第17話 夜襲
それから二日後の日中、訓練中のカナセ達に召集が掛けられた。
全員が甲板の上で整列させられると隊長がこう言った。
「ここを襲った奴等の顔が割れた! 敵はマーベリック級水上機母艦006號! そこで今からこっちがお礼参りに入る。野郎ども、今すぐ準備しろ!」
説明を補足すれば、一昨日のカンザスを襲撃した水上機の母艦の位置が発見されたので、今度はこちらから攻撃を仕掛けるという事だった。
「た、隊長! 質問があります!」
手を挙げたのはなんとカナセの横に居たトギス・エニールだった。
昨日から彼も正式に訓練に参加していたが、カナセと比べて遥かに基礎体力が出来ていない為、激しいシゴキの前に泣きながら悲鳴ばかりを上げいていた。
「なんだ、新入り! 言ってみろ!」
しかし意外にもナタルマ隊長はこのだらしのない新兵へ質問の許可を与える。
「敵への襲撃はどのような作戦を取られるのでしょう? そして如何程の友軍が参加されるのでしょうか?」
「それを貴様が知ってどうする?」
「よろしければ自分が隊長の参謀を務めたく思う所存で、カンザスでの待機を要請するであります」
その最後の一言にカナセを含む全員が唖然とした。
「手前の様な男が参謀なんか務まる訳無いだろ……それにお前だけ逃げるつもりか?」
誰もがそう思った。そしてトギスには臆病者以外にこすい奴という烙印も押された。
しかしそれを人前で堂々と言ってのけっるトギスの頭の中はどんな精神構造になっているのか?
だがトギスが投げかけた質問の意味は決して的外れではなかった。
最も、トギスが聞かなくても隊の誰かが質問していたか、聞かれるまでもなくナタルマが説明をしていたはずだ。
ともあれ皆が隊長の次の言葉に注目する。
「ふん! 作戦なんて簡単だ。ガーっと行ってダーっと攻めて船ごと乗っ取るんだよ! 友軍なんか参加しねぇ。オイラ達の手柄を横取りされて堪まっか!」
要約すると魔煌陸戦隊だけで強襲を掛けるという事だった。
そしてトギスの参謀の件は無視された。
その後、揚陸艦カンザスは艦隊を離れて一路目的地に向かう。戦闘海域にも関わらず護衛の随伴艦は無し。敵の分遣艦隊に補足されればひとたまりもない。全くの単独行動だ。
その間に個々で個人装備の準備が始まった。装備は武器一式に一日分の水と食料だ。
「しかし来た早々にこの部隊で実戦とは……」
カナセが弾倉に弾を詰めながら落胆する。
カナセは陸戦隊による戦闘はこれが初めてだった。残念ながら船上での集団戦のノウハウが自分には全く無い。要は習うより慣れろの状況だ。
そしてカナセの横で背嚢に荷物を積める相棒がまるで当てにならない。
「おい、トギス。そんなビビんなよ。まだ戦いは始まってもいないんだぜ」
無駄だと思いつつカナセはトギスに声掛けをした。
トギスも準備の最中だったが表情は恐怖で強張り荷物を積める手もおぼつかない。
「残念だったな、参謀の件は。まあ、そんな気を落とすなって。この戦闘の後にまた請願してみりゃいいじゃないか」
そう言って一応、相棒としてトギスを慰めてみる。
だがそれが良くなかった。トギスは青ざめた表情を強張らせたまま火が着いた様に感情を爆発させた。
「嫌あああああああ! もう実戦なんて! こんなんじゃ逃げる前に死んじゃう! 死ぬの、いやぁああああああああああああああああああああああ!!」
その奇声に周囲に居た隊員達が一斉に凍り付いた。
それはカナセも例外ではない。
「トギス! ちょっと来い」
カナセは立ち上がるとトギスの首根っこを掴んで艦橋の隅に引き摺り込んだ。
「トギス! いいかげんにしてくれ! お前、敵に乗り込む時にもこんなバカ騒ぎをするつもりか?!」
皆、戦闘前でピリピリしてる。そうでなくてもこの部隊の兵質は素人ばかりで低いのだ。
なのにトギスの様に不安を煽れば隊員の士気低下に拍車が掛り、部隊は戦う前から戦闘力を失う事になる。
最悪、恐怖や苛立ちが頂点に達し、敵意が原因を作ったこちらに向く事だってあるのだ。
だがそれでもあの隊長は自分達に突撃命令を下すはずだ。
そんなカナセの危惧に対しトギスはメソメソ泣きながら答える。
「だって……怖いんだもん! カナセは怖くないの?」
「怖いさ! でもな、そんな風にビビってたら本当にツキが無くなるぞ!」
「ツキって?……」
「じゃあ、実戦経験者としてひとつアドバイスしてやる。戦場で一番悪目立ちするのは恐怖で正気を失った奴だ。お前みたいにな! そんな奴は真っ先に敵の的になる!」
「いやあああああああああああ!! 的はいやあああああああああああああああ!!」
「だったらビビるな! デンと構えてろ! 戦場なんてピクニックでも行くような気分で居ろ! そして戦う前は帰ってからの晩飯の献立が何かな? って考えてるんだ! そうすりゃ弾なんて当たらない! 生きて帰って来れる!」
「本当?」
「本当だとも! 生き残って帰って来てる奴はみんなそうした! 俺もそうした!」
「……」
「それにだ、お前ひとりくらいなら俺が生きて連れて帰って来てやるよ」
カナセの口から思いも依らぬ言葉が出た。それを聞いてトギスがハッとする。
「本当? カナセ?」
「ああ、マルケルスの神様に誓ってやるよ。お前を死なせやしない」
カナセは真面目に答える。
するとカナセの言葉を聞いたトギスも真剣に向き合う。
「何でそんなにはっきり言えるの? これから戦争をするんだろ?」
「実を言うとな、前の隊に居た時に相棒を失いかけたんだ。そいつは生きて本国に帰れたけど、体中がボロボロで今も車椅子生活なんだ。でもそいつが死にかけて手術室に運ばれた時、正直、こんな気分になるのはコリゴリだと思った。だから相棒であるお前を俺は死なせたくない」
少々、芝居がかった言い方だったがそれはカナセの本心である事には変わりなかった。
もうマリウスの様な事は御免だ。それにどんな相手でも一度、相棒と呼んべはそいつはもう他人ではないのだ。そんな奴の死に顔なんて見たくもない。それが人の情のはずだ。
「ただし!」
しかしカナセは釘を刺すのも忘れない。
「もうビビるのは無しだ! 自分だけ助かろうとか抜け駆けもだ! 戦闘中はいつも俺の近くに居ろ! でないと俺はお前が死にそうになっても助ける事も出来ない!」
「うん……判った。頑張ってみせるよ……」
トギスが頼り無さ気に返事する。その弱弱しい声を聴いては普通ならばとても信じる気になれない。
しかしここは勇気を振り絞って一回くらいは何が何でもトギスという男を信じるべきだ。
例えその一回の裏切によって自分が死ぬ事になっても、それは諦めるしかない。
カナセはそう自分で腹を括った。
深夜、カンザスは敵水上機母艦の居る作戦海域に到着した。
幸い、敵の分遣艦隊にも哨戒部隊にも偵察用の水上機にも補足される事はなかった。
海上に支援用の内火艇二隻と人員用の9mカッター二艘が降ろされる。夜襲を掛ける陸戦隊の総勢は五十名。当初は魔煌陸戦隊だけで作戦が行われる予定だったが、他の陸戦隊も作戦参加を申し出てこの大人数になったのだ。
半端者の魔煌陸戦隊に抜け駆けで手柄を立てられては堪らない。およそ彼等の本音もそんな所だろう。
それを了承したナタルマ隊長の真意は不明だが、カナセ達下っ端の隊員達には正規の陸戦隊の参加は大歓迎だった。
あちらは陸戦のプロだし兵員の数は大いに越したことはない。そして何より的が増えれば自分達に弾が当たる確率はグンと減るのだ。
お陰で相乗りの9mカッターはすし詰め状態の積載量超過で今にも沈みそうだったが、魔煌陸戦隊の連中は皆、大船で乗った気分でいた。
「せいぜい本職さんに頑張って貰おうぜ。なあ、トギス」
「う、うん……そうだね」
そうカナセは大仰に喜んでみせたものの、一方のトギスは不安が拭えないでいた。
陸戦隊を満載したカッターが一艘づつ内火艇に曳航されていく。
「カナセ・コウヤ! 前に来い!」
移動中、舳先に立つナタルマがカナセを呼んだ。
ここに来てからは「オイ!」か「手前ぇ!」のどれかで、恐らく名前で呼ばれたのはこれが初めてのはずだった。
「何でありましょうか、隊長殿?」
カナセは詰まらなそうにナタルマの横に移動する。しかしナタルマがカナセを呼んだのには理由があった。
「情報ではこの先に006號が浮いてるはずだ。反応はあるか?」
カナセの魔煌探知能力はナタルマにも知れ渡ってた。それを使ってカナセに索敵をさせようというのだ。
作戦の成否と部隊の命運はカナセの索敵の結果で決まる。
「いえ、発見できません。隊長」
艦影を発見できないカナセはありのままを伝えた。
「よし、だったら反応があるまでここで監視を続けろ。それとだ……」
「は?」
「呼吸法を忘れるな」
カナセは「言われなくても」と心の中で思う。
あれ以降、教えられた呼吸法は継続していた。成果はまだ何も無いが、あの光の円錐を使いたいが為だけの愚直さで苦しいのを耐えている。
カナセは脈煌侃流法を行いながらコアの探信を行った。
しかし暫く航行し続けてもコアの反応は現れない。
そんな中、カナセは横目でナタルマをちらりと見た。
なかなかどうして、夜目に映る隊長殿の横顔は端整な美少女ではないか。ショートカットの青い髪と緑色の瞳はボーイッシュな魅力で溢れている。
カナセはここで初めてナタルマの女の子としての可愛らしさを自覚した。
「これで女の子らしくしてりゃあなぁ。蓼食う虫も居るだろうに……」
つくづく勿体ない気がする。
「おい、反応はあったか?」
「いいや、何も」
「そうか……」
ナタルマが視線に気付いた時には既にカナセは索敵の仕事に戻っていた。
だが索敵から10分後、遂に索敵の網に敵が引っかかった。
「発見、艦影3、左15度、距離3000」
「間違いないか?」
「いや、艦影5に修正。コアの種類から一隻が大型艦、残り四隻がガンボートと推測」
「機関停止、この場で待機。曳航ロープ外せ。これよりオールによる隠密航行を行う。くれぐれも敵の監視に見つかる様なヘマはするな、いいな!」
二艘の9mカッターは内火艇から切り離されると一番大きなコアの反応に向かって前進を始めた。
全員が声を殺しながら一斉にオールを漕ぐ。
日頃の訓練の成果が実ったのか掛け声を合わせるまでも無くぴったりと息が合い、カッターは真っ直ぐに暗闇の海上を進んでいった。
昼間なら、もう肉眼で水上機を満載する敵水上機母艦の艦影が識別出来る距離まで近づいているはずだ。
だが灯火管制によって明かりを消している為、海上に浮かぶ巨大な気配は感じるがその全容は闇に溶け測り知る事が出来ない。
そしてその周囲には母艦を囲む様にコブラ級ガンボートが配置されているがこちらも暗くて艦影が見えない。
二艘のカッターはそのガンボート同士の間に空いた空間に静かに入っていった。
幸いガンボートの見張もこちらには気付かない。
「よしよし、ここまではオイラの目論見通りだ」
ナタルマがほくそ笑む。
やがてカナセ達を乗せたカッターが大きな物体と接触した。
間違いなくマーベリック級水上機母艦006號の船体だった。
小舟の乾舷にくくり付けてある古タイヤが敵母船との衝突を吸収し音を立てる事もない。
二艘が接舷すると遂に一昨日の意趣返しが始まった。
河川艦の乾舷は大小を問わず低いので容易に相手の船に乗り移る事が出来た。
まずは正規の陸戦隊が降り立った。寝静まった母艦内に屈強の海の野戦屋が先行する。
そして次に魔煌陸戦隊が母艦の甲板上に静かに降り立った。
カナセは周囲を見渡す。闇に包まれている広い甲板上には八つの航空用大型コアが整然と並べられていた。
間違いなく母艦に搭載されている水上機のコアモーターの反応だ。日の当たる場所ならフロートの付いた青色も鮮やかな八枚の主翼の並ぶ姿が拝めたはずだった。
「何時か操縦してみたいな……」
ふと、カナセはそんな思いを馳せる。
一方で戦闘は既に始まっていた。陸戦隊はまずは各所の見張り台を奇襲した。
隊員達はある者は消音器付きの拳銃を使い、またある者はナイフや素手を使って次々と見張り台の上の水兵達を始末していく。
それをカナセ達は物陰に身を潜めながら待つだけだ。
その音もなく屠殺していく手際は実に見事なものだった。
「凄ぇ……俺達じゃ、あんな風には行かないな……」
正規の戦闘能力を目の当たりにしてカナセは溜息を吐く。
ただ、あの海戦の夜、ジル・ガスキンも同じ様に殺されたのかと思うと気も滅入る。
そして未だにあの時の犯人が捕まったという話は聞かない。
やがて船体の後ろ半分の見張り台が占拠された。
この後は順次、前方の見張り台の襲撃に移行する。
全てが順調だった。カナセ達、半端者の魔煌陸戦隊の出る幕はない。
恐らく、作戦を立案したナタルマも腕の振るいどころを失って手持ち無沙汰な気持ちで居るはずだ。
「ちっ、ツマンネぇの……。誰かヘマでも起こさねぇかなぁ。そうなりゃ即、大乱闘なのによ……」
彼女らしい感想がカナセの横から小声で聞こえてくる。
しかしそんな事をされては堪らない。何かの拍子で敵にこちらの存在がバレでもしたら余計な仕事と流血が増えるだけだった。
「無事これ名馬……何事も無いのが一番だよ」
間近でトギスのつぶやく声が聞こえる。
それにはカナセも同感だった。そしてこの後も順調に本職が仕事を終えるのを願った。
しかしその願いも空しく、前を行く陸戦隊から報告が入る。
「悪いが魔煌の隊長さんに見てもらいたい物がある」
そう陸戦隊の隊員から伝わるとナタルマが嬉しそうに前に出る。
「遂に真打のお出ましだ……」
しかし隊員は適当な部下も二、三名連れて来てくれと申し出た。
「何でだ? 敵ならオイラ一人で充分なのに……」
「魔煌技に詳しい人間に来てもらいたいとの事だ」
「ちっ!」
そんな隊員の説明にナタルマが舌打ちするとカナセが噴き出しそうになる。陸戦隊の中ではナタルマが魔女の学校中退である事をお見通しらしい。
仕方なくナタルマは自分の傍に居た二人に声を掛ける。
「カナセ、トギス。お前ら、ちょっと来い」
「えっ! 僕も行くんですか? 魔煌技に詳しいのなら他に居るはずですよ」
「良いから来い! お前、魔煌士学校の次席卒業生だろ? カナセ、こいつが逃げない様にしっかり見張ってろ!」
「イエス、マム……さあ、行くぜ相棒」
「トホホ……」
カナセはトギスの肩を叩くとナタルマの後に付いていく。
死神の影がちらつく目的地にはすぐに到着した。
そこでは物陰に隠れた陸戦隊隊長が前を指差した。
「あれだ、あれがこっちの前進を塞いでるんだ」
本職の隊長の説明に三人が覗き込むと死神が姿を現す。
「おい、あれって……ゴーレムじゃないか?」
暗闇でカナセが目を見開くと、その向こうには畑の中の案山子の様な機械人形が立ち尽くしていた。機械人形は甲板に一本足を固定されると映画キャメラの様な頭部を左右に動かしながら周囲を油断なく監視した。
「悪いがあいつを魔法で何とかしてくれ。こっちで破壊出来なくも無いが出来るだけ音を立てたくない。そっちはあんたらの専門職だろ?」
隊長がカナセ達に言った。
確かに機械人形の死神からはコアの反応がする。そして死神の手にあったのは死者の首を狩る大鎌ではなく200発入りの弾倉を取り付けた重機関銃だった。
「あんな物をこっちで片付けろってか?」
それも陸戦隊で手に負えない相手を音を立てずにが最低条件だ。
その厳しい要求にカナセは唖然とする。
「あれってタレットの一種ですよ……」
そんな中、トギスが珍しく身のある事を言った。
「タレット?」
その発言にカナセとナタルマが口を揃えて言う。
「ゴーレムの一種……っと言うか自動砲台の類です。術者によってコアの力が尽きるまで動き続ける様に命令を受けています。普通のゴーレムとは違い足元は固定式で上半身のみ可動します」
「だったら何だって言うんだい?」
ナタルマが聞く。
「移動は制限されますが歩行機能が無い分コアの消耗が低いんです。ですからあの様な24時間の監視任務に最適です」
「もし近づいたらどうなるんだよ」
「恐らく、キャメラの視覚に入った途端、攻撃を仕掛けて来るかと……」
「よし、判った。じゃあトギスはあいつを分解して来い。助っ人にはカナセをこき使え」
「ええっ!!」
カナセとトギスが思わず大声を上げそうになる。
「どうして僕なんですか!」
先に聞き返したのはトギスだ。
「お前、こんだけ詳しいって事は分解も出来るだろ? それにカナセはお前の相棒だ。相棒が相棒の肩を持つのは当たり前だ」
「そんな無茶苦茶なぁ!」
「さぁ、オイラ理由を説明したぞ。さっさと行ってこい! 行かねぇとぶん殴るぞ!」
「ひいぃ!! もがぁ!」
トギスが脅されて悲鳴を上げそうになる。
するとトギスの口に手を当てながらカナセが割って入った。
「ちょっと、待ってくれ! 作業の前にトギスと打ち合わせさせてくれ!」
「じゃあ、1分だけくれてやる。時間が無ぇんだ。終わったらさっさと行けよ!」
ナタルマの無茶な要求にカナセが溜息を吐いた。
しかし命令とあればやらなばならないのが戦場の不文律だ。
「トギス、お前タレットの分解なんて出来るのか?」
「多分。ゴーレム関係の講義は学校で受けてるから、魔煌技の術式を逆算出来れば何とか……。でもその為にはタレットに直接触れなきゃ」
トギスはいきなり難易度の高い行動を自信無さげに口にする。
「近づくってどうやって?」
「ええっと……あの天辺の頭にキャメラレンズがあるだろ? あのレンズの視界に入らない様に近づければ多分、大丈夫のはず」
「そのキャメラの死角に入るって事だな……」
カナセは注意深くタレットの形状と動きを観察する。
「床に這いつくばって行けば何とかなりそうか……」
「ねえ、ちょっと待ってよ。本気で行く気なの?」
今度はカナセの言葉にトギスは茫然とする。
「まあ、なる様になるさ……それに作戦前に言っただろ、お前くらいは生きて帰らせてやるって」
「でも……」
「その代わりいい仕事しろよ、相棒」
「うう……」
カナセは肩に掛けていた自動小銃を下ろして出来るだけ身軽になると、物陰に隠れながら接近した。
そしてタレットの傍まで行くと甲板に這いつくばり音を立てない様に匍匐前進を始めた。
こうなってはジタバタせず覚悟を決める他ない。
それを見たトギスもカナセに倣って床に伏せた。
「もう、どうにでもなれ……」
二人は訓練で習った通りの匍匐でタレットの方へと徐々に進んでいく。
「デンと構えて……デンと構えて……」
恐怖を堪えようとするトギスが囁き続ける。
しかしそれもタレットの足元にまで辿り付くと相手の反応を恐れて聞えなくなった。
這いつくばりながらカナセが上を見上げる。
タレットは淡海に方に銃身を向け、すぐ間近に居るカナセ達には気付いていない。
しかしその銃口が一度、火を噴けば数人分もの戦闘火力を発揮するはずだ。
「馬鹿か利口か判らないな……」
カナセが不意に思う。
そしてその横では足元に指を当てたトギス・エニールが無声詠唱を始めた。
トギスからの魔煌技を受けたタレットの様子がおかしくなる。全身が震えたと思ったら今度は銃座を弛緩させて砲身を垂れ下げていく。
他人が掛けた魔煌技を逆算して魔煌具を無力化させた。口で言うのは簡単だが、それ自体は技術が伴う、かなり高度は魔煌技だ。
「こっちもそうだ……。馬鹿なのか利口なのか……」
否、贔屓目に見てもトギスの魔煌士としての能力は高い物だった。
それに今は恐怖と戦いながら現実と向き合っている。
懸命にタレットの魔煌技を解除しようとする瞳は真剣そのものだった。
「魔煌士学校次席……本人が言うだけのモンは持ってるって事か……」
ならばカナセもトギスに対する見方を変えねばならない。
やがて機械人形は全身を弛緩させ甲板の上に崩れていった。その力の抜けた様はまるで糸の切れたマリオネットの様だ。
「やれやれ、何とか終わったよ……」
タレットを無力化させたトギスがその場で体を起こした。それに倣ってカナセも同じ様に身を起こすとまじまじと動かなくなった機械人形を見つめる。
「お疲れさん……、次席のトギス君」
そして後ろに居るナタルマ達に手を振ると、陸戦隊は再び前進を始めた。
陸戦隊の背中を見届けながらカナセは相棒を褒め称える。
「いや、大したモンだよ、トギス……。お前は本物だよ」
もしこの作戦が成功すれば、その功績の何割かは間違いなくトギスの物になるはずだ。
しかし当のトギスは褒められたところで別段、嬉しくもない表情を浮かべる。
「けど、もうこんな危ない橋を渡るのは一切御免だよ……」
そう言いながら目の前に転がっていたタレットの頭部と掌でぴしゃりと引っ叩いた。
だがそれに合わせて敵水上機母艦内でサイレンの音が鳴り響く。
「なっ!」
二人はそのけたたましい機械音に唖然とした。
「ち、違う! 僕じゃない! ちゃんとタレットは無力化……」
棒立ちになったトギスが懸命に首を横に振る。
「なに、突っ立ってるんだよ! さっさと伏せろ!」
そんなトギスに向かってカナセが掴み掛かると二人して甲板の上に伏せた。
すぐに母艦上で銃撃戦が始まった。
陸戦隊の誰かが敵に見つかったのだ。
「弾が飛んで来ない所を見ると俺達じゃない……」
しかし向こうでは敵と味方が入り混じった銃声の他にタレットに装備された重機関銃の発砲音も聞こえてきている。
カナセはトギスと再び物陰に隠れながら周囲を警戒した。
生憎、二人とも自動小銃は置いてきたままで丸腰だ。
それにカナセには闇夜でコアの無い敵を見つける力はない。前後で瞬き続ける銃撃戦の閃光がどちらの陣営から発せられたのか見当もつかない。
「神様……神様……神様……」
真横では両手を合わせて拝み続けるトギスの声が聞こえる。半狂乱で騒ぎ立てられるよりは丁度良い。
「でも同じ場所に居ると不味いな。トギス、移動するぞ。……付いて来い!」
「あわわわ。待ってよ、カナセ!」
カナセはトギスを連れて物陰の中を前進した。
周囲にはナタルマ隊長を含む仲間達の姿は見えない。
「チッ、孤立しちまったか……」
カナセは舌打ちする。
トギスは震えたままで役に立ちそうにない。戦えるのは自分だけだ。
「どうする? 仲間と合流するまで前進するか、このまま隠れてほとぼりが冷めるのを待つか……」
兵士としての職務なら前者だが武器も無い状態でトギスを連れていてはそうもいかない。
だがこちらが迷っている最中に事態は急変する。
母艦に一斉に照明が灯ると暗闇の洋上の上でその姿が露になった。
当然、ヨシュアの陸戦隊員の姿も照明の下に晒される。
「何だ?」
一瞬、何が起きたのかも判らずカナセは混乱した。
そんな中、母艦に向かって一隻のガンボートが急速に近づいて来た。
ガンボートは何を思ったのか母艦に向かって搭載されている機関銃を発砲した。
薙ぎ払うかの様にガンボートの銃撃が甲板上の陸戦隊に襲い掛かる。
「うわあっ!」
カナセが慌てて頭を引っ込めると、その上を無数の銃弾が“ひゅん”と風切り音を立てながら通り過ぎていく。
しかしカナセ達はまだ運の良い方だった。
中には猛射を真面に浴びた陸戦隊の分隊もあった。
装甲に囲まれた移動銃座に対して彼等は為す術もなく甲板上でバタバタと倒されていく。
しかも攻撃はこれだけには留まらない。周りに居た残り3隻のガンボートも同じ様に母艦に取り付いた敵兵士に向け攻撃を仕掛けて来たのだ。
母艦の照明に照らされる中、陸戦隊は左右をガンボートの攻撃に挟まれる。
そして凄まじい銃撃の猛威はヨシュアの兵士だけには留まらない。
母艦に乗せられていた味方の水上機も容赦なく穴だらけにされていった。
それは肉を切らせて骨を断つ。捨て身の戦法だった。
「母艦を乗っ取られる位なら乗せている飛行機なんて安いモンだって事か……」
その思い切りの良さにカナセも舌を巻く。
「さて、どうする」
考えている時間は僅かしかない。ガンボートからの攻撃は今も続いている。しかも母艦の中にはまだ大勢の敵の水兵が居るのだ。
絶体絶命の危機、このままでは全滅も避けられない。
「だが何か……何か手はあるはずだ……」
カナセは周囲を改めて周囲を見渡す。近くには穴だらけになった水上機の下で身を屈めて震えているトギス・エニールが居るだけだ。
「仕方ない……。可哀そうだけどルーキーに賭けてみるか……」
カナセはトギスに近寄ると彼の肩を擦った。
「トギス! おい、トギス! 聞こえてるか?」
「いやあああああああああ!! 死ぬ! 死ぬ! 本当に死にゅうぅぅぅぅ! 死にゅのいやあああああ! 殺さないでぇぇぇぇ! お願いぃぃぃぃ!! うごぼぼぼぼぼ……」
カナセの声を聴いた途端、トギスは半狂乱に陥る。
だがそれを見た途端、カナセはトギスの頬を三発ほど引っ叩いた。
「正気に戻れ! そんな所で泣いてたって何にも成んねーぞ!」
「か、か、ガナゼぇぇぇぇ……」
叩かれた事でトギスはようやく正気を取り戻す。
「でもカナセ、僕達ここで……」
「おっと、その話は今は無しだ。その前にトギス次席に聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「トギスが魔煌陸戦隊に所属になったにはボン・エニールの陰謀以外に他に何かがあるはずだ。違うか?」
「そう言われても……」
トギスは身を屈めながら考え込む。
「例えば戦闘魔煌技が何か使えるとか……」
「それならマギアギアとゴーレムが、両方同時に動かせるよ……」
「何だって?!」
意外だった。その話が本当なら恐らく魔煌士としての能力だけならトギスはカナセよりも普通に上だ。
「やっぱり学校出たインテリは違うって事か。それでゴーレムは何体動かせるんだ?」
「……一体だけだよ」
「それでも大したもんだ……。なら作戦は決まった!」
「作戦って?」
「俺達二人が生き延びる……否、トギスがこの戦いのヒーローになる大作戦さ」
カナセ達は身を屈めたまま一旦、銃撃が収まるのを待った。
銃撃が止むと、船に搭載されていた水上機に向かって甲板を駆けた。
二人は水上機に取り付くと、弾痕も生々しい操縦席にそのまま乗り込んだ。
水上機は単葉複座で前が操縦席で後ろが後部銃座だった。
だが水上機を動かして二人だけで脱出する気はない。
カナセもトギスも飛行機の飛ばし方を知らなかったし、なまじ動かせたところで飛び立つ前にガンボートの銃撃の餌食になるのは目に見えていた。
後部銃座に乗り込んだカナセの目の前で機体がほのかに青白く光る。
「よーし、上手く行きそうだな。トギス、準備はいいか?」
「いつでも行けるよ。でも、上手くいくかなぁ?……」
「いけるさ。なんせ俺達コンビがやるんだからな!」
二人が乗り込んだ後、水上機母艦の甲板上で異変が起こった。
一機の水上機が巨人に変形すると照明に照らされた甲板の上で立ち上がったのだ。
巨人はノソノソと母艦の艦橋に取りつくと両手で掴み掛る。
その様子を海上で目撃したガンボートが攻撃目標を変えた。
一旦、陸戦隊への攻撃を取り止め、巨人へ砲火を集中させる。
ジュラルミンで出来た胴体は巨人の集中砲火を浴びると瞬く間に穴だらけになっていく。
「今だ、トギス!」
「ええい、どうにでもなれ!」
カナセの合図にトギスが答えると、甲板の上から違う、もう一騎の巨人が立ち上がった。
そして間髪入れずに淡海に向かって大きく跳躍すると、一度だけフロートで出来た爪先で水面を蹴った。
「いけええええええ!」
水面を跳ぶマギアギアの中からカナセの声が響く。
二人の乗るこの巨人こそ本命のマギアギアだった。
そして母艦の甲板上で暴れている巨人は囮のゴーレムでしかない。
それは水上機に乗り込む前にトギスの掛けた魔煌技の罠だった。
一方、マギアギアの行きつく先には母艦に向け銃撃中のガンボートが浮いていた。
ガツンッ、とぶつかり合う金属音が闇夜の水面で響き合う。
トギスのマギアギアの両腕がガンボートの船体にしがみ付いた音だ。
「トウッ!」
水上機の銃座からガンボートの甲板に向かってカナセが颯爽と飛び移る。
そして小さな艦橋に駆け込むと、中に居た四人の乗組員に襲い掛かった。
狭い艦橋内でカナセのパンクラチオンが炸裂する。
一人が掌底で鼻下を打たれて前歯を折り、次の一人が鳩尾と顔面を膝蹴りされる。
それを見た残り二人が恐れを為して艦橋から逃げ出すとカナセは戦闘力を失った二人の乗組員を外へと放り出した。
そしてドアのカギを閉め、占拠した操縦席の中でモーフィング・マギアを詠唱する。
「立ち上がれ、コブラ・ヴァイハーン!」
その直後、ガンボートに異変が起きる。船体が青白い光に包まれるとガンボートの小さな操縦席が軍神を模した巨人の上半身に変形したのだ。
一方で船体の一部に開口部が開くと、ガンボートにまだ乗っていた水兵達が次々と船外へ吐き出されていく。
「うわあぁ!」
水兵達が投げ捨てられる度にドボン、ドボンと水音を立てる。
そして水兵を出し終えた闘神からカナセの声が聞こえた。
「トギス、この船を分捕った! こっちに乗り移れ!」
それを聞いたカナセは人型に変形した水上機から慌てて離れるとそのままガンボートの方に乗り込んだ。そして後部砲塔のハッチへと体を滑り込ませる。
ガンボートは変形を途中で止め、下半身を船にした状態のままで動き出した。
水面に打ち捨てられたウラ鉄の水兵達は奪われた船を眺めながら茫然としていた。
モーフィング・マギアでガンボート一隻を支配したカナセはそのまま一番近くに居た敵ガンボートに接近した。
「トギス、用意は良いか? 前部砲塔は俺が操作するから後ろを頼む」
「うん、何とかやってみる!」
伝声管から後部砲塔に居るトギスの声が聞こえる。
「攻撃開始!」
カナセの合図と同時に二門の75㎜砲が火を噴いた。
その直後、目の前で浮いていた護衛のガンボートが直撃を浴びて炎上する。
「やったぞ!」
カナセが大破するガンボートを見て声を上げた。
敵からの反撃は全くなかった。母艦に取りついた陸戦隊を片付けるのに躍起になっていた上にこちら側を完全に味方だと誤認していたせいだ。
「やったよ、カナセ! 当たった、当たったんだ!」
自分の力で初めて敵艦を撃沈した事実に、トギスは思わず興奮する。
「そうだ、この調子でガンガン行くぞ!」
カナセは更に船を進めて残りのガンボートも始末していった。
敵のガンボートの位置はカナセの魔煌探知能力により容易く見つけられた。
そんな相手はヴァイハーンの敵に全くならなかった。恐らく相手は最後までこちら側を味方と誤認し続けた上に自分達がなぜやられたのかも判らないまま沈んでいったはずだ。
やがて最後のガンボートを片付けるとカナセ達は母船の上で戦う仲間達の援護に回った。
甲板上で味方の陸戦隊員が味方が拿捕したガンボートの存在に気付くと手信号で攻撃目標を指差した。
カナセとトギスは指示に従って母艦に立て籠る敵水兵を銃火器で攻撃した。
その後の戦いは最後までヨシュア水軍の優位に進み、艦橋の占拠が完了した頃には日が昇り始めていた。
戦場だった水上機母艦が夜明けと共にその巨体を露にする。
甲板上の水上機は全て破壊され、艤装の損傷も激しかった。だが艦橋の操縦系統は無傷でこのままヨシュア水軍の支配海域へと自力航行し始めた。
それを並走するガンボートの上でカナセが鼻歌を歌いながら眺め続けていた。
一方でトギスは精魂尽き果てたのか、砲塔の中で爆睡し、カンザスに戻るまで起きる事はなかった。




