第13話 空爆の魔女
次の日の早朝、カナセは仲間達の後押しもあって旗艦ヨークタウンに再び向かった。
明日にはムラクモもここを離る。カナセもその時に新たな配属先である後続の揚陸艦に移動しなければならない。
それに眠ったままのマリウスの事も気になる。
小型艇でヨークタウンに到着すると病室の前でまたパナマ・リビに会った。
「やあ、夜勤明けかい? 遅くまで大変だね」
「ああ、曹長ですか。昨日の今日で朝っぱらから何の用です?」
「美人がそんな事、気にしなくていいよ。それよりも少尉の様子は?」
「先ほど目を覚まされた。曹長が送られた缶詰を見て喜ばれてましたよ。まだ食べられやしませんが」
「そいつぁ良かった……。それで今も起きたままか?」
「いいえ、今はまた眠ってらっしゃいます」
「じゃあ、起こしちゃ不味いな」
「病人ですから当然です」
「クレア・リエルは知らないか?」
「リエル先生なら今日はシフトから外れておられます」
「へえ、そうなんだ。どこに居るか判るかい?」
「甲板を散歩されてるのではないでしょうか? 時間の空いた時はよくそこでお見掛けしますが……」
「ああ、そうなんだ。ところでかわいい看護婦さん、パロマ・リビさんだっけ」
「あまり馴れ馴れしく呼ばないで下さい」
「パロマさんもヨークタウンに残るのか?」
「いいえ、患者の皆さんのお世話をする為に明日、ムラクモに移ります」
「じゃあ、少尉の事を頼むよ。念入りにな」
そう言うとカナセは手に持っていた紙袋をパロマに渡した。紙袋の正体は仲間達から送られた餞別品の数々で中には小さなカステラやらキャンディーやらキャラメル等の菓子類の他に小さなウイスキー瓶まで入っていた。
「何です、これ?」
「賄賂さ」
「困ります! 心づけなんて。こんなの受け取れません!」
パロマは受け取った紙袋を生真面目に突き返そうとした。
しかしカナセは強引に彼女に押し付ける。
「良いんだよ、受け取っときな。それに貰ったパロマさんが困るなんてのは筋違いだ。なんせ渡した俺が全然困らないんだからな」
「そんな無茶苦茶な屁理屈……」
「じゃあな、元気で居てくれ。それと少尉の事よろしく。是が非とも頼むよ」
そう言ってカナセはパロマの前から離れていった。
そしてその足で甲板に向かうと早速、クレアの姿を探した。
日は斜めに差し、青い水面を銀色に照らす。
しかし周囲を見渡しても彼女の姿は見えない。
「どこに行ったんだろう? もしかしてパロマに担がれたか?」
仕方なくカナセは船首から船尾に向けて彼女の姿を探すことにした。
途中、乾舷に張り出された見張り台の水兵達とあいさつを交わた。
「やあ、朝からお勤めご苦労様」
彼等の居た張り出しの見張り台はジル・ガスキン上等兵が死んだ場所と同じ形をしており、現在は二人組体制で見張りが行われていた。
「曹長、何か御用でありますか?」
水兵達が話しかけて来る。二人はカナセが初めて見る顔だ。先日、医務室の前で絡んできた連中とは別人だった。そしてあの時と違って喧嘩腰の様子もない。
恐らく、前日のカナセ達の活躍や激戦を潜り抜けてきたカスケードをその目にして、彼等の中にあった水上騎兵隊を軽んじる空気が鳴りを潜めたのだろう。まさに勝ち続けた事で騎兵隊は自らの実力を彼等に知らしめたのだ。
そんな彼等にカナセは答える。
「いや、ちょっとクレア先生を探してるところさ」
「デートでありますか?」
「まあ、そんな所だ。見なかったか」
「存じ上げません」
「そうかい? 存じ上げませんか……」
カナセは二人の見張りの瞳を臆を覗き込む。そんなカナセの顔から目を逸らしながら二人は無表情を貫いた。
「こりゃ嘘吐いてる目だな……」
カナセが心の中でつぶやく。
生前のジル・ガスキンの言葉を借りれば、クレア・リエルはヨシュア艦隊の中で常に独身者のあこがれと心の支えになっていた。
月並みな言葉で言えば「みんなのアイドル」と言ったところだ。
あれだけ美人で「薬の魔女」と呼ばれる才媛の誉れ高ければ耳目を集めるのも当然だ。
そこへ来てギップフェル沖海戦での敵旗艦爆撃の大戦果と戦闘を終えた後の医師として懸命な医療行為、恐らく彼女の艦隊での存在感は揺るぎないものになっているはずだ。
そんなクレアと馴れ馴れしい男の存在など信奉者達にとっては目の上の瘤的な邪魔者でしかない。
水上騎兵隊の存在は認められてもアイドルの彼氏として煙たがられる。
人の持つ思惑は中々に複雑だ。
それでも意味もなく喧嘩を吹っ掛けて来られないよりは大分、マシだ。
「ああ、そう……。まあいいや。他を探すよ」
そんな彼等の気持ちを察しながらカナセは見張り台から離れていった。
そして艦尾の方へと歩いていく。
艦の後方には修理を終えたケルピーが積まれていた。
それは引き揚げられたマリウスのカスケードを予備の部品と壊れた水馬の部品で組み直した整備隊の労作だった。
それがムラクモが離脱する為、ヨークタウンに積み替えられたのだ。
おまけに船名はご丁寧に「ヴァイハーン」の赤文字に書き直されている。
水上騎兵隊の居残りがカナセだけだからという整備隊からの粋な計らいではあるが陸戦隊の転属が決まっているカナセにこれ以上乗る機会があるかは疑わしかった。
カナセは二代目ヴァイハーンから離れると船尾部分でようやくクレアを見つけた。
「なんだ、やっぱり居たんじゃないか……」
しかし普段、ここで身に着けている制服姿とは違っていた。甲板に裾を引き摺るほどに長い喪服の様な真っ黒な衣装に尖がり帽子。それは魔女の正装でもある法衣だった。
そして手には愛用のコメット3とどこで手に入れたのか花束ひとつ、そして小さな敷物が抱えられていた。
彼女は箒にまたがるとそのまま船尾から淡海へと飛んでいった。
「どこに行くつもりだろう?」
気になったカナセは追いかける事にした。そしてボートダビットに吊られたヴァイハーンの所まで戻り海上へと降ろす。
「曹長、何をされているのです?!」
先ほどの見張り台の二人が思わず声を掛けた。
「試運転だよ。確かこいつはまだ終わってないはずだ」
「ならば船の使用許可を?」
「そんなモンいちいち取ってられるか。こういう事は出来る時にチャチャっとやっとくのが俺達、水上騎兵隊の流儀だ」
そう言ってカナセは無理やり押し通すと新しいヴァイハーンでクレアの後を追った。
クレアの行き先はどこかは判らない。
しかし箒のコアの反応はしっかりと捉えている。
やがて半時間ほと追い続けると箒は突然、止まった。
カナセもクレアに気付かれない様に遠巻きにヴァイハーンのコアモーターを止めると後は惰性で進んだ。
周囲は何もない淡海の上だった。
クレアは積んであった小さな敷物を水面に敷くとその上に乗って両膝を着いた。
敷物は魔煌の力によって水面に浮き、彼女を乗せたまま沈む事はない。
そして手にしていた花束を水面に掲げると頭を垂れ、何かを唱え始めた。
「我が偉大な守護神ウェスタ神よ、この地で眠る者に永遠の安息を与えたまえ……」
それは間違いなく竈神ウェスタ神による詠唱のひとつだった。
「確かあれって鎮魂の儀って奴じゃなかったか?」
鎮魂の儀とは死んだ人間の魂の安息を行う為の儀式だ。
前にヨシュアで組合の魔女達がサバトで執り行おうとした本祭の事でもある。
カナセがその鎮魂の儀の光景を見るのはこれが初めてだった。
だがクレアがこんな何もない所で鎮魂の祈りを捧げている理由が判らない。
「ここに何があるって言うんだ?……」
おごそかな鎮魂の儀の中、カナセは両脚でブルワークの上に立ちながら水面を覗き込む。
だがそんな時、突発的な横風がカナセの背後を押した。
「うわっ!」
カナセは一瞬で足を滑らせ、海面に向かって落ちていく。
ドボン。という背後からの音に、驚いたクレアが慌てて振り向いた。
「えっ! なに?!」
「ぷはっ!」
浮かんでいた水上突撃艇と水面から顔を出すカナセを見て唖然とする。
「カナセ君!」
「やあ、クレア……」
「なにしてるの? こんな所で!」
浮かんできたカナセに向かってクレアが声を掛ける。
「ヴァイハーンの試運転……。でもそれはこっちの台詞だよ」
「私はただ……そんな事より早く水から上がりなさいよ」
「ああ……。うん……」
カナセはクレアに言われるまま水面から体を上げた。
暫くして二人はヴァイハーンの甲板の上にふたり並んだ。
カナセが甲板に寝っ転がるとその横でクレアが女の子座りをする。
水から揚がったカナセの体はまだ濡れたままだった。
「あ~あ……男前が台無しだぜ」
カナセがずぶ濡れの我が身に苦笑いを浮かべる。
「そんな覗き見なんていやらしい真似してるから罰が当たったのよ」
「覗き見なんてそんなつもりは無いさ。クレアを見付けて後ろから眺めていただけだよ。それに俺なら覗き見なんてまどろっこしい事しないかな!」
そう答えた途端、カナセはクレアの着ていた長い法衣の裾を掴むと、ヒョイと後ろからずり上げた。
その瞬間、隠れていたクレアの大きなお尻を包み込んだ白い下着が露になる。
「えへへへぇ~、法衣は黒でも、その下は相変わらず白パンツなんだ。結構、結構」
カナセがいやらしい笑い声を浮かべながらクレアの丸くなった臀部を見つめる。
「きやあああああ!!」
突然の破廉恥行為を前にクレアは思わず悲鳴を上げた。
そして寝転んだままのカナセの体を力いっぱい突き飛ばす。
「うわっ!」
突き飛ばされた拍子にカナセの体は甲板の上で転がり再び淡海の水面に落ちていった。
再びドボンと大きな水音が辺りに響く。
「カナセ君のバカ! バカ! バカ! エッチ! ヘンタイ! 本当に、もう! 信じられない! 軍隊に入って少しは落ち着いたかと思ってたのに! これじゃあ最初の頃と全然、変わらないじゃない!」
クレアは法衣の裾を治しながら罵り続けた。
そんな彼女に向かって水面に顔を出したカナセが言い訳する。
「だって最近、二人っきりでゆっくり出来てないだろ? 俺も寂しいんだよ……」
「だからってこんな直情的なセクハラをする人が居ますか! 本来なら軍法会議ものよ!
反省なさい!」
「けどね、クレア……」
「それにここではお父さんが見てるのに……あ~~ん!! お父さん、ふしだらな娘をお許しください」
そう嘆きながらクレアは天を仰いだ。
「お父さん?」
だがクレアのその最後の一言にカナセは不思議そうな顔をした。
再びカナセがヴァイハーンの甲板に上がるとクレアは自分がここで鎮魂の儀を行っていた理由を話し出した。
「前に話したでしょ? お父さんの乗った船がウラ鉄の攻撃を受けて沈没した事」
「うん……」
それはクレアと出会った最初の日に教えて貰った事実だった。そしてその事実をクレアの母親に伝えに来たのがカナセにコアの穴場を教えた元船員のビンズ・デンだった。
そのビンズもウラ鉄によって亡き者にされた。
「じゃあ、この辺りにお父さんの乗っていた船が沈んでるのか?」
「ええ、そうよ……」
「だからここで鎮魂の詠唱を唱えてたって訳か……」
「お父さんの為と一緒に亡くなられた船員の人達の為にね」
「偉いね、クレアは。ちゃんとお父さんの事、忘れてなかったんだ」
「だって……そうしないと魂が迷うもの」
「魂が迷う?」
カナセにはクレアの言っている意味が判らない。
「それにもう一か所、今日中に行かなきゃいけない所があるし」
「どこ行くの?」
「先日の海戦のあった場所よ」
「あそこでも鎮魂の儀をするのか?」
「ええ……」
クレアは重苦しいため息を吐きながら答える。
どうやらあの海域でも魂とやらが迷っているらしい。
「カナセ君、私に二つ名がある事、知ってる?」
「二つ名? 知ってるさ。薬の魔女だろ?」
カナセは答える。
しかし薬の魔女と聞いた途端、クレアは首を左右に振った。
「違うわ。もう一つの方よ……」
「もう一つ? そんな物、あったけ?」
「空爆の魔女よ……。特にウラ鉄からはそう呼ばれてるわ」
「空爆の魔女? 何か聞き覚えがあるな……。どこで聞いたっけ?」
確かナタルマが一度だけそう呼んだ覚えがある。
「あの日の夜みたいに空から爆弾を落とすから空爆の魔女よ。そして実際にいっぱい落とした。今まで沈めた船の数は七隻、三隻が軍艦で四隻が輸送船。他にも戦車が九両とトラックが十四両、建物なんて数え切れないくらいよ。人の頭の上にもね……」
「軍艦が三隻だって?!」
クレアの戦果にカナセが聞いて驚く。
「成程、それで空爆の魔女か……そりゃ大したもんだな。さながら爆撃隊のトップエースって所だな」
「みんなそう言ってくれるわ……。でもね、やっている方はけっこう辛いのよ」
「そりゃ、そうだろう。それだけの事やりゃ、危ないのも当たり前だ」
「いいえ、そうじゃないの。そうじゃ……」
会話の途中でクレアが大きく溜息を吐く。
そして甲板の上で横になると両手で顔を覆いながら再び語り出す。
「爆弾を落とす瞬間はね……よく見えるの」
「見えるって何が?」
「ウラ鉄の兵隊の顔よ。皆、恐怖で引き吊ってるわ……悪魔でも見たように」
「ふむ……」
カナセは小さくうなづいた。
しかし実際はもっと多くの物を彼女は見ているはずだった。例えば爆弾を落とした直後に映る兵士達の断末魔。それはこの世の生き地獄の風景に違いない。
「それを思い出すとしんどいんだな……」
クレアが頷く。彼女を苦しめているのは罪悪感だ。
「その罪滅ぼしの為の鎮魂の儀って訳か……」
「そのつもりよ」
「人を殺した後はいつもそうしてるのか?」
「出来るだけね……。でもそんな事くらいで私の血塗られた手は拭えない……」
クレアが前にこう言った事を覚えている。
自分は祖国の為に戦い続ける。その為に相手から血が流れる事も厭わない。全ては奪われた祖国を取り戻す為に……。
そんな過酷な決意を自らに強いている。
しかしそれは飽くまで建前だ。彼女のメンタルは鋼鉄で出来ている訳ではない。人を殺して平然としていられるほど強くは無いのだ。
それに彼女は薬の魔女だ。人の命を救う傍らで人の命を奪っている事にジレンマもあるはずだ。
カナセはクレアが不憫でならない。
愛しているから尚更、彼女の苦しみが心に滲みる。
「ねえ、私って嫌な女でしょ? こんな事、聞いてたら幻滅するでしょ? 殺しといて許しを乞おうなんて虫のいい話よね……」
「そんな訳ないさ。本当の人殺しなら殺した後だって何食わぬ顔でいられるもんさ。悩んでる分だけ君は立派だよ」
「ありがとう。慰めてくれてるのよね」
「当り前の事を言ってるまでさ。君は本当にやさしい女の子だよ」
カナセが励まそうとするとする。
しかし指の隙間から覗く青い瞳は憂いを帯びたままだ。
「でも許しては貰えないでしょうね。そしていつかは裁きを受ける日が来るのよ……」
結局、どれほど慰めても彼女の気鬱が消える事は無い。
「ねえ、カナセ君は天国って信じる? 人は死んだらどうなると思う?」
クレアから思いも依らぬ質問が出る。
「天国?」
彼女は死後の世界に対する価値観を聞いているのだ。
「私は地獄に落ちるでしょうね……そして虫かカエルに生まれ変わるのよ……」
クレアは死後の世界を恐れているのではない。己の業に打ちひしがれているのだ。
だがその問いに対するカナセの答えはクレアの求めていた物とは違っていた。
「俺は……天国も地獄も無いと思ってる。その……魂や生まれ変わりってのも存在しないと思ってる」
「そう……」
クレアは落胆する。彼女はただ、カナセから共感してもらえる答えが欲しかっただけだ。
ただ、「そうだね」か、逆に「そんな事無いよ」とさえ言って貰えれば良かった。
だがそんなクレアの気持ちに反してカナセは真面目に答えてしまう。
「何て言えば良いのかなぁ……。只ね、俺の師匠は生きていた時にこう言ってたんだよ」
しかし今からカナセが語った死後の価値観はクレアの予想を遥かに超えたものだった。
「人や生き物に死は必ず訪れる。だが死を迎えた瞬間、命は解放されるんだって」
「解放?」
カナセの言葉にクレアが聞き返す。
「因縁や生前の罪業だけじゃなく迷いや苦しみ、人との繋がり、そして肉体や自我からも、この世界の森羅万象から完全に解き放たれるんだ。そして命は無我の境地に入る」
「無我の……境地……」
「生命が命以外の全てを捨て去った瞬間、生命は生命を超越して宇宙と等価になる。それを無我の境地って言うらしいんだけど、俺の言ってる事判る?」
「ううん、とても難しいわね……」
「だろうね。俺だって自分で言ってて訳が判らないもの……」
「それで?……」
「ええ? まだ聞くの?」
「是非聞かせて……」
クレアは聞き入る。その先の言葉を聞きたい。
それにカナセは戸惑いながらも答える。
「でも師匠はこうも言ってた。無我の境地は人が人である間は到達不可能な、言い換えれば、人智を超えた絶対領域なんだ。生きてる人間がどれだけ頭を捻っても、心で思っても、理解出来なくて当然だって」
「生まれ変わりは? 転生は?」
「迷いが無くなって解放されるのに、また肉体を持って迷いの世界に舞い戻る事なんてありえない。だから天国も地獄も転生も、そんな即物的な物はみんな世迷言だって」
「……」
クレアは暫し言葉を失う。少年から発せられる予想を越えた死生観に戸惑うばかりだ。
もしカナセの語った事がこの世の真実ならば、死後の世界に際し、人がこの世でやってきた事は全て無意味だと認める様なものだ。
「だいたい師匠は死んだ肉体には何の意味もない。自分が死んだ時は葬式も埋葬も不要、水葬にして魚の餌にしてしまえって言った人だから。でもオートル村で知己にしてくれてた人達がそれじゃあ幾ら何でもあんまりだって言うから祠だけは立てたけどね」
「なんだか怖い話ね、徹底的に突き放されてるみたい……」
「けどクレア、師匠の話が本当なら何も君が悩む事なんてないんだ。死んだ奴等は無我の境地に入ってるんだから、そのせいで君が地獄に堕ちる事もない。だいたい、天国も地獄も最初から無いんだから。生き返りや転生なんてメンドクサイ繰り返しも無いし。恨んで化けて出るも無い。本来、死者が生者を恨む事なんて無いんだよ」
「でも、やっぱり。私は人を殺してるのよ……」
「それはさ、巡り合わせの結果だよ。確かに殺した人間には悪い事したなって気持ちは大事だと思うよ。けど本当に悪いのが誰かって言えば最初に戦争をおっ始めた奴だ。戦争さえ無ければクレアも爆弾を落とす事なんて全然、無かった。だからクレアが必要以上に罪悪感に捕らわれる事なんて何も無いんだよ、何も……」
そう言いながらカナセはクレアの傍に並んだ。
「けど、それでもクレアが辛いって言うのなら俺が一緒に背負ってやるよ。鎮魂の儀に付き合ってやるよ。それなら少しは軽くなるだろ?」
そして両手を伸ばすとクレアの肩を抱いた。
「あっ……」
カナセの抱擁にクレアが思わずつぶやく。
生まれてこの方、男の子にこんなに優しく、そして強く抱かれた事はなかった。
しかし不思議と緊張感も嫌悪感もなく、むしろ心地よい。
そんなカナセのやさしさが嬉しくて、クレアもカナセの胸の中にみを預ける。
「カナセ君……」
「何? どっか痛むの?」
「いいえ、そうじゃないの。ありがとうって言いたいの。励ましてくれて……」
「こんなの訳無いさ。どんな時でも俺はクレアの味方なんだから」
そう言ってくれるカナセの気持ちが心に滲みる。
するとクレアの表情から徐々に翳が消えていく。
「気分は?」
「何となく、ちょっとだけ……」
「じゃあ、もう暫くしたら帰ろうか」
「カナセ君……」
「なに?」
「もう少し、ギュっと、してて……」




