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第16話 ひよっこ陸戦隊

 ヨシュア水軍魔煌陸戦隊。水軍陸戦隊とはまた別の組織だ。

 隊長はナタルマ・シング特務少尉。以下総勢二十四名。

 通常の陸戦隊の一個小隊にも満たないこの小部隊は今回のゴッド・パイル作戦だけの為に設立された魔煌士部隊だった。

 彼らは水上騎兵隊と比べると……否、組合や正規軍直属の戦闘魔煌士達から見ても明らかに異質な存在だった。

 更に個々の経歴を見ればその異様さは増す。正規の陸戦隊員は一人も在籍して居らず、隊長以外にも組合に所属していない魔煌士が大勢を占めていた。

 連中は溢れ者やならず者の集まりであり愛国心や義務感など毛頭もない、それ所か、ヨシュアの国籍すらないダラシネも含まれている。

 今回の作戦参加の動機も単に食い扶持目当てならまだ良い方で、自分が起こした犯罪からの恩赦目当ての特典稼ぎという輩まで居た。

 要するに魔煌陸戦隊そのものが戦争に参加してはみたものの、行き場の無い魔煌士達が集められた半傭兵部隊……掃き溜めと言った所で、通常では軍隊としての統率が機能しないのは必至の連中だった。

 だが集めた限りは統率せねばならない。ここは軍隊であり規律で縛られた艦の上だ。

 規律を保たねば戦争など出来ない。

 その規律を保つため司令部から隊長として絶対的権限を与えられたのがナタルマ・シングという少女だった。

 例えるならナタルマ・シングの存在は鎖に繋がれた獣を鞭で調教する冷酷残忍な調教師と言った所だ。

 そして到着したその夜からカナセに向かって調教師の鞭が飛んだ。

 就寝中、揚陸艦カンザスでホイッスルの笛の音が鳴り響いた。

「敵襲か!」

「遅い! さっさと起きろ!」

 その音と声に全員が叩き起こされるとそのまま甲板に向かって走らされた。

「走れ! この玉無し野郎!」

 闇夜の中でナタルマの罵声が飛ぶ。

 そして全員が揚陸艦の甲板に並ばされた。

「これよりカッター訓練を行う! 全員、チームごとにカッターを下ろし搭乗せよ!」

「イエス! マム!」

 隊員達が無理やり眠気を覚まそうと大声で返事を返す。

 そして手早く救命道着を装着すると、甲板の上に吊り下げられていた4m余りのカッターと呼ばれる手漕ぎボートを海面に降ろし搭乗させられた。

 当然、カナセも長いオールを担いでカッターに乗り込む。

 しかし突然の出来事でカナセの頭の中はまだ半分寝ぼけたままだ。

 三艘のカッターが夜も明けきれぬ淡海の中を漕ぎ出していく。

「イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー!」

 全員が体中の筋肉を全開にしてオールを漕ぎ続ける。周囲は空と海の区別もつかない、完全な闇の中での航海だ。

 カンザスの方を見ても光は見えない。ウラ鉄の夜襲を恐れて船団全体が灯火管制を敷いているのだ。

 だがカナセはそんな周囲の状況も判らず、ただ周りに合わせてオールをひたすら漕ぎ続けた。

「イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー!」

「コラァ! 24番の新入り! サボるな! 力を込めて死ぬ気でオールを漕がんか!」

 船頭代わりのナタルマから容赦なく罵声が飛ぶ。

 24番の新入りとは誰あろうカナセ本人だった。

「イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー! イーチ! ニー!」 

 カナセは必死にオールを漕ぐのが思う様にオールは水を切る事が出来ないし周りと合わせる事も難しい。

 だがそれはカナセがサボっている訳ではない。

 カナセにとってカッター用の長いオールを漕ぐ事自体が生まれて初めての経験だった。

 そして何より集団作業に慣れていないせいもある。

 やがて指先が痺れ腕が強張る。声は枯れ全身も汗まみれだ。

「なんでこんな目に……」

 自分は何も悪くないはずだ。なのにこの理不尽な扱いの前でナタルマへの恨みつらみだけが蓄積されていく。

「死ぬ気で漕げ、オカマ野郎! トロトロ漕いでるとカンザスに置いていかれるぞ!」

 そんな中でもナタルマの叱咤が容赦なく飛ぶ。

 それに隊長の言っている事は嘘では無い。ゆっくりではあるがカンザスも船団から離れまいとまえに進んでいる。

 ぼやぼやしているとカンザスからカッターが本当に離されていくのだ。

 やがて早朝訓練は折り返しに入る。

「さあ帰りは競争だ! ドベのカッターは全員、朝飯抜き! 判ったか!」

 しかし皆、漕ぐので精一杯で誰も隊長の声を聞いては居なかった。


 ナタルマ・シングが魔煌陸戦隊の隊長に選ばれた理由は兎にも角にも、彼女自身が持つ圧倒的な腕っぷしの強さとその実績だった。

 彼女はカナセがヨシュアに来る前からウラ鉄に対して数多くの戦果を挙げていた。

 数多くの戦車や装甲列車が魔煌の籠手によってただのガラクタに変えられた。

 そこで彼女に与えられたのが「拳の魔女」という二つ名だった。

 ポッと出の水上騎兵隊隊員とは軍への貢献度はまるで違う、それだけに今回の作戦でも水軍司令部は彼女の戦闘力に大きな期待を掛けていた。

 言い換えれば魔煌陸戦隊は彼女の為に作られた組織といっても過言でもない。

 にもかかわらず部隊の中身がクズの寄せ集めだったのは、噂で聞こえてくる彼女の人柄への裏返しでもあった。

 社会不適合者が行う訓練で手塩にかけて育てて来た正規兵を潰されては堪らない。

 それは水軍司令部のもう一つの本音でもあった。

 その代わりに当てがわれた生贄がカナセを含む寄せ集めの今の隊員達だった。

 隊員の質は著しく低かった。

 カナセの様なそれなりの実戦経験者も少数、居たが基本、烏合の衆だ。

 だが低いのなら刃物の様に鍛え直して使い物にしなければいけない。

 そんな事もあってナタルマは部下に対して平時から鉄拳制裁を振るい続けた。

 一方、魔煌陸戦隊の連中も所属する階級社会と両腕の魔煌の籠手に恐れを成して従属していた。

 それがどれほど理不尽な暴力であってもここに居る限り皆が黙って従う他なかったのだ。


 結局、その後も隊員達は二時間以上オールを漕ぎ続けながら夜明けを迎えた。

 そして朝日が差し込む頃、漕ぎ続ける事でそのまま揚陸艦カンザスへと帰投した。

 皆がクタクタに疲れ切っていた。掌を見ればマメが潰れ血が滲みヒリヒリする。

 そして訓練後、甲板上に直立不動で並ばされると隊長から有難い訓示を受けた。

「いいか、手前ぇ等! 戦場での一番の武器は鉄砲でも魔煌技でも無ぇ! それは仲間同士の団結力だ! 皆で塊になってぶつかれる事こそが目の前の敵を倒す事の出来る最大の武器だ! 判ったな!」

 その訓示を皆が黙って聞く中、カナセが心の中でつぶやく。

「このあぶれ者が……。一番、団結力のない奴がよく言うぜ……」

 そしてナタルマの前で誓った。

「いつか殺してやる……」

 そして訓練後、最下位のカッターの連中は本当に朝飯抜きにされた。

 幸い、カナセのカッターは最下位を免れのだが飯が食えず腹を空かせている連中が横に居たのでは食っていてもいい気分はしない。

 仕方なく、以前からの隊員達同士の秘密の取り決めで、食えなかった連中には食えた連中の残した朝食の分を密かに分け与えられた。

 無論、あの怖い隊長には内緒だった。

 しかし深夜のカッター訓練はその日の目覚まし代わりでしかなかった。

 朝食が済めば甲板の上を飽きるまでランニングさせられ、それが済めば戦闘基礎訓練と射撃訓練を仕込まれた。

 戦闘基礎訓練は銃火器の扱い方とその整備方法の講習だった。

 渡されたのはギップフェル沖海戦で使った物と同型の自動小銃だった。

 それを目を瞑ったまま組み上げられるまで教え込まれるのだが、幸いカナセは騎兵隊に配属されてていた頃に同様の訓練を受けていたので特に苦にはならなかった。

 だが問題はその後の射撃訓練だった。

 自分が分解から組み上げたライフル銃を使って海上に浮かぶ曳航された無人のボートの的に向かっての一発づつ実弾射撃を行う。

 だがこれが至難の業だった。

 艦も揺れればボートも揺れる。撃っても撃っても弾が的に当たる事は無い。

 何もかもが勝手が違う。ムラクモの時の射撃訓練では的は母艦の上にあったし、クレアの箒に乗った時もこんなに揺れる事はなかった。

「外れ! このヘタクソ! 税金を何だと思ってる! 一発外すごとにその場で腕立て十回! 十発外すと二百回だ! 一回曲げる度に納税者様に詫びと感謝の言葉を吐け! 大声でだ!」

 カナセが外すとナタルマの罵倒が飛ぶ。そして次弾も外し腕立てが追加される。

「こんなヘタクソでは撃った直後に敵に位置がバレバレだ! 手前ぇ一人が死ぬのは勝手だが自分のヘマで仲間まで巻き込む様な真似は厳禁だ!」

 ナタルマはカナセに付きっ切りで指導する。

 彼女の話では一週間後にギップフェル島の上陸作戦が開始されるらしい。

 それまでにここに来て日の浅いカナセを、足手まといの荷物から役立たずに格上げせねばならないと言うのが隊長の言い分だ。

「本当はここでタコ殴りにしてベッドに寝かせておきたいくらいだ。何もしないで居る方が役に立つからな! だがそれで甘やかしては隊の規律が保てん! 貴様には死んでも島に上陸してもらう!」

 果てしないナタルマの叱咤の言葉にカナセは辟易する。たかが一週間の訓練で何が鍛え上げられるというのだ。

「いつか……。いつか殺してやる!」

 結局、的に外した数だけ腕立て伏せをさせられた訓練はカナセに憎しみを募らせただけだった。

 そしてやっと午前の訓練が終わると遅い昼食にありついた。

 皆、量を減らされた朝食の分も腹の中に詰め込むつもりだ。

 しかし早朝のオール漕ぎと腕立て伏せでスプーンを持つ事もおぼつかない。それどころか射撃訓練の際、波間の揺れの中で的に目を凝らしたせいで不快な船酔いに苛まされ食事のほとんどが喉を通さない者も居る。

 そしてまともな食事の時間すら与えられなかった。

 なぜなら食事の最中に再びサイレンが鳴ったのだ。

「何だよ……今度は何の訓練だ?」

「敵襲!」

 カンザスの水兵の警告の叫び声、その後に水上飛行機のコアモーターの近づく音と機銃による掃射音。

 その直後に甲板下の天井から銃弾が突き抜け、テーブルに置かれていた食器を切り刻んでいく。

「うわあああ!」

 カナセの目の前で破壊されたテーブルと食器の破片が跳ね回った。

 幸い破片が体に当たる事は無かったが、その光景にカナセは肝を冷やす。

「何時まで食ってる! さっさと外に出ろ! 死にたいのか!」

 誰かの怒声が聞こえた。

 言われるがままカナセは他の隊員と共に外に出る。

 既に甲板上では揚陸艦に据え付けられていた対空機関砲が上空の水上飛行機に向けて攻撃を開始していた。

 しかしこちら側の砲撃が飛び回る敵機に命中する事はない。

「ああ、もうヘタクソ……」

「なに、ぼやっとしてる! 手前ぇ等も戦うんだよ!」

 そんな中、ナタルマが訓練で使っていた自動小銃をカナセに投げ渡した。

 これを使って敵水上機を追い払えというのだ。

「こんな物、ここからじゃ当たる訳、無ぇだろ……」

 だが隊長命令ならやるしかない。

 そして旋回した水上機が再び機銃掃射を仕掛けて来る。

 甲板上に無数の跳弾が跳ね回り、時には艦の艤装品が穴だらけにされた。

「うぎゃあああああああ!! しっ死ぬぅううううう! 死ぬのイヤアアアアアアア!」

 同じ甲板の上で誰かの泣き叫ぶうるさい声が聞こえる。

 その気持ちは判らなくもない。だが今は他人の泣き言に構っている暇は無い。

 カナセは甲板上に置かれた救命艇に身を伏せると敵に向かって引き金を引いた。

「まさかこんなに早く訓練の成果を試さにゃならんとは……」

 しかしカナセの放った銃弾が水上機に命中する事は一切なかった。

 一方、敵機も掃射の為の銃弾を使い切るとそのまま大空を旋回しながら揚陸艦の前から姿を消した。

「バカヤロー! 二度と来んなぁー!」

 誰かが小さくなっていく敵機に向かって叫んだ。

 だがその声が相手に聞こえる事は無いだろう。

「ほっ、やれやれだぜ……」

 だが敵が諦めてくれた事に誰もが安堵する。

 対空警戒が解かれると午後の訓練も中止とされ代わりに戦闘後の後片づけを手伝わされた。カナセは銃撃で穴の開いた甲板に木栓で蓋をし、栓の頭をのこぎりで切り飛ばす。

 そしてそれが済むと夕食までに「自主的」な訓練が強要させられた。

 カナセの自主練は格闘訓練だった。無論、教官はナタルマ本人による付きっ切りだ。

「この野郎!」

 カナセは師匠直伝の古代パンクラチオンで挑み掛かる。

 一方でナタルマの格闘術は実家道場の流派と思わしき古武術と我流の合わせ技だった。

 しかしそこは同い年の男の子と女の子、体格差も基礎的な腕力もカナセの方が上で押し切れる……はずだった。

 にも関わらず組み合うとカナセはナタルマに足元を難なく掬い上げられ、帆布製のマットの上へ無様に叩き落とされた。

「うぎゃっ!」

 背中を打ち付ける痛みにカナセが悲鳴を上げる。

「ほら、どうした! ご自慢のパンクラチオンもそれじゃあ宝の持ち腐れだぞ!」

 投げ飛ばされたカナセをナタルマが嘲り哂う。そして彼女は全く魔煌技を使っていない。

 それは天才的なセンスによる離れ業だった。

 結局、何度組み合っても結果は同じだった。カナセはナタルマの組手に為す術もなく投げられ手も足も出せない。それどころか受け身を取るのが精一杯で生傷ばかりが増えていく。カナセにはまるでいい所が無い。

「あ~あ、見ちゃられないなぁ~」

 相手の弱さにナタルマがわざと肩を竦める。

「立て、お荷物野郎。手前ぇに良い事、教えてやる」

「良い事?」

「付いて来い! これでも覚えてちったぁ強くなれ」

 ナタルマが進んだ先には古いサンドバッグが訓練場の隅に吊るされてあった。

「よーく見てろよ。ボンクラにも判るようにゆっくり見せてやる」

 そうナタルマが言うと、彼女はサンドバッグの前で拳を掲げながらゆっくり息を吸った。

 すると拳から上半身を覆うほどの丸い魔煌障壁を展開する。

 ナタルマはそのまま身構えると呼吸を繰り返しながら意識を障壁に集中させた。

 今度は魔煌障壁に変化が現れる。

 丸い板状の障壁が拳を中心に徐々に縮んでいく。それに合わせて中心から前に向かって隆起が起こる。隆起はそのまま尖鋭感を増すと最後には全長40㎝ほどの鋭利な円錐に変わった。

「破っ!」

 ナタルマは拳の前に生まれた光の円錐を横に振るった。

 一瞬で砂の詰まったサンドバッグが両断され下に落ちた。

「!!」

 その切れ味にカナセが言葉を失う。

「おい、お荷物。手前ぇはこれを覚えろ。マギアギアで戦う時にも役に立つはずだ」

 そう言いながらナタルマは右の拳の中に握っていた0.5番コアをカナセに投げ渡した。

 障壁を攻撃兵器に転換する。

 ナタルマが見せた物は魔煌障壁を応用した戦闘魔導技だった。

「こんなやり方があるなんて……」

 それをカナセはこの場で初めて知った。それをナタルマに教えられたのは癪だったが確かに使えれば強力な武器になるはずだ。

「なに、ボサっとしてやがる! さっさとお前も覚えるんだよ!」

 カナセはナタルマがやった様に切り裂かれたサンドバッグの前で身構えるとコアを握った拳から無声詠唱で魔煌障壁を発生させた。

 そして意識を集中させ光の剣を発生させようとする。

「ぬうぅぅう!」

 カナセが気合を込める。しかしいつまで経っても魔煌障壁は平滑なままだ。

「そんなんじゃ何時まで経っても出来やしねぇぞ!」

 結果の出せないカナセをナタルマがなじる。

 しかしどう足掻いても障壁の平面からはたん瘤ほどの隆起も起こる事は無い。

 そんなカナセに痺れを切らしたのか、ナタルマが言った。

「呼吸法がまるで出来ちゃいないんだよ」

「呼吸法だって? 何だよそれ?」

「魔煌技を円滑に発動させる時に使う呼吸法だ」

 そんな物がある事など初耳だった。当然、師匠にも教わってはいない。

「まずは姿勢を正して体の力を抜け、方からも首からも骨からも肉からも。そして抜けきった所で腹の奥に息をゆっくり詰め込むんだ。胸じゃねぇ。腹だ! そんで腹から吸い込んだ息をキンタマに回せ! そしてキンタマから背骨の方に摺り上げるんだ!」

「摺り上げるって……」

「しゃべるな! そうやって吸った息を使って煌気を回すんだよ! 空気の気は気持ちの気であり煌気の気だ。その三つの気がいつも一緒になって体の中をグルグル血液みたいに回ってんだ。だから体の中の空気の流れを使って体中に煌気を送り込む!」

 カナセは言われるまま教えられた呼吸法を繰り返した。しかし何度やっても出来ている様には思えない。

 それでもナタルマはカナセに続けさせた。

 腹から吸い、股間まで降ろして背骨から吐き出す。

 それを気持ちに留めながら何度も何度も繰り返す。

 その光景をナタルマが黙って見詰めていた。

 そんな事を繰り返していて一時間ほど経った頃、なぜか全身から大量の脂汗が流れ出て来た。そして全身の筋肉が痺れる様に痛い。

 呼吸法だけで全身が悲鳴を上げる。それは信じられない体験だった。

「よし、普段使ってねぇ筋肉が疲れてきた証拠だ。そのまま術式を声に出して壁を作ってみろ。光の剣をイメージしながらな! 無声詠唱なんかしたらぶっ飛ばすぞ!」

 カナセは言われるまま再び拳を突き出し魔煌障壁を展開すると光の円錐をイメージした。

 すると最初は変化の無かった光の表面から僅かな突起が現れた。

「やった!」

 しかし、喜びも束の間、突起が出たと思ったらすぐに障壁の中に引っ込んだ。

 そんなカナセにナタルマはこう言った。

「それが魔煌士の正しい詠唱呼吸、全筋呼吸詠唱法、別名『脈煌侃流』だ」

「脈煌……侃流?」

 カナセが苦しい息の中でつぶやく。

「オイラのクソ親父が実家で教えてる魔煌格闘の基本中の基本の呼吸法だ! よーく覚えとけ!」

 ナタルマの実家は確か高名な武闘家の家系と聞いた。ならばナタルマの言っている事は本当かもしれない

 ナタルマは続けて言う。

「まあ、今の魔煌技は合理化されていて吸って吐いてだけでも使えるからな。しかし魔煌技の本当の力を引っ張り出すんなら、その呼吸法が必要なんだ。本来、呪文詠唱は肺と顎だけでするもんじゃ無ぇ。全身を使って詠唱するもんだ。そうやって呼吸する事で初めて強く正しく素早く魔煌技の詠唱が行えるんだ」

「……」

「ふん! 自分には無声詠唱があるって顔してやがる! しかしな、気持ちだけで唱えて体を使わない無声詠唱なんて方が邪道なんだ! よく心で唱える事で煌気を魔煌技の術式に完全変換するなんて判った事を抜かす奴がいるが、そんな事は不可能だ。何でか変わるか?」

 カナセは答えられない。するとナタルマが代わりに答えた。

「雑念だよ、雑念! 無声詠唱中に晩飯の事を一瞬でも思い浮かべれば、結局はゴミみたいなモンしか生まれないんだ! それが嫌ならオイラの教えてやった呼吸法で魔煌技を詠唱しろ! 判ったな!」

 そう有難い薫陶を述べた。

「そして明日からの貴様の自主練メニューがこれだ! 上陸作戦にまで使える様にしておけ! それと呼吸法はこれ以外は禁止だ! 寝ても覚めても、飯の時もマスを掻いてる時もこの呼吸法で息をしろ! 返事は?!」

「イエス……マム……」

 カナセは言われるがまま返事をした。

 何故ならナタルマの持論には一理ある様な気がしたからだ。

 そう思わせるだけの力があの光の円錐にはあったからだ。

 しかしナタルマのいちいち威張り散らした言い方には虫唾が走る。

「いつか……いつか殺す……」

 そう言ってナタルマへの恨みも忘れなかった。


 その後、カナセは呼吸法の鍛錬を続けた。

 しかし成果はまるで出ない。

 そして自主訓練終了と同時に、疲労で甲板の上に倒れた。

 当分、そこから動けそうにない。

 だが自主訓練が済めばその日の日程から解放され夕食と僅かな自由時間が就寝まで与えられた。

 カナセはベッドの腕で体中の痛みに苦しめられながらうめき声をあげていた。余りの苦痛と疲労で息をするのも辛い。

 しかしカナセはナタルマに言われた通りベッドで横になった時でさえ呼吸法の訓練は続けた。

「あの光の剣がほしい……」

 その思いがカナセを突き動かしている。

 そんな時、隣のベッドから大声が聞こえた。

「嫌やぁぁぁぁぁぁぁあぁああ!! 死にゅうぅぅぅ!! 死にたくないよぉぉぉぉ!」

「だ、誰!……」

 虚ろな瞳で顔を上げると隣のベッドで一人の男が泣き叫んでいた。

「死ぬぅ!! 僕達はこの戦いで死ぬんだぁ!! 死にゅの嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 男は頭から毛布を被ると辺り構わず発作の様な錯乱をまき散らす。

 どうやら一週間後の上陸作戦に参加する事が心底、恐ろしいらしい。

「まあ、気持ちは判るけど……」

 寝る前までそれをやられるのは迷惑この上ない。

 そしてカナセはある事に気付く。

「あれ? こいつ確か……」

 その声には聞き覚えがある。敵の水上機が攻撃を仕掛けて来た時、甲板の上で騒ぎ立てていたあの男の声……。いや、違う。もっと以前から聞きいた事のある声だった。

「ええっと……どこで聞いたっけ?」

 カナセは喚き声を聞き流しながら記憶の糸を辿り続ける。しかし疲れ切った心と体がそれを妨げる。

「ああ、駄目だ……。もう考えるのが面倒くさい……」

「おい、新入り! このうるさいのをさっさと黙らせろ!」

 そんな時、同室の古参兵……と、言っても僅かばかりここへの配属が早いだけで、それにカナセの方が実戦を多く経験しているのだが……が辟易しながら命令して来た。

「黙らせる? なんで俺が?」

 しかしカナセも嫌そうに言い返す。こんな泣き虫、弱虫を押し付けられては堪らない。

 だがその古参兵からは意外な答えを返ってきた。

「何、言ってやがる! こいつはお前の相棒だ。隊長から言われてなかったか?」

「相棒?」

 それは初耳だ。そして相棒と聞いて咄嗟に浮かんだのがマリウス・ルーメン少尉の顔だった。しかし毛布の下で丸くなるこの男からは少尉の様な頼り甲斐は一切感じない。

「いいからお前が何とかしろ! ここに連れて来られてからこいつ、ずっとこの調子でベットに寝込んでやがる。うるさくて敵わん!」

「ずっとって、何時からここに居るんだ?」

「今日の昼に配属されたんだとよ。そんで船に乗った途端、ダダダダダ! っだ。どっちにしろ、お前と同じ新入りだ。面倒、見てやれよ!」

「うわああああああ!! 死にたくない! 死にたくないのぉぉぉぉ!!」

「うるさい!」

 ポカリ! 騒ぐのを止めない男をカナセは毛布の上から殴った。

「うぎゃ!」

 殴られた男も思わず呻く。そんな彼に向かってカナセは言い放った。

「おい、こら! あんまりうるさいと船から淡海に叩き落すぞ!」

「イヤだぁぁぁぁ! 海は嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「だったら黙れ! 周りが迷惑なんだよ!」

 カナセが男を叱咤する。すると男は少しばかり泣き止んだ。

 だがその後はまるで親に捨てられた子供の様に女々しく泣き続けた。

「だって僕達、一週間後の上陸作戦で死んじゃうんだよ……それなのに何で皆、そんなに落ち着いてられるんだよ……」

「そんなモン、当たりっこ無ぇに決まってるからだろ!」

「ちょっと待って! どうしてそんな事、はっきり言えるのさ!」

「今まで当たった事が無いからだよ! それで満足か?」

 そう言ってカナセは男を黙らせようとした。

 するとカナセの声が通じたのか男は急に黙り込む。

 だが今度は涙で濡れた毛布の隙間から思いも依らぬ言葉が聞えて来た。

「あれ? もしかしてカナセ・コウヤ?」

「は?」

 カナセが思わず聞き返す。すると暫くして男が毛布から顔を出した。

 男の顔を見てカナセは思わず声を上げる。

「トギス、エニール?」

「やっぱり、カナセ・コウヤだ!」

 互いが互いの名前を呼び合う。

 間違いない。この男は国奉隊タモン・エニールの秘書でありトラスニーク防衛戦の時、組合本部の前で出会った、あのトギス・エニールだ。

「こりゃ、驚いた……。世の中、狭いもんだな」

 一方、知り合いの顔を見つけた事でトギス・エニールはようやく落ち着きを取り戻す。

「ああ、こんな所で君に出会うなって……」

「そりゃ、こっちの台詞だ。それよりどうしてトギスがこんな所に居るんだ? お前って従軍するタマじゃないだろ?」

「叔父さんに無理やり入隊させられたんだ……」

「叔父さん? 叔父さんってボン・エニールか?」

「そうだよ。組合の元事務課長の……今はエニール財団の事務局長をやってる。僕はその叔父さんにここへ飛ばされたんだ……」

 そう言ってトギスはまたシクシクとまた泣き始める。

 「飛ばされた? 何で?」

 カナセがトギスに問い質す。何やら深い事情がある様だ。

「家でブラブラしていたら頭ごなしにこのゴク潰しが! 何時まで遊んでいるつもりだって怒鳴られたんだ。そんで有無を言わさずここさ……。酷いよな、僕の意思なんか完全に無視だ……」

「ブラブラって仕事は? 国奉隊が潰れた後は何してたんだ?」

「してないよ」

「してない? その歳で遊び惚けていたって事か?」

「仕方ないだろ? 元々、僕は魔煌士学校を次席で卒業してるくらいの英才なんだ。そんな僕に釣り合う仕事が無かったんだんだもの。紹介されても行く先々で会うのは馬鹿ばっかでさ。従兄のタモンなんてその際たるモンだよ。従弟だからってあんなクソデブ押し付けられたんだよ! 酷いと思わない? あんな奴の為に僕は自分を安売りさせられたんだ。なのに国奉隊が潰れた途端、今度はゴク潰し呼ばわりだ」

 そんなトギスの愚痴を耳にした途端、カナセは唖然とした。

「せめてさ、司令部付きの参謀にでも推薦してくれたら良いのに選りによってド底辺の陸戦隊なんだぜ。嫌になっちゃう……」

「へー……嫌になっちゃうか……」

 カナセはトギスの話を聞いていて馬鹿らしいと思った。聞いている自分まで馬鹿に思えてくる。

 そして世界にはここまで世の中を舐め切った奴が居る事を彼で知った。

 反面、あのボン・エニールが思っていたよりも真面な神経の持ち主である事も知った。

「いや、一族の中で唯一の常識人かもな……」

 どちらにしても下らない大発見だ。

 しかし一つだけ我慢ならない事があった。

 何の断りも無くトギス・エニールが自分の相棒にされているという事実だ。

「こいつの御守りを俺がしろってか?……」

 結果的に責任をなすり付けられた事にカナセはゲンナリとする。

 弾なんて当たりっこない。先ほどはそう強がって見せたがそんなのは嘘だ。

 戦場では常に危険と隣り合わせの中に居る。今まで当たらなかった弾が次の瞬間には命中する。それをカナセは経験で知っていた。

 しかしそんな危険を回避させてくれるのが相棒の存在だ。その互いに安全を補完し合える相棒の存在は何よりも重要だった。

 そういう意味ではマリウスはカナセにとって百点満点の相棒だった。

 それはカナセが今まで生き延びて来られた事実が証明してくれている。

 しかしこの先、相棒となろうとする男からは逆に不安しか感じない。

 恐らくトギス・エニールはカナセの命を守ってはくれないだろう。

 それどころか彼が起こす失態によって自身の生命が危機的状況に陥るのではないか?

 そんな予感すら感じていた。

「コイツこそ、当日は殴ってベッドに寝かしつけておくのが良いんじゃねぇか?」

 無能な味方。カナセが眉を歪める。逆にトギス・エニールの存在が恐ろしく感じる。

 しかしそんなカナセの気持ちを知ってか知らずかトギスはこんな事を言い出した。

「ねえ、カナセ……。カナセはナタルマ隊長に気に入られてるんでしょ?」

「はぁ?」

 トギスの意味の判らない問い掛けにカナセは一瞬、唖然とした。

「んな訳無ぇだろ! 俺なんか一番虐められてるじゃないか……」

「でも皆、言ってたよ……あの新入りはきっと 隊長の彼氏で、傍に置いときたいから呼び寄せたんだって」

「あの苛め抜かれている様のどこをどう解釈したらそうなるんだ?」

「やっぱり違うの? 必殺技、教えられてたのに?」

「違うよ!」

「なんだよ、期待させといて……。もしそうだったら僕を後方勤務に就けるよう隊長に頼んでもらうかと思ったのに。出来る事なら戦う前に本国に後送してもらえたら……」

「そんなモン、出来る訳ないだろ!」

 もし出来るのなら、カナセは今からでもナタルマの部屋に乗り込んで土下座して頼み込んでいたはずだ。

「もう、いいや……。聞くだけ無駄だった……」

 もはや疲労困憊。このトギス・エニールの話を聞いたせいで疲れが倍増だ。

「じゃあ、俺はもう寝るからな……」

 そう言ってカナセは自分の毛布を頭から被った。眠気はすぐに襲って来る。

 一方でトギスは寝付いたカナセを見た途端、再び騒ぎ出した。

「ちょっと、待ってよ! 上陸作戦の時は僕を守ってくれるんだろ? 相棒だから当然だよね? ねえ、カナセ・コウヤ! 聞いてるの? もっとお話ししようよ~」

 しかし疲れ切っていたカナセから一切、返事は返ってこない。

 ただ寝息の混じった濁ったいびきが聞こえてくるだけだった。


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