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第9話 古参兵の忠告

 幸い、クレアがいる間の見張り当番は何事もなく終わった。

 箒が飛び去りるのを見送ってると入れ違いに次の交代要員がやってきた。

「お疲れさまっス、特務曹長殿!」

 夜中だと言うのにやたら元気な声が耳に響く。

「お疲れさん。後は頼むよ、ジル一等兵」

 そう言いながらカナセは目の前で敬礼をするジル・ガスキンに双眼鏡を渡した。

 ジルは見張り台に立つと交代の旨を伝声管でカッシーニ中尉に報告した。

 ジル・ガスキンは水軍に入隊して三年目の一等水兵だ。当然、艦内の経歴も実年齢もカナセよりも上だった。しかし階級が全ての軍隊ではジルはカナセを上官として扱う。

 しかしそれは飽くまで形だけの一時だけだ。

 報告が終わった途端、ジルの口調はざっくばらんに変わる。

 彼はムラクモがトラスニークの軍港を出航した時から水上騎兵隊に対し懇意にしてくれていた少数派だった。

 それも今ではムラクモの中の水兵のほとんどが騎兵隊に対し好意的に接してくれている。

 カナセ達がウラ鉄の水軍を倒し艦の中で勝利を共有出来た為だ。

 それはマリウスの考えが正しかった事を証明していた。

「所で曹長、さっき飛んでいったのってクレア・リエル嬢に見えたんだけど違うかい?」

 見張り台の上で双眼鏡を覗きながら、まだそこに居たカナセに話しかけて来た。

 カナセもジルの人柄もあってか自然に気も緩んで話し掛ける。

「どうもしなくたってクレア・リエルだよ」

「一緒に居たの?」

「居たよ。そもそも彼女は俺の後見人だから、一緒に居たって良いだろ?」

 カナセはクレアと居た事を当たり前の様に認める。

 しかしそれを聞いた途端、ジルは大仰に首を振る。

「否、いけない、いけない。いけないなぁ~。そいつはいけない」

「いけないって? 何がいけないんだ?」

「だって、クレア・リエル嬢だよ。そんな彼女を真夜中にふたりっきりで居たなんて……この船のチョンガー達が知ったら大変だよ」

 チョンガーとは独身者や未婚者の意味だ。そんな水兵がこの船にはたくさんいる。

「大変って、別に悪い事なんてしてないぜ。本当はしたかった所だけどさ……」

「そう、それ! その無神経! それが良くない! まあ、俺っちは別に良いんだよ。ヨシュアに帰れば愛しいあの子が待ってくれるんだから。つまりだ……俺っちの言ってる事、判る?」

「全然、意味が判らないよ」

 しかしカナセにはジルの言葉に首をかしげるばかりだ。

「じゃあ、ここではっきり言うよ。曹長、そのさっき言ってたチョンガーなんていうイモ洗い猿共がこの艦には網で掬って獲れるほど居る事は知ってるよね?」

「知ってるよ。特にこの船はみんなそうだ。けどそれがどうしたってんだ?」

「ならそんなイモ洗い猿共が日々の激務を続ける為に何を心の支えにしてると思う? さあ、答えて曹長」

「何だよ、判んねぇなぁ。家族や恋人の事とか?」

「イモ洗い猿に恋人なんか居る訳が無いでしょ。そのクレア嬢だよ。判んないのかね、このトンチキチンが!」

「そうなの?」

「そうなの! 皆、そのクレア嬢を恋人代わりにして日々のお勤めに励んでるんだ。もしかしたら万が一にでも本当の恋人になれるのかもって夢や妄想に浸りながらね。そんな奴等がたくさん居るんだよ。嘘だと思うなら聞いてみな、あいつらの五人のうちの六人はそう答えるはずだ。そしてイモ洗いに勤しむ訳、健気じゃないかぁ~」

「へぇ~」

 カナセは惚けてみせる。

 だがそんな緊張感のないカナセの態度がジルには気に入らない。

「何だい、何だい! せっかくここまで言ってやってるのに、その気の抜けた態度は! お前さん、さっきからはヨシュア水軍のアイドルを何だと思ってるんだい?! 真夜中に恋人面して楽しそうにへらへらぺちゃくちゃしゃべりやがって! ちったぁ周りの気持ちも考えてみたらどうなんだい!」

 クレアがアイドル呼ばわりされカナセは困惑する。

 しかし判る話だ。

 ヨシュアに来てからカナセは大勢の女の子に出会ってきた。だが今もってクレアを超える美人とは会った事はない。それは惚気ではない。カナセの中では揺るぎない事実だった。

 ちなみにその次点がクレアを襲ったあの赤髪の女隊長だった。

「どうって、俺はただ好きでクレアの傍に居るだけなのに……」

「そう、それ! それが無神経だって言うの。それを考えずに自分だけ良い思いしてると、やがて周囲の嫉妬が積みに積み重なって」

「重なって?」

「最期は後ろからドボンだ!」

「ドボン? それどっかで聞いた様な……」

「何だよ、折角心配してやってるのに。女の嫉妬ほど怖いものはないけど男の嫉妬だってそりゃ醜いもんだ。もう泥水の中にでも放り込まれる様な地獄だ。判る?」

「まあ、判らなくもないかも……」

 男の嫉妬と聞いて頭に浮かんだのがタモン・エニールだ。奴はそれだけの理由で部下を使ってカーニャの村に押し込んできたのだ。

 そんなタモンの顔が浮かんだ時、カナセは何やら訳の判らない怒りに捕らわれる。

「なら、何か? 俺はそいつらに遠慮してクレアと距離を取れってか?」

「へ?」

「御免だね! 他人がどう思おうが知ったこっちゃないね! 俺は俺だ。俺の好きなようにやる! 今までそうだったしこれからもそうだ!」

「おいおい、どうしたんだよ曹長。急に怒り出したりして」

「別に俺ぁ怒っちゃいないよ! けど何だよ、そのクレアの尻でイモ洗いってのは! 全く、どこのどいつだ。盗人猛々しいったらありゃしない。あれは俺の尻なんだぞ!」

「いや、曹長。俺っちは何もそこまで……」

「冗談じゃない! 文句があるなら掛かって来いってんだ!」

「おいおい落ち着きなよ曹長、そこまで思い詰める事ないさ」

「言っとくけどな、ちゃんとしたマギアギアを持たせたら俺は誰にも負けやしねぇ! 勝てる奴なんか多分、淡海の何処を探したって居ねえぜ。前に騎兵隊の皆でマギアギアを見せ合った時だって俺のヴァイハーンが一番かっこいいんだ、この当番兵!」

 そう言ってカナセは粋がってみせる。

 すると今度は活舌の回るカナセの言葉をジルが遮った。

「いや、それはちょっと違うかなぁ~、曹長」

「違うって、何が?」

「悪いけど、世の中には曹長よりも強いマギライダーは確実に居るよ」

「確実にだって? なら、そいつは何処の誰だ? 」

 大仰にカナセは大見得を切る。そんなカナセにジルは言った。

「なら老婆心ながら言っておくよ。そいつの名はグレン・ハルバルト……ウラ鉄第103独立遊撃大隊の隊長。103の獅子仮面とか東征號のグレンとか色々、言われてる奴だ」

「グレン・ハルバルト? ふんっ! そんなに強いなら手合わせしたいね!」

「いや、曹長。冗談抜きでそんな事は思わんほうが良いぜ……」

 そう答えたジルの口調が少し重く変わる。

「まあ、昔ばなしだと思って聞いてよ、曹長。俺っちがまだ新兵でリードヒルの港に配属されてた頃の話だよ。その時、港には魔導戦車隊一個中隊二十両が駐屯していた。干拓地に上陸したウラ鉄を叩く為の陸軍のエリート部隊だ。だがその日、そのグレン・ハルバルトが単身で港を襲撃しに来やがったんだ。小型艇に白ペンキで103の番号を振った中戦車を一両乗せてな」

「それでどうなったんだ? まさかその一両に二十両がヤラレタって言いだすんじゃないだろうな」

「いや、そのまさかだ。そこに居た二十騎のマギナギアはそのたった一騎のマギアギアに潰されたんだ」

「そんな……。二十騎のマギアギアをたった一騎でか?」

「そうよ、けど嘘じゃない。俺はその様子をこの目で見ていた。仲間のエリート部隊はてんで様にならなかった。もう、動きが違っていた。二十匹のカメが一匹のイタチに良い様に襲われる。そんな感じだった。そして奴は戦車隊を潰した後、港の施設には触りもせず悠然と退却しやがった……。その後だったなぁ。ウラ鉄の強襲部隊が攻め込んできてそのままリードヒルの港は占領されたんだ」

「……」

 カナセはジルの言葉を聞きながら息を飲む。信じられないがジルがこんな事で嘘を吐く様な人間とは思えない。

「信じられないだろ? 俺っちだって未だに信じられないよ。けどこの目で確かに見たんだ。胸板に獅子の頭を付けた鉄巨人がこちらのマギナギアを意図も容易く捻り潰していく様を……ほんと、あの日の出来事は今、思い出しただけでもゾッとするよ」

 そう言ってジルは最後に真剣な表情でつぶやいた。

 そのせいでカナセの興奮も醒め、二人の間に乾いたような空気が漂う。

「それとだ、曹長。ひとつ忠告しとく。もし103の番号の書かれた戦車と会ったなら……」

「会ったなら?」

「もし会う様な事があったら……さっさと逃げるんだ。戦おうなんて思っちゃいけない。あれは別の世界の“何か”だよ」

「……」

 ジルの真面目な顔を見てカナセは何も言えなくなった。

 ジルの言っている事は事実だ。恐らく彼が戦場で見た恐怖は本物だったのだ。

 彼は本当に獅子頭の胸板を付けた「何か」を見たのだ。

 だが次の瞬間、ジルは明るい表情でお道化てみせた。

「けど、今の俺っちは船の上! それに引き換え奴の本拠地は103東征號、列車の中だ。流石に海の上までは追って来ない。要は、俺っちは船の上にいるだけで安全って訳だ。こればっかりは陸の上の連中に同情するね。へへへへ……」

 そう言ってジルは笑った。

「さあ、夜はもう遅い。いい子は寝た、寝た。寝るのも兵隊の仕事だぜ」

 全てを話し終えたジルは元の明るいベテラン兵に戻っていた。

「ああ、そうだな。ジル一等水兵のお陰でおもしろい話が聞けたし……」

「うへっ、面白い話だって? 俺っちは怖い話をしたつもりなのに」

 ジルはカナセの背中を叩いて送り出した。

「お休み、曹長」

「お休み、ジル」

 ジルと別れを告げるとカナセは甲板の下の兵員室へと階段を降りていった。

 そしてベッドに潜りながら不意にジルの話を思い出す。

「グレン・ハルバルトか……」

 世界にはそんな恐ろしいマギライダーが居るのか……。

 カナセはまだ見ぬ敵を想像しながら思いを馳せる。

 そして知らぬ間に睡魔に襲われ眠りに付いた。

 しかし、カナセは自分がグレン・ハルバルトとの邂逅を既に果していた事実にまだ気付いてはいなかった。

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