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第11話 魔煌艦爆隊

カナセの愛馬は沈んだ。

 だがいつまでも悲しんでばかりは居られない。戦闘はまだ終わってはいないのだ。

 ここは大人しく救援を待つしか無いのだがカナセの周囲は完全な闇に包まれていた。

 それどころか戦闘が継続されている今、味方もこちらの救援どころではないはずだ。

「朝まで待つしかないのか……」

 そう考えると口惜しい。戦闘は続いているのに自分の戦いはここで終わるのか。

 だがそんな時だった。

「カナセくーん!」

 カナセを絶望の縁から掬い上げようとする女神の声が聞こえた。

 間違いなくクレアの声だ。良かった、彼女も無事で居てくれたのだ。

「おーい! こっちた!」

 カナセが水面で必死に手を振る。しかし闇の中で効果が薄い事を知ると手を挙げたまま魔煌技を唱えた。

「煌焔!」

 掌から炎が灯されると上空のクレアがそれを見つけた。

箒が海面に着水するとクレアはカナセの体を掴みながら箒に引き上げる。

「助かった……」

「それよりも怪我は? どこか痛む?」

「大丈夫だよ。でも戦いっぱなしで、ちょっと疲れた……」

「待ってて、栄養剤を渡すわ。ウチの自家製だから水軍の物より効きが良いはずよ」

 クレアが薬ビンを渡すとカナセが中の液体を飲み干した。彼女が言った通り、疲れが取れ逆に体の芯が熱くなる。

「ありがとう……命拾いした。でもよく俺がここに居るって判ったね」

「だって、凄かったですもの。目の前で体当たりなんて……。皆、びっくりしてたわ」

「なるほど、それで落っこちたカプセルを探しに来てくれたって訳か」

「でも、もうあんな無茶は止めてよね。見てたこっちがハラハラしたわ」

「けどそれでクレアも命拾いしたんだろ?」

「それでも駄目! あんな死に方されてこっちが喜ぶとでも思ったら大間違いよ!」

「判ったよ、今度から気を付ける」

 クレアはカナセを乗せたまま箒を浮上させた。

「どこに行くんだ?」

「ヨークタウンに戻るわ。そこで一旦、仕切り直しよ」

「なら先にムラクモに寄ってくれ。そこでボスと会って予備のケルピーを出してもらう」

「残念だけど行ったって無駄だと思うわ。もう出撃出来る突撃艇は一隻も無いはずだから……」

「何だって? それって本当か?」

 クレアの言葉にカナセは耳を疑う。

「ええ、司令部にナット大尉から報告があったの。何者かが戦闘前に細工をしてほとんどの突撃艇が動けなくしてあったんですって。それにその後も敵からの砲撃を受けて母艦の上で全損したって聞いたわ」

「何てこった……誰がそんな事を」

「司令部の推測ではスパイが紛れ込んでるかもって……」

 その言葉を耳にした途端、カナセの脳裏にジル・ガスキン一等水兵の顔が過った。

「クソっ垂れ! そういう事か!」

 カナセが箒に掴まったまま怒りを露にする。

「どうしたの? 何をそんなに……」

「ジルの事は知ってるよな?」

「ええ、あの陽気な水兵さんの事よね。ムラクモに寄るとよく話しかけてくれる」

「殺されたんだ! 戦闘が始まる前に見張り台の上で」

「何ですって!」

 カナセの宣言にクレアが思わず声を上げた。お陰で飛行する箒の挙動が一瞬乱れる。

「ちょっと、クレア危ないよ」

「ご、ごめんなさい……。でも、それって本当なの?!」

「ああ、本当だ! 戦死じゃない。上等な刃物で袈裟懸けに斬られてた。俺が発見してカッシーニ中尉にも報告済みだよ。多分、ジルはスパイが破壊工作をする際、邪魔だったから殺されたんだ。それとも工作の最中を目撃されたのを殺されたか、どっちかだ」

「酷い、そんな事って……。じゃあ、まだムラクモの中にはスパイが居るって事?」

「そういう事だ! クレア、やっぱりムラクモに行ってくれ! 俺がスパイを見つけ出してぶっ殺して……」

「ちょっと待って! 今からムラクモに行くのは考え直して!」

 しかし血気に逸るカナセをクレアが懸命に止めた。

「どうしたんだよ、クレア? すぐにもムラクモに行かなきゃ。次の工作が発動するかもだぞ」

「けど今からスパイを探すって、手掛かりはあるの?」

「それは……」

 カナセは言葉に詰まる。

 確かに今、ムラクモに戻った所で犯人を探し出す手掛かりはない。

「だったら今は私の方を手伝って。これから大事な仕事があるの」

「大事な仕事?」

「そうよカナセ君にしか出来ない仕事よ」

 やがて二人を乗せた箒がヨークタウンの船尾に辿り着いた。周囲の海面では無数の発砲音の轟く中、幾つもの炎が上がっている。

 それは両軍、入り混じっての戦いの炎だ。

「カナセ君、こっちに来て」

 カナセは言われるがままクレアの後を追う。旗艦ヨークタウンは敵の砲撃によって、どこも穴ぼこだらけにされてた。

 二人が甲板中央に辿り着くと作業員達が荷物に掛けられたシートを懸命に外していた。

 シートの下から現れたのは一本の箒だった。

 だが箒はクレアが普段から使っているコメット3とは明らかに違う。

「デカい……なんだこの箒の親玉は……」

「メテオ・クラン。現存する世界最大の箒よ」

 クレアが答える。メテオ・クランは柄の長さだけでも3mを超えていた。更に使われているコアも16番といつもの9番とは煌気の容量の桁が違う。

 だがその見た目で更に異様さを放つのが作業員によって柄の下に取り付け始められた一個の流線形の塊だった。

 それは全長1.8mほどの鋳物で後端には四枚の羽根が付けられている。

「準備はいい?」

「いつでも行けます、クレアさん。ガツンとやってきて下さい」

 クレアの問いに作業員達が同時に頷いた。

 だがカナセはその流線形の物体を見て戸惑う。

「おい、クレア。これってもしかして……」

「もしかしなくても航空用爆弾よ」

「爆弾だって?!」

「さあ、乗って。説明は後よ」

「えっ? ああ……」

 カナセは碌な説明も無いまま巨大箒に乗らされた。

「曹長!」

 そんな中、作業員の呼び掛けにカナセが振り向く。

 するとカナセはその手に自動小銃を渡された。

「御守り代わりに、渡しておきます。それと弾倉も持てるだけどうぞ。こいつでクレアさんを守って下さい」

「判ったよ。御守りだね」

 カナセが自動小銃を肩に掛けるとクレアと共に巨大な箒で闇夜の空へと浮上した。

 箒は重い爆弾をぶら下げながら徐々に速度を上げていく。しかし重い分だけ柄に働く慣性も強くクレアは操縦に難儀する。

「おいおい、大丈夫なのか?……」

「大丈夫、重いのは最初だけだから。それよりも目標を見つけなきゃ」

「目標ならそこらじゅうにウヨウヨしてるだろ?」

「違うわ。司令部からは敵の旗艦を狙ってくれって言われてるの」

「旗艦って、そりゃエラく大物狙いだな……。それでおおよその位置は判ってるのか」

「いいえ全然」

「だろうな、向こうからの夜襲だし」

 仮にもし敵旗艦の位置がはっきりと判っていれば、カナセがヴァイハーンで先に仕留めていたはずだ。

「でもこの状況を打破するにはどうしても探し出さないと」

「成程。なら一つだけ心当たりがある。まずは南に向かって飛んでくれ」

「南へ?」

「無人の突撃艇を見つけた方角だ。あんなややこしい代物、扱えるのは旗艦か同等の大型艦のはずだ。なら親玉はその方向に隠れていると思う」

「なるほど、そういう事ね。判ったわ、行ってみましょう」

 クレアは巨大箒の進路を南に転進させた。

 カナセはコアの反応を探し続けながら周囲を見渡す。

 眼下ではまだ戦闘が続いていた。閃光を放ちながら砲声が幾つも鳴り響き、被弾し炎を上げる船体が淡海の海面をズルズルと這いまわる。

 その中から周囲から孤立したコアの反応を探知した。

「見えた! 左に30度、距離3000、大型艦のコアの反応が一つ。旗艦級か輸送艦の大きさだ。それと上空にもコアの反応が四つ。箒に乗った魔煌士だ」

「魔煌士が? 四人も?!」

「奴等、箒の魔煌士を使って上空から先導していやがったんだ」

「先導って……、成程、理屈は判ったわ。多分、相手は航空騎兵ね」

「航空機兵?」

「ウラ鉄の箒乗りよ。でも暗闇の中をどうやって?」

「そんな事知らないよ。それよりもどうする? たぶんこのまま飛ぶと空の上で鉢合わせになるぞ」

「けど、こんなところで引き下がれない!」

 クレアは箒の向きを修正するとコアの方向に向かって全速力で飛んだ。

「そのまま突撃するわ! カナセ君、防御をお願い! 」

「了解!」

 そして目標から1.5㎞ほどまで迫った所で闇の中から銃弾が飛んできた

「わっ!」

「キャア!」

 クレアは重い箒を必死に操りながら大空の上をロールするとその真横を四つの黒い影が通り過ぎていく。

 相手は男とも女とも判らぬ黒ずくめの箒乗りだった。

「あれが航空騎兵って奴か!」

 カナセがクレアの後ろでつぶやく。

 航空騎兵達は右手に短機関銃を構え、顔を面妖な仮面で覆っていた。

 そして反転すると四人掛かりで二人の後ろから発砲してきた。

「マギア・ウォール!」

 それをクレアが魔煌障壁で弾いていく。

「カナセ君、あの仮面、夜目の効く魔煌具だわ」

「成程、それで先導出来たって訳か。 だがこっちだって!」

 カナセは箒のコアの反応から相手の位置を完全に特定していた。

 そして手にしていた自動小銃を両腕で構えてみせた。

 自動小銃は古代の魔煌文明の更に昔の時代から幾多の戦場を戦い抜いた名銃の系列で、水軍用に改良された代物だった。

「クレア、魔煌障壁を少しだけ開けてくれ」

「難しい注文するわね……」

 だがクレアはカナセの指示通り、障壁に僅かな隙間を作る。

 そこへカナセが自動小銃の銃身を差し込むと、コアの反応だけを頼りに闇夜に向かって発砲した。

 自動小銃の火力は相手の使う短機関銃よりも遥かに高い。

 銃弾が吸い込まれていった闇夜の向こうでうめき声が聞こえた。

 すると黒い影がひとつ、淡海に向かって落ちていく。

「一人目!」

「落としたの?」

「ああ、今頃ナマズの餌だ!」

 そう答えながらカナセは空になった弾倉をつつ次の敵を探した。

 一方、仲間のひとりを失った事で航空機兵は攻撃を後部の射手に集中させる。

「魔煌障壁!」

 しかしカナセは銃身を囲む様に障壁を発動させ防盾を作り上げた。

 障壁は訓練の成果によって確実に機能し、敵からの9㎜弾の攻撃を弾き返していく。

 その一方でカナセも再び自動小銃で応戦する。

 撃ち合うごとに発砲の閃光が煌めき互いが探す手間が省ける。

 そんな深夜の空中戦、埒が明かないと見た敵は動きを変えた。

 二人の魔煌士がカナセ達に左右から挟み込む形で飛ぶ。

 カナセは左右に繰り返し発砲し相手を寄せ付けない様に戦ったが、相手の魔煌障壁により弾は弾かれ弾倉は瞬く間に空になった。

 その隙を見計らって二人の航空機兵が同時に戦闘魔煌技を発動させた。

 二つの火焔魔煌技がふたりを挟撃する。

「うわあああ!」

「キャアアア!」

 炎を浴びたふたりは思わず悲鳴を上げた。

 障壁は砕け散り、二人の防御は丸裸になった。

だが僅かな差でクレアの魔煌障壁が火焔の威力を遮ると、すかさずカナセが反撃に移る。

「旋風煌焔渦!」

 カナセの掌から無声詠唱によって生み出された空気の渦と合わさった炎の渦が飛ぶ。

「うぎゃあああああ!」

 炎の渦に巻かれながら火だるまになった左の航空騎兵は異様なうめき声を上げた。

 しかし覚えたての複合戦闘魔煌技では相手の魔煌障壁の隙間から衣服の表面を焦がすだけで精一杯だ。

 だがその火焔がきっかけとなって平静を失った航空騎兵は、箒の上でバランスを崩し海面へと落ちていった。

 しかしそれで敵の脅威が去った訳ではない。

 まだ残っていた右の魔導士が接近戦を挑んで来たのだ。

 航空騎兵が魔煌技の発動を取り止め僅か数m先で短機関銃を猛射する。

 だが一度、破壊されたクレアの魔煌障壁はふたりを包み込むほどの再構築にはまだ至っていない。

 代わりにカナセが銃身の魔煌障壁をかざした。

 しかし障壁は至近距離の発砲に負けて砕け散り無防備になる。

 同時に敵の短機関銃も弾切れになった。

 敵が目の前で空になった弾倉を替えようとする。

「やらせるか!」

 敵の動きに合わせてカナセが躊躇なく飛んだ。

「きゃあ!」

 突然、躍り出たカナセのせいでメテオ・クランが大きくバランスを崩す。

 しかし全てはクレアを守る為だ。カナセは迫りくる敵の頭上に舞い降りると古代パンクラチオンの蹴撃を炸裂させた。

「飛翔、旋脚打!」

 古来、ローリングソバットと呼ばれる後回し蹴りが箒に乗った敵を障壁の上から叩いた。

「ぎゃあ!」

 その流れる様な動作の中で魔煌士が短い悲鳴を上げると、障壁ごと箒からはじき出され淡海へと落ちていく。

 一方、飛び出したカナセの体もそのまま落下した。

「カナセくん!」

 カナセの動きに合わせてクレアが慌てて箒を急降下させると、落ちていくカナセの左手が箒の柄を掴んだ。

「どうだ、クレア。人呼んで八艘飛びって所だ」

 箒にぶら下がりながらカナセが自慢げに語る。

「何が八艘飛びよ、一艘しか飛んでないじゃない! それに私が急降下してなかったら淡海にドボンよ!」

「そう言うなって、とっさの思い付きだったんだから」

「もう、さっき危ない真似をするのはこれっきりって言ったのに……」

 しかし今はじゃれ合っている暇は無い。

 最後に残った航空騎兵がふたりに挑んできたのだ。

 敵もここまで来て諦める気はない。後方から果敢にも短機関銃で攻撃を繰り返す。

「マギア・ウォール!」

 だがこの頃にはクレアの魔煌障壁の再構築は終わっていた。

 そしてカナセも箒の柄によじ登ると弾倉を替え発砲する。

 だが相手も箒を器用に蛇行させながら、こちらの攻撃を避けていく。

「クソッ! ちょこまか動きやがって!」

 カナセが発砲しながら毒吐いた。

 一方で僅かに漏れる月明かりの中、海面に水竜の様な一筋の白波が浮かび上がる。

「ウラ鉄の大型艦だわ! カナセ君、降下するわよ! しっかりつかまってて!」

「了解」

 カナセの援護の下、クレアは箒を降下させると今度は水面スレスレを飛んだ。

 その直後、頭上で照明弾が上がった。背後から追いかけてくる航空騎兵が敵の存在を知らせようと旗艦に向け上げたのだ。

 だが同時にカナセ達も攻撃目標たる敵旗艦の艦影を完全に肉眼で捕えた。

艦級はナイルサット級、艦名055號。

「間違いない、ウラ鉄北方艦隊の旗艦よ!」

 クレアが叫ぶ。

 その全長約120m、ウラ鉄でも屈指の大型戦闘艦だ。

 カナセ達の姿が水上で晒されると055號から鋼鉄の集中豪雨が降り注ぐ。

 だがその中を巨大箒メテオ・クランは怯む事なく最高速度で突っ込んでいく。

「いくわよ、カナセ君!」

 もう後戻りは出来ない。後は目前の敵艦に爆弾を落とすだけだ。

「おう! やっちまえ、クレア!」

 カナセは箒の進行方向に銃を構えると障壁をクレアの物と二重になるように展開した。

 そして対空砲火の銃座の人影目掛けて発砲した。

 だが相手を怯ませるどころか先にこちらの魔煌障壁が敵の命中弾によって次々と引き剥がされていく。

 既に二人とも丸裸同然だった。一発でも弾が命中すれば命の保障は無い。

 だがその前にクレアが水面に目掛けて爆弾を投下した。

「行っけええええ!」

 敵旗艦との相対距離100m。総重量200㎏の航空爆弾が水面へと落ちていく。

 それに合わせて箒が軽くなり、フワリを高度を上げると二人を乗せたまま滑るように旗艦の甲板上を擦り抜けていった。

 一方で投下された爆弾は石の水切りの要領で水面を滑走する。

 それは反跳爆撃と呼ばれる爆撃法で、爆弾は水を切り終わった瞬間、第二砲塔直下の船体側面に辿り着く。

 そこには主砲の弾薬庫があり大量の弾薬が収められていた。

 爆弾が命中した瞬間、水兵達が悪魔と邂逅した様な表情を浮かべた。

 闇夜を掻き消すほどの凄まじい爆音と同時に、天をも焦がす紅蓮の炎が船体側面から燃え上がる。

「イヤッホー!! やったぞクレア、爆撃は成功だ!」

 その一部始終を目の当たりにしたカナセが驚嘆の声を上げた。

 旗艦055號は燃えながら片側を浸水させ船体を大きく傾かせる。

「燃えろ燃えろバンバン燃えろ! 連合艦隊からの意趣返しだぜ!」

 カナセは子供の様に大はしゃぎする。だが一方でクレアは危険極まりない飛行で神経をすり減らしたのか全身が汗まみれだ。

 役目を終えた二人は水面の上をノロノロと飛ぶ。爆弾は一発きりだ。それを投下してしまえば長さ3mを超える巨大箒もただの棒だ。

「取り合えず帰ろうか。ヨークタウンが残ってりゃいいけど」

「ええ、そうね……」

 クレアはカナセの指示に従い箒の柄をヨシュア水軍の方へと向けようとした。

 背後ではまだウラ鉄の旗艦が燃えていた。

「沈むかな? 命中はしたけど」

「どうかしら……。大きいから傾くだけかも」

「ああ、こんな時に無線機が有ればなぁ」

 一方でクレアが箒を操りながら違和感を覚える。

「あら? 変ね」

「どうしたんだ?」

「箒の調子がおかしいの。出力が上がらないのよ」

「ちょっと調べてみる」

 カナセは自動小銃を肩に掛けると箒の柄を調べてみた。

 すると柄と房の間に砲弾の破片が刺さっていた。破片はコアの傍で止まっており煌気の流れを一部、妨げていた。

「思った通りだ……対空砲火でやられたんだな」

 カナセは房の中から破片を抜き取ってみせる。

「これでどうだい?」

「良くないわね。修理しないともう全力では飛べないわ」

「運が無かったんだな……」

 カナセは抜き取った破片を水の中に捨てた。

 だがその直後、頭の上から異様な気配を感じた。

 一言で表せばそれは殺意だった。

 悪魔に心臓を掴まれるような感覚、カナセは戦慄を覚えながら頭上を見上げた。

 そこに居たのは箒で急降下する航空騎兵だった。

「ウラ鉄第800航空騎兵隊ジリーマ・ファモス! 推して参る!」

 騎兵は降下しながら突然、名乗りを上げた。

 そして右腕から爆圧魔煌技を発動させていた。

「バースト・ブレス!」

 近接格闘用の膨張した空気の拳が直下に居たクレアを狙う。

「クレア、危ない!」

 カナセは慌てて躍り出ると、そのまま落ちて来る航空機兵に掴み掛かった。

「うっ!」

「がぁ!」

 カナセと航空機兵の両名が、空中でもつれ合う。

 そしてそのまま二つの箒から離れると、淡海に向かってずり落ちていった。

「キャアアアアアア! カナセ君!」

 思わずクレアが悲鳴を上げた。

 幸いクレアの身には何事も無かったが、もつれ合った方の二人の体はそのまま海面に着水した。

 水柱を上げた瞬間、カナセの周囲が漆黒の海中へと変貌した。

 大量の水は音速魔煌技が不発に終わった事を教えてくれた。

 だが戦いが終わった訳ではない。むしろこれからが本番だ。

「もがぁああ!」

 二人は水中で藻掻き続ける。

 どんな手を使っても構わない。相手より先に水の上に出なければ。

 だが気付いた時にはジリーマ・ファモスはカナセの頭の上で泳いでいた。

 圧倒的に不利な位置だ。浮き上がるには上の航空騎兵を乗り越えねばならない。

 それに先ほどまで手元にあった自動小銃が無い。

 落とされた衝撃で肩から外れ、そのまま海底へと沈んでしまったのだ。

 水流に揉まれながらの戦闘は魔煌技が入り込む余裕はない。

 だが先に浮き上がられては厄介だ。

 カナセは航空騎兵の脚に掴み掛かり相手の自由を奪った。

 そして相手の腹を拳で突く。

 命中した瞬間、ジリーマがうめき声を上げながら空気を吐く。

「しめた!」

 突きは大した威力も無かったが、それを見てカナセは水面へと急行した。

 互いが海面で顔を出し同時に息を吸う。その一呼吸で戦いは仕切り直しとなった。

「この野郎!」

 カナセが泳いで浮いている敵に近づこうとする。

 だがその一方でジリーマは呼吸を整えると呪文を詠唱し始めた。

「ああ、偉大なるヴァルナ神よ……我に浮遊の力を与え給え……」

 詠唱を終えた途端、ジリーマの周囲に白波が立つ。すると奴の体が突然、水面から上昇した。

「うそっ!」

 泳いでいたカナセが慌てて動きを止める。

 目の前の敵の体が水中からせり上り、水面の上に足元を乗せたのだ。

 そしてカナセの方に向かって駆け寄ると爆圧魔煌技を再度発動させた。

「よくも私の部下を!」

 ジリーマが海面に浮かぶカナセ目掛けて構えていた右の拳を振り降ろす。

 海面に直径3mにも及ぶ爆発の水柱が立ち昇った。

「うわぁ!」

 驚いたカナセが水中に逃がれようと懸命に潜る。

 背後から凄まじい爆発の圧を感じる。初手は何とか逃れたとは言え、あんな物をまともに喰らえば致命傷は免れない。

「なんて奴だ! あんな隠し玉を持ってやがったなんて!」

 カナセは水中で戦慄を覚える。しかし驚かされたのは爆圧の拳ではない。水面を自在に歩ける能力だ。

「相手は強敵だ……けど、私の部下って……」

 なら奴はあの航空騎兵隊の隊長といった所か?

「それにいきなり名乗りを上げてきた所を見ると……」

 あれは奴なりの騎士道精神といった所か。 

 カナセは水中で息を殺しながら相手の様子を伺う。

 水面の上は暗すぎて様子が掴めない。

「不味い! これじゃナタルマの時と一緒じゃないか!」

 しかも状況はあの時よりも更に酷い。肺の中の空気は既に限界に達している。

 だが敵はこちらが浮かんでくるのを手ぐすね引いて待って居るはずだ。

「もう駄目だ……」

 息が続かないカナセは堪らず海面に顔を出す。

 だがそこには案の定、拳を振り上げたジリーマが待ち構えていた。

 騎兵と目があった瞬間、カナセの顔面が蒼白になる。

「もう、おしまいだ!」

 カナセの脳裏にあきらめという言葉が過る。

 だがその瞬間、ジリーマの背後から衝突するものがあった。

「うがっ!」

 ジリーマが呻きながら前のめりに突き飛ばされる。

「カナセ君、今のうちに!」

 ジリーマの背後から声が聞こえた。カナセを紙一重で救ったのは突進してきたクレアの箒だった。

 一方、魔煌技の効果が切れたジリーマは前のめりのまま水中へと沈んでいく。

 再び戦いの場は水中に変わった。しかしカナセのピンチは変わらない。

「バースト・ブレス!」

 水中でも爆圧の拳は健在だった。膨張した空気は渦を巻き、凄まじい水流となってカナセを襲う。

 カナセは渦を避けようと再び海底に向かって潜った。

 その甲斐あって、爆圧は何とか避ける事が出来る。

 しかしピンチは尚も続く。

 カナセは焦る。明らかに魔煌士としての能力はあちらの方が上だ。モーフィングマギアが使えない今、真正面からの魔煌技対決は余りにも危険すぎる。

 一方でジリーマは地の利を得たりとカナセを追い掛ける。

 恐らく奴は平静さを失って最後の悪あがきに出たのだ。カナセの潜水をジリーマはそう判断した。

「ならば追い詰めてこのまま止めを刺すまで!」

 追跡の最中、航空騎兵は無声詠唱の準備を行う。

「逃すものか!」

 隊長として部下を失い、守るべき艦隊旗艦を傷付けられた。そんな奴を無傷で返しては栄えある航空騎兵隊のひとりとして慚愧に堪えない!

「絶対に仕留めてやる!」

 そうジリーマは心に誓う。

 そして遂に海底に辿り着いたカナセの動きが止まった。

 敵は逃げ場を失った。ジリーマはそう判断する。

「トドメだ! バースト・ブレス!」

 航空騎兵が再び水中で戦闘魔導技を発動させようとする。

 だがその瞬間、カナセが反転、そのまま海底を蹴り航空騎兵に向かって急浮上した。

「今更肉薄しても手遅れだ!」

 ジリーマの指先から爆圧を込めた水の渦が放たれる。

 それに合わせてカナセが頭上に向かって左手を伸ばし魔煌障壁展開した。

 障壁によって放たれた爆圧の拳は阻まれ、同時に光の壁も砕け散る。

 お互いの魔煌技の効果が相殺された瞬間だった。

 だがカナセには奥の手があった。

 カナセは残った右手を上へとと伸ばすと、その手の中には先ほど落とした自動小銃が握られていた。

「なに?!」

 ジリーマが水中で思わず呻く。

 しかしその時には既に急浮上を起こしたカナセによって、航空機兵の胸板に銃口が押し当てられていた。

 カナセが引き金を引くと、銃弾は肋骨を砕きながら肺を貫通した。

「がはぁあぁぁぁ……」

 ジリーマは悲鳴と一種に空気を吐きく。

 しかし彼の声に答える者はここではひとりも居ない。

 やがてジリーマの肺から空気が全て抜けると、体は浮力を失い徐々に海底へと沈んでいった。

 それとは入れ違いにカナセは水面へと浮上する。

「ぷはっ!」

 カナセが再び水面に顔を出した。

「カナセ君! 大丈夫なの? 怪我はない?」

 箒に乗ったクレアが不安げにカナセの傍に寄って来る。

「ああ、何とか……こいつに救われた」

 カナセは海底から引き揚げた自動小銃をクレアに見せつけた。

 その後、クレアは水面から引き揚げたカナセを強く抱きしめた。

 流石にカナセも辛いのかクレアに体を預け、何度も荒い呼吸を繰り返す。

「良かった……本当に良かった。もう、こんな事で心配かけないでよ……」

 彼女の声はいつの間にか涙声に変わっていた。

「何だよ、クレア……。もしかして泣いてんの?」

「当り前じゃない! どんなに心配したか!」

 そう答えたクレアの顔は涙でぐしゃぐしゃに変わっていた。涙はとめどなく青い瞳から流れ続け留まる事を知らない。

 それを知ったカナセもクレアの細い肩を抱きしめた。

 そして生還出来た事に安堵の溜息を吐いていた。

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