ、我々の行動には常にそれだけの価値がある」
「価値? 何だいそりゃ?」
「人類の未来を救う為だ?」
「へっ?」
余りにも突拍子もない一言にカナセは唖然とする。
戦争で人を殺している連中が人類を救うとはどういう意味だ?
やがて砲撃が止むと音は目釘を槌打つ響きに変わった。
駆除が完了し線路の修理が始まったのだ。
車内電話が鳴るとリサが受話器を取る。
「さて、私もここではお役御免だ。司令車に帰らせてもらう」
「なあ、これからこの列車はウラ鉄の総本部に行くんだな?」
「おっと、私とした事が何処かで口が滑ったかな。まあ、普通に考えれば判る話か……」
「そこに行けばお前らの理想って奴が判るのか?」
「考える頭があれば恐らくな。だが受け入れるかどうかはまた別の話だろう……」
そう言うとリサは前の車両へと姿を消した。
カナセは牢獄で再びひとりになった。
そして暗闇の中で一人静かに思いを巡らす。
「ウラ鉄……何がこいつらをそんなに突き動かしているんだ?」
奴等の目的が世界を線路で繋ぐことだとはクレアから聞かされた。それを自分と他人の血で代償にしてでも成し遂げようとしている。
それは一見すると狂気の沙汰だ。
だが線路を繋げる事でウラ鉄は世界を救えると信じている。
「そんな事が本当に可能なのか?」
カナセの頭の中で疑問がグルグルと堂々巡りを繰り返す。
「あいつ……来ないかな……」
カナセはグレンともっと話したいと思った。聞けば何かを答えるはずだ。
だが先ほどの戦闘以降、この列車での旅の間にグレン・ハルバルトがカナセの前に姿を現す事は二度となかった。




