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第4話 戦災の都(2) 鉄路の上の将軍

 瓦礫の山を登り降りしながら、二人は銃声のした場所に辿り着いた。

 崩れた塀の隙間からカナセが注意深く覗き込む。

 そこにクレアの仲間の姿はなく、不釣り合いに幅広な通りがあるだけだった。

「仲間は逃げたみたいね……」

 クレアがそうつぶやく中、カナセは通りを観察する。

通りは真っ直ぐに伸び、空疎な空間が広がっていた。

 しかも周囲の街並みとは隔絶された様に関連性はない。まるで左右の建物を強引に撤去して更地にした様だ。

「何だか妙な通りだな。ここだけ無理やり拡げた様な……」

「あなたにも判るのね?」

「じゃあ、こいつもウラ鉄が? 軍隊でも通すのか?」

 カナセは進軍の為に広い大通りに作り直しているのか思った。だがそれをクレアが否定する。

「いいえ、違うわ。もっと別の物。それにこれでも作りかけよ」

「作りかけ?」

「もう少し前に進みましょう。こんな道をウラ鉄がなぜ作っているのか? その理由がはっきり判るわ」

 クレアは通り沿いに前進した。その後をカナセも付いていく。

 暫くして通りの状況が一変した。

 通りの地盤は完璧に整地され形の揃った砂利が敷かれていた。

 周囲には大量の資材と大型の機械が置かれている。

 砂利の街道の中心には枕木の上に乗ったレールが敷かれ西に向かって延々と伸びていた。

「これってさっき沖合から見た線路って奴だよな?」

 カナセが訊ねる。

「そうよ。その時、見た時も線路が市街地に向かって伸びてたでしょ。それの先端よ」

「これがその実物って訳か……」

「この線路に沿って西に行けばリードヒルの駅があるはずよ」

「でも線路を敷くためだけにここを更地にしたって事だよな……。酷ぇ事しやがる。家や街並みだけじゃなく水路や運河まで潰してあるじゃないか」

 カナセはウラ鉄の容赦ない路線拡大工事に憤慨する。

 美しい古の街並みを潰してまでこんな物を作って何の意味があるというのだ。

 そんな中、クレアが線路の向こうで何かを見つけた。

「今すぐ、隠れて! こちらに向かって来る」

 カナセ達は慌てて傍に会った廃墟の中に身を隠した。

 すると遅れて西側から何か得体の知れない物体が真新しい鉄路を軋ませながら姿を現した。それは船の様な汽笛を鳴らしながら通りの中を進む黒い鉄の箱だった。

 箱は前面が運転席で、その後ろに大型のコアを乗せる機関部があり足元の鉄の車輪で二本のレールの上をゆっくりと自走した。

 箱の側面にはレールの断面を模した紋章の後に白地で「1114湖東號」と記されている。

 先頭の箱の後ろには別の箱が繋がり牽引されていた。

 箱の形は最初は客船の様に窓が横一列に長く取り付けられた箱、次に波板で囲われた引き戸だけの四角い箱、更に尾屋根が無く吹き抜けの大量の資材だけが積まれた荷台の箱など多種多様だった。

 中には屋根の上に大砲を積んだ箱まで連なっていた。

 そしてどの箱にも先頭の箱と同じレールの断面を模した紋章が記されている。

 それがウラ鉄の社章である事をカナセは直感的に理解した。

 箱は作りかけの線路の先端で停まると我が物顔でそこに鎮座した。

 それはカナセが生まれて初めて列車なる物の実物を目撃した瞬間だった。

「縦方向に幾つも連結されてて、まるで陸の上の艀だな。けどあんな物が地面を走るなんて……」

「全く、忌々しいったら、ありゃしないわ! あんな物……呪われて脱線でもすればいいんだわ!」

 クレアがカナセの横で苦々しくつぶやく。彼女の列車への憎悪は一通りではない。

 一方、停車した列車「1114湖東號」からはカーキ色の戦闘服を着た大勢の兵員が次々と降ろされていった。

 更にその後を線路を敷設する為の作業員達が続いていく。

 そして最後にパリッと糊の利いた兵士達と同じカーキ色の制服に身を包んだひとりの男が降り立った。

 男は短足低身長の恰幅の良い体格と立派な口髭が特徴のウラ鉄の軍人だった。

 それもかなり高位の高級士官らしい。

 口髭の士官が気難しそうな表情を浮かべながら両手に持った地図を拡げると、そこに作業員と同じ作業服を着た男がやって来た。

 作業服の男は髭面の士官と比べると個性の乏しい平凡な中年男だった。しかしその表情は厳しく強い意思が感じられた。

 そんなふたりが地図を挟んでいきなり言い争いを始めた。

「何だと?! これでもまだ不満があると申すか!」

 口髭の士官が口論の口火を切ると作業員の男が言い返す。

「当然です! 閣下には工事個所の安全を確保して頂かないと我々も作業を進める訳にはいきません!」

「だからこうして兵士達を配置して警戒させている! ハンターも定位置に着いた! 何の問題も無かろう!」

「ですが社内規定では作業区域の半径4㎞以内で攻撃の可能性がある場合は作業を行ってはならないと記されています」

「だがな、監督。貴君も周囲を見渡してみろ! もうゲリラの姿など何処にも見えんではないか!」

 遠くから口髭の士官と作業員の議論が延々と続く。

 どうも作業員の方は線路敷設工事の現場監督か何からしい。

 そして議論の内容は作業区域内の安全確保の様だ。

 そんなふたりの言い争いはカナセ達が隠れていた廃墟の方まで聞こえた。

「ポカチフ中将……こんな所で会うなんて」

 口論が続く中、クレアが恨めしそうにつぶやく。

「ポカチフ? 誰それ?」

「あの軍服の士官……ヨシュア方面軍の総司令官、ポカチフ中将よ」

 カナセが小声で聞き返すとクレアは憎々し気に囁いた。

「総司令官? 知ってるのか?」

「知ってるも何も、この町をこんなにした張本人よ!」

 クレアの言い方には怒りが込められている。

「何で中将閣下みたいな偉い人間がこんな所にいるんだ?」

「恐らく工事の進捗が芳しくないから直々に発破を掛けに来たんでしょうね」

 そう囁きながらクレアは腰に下げていたポーチから丸い物を取り出した。

 それはこぶしほどの大きさの手りゅう弾だった。

 カナセは手投げ爆弾を前に目を丸くする。

 とても女の子が携帯する様な代物ではない。

「それで吹っ飛ばすってのか?」

「これは絶好のチャンスよ。敵の司令官と現場責任者の両方をいっぺんに倒せるなんて。それにこれは私のやり残した仕事でもあるし」

「やり残した仕事?」

「本当の事を言うとね。あなたに会う前、あのポカチフ中将を殺害する作戦に参加していたの。彼が今みたいに別の場所で視察に来るって情報が入ってね。仲間が注意を引き付けている間に私が頭上からドカンとやるつもりだったんだけど……」

「偶々、近くに居たあの赤髪に邪魔され、逆に追われてきた?」

「だからやり残した仕事ってわけ」

「で、なんで手りゅう弾なんだ? 火焔魔煌技じゃ駄目なのか?」

「残念ながら私の火焔放射ってそこまで威力がないの。中将の近くに魔煌士でも居たら簡単に障壁で防がれるわ」

 そうツラツラと答えるクレアを見てカナセは少々、面食らった。

 この敵を倒す事に対する行動力、確かに普通の女の子ではない。

 いや、普通でないのは彼女だけではない。

 このリードヒルもそうだ。

 やはりここは戦災の都であり、クレア・リエルはそこで生きる魔女なのだ。

 もし今後も彼女と行動を共にするならば自分にはより強い覚悟が迫られる。

 そうカナセは理解すると、クレアに向かって言った。

「じゃあ、その手りゅう弾を俺にくれ。俺が奴を倒す」

「あなたが?」

 カナセの言葉にクレアが目を丸くした。

「ああ、そんな細腕より俺の方が確実に遠くに飛ばせるはずだ」

 確かにカナセは背は低いが腕の太さはクレアより二回りほど逞しい。

 しかしカナセからの得意げな一言にクレアの表情が険しくなった。

「ちょっと、待って」

「何?」

「そんな簡単に良いの? これは玩具じゃないのよ」

「判ってるさ」

 カナセはあっさり答える。だがその言い回しを聞いてクレアが怪訝な表情を浮かべた。

「本当に判ってる? 爆発すれば人が死ぬのよ」

「そりゃ、そうだろう。って、何か引っかかる言い方するなぁ。まるでこっちが試されてるみたいで」

「だってあなたの態度を見てると凄く軽く考えている様に思えて……」

「大丈夫だよ。ヘマなんてしないさ」

「そういう事、言ってるんじゃ無いんだけど……」

「じゃあ、どういう事だよ?」

「もう、いいわ、時間が勿体ない。はい、手りゅう弾」   

 不承不承だったがクレアはカナセに手りゅう弾を一個だけ渡した。

「使い方、判る?」

「今から教えてくれ」

「じゃあ、まず握ったままどこも触らないで」

「このままで良いのか?」

「そうよ。最初は本体とその安全バーを一緒に握ったままピンを抜く。バーが外れない限り本体は爆発はしないわ。そしてそのまま本体を標的に向かって力いっぱい投げる。バーは手を離した途端、バネの力で勝手に外れて四~五秒後に爆発するわ。その時は体を伏せて爆風を避ける。判った?」

「了解。なんだ簡単じゃん」

「じゃあ、何時でも良いわよ。あなたが思うタイミングで投げて」

 そう言うとクレアは壊れた壁の後ろで身を潜めた。

 カナセは手りゅう弾を受け取りピンを抜くと投げる構えを取ってタイミングを計った。

 標的は今も怒鳴り散らしながら大声を張り上げている。

「直ちに作業員に作業を再開させろ! もうゲリラどもは追っ払ったのだ!」

「しかし、それでは作業員の安全が……」

 現場監督が抵抗する。しかし中将はそんな現場からの声を声高にねじ伏せた。

「総裁は一刻も早いヨシュア本線の開通をお望みだ! だがこれ以上の停滞を続けるというのなら貴様達の行動を総裁に対する反抗的サボタージュとしてウラ鉄本部に報告する! それでも良いのか!」

 その声は聞くに堪えないほど高圧的、むしろ脅しにさえ聞こえた。

 作業監督はその命令に憤然と体を震わせる。

 恐らく髭面の前に立たされる作業監督の心境は屈辱に塗れているはずだ。

 そんな二人の思いとは関係なく、カナセがヨシュア方面軍司令官、ポカチフ中将に向かってつぶやく。

「標的確認! 地獄に堕ちやがれ、このチョビ髭野郎!」

 カナセは力いっぱい腕を振るった。

 だが投擲の直前、隣に居たクレアがカナセを突き飛ばす。

「あぶない!」

「うわっ!」

 思わぬ方向からの力にカナセの手元は狂い、投擲は見当違いの方向に逸れていく。

「何だよ、いきなり!」

 突き飛ばされたカナセが地面に伏せながら思わず叫んだ。

 だがその直後、遠くからの三連の発砲音と同時に身を隠していた廃墟の壁が爆発で吹き飛ばされた。

 何者かが発見した二人に攻撃した。

 カナセはクレアが自分を突き飛ばした理由をやっと理解した。

 後になって投げた手りゅう弾の爆発した音が空しく響く。

 司令官達の居る場所とはまるで見当違いの方向だ。

「何の攻撃だ?!」

 カナセは起き上がると砲撃が起きた方向を注視しようとした。

 だがその前にクレアが少年の手を引いて後ろへ駆け出した。

「逃げて! ハンターの狙撃よ!」

「狙撃? でも、これって……」

 ライフルによる狙撃などという生易しい物ではない。

 明らかに小口径砲による砲撃だ。

「いいから早く! このままじゃ狙い撃ちされるわ!」

 瓦礫の中を二人が逃げる。

 その最中にも再び三連射が放たれた。

「撃てー! 撃てー! ゲリラを逃がすなー!」 

 更に後から兵士達による自動小銃の発砲音もそこに加わった。

 無数の銃撃が二人の背後を襲う。

「ひゃあ!」

 頭を抑えながらカナセが短い悲鳴を上げる。

 ハンターと兵士達の攻撃は容赦ない。

 それでも二人は瓦礫の街を盾にしながらその場から辛くも脱出した。

 しばらくして二人は市街地の石畳の上を箒で低く飛んでいた。

「迂闊だった! 見えなかっただけでハンターがあそこに潜んでいたんだわ!」

「でも、ここまで逃げて来たんなら砲撃も……」

「駄目よ、ハンターは一度見つけると仲間のハンターと連絡を取り合って、どこまでも追いかけてくるんだから!」

 クレアが答えた直後、前方で土煙と共に建物が倒壊した。

 その中から鉄の塊が姿を現す。

「出て来たわ、ハンターよ!」

「ハンター?! あれがハンターだって?」

 カナセは一瞬、目を疑った。ハンターは土煙の中から飛び出してくると二人の行く手を阻もうと立ち塞がる。しかしそれは狙撃銃を構えた兵士ではない。

「あれって戦車じゃないか!」

 間違いなく、クレアがハンターと答えたのは全周を装甲板で囲った軽戦車だった。

 軽戦車はこちらに丸い砲塔を向けると搭載されている35㎜機関砲で射撃を開始した。先ほどからの三連射の正体はこの大口径機関砲の発砲音だった。

 クレアは低く飛びながら砲口の射線を巧みに外すと、砲撃は反れ、後ろの壊れたアパートを突き崩す。

 だが攻撃がこれで終わったわけではない。

 今度は同軸機関銃と呼ばれる機関砲と隣接する機関銃が火を噴いた。威力は小さいが弾数がけた違いに多い分、逆に砲撃より厄介な存在だ。

「大から小って、さっきの船の攻撃と同じかよ!」

「ウェスタ神よ! 我を守り給え!」

 クレアが短い呪文を詠唱した。周囲に青い光の壁が現れる。

 障壁は銃弾の攻撃を弾き返し二人を凶弾の災厄から守った。

「凄い! 流石!」

 飛びながらクレアの手際の良さにカナセは感嘆する。

「でも、そんなに持たない!」

 銃撃を真面に浴びた障壁は忽ち効果を失った。

 しかし僅かでも時間稼ぎには成功し、箒はその間に軽戦車の目の前で反転、鋼鉄の箱を置き去りにした。

 一方で軽戦車の狩人も二人をこのまま逃す気配はない。

 軽戦車は遠ざかる箒に向けて再び発砲した。

 今度はキャニスター弾と呼ばれる弾丸内に豆粒の様な大量の散弾を詰めた対人用砲弾だ。

 散弾の霧が拡散しながらカナセの背後へと襲い掛かる。

 もう二人を守る障壁は存在しない

 だが散弾が到達する直前に箒が通りの角を曲がった。

 散弾は目標を失い進行方向にあった塀の壁を穴だらけにしただけだった。

 ふたりの視界はハンターから消えた。

 しかしハンターは追跡の為、移動を開始する。

 しかしクレアの箒は複雑な都会の辻角を何度も折り返しながら飛び、軽戦車の追跡を巧みにかわしていく。

 その甲斐あってハンターの姿は二人の背後から完全に消えた。

 箒に掴まったままカナセがクレアに提案した。

「おい、今のうちに高く飛んで逃げた方が良いんじゃないか? 幾ら戦車でも空までは追って来ないだろ?」

 だがそれを聞いてクレアが申し訳なさそうに首を横に振る。

「それが……これ以上高く飛べないのよ」

「飛べないって、何で?」

「オーバーヒートよ。やっぱり普通のコアには負担が大きかったみたい。少し休ませないと……」

 クレアが箒を止めると二人は急いで脇にあった廃墟に姿を隠した。

 暫くして二人を追って来た軽戦車が姿を現し二人の前を通り過ぎていく。

「やり過ごせそうか?」

「多分……。でも区画を丸ごとローラー作戦でもされたら、あっという間に見つかるわ……」

「だろうな……。とにかく、隠れながら移動しようぜ」

 二人は隠れながら歩こうとした。だがクレアの足元が急にふらつき出す。

「危ない!」

 歩くのも儘ならない。カナセが咄嗟にクレアの体を支えた。

「オーバーヒートは箒だけじゃなさそうだ」

 恐らく長時間の魔煌技の使用が彼女を疲労困憊させていたのだ。

 だが触られた途端、クレアはその手を払い除けようとする。

「ちょっと、変に触らないで……。エッチ」

「エッチって何だよ。せっかく親切で助けてやってんのに」

「私に今までした事を思い出してみなさいな」

 クレアは壁に体を預けながら怪訝な表情を浮かべる。

「ふむ、まだそこまでは信用されていないって訳か……。まあ、君の気持ちは理解できるよ。年頃だものね」

「何よ、図々しい人ね……」

「でも今は非常時だ。変な事なんてしないよ」

 そう言うとカナセはクレアの前で背中を見せながらしゃがんだ。

「何のつもり?」

「おんぶだよ。傍目から見てもフラフラだ。俺が負ぶって脱出する。それの方が速い」

「結構です。どさくさに紛れて体を触られるなんて沢山……」

「大丈夫だよ。触った位、何てことないさ」

「ちょっと! 最初から触る気でいるの?」

「そりゃそうさ。こんな役得、当分無いだろ?」

「呆れた人!」

「ああ、遠慮しなくていいよ。こうみえても重い物は運び慣れてるんだ」

「御心配には及びません! 一人で歩きますから! それに私は重くない!」

 カナセの慇懃無礼な態度にクレアは怒りを覚える。

「何なのよ、この人……少し甘い顔すると、すぐに図に乗って……」

 そして自分の脚で一歩を踏み出そうとする。

 しかしその瞬間、本格的な疲労に襲われた。

 再び彼女の体がふら付く。

「きゃあ!」

「ほら、言わんこっちゃない!」

 カナセが再びクレアを支えようとする。

「離して! あなたが怒らせる様な事を言うから……」

 そう言い返した時、遠くで三連射の発砲音が何度も聞こえた。

「あいつら、本格的に燻り出しに来たか……」

 カナセの言葉にクレアが焦りを覚える。攻撃はまだここまで届いていないが追い付かれるのも時間の問題だ。

「判りました。あなたにお願いします。負ぶって頂きます」

「本当? やっと、決心が付いたんだね」

「ええ、こんな所で死にたくありませんから……」

 不承不承、クレアはカナセの背中に身を任せる。

 するとカナセは堂々とクレアの体を触り始めた。指先は最初は真っ白な太ももに今度はお尻をスカート越しにがっちりと掴み掛かった。

「ひっ!」

 下半身を襲う身の毛もよだつ感覚にクレアは短い悲鳴を上げた。

「思った通りでっかいケツだよな。おっぱいも大きかったけど……。でも触り心地は全然違うんだな。おっぱいはふわふわだったけど尻は丸くてむっちむちって、肉の塊! って奴?」

 カナセの遠慮無ない感想がクレアを辱める。

 一方、クレアはそれを耐え忍ぼうと口を真一文字に結んだ。

「今だけ……今だけ我慢よ……」

 だがクレアが何も言わない事を良い事に更にカナセが調子付く。

「もっと両腕をしっかり締め付けて体を密着させてくれ。このままじゃ、走った時に落っことしそうだ。おっぱいをぎゅって俺の背中に押し付ける様に……。そうそう、良い感じ。おっぱいの感触やわらけ~。」

「いい加減にして! 早く先に進みなさい! もう敵はそこまで来てるのよ!」

 耐え切れなくなったクレアが言い返す。体を触られるのも大概だが、このよく舌の回る口が妙に腹立たしい。

「こんなによくしゃべる人だとは思わなかったわ……」

 クレアは背中越しにカナセの横顔を見つめる。自分を背負う彼の笑顔は心の底から嬉しそうに見えた。それはまるで初めて女の子と友達になった男の子の様にも思える。

「じゃあ、どこを行けばいい?」

 カナセは訊ねながらクレアの箒を拾い上げ腰に回した。その箒の柄の上に彼女は自分のお尻を乗せた。お陰でクレアはこれ以上、お尻を触られずに済む。

 僅かばかり不快感から開放されるとクレアは答えた。

「東に向かって。街を脱出する。もうここで長居するのは良くないわ。あなたには他にもいろいろ見てもらいたかったんだけど」

「了解。ここは撤退って事だな」

 カナセは腰を低くしながら市街地を走り出した。

「敵の位置は判るの?」

「大丈夫、ちゃんと判ってる。相手のコアの位置はバッチリだ」

 カナセはここぞとばかりにスピードを上げた。その足並みは女の子一人を背負っている割には健脚だ。

「案外、逞しいのね」

「日頃のコア集めで充分に足腰鍛えてるからな。惚れてくれた?」

「バカ言ってないで先に進んで。そこの角で左に曲がって。そのまま狭い道を真っ直ぐ……出来るだけ目立たない裏通りを使っていくわ」

 クレアも彼の背後から的確な指示を出す。もう先ほど受けた辱めによる嫌悪感もない。

 そしてポカチフ中将が居た場所から充分な距離を取ると休憩がてらに壊れた建物へと身を寄せた。

「ありがとう、ここで降ろして。もう一人で歩けるから……」

「そうなのか? 遠慮しなくっても……」

「結構です!」

カナセはクレアを下ろすと二人して店らしき屋内に身を隠した。

「ここって何の店だろう?」

「喫茶店だったはずよ」

「小洒落た店だったのに、ここも荒れ放題だな……」

 二人が店内の隅に腰を降ろす。

 気持ちが落ち着くとクレアはカバンから防水紙で作った小袋を取り出しカナセに渡した。

 中から濃緑の球体が一粒だけ出て来た。

「なにそれ?」

「飴玉よ。知ってるでしょ? それとも田舎では見たこと無い?」

「それ位、知ってるよ。馬鹿にすんな」

「疲れた時に効くから舐めておきなさい」

 カナセは飴玉をそのまま口の中に放り込んだ。

 しかし舌の上に転がした瞬間、凄まじい薬剤臭が口内に広がる。

「うぎゃ! 何だよこれ!」

「吐いちゃダメ! そのまま舐め続けると効いて来るから」

 そう言われてもカナセは飴玉を舌の上で止める。

「けど、酷い味だ……」

「我が家で調合した薬草が練り込まれているから、それの味よ。でも舐め続けてると疲れも取れていくから我慢しなさい」

「何だよ……知ってて、舐めさせてるだろ?」

「さあ、どうかしらね~」

 そう答えるとクレアは意地悪く笑った。

 それでも飴玉を舐め続けると疲れが少しずつ取れていく。

 飴玉の効用は本当だった。

 だがどうもこの苦みは先ほどのお尻を触られた事へのクレアなりの仕返しも含まれている様に思えた。

 飴玉を舐めながらカナセが渋い表情で訊ねる。

「ところでコアの具合は?」

「まだ飛ばすまでには……やっぱり飛行用じゃないのが良くなかったのね」

「なら当分、歩いて逃げ回るしかないか……」

 ピンチは続く。だが焦りは禁物だ。

 状況を見誤ればカナセはヨシュアに訪れた早々、ウラ鉄の銃口の前で露と消えるのだ。

 今はクレアを信じて慎重に前に進むしか無かった。

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