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第8話 夜の淡海

 ゴッド・パイル作戦の最終目標はウラ鉄の分岐点のあるギップフェル島の占領だ。

 島を占領さえすればウラ鉄は東に向けての橋頭保を失うのと同時に各国に侵攻していた方面軍が補給線を断たれ戦闘力を失う事になる。

 その作戦遂行の為の障害は大きく分けて二つ、先日倒した哨戒部隊や分遣艦隊の親玉であるウラ鉄北方艦隊と島を守るギップフェル大要塞だ。

 特にウラ鉄北方艦隊を先に排除すべく、八ヶ国連合軍主力艦隊は揚陸艦隊から先行しつつ西進を続けていた。

 各国の主力艦隊は現在、国ごとに別れた状態で航行し、数時間後の明日の深夜には合流ポイントに全艦隊が集結する手筈だった。

 その時の兵力は連合艦隊側がウラ鉄北方艦隊を遥かに上回るはずだ。

 そんな月も雲に隠れる夜半過ぎ、カナセは戦闘母艦ムラクモの右舷後方から張り出した即席の見張り台の上に立たされていた。

「右舷後方から定時報告。22時00分現在、周辺海域に異常なし。僚艦以外の反応は見受けられず。ウラ鉄の艦影の感知無し」

カナセは見張り台の中に居たまま備え付けの伝声管で報告した。

「了解、以後も見張りを続行せよ」

 伝声管から警備隊長のカッシーニ中尉の声が聞こえた。

 通話は今夜の当直士官である中尉に伝わると、彼によって艦の共有情報として整理され更に旗艦ヨークタウンへと送られる。

 報告が終わるとカナセは与えられた椅子の上で胡坐を掻きながらぼんやりと暗い海を見ていた。艦は灯火管制で光も見えない。そんな中で暗闇の海を見詰めているとなんだか吸い込まれそうな気分になる。

「夜の海には魔物が潜む」

 夜の闇は異界と繋がり、そこから魔物がやってくる。

 淡海に住む者なら子供の頃に誰もが聞かされる怖い話の一つだ。

「言う事聞かない悪い子は夜中、水の中に引きずり込まれて頭から食べられちゃうぞ」

 カナセも幼い頃、師匠によくこう言われて脅されたものだった。

 確かに夜の淡海は広大な闇の広がりというだけで呑み込まれそうな神秘性を備えていた。

 しかしカナセはもう師匠の背に抱かれていた幼子ではない。

 暗い海を見詰めながら別の事を考える。

「あと1時間……」

 腕時計の光る文字盤を見つめながらカナセが溜息を吐いた。

 見張りの交代は23時00分の予定だが寒さのせいで残り時間が数倍の長さに感じる。

 本来、水上母艦の要である水上騎兵隊所属のカナセに見張り当番の義務はなかった。

 しかし敵の勢力圏の海域に入るとなるとそうも言ってられない。航海科の見張り員や観測員だけでは数が足りず艦長命令で各科からも出頭が命じられる始末だった。

 そしてカナセは今、航法右舷に増設された見張り台の上で哨戒任務をやらされていた。

「まったく……トラスニークの英雄様に何やらせるってんだ……」

 カナセは双眼鏡を覗きながら小言をつぶやく。

 カナセには魔煌探知能力がありコアの反応さえあれば深夜の暗闇の中でも兵器の位置が判別出来た。

 しかしその探知距離は僅か3㎞、艦隊防衛としては能力不足だ。

 だが目視での見張りとしては十分すぎる能力を有していた。

 そしてカナセの魔煌探知にはもう一つの特徴があった。

 それは敵からの探信妨害や光学阻害を受けないという能力だった。

 その理由は定かではないがカナセはどんな魔煌技で妨害を受けても3㎞以内ならはっきりとコアの位置が探知出来た。

 結局、カナセは自分の才能によって睡眠時間を削られる羽目になる。

「退屈だな……この分じゃ、ウラ鉄も寝てるんじゃないか?」

 深夜の海で何も起きない。起きない事は良い事ではあるがお陰でカナセは作戦任務中にも関わらず暇を持て余していた。

 そして何も起きなくても一時間おきに定時連絡を指令室に報告を入れているのだが、それが済めは再び退屈な哨戒任務を続ける。

「寒み……」

 カナセが椅子の上でうずくまった。見張り台は右の乾舷から飛び出し鉄の台座の上で周囲を白い布製のカンバスで囲っていた。下は吹き抜けで風と白波が通り抜けると気温は低下し通常の甲板の上よりも寒かった。

 狭い見張り台の中で身を丸める。

「時間も勿体無い……。なら今のうちに済ませとこうか……」

 そう言いながら取り出したのが古代表意文字を書き溜めた自作のノートだった。

「え~と……リフレクト、リフレクト、リフレクション……反射、光、障壁……やっぱり普通に魔煌障壁で良いかな……。アエラス・フレイム・カノーネ、アエラス・フレイム・カノーネ…………旋風、疾風火焔……え~っと……」

「こらっ!」

 そんなカナセに向かって注意喚起の声が飛ぶ。

「うわぁ!」

 カナセが慌てて飛び起きると周囲を警戒する素振りを見せる。

「え~、本日は天気晴朗、なれど曇天にて波高し! 四方にて敵、艦影見えず、嗚呼、無事是名馬なり!」

 流石に艦船航行の要である哨戒任務をサボっていた事がバレれば減給だけでは済まされない。

 当直士官でもあるカーッシニ中尉は魔煌障壁訓練でヘマをやらかしたカナセを怒鳴り飛ばした人物だ。

 その風体も気性もナット大尉と比べれば遥かに軍人らしく峻厳な人だった。

 そしてこの任務に就く前、怠慢を見つければ見せしめとして海に叩き落すと言って脅された。

 だが聞こえて来たのは厳しい海の男の声ではない。

「何が波高しよ……ブツブツ言ってたくせに」

 するとそこには箒の乗った一人の魔女が見張り台の横を並走していた。

「何だ、クレアか……。びっくりさせるなよ」

「何だじゃないわよ。真面目にやってるの? 明日には他の国の艦隊との合流ポイントに到着するのよ」

 クレアが呆れ顔で問い詰めるとカナセが笑って誤魔化す。

「そりゃもちろん、勤労意欲ビシバシで哨戒任務はミジンコ一匹入る隙も無い次第で」

「ビシバシでないと困るわ。今、艦隊の安全はあなたの肩に掛かってるだから。責任重大なのよ」

「判ってるさ。判ってるとも。でもここまで何も無いと流石に……。それにさ、闇夜の淡海って、ずっと見てると変な気持ちにならない?」

「変な気持ち?」

「よく言うじゃん。闇の海は異界と繋がっていて近づいてみたら急に水面から手が伸びて引き摺り込まれるって……」

「ちょっと止めてよ!」

 カナセが師匠に聞かされた怪談話を語り出すとクレアが突然、遮った。

 その声はヒステリックで、どこか怒っている様にさえ聞こえる。

「どうしたの急に?」

 驚いたカナセが聞き返す。

「そんな、真夜中に淡海で溺れる話なんて……気持ち悪いわ……」

「気持ち悪い?」

 確かに深夜の哨戒任務で淡海に落ちる話は縁起でもないのは確かだ。

 しかしクレアの叫び声には直感的に別の意図を感じる。

 例えば恐怖だ。

「クレア……もしかしてオバケ苦手?」

「!!」

 カナセが臆面もなく訊ねるとクレアの表情が無言のまま引きつる。

 どうやらカナセの予想は当たった様だ。

「べ、別に怖くないよ! オバケなんて!」

 遅ればせながらクレアが反論する。

 しかし戦士たる者、相手が弱点を晒せば見逃す手は無い。

「あ、クレアの後ろに首の無い兵士の幽霊が……」

 カナセは突然、クレアの背後を指差すとデタラメな事を言い放った。

「きゃああああ!」

 だがクレアは恐怖の余り悲鳴を上げ、手にしていた箒を何度も振り回す。

「悪霊退散! 悪霊退散! お願い、成仏して~」

 そんな涙声のクレアを前にカナセは笑いが堪えられない。

「あはははは、オバケなんて居ないよ。怖がりだなぁ~、クレアは」

 これで確定した。クレアは魑魅魍魎の怪談の類が苦手だ。

「なによ! カナセ君の嘘つき!」

「嘘付きはお互い様じゃないか。オバケなんか怖くないって、本当はすっごい怖がりじゃないか」

「もう……いじわる! こんなやり方で女の子を虐めるなんて最低よ」

「けど、凄く可愛かったよ。クレアが怖がって泣き叫ぶ顔なんてずっと見ていたい位だ」

 そんな言い方をされると流石にクレアも口を尖らせる。

「本当にいけずな人ね。こっちは心配して見に来て上げたってのに損した気分だわ」

「心配って?」

「これよ。寒いから、せっかく持ってきてあげたのに……」

そう言いながらクレアは肩に掛けていた魔法瓶をカナセに渡した。

「どうぞ、中にココアが入ってるわ」

「有難い、寒くて口寂しかったんだ……」

「ここって寒いですものね。けどさっき何をつぶやいてたの? 魔煌技の詠唱みたいだったけど……」

「ああ、悪霊避けのおまじない……冗談だよ。そんな怖い顔しないで。あれはただ魔煌技の名前を変えようとしてただけだよ」

「名前を変えるですって?」

「ただリフレクトじゃ味気ないだろ? 唱えるんなら他人が使わないカッコいいのにしないとさ」

「そう言えばカナセ君、パンクラチオンの技も独特よね。蹴撃脚? だったかしら?」

「蹴撃脚翔破だろ?」

「そう、それ。全然、聞き慣れない言葉だけど、どこの国の言葉?」

「漢字っていう、大昔の言語だよ。まだ陸地だった頃のウーラシアを支配していた大帝国のね。もう滅びた言葉だけど、なんか響きがカッコいいだろ?」

「それもお師匠様から教えて頂いたの?」

「ちょっとだけね。けど使おうと思ったのは俺のオリジナルだよ」

「でもヴァイハーンは違うわよね?」

「ああ、それだけは師匠に変えるなって言われた。理由は判らないけど……」

「ところでヴァイハーンってなに? マルケルス神の聖獣とか?」

「さあ、知らないなぁ……。そう言えば、何なんだろう?」

 そう言いながらカナセはクレアから渡された魔法瓶の蓋を開けた。

 瓶の口から甘く暖かな匂いが立ち込めカナセの鼻の頭を温める。

「ふう……堪んねぇなぁ~。クレアが自分で煎れてくれた?」

「そうよ」

「じゃあ、久しぶりのお手製か……最近は官品の薄いコーヒーばっかで飽き飽きしてたからな」

 カナセが魔法瓶の蓋にココアを注ぐ。

 するとその横でクレアが改まった口調で話を切り出した。

「カナセ君、少しいい? 前々から言おうとは思ってたんだけど……」

「うん……。なに?」

 それをカナセが何食わぬ態度で聞く。

「ナタルマの事なんだけど……」

 しかし小さな魔女の名を耳にした途端、眉を歪ませる。

「ナタルマがどうしたってんだ?」

「知ってもらいたいの。彼女の事、少しでも……」

「ふ~ん……」

 今度は口調まで歪ませる。カナセがナタルマの事と聞いて機嫌を悪くした事は見ていて判る。それでもクレアは言わねばと思う。

「ナタルマはね、私が魔女の学校に通っていた時の後輩よ」

「へぇ、なら古い付き合いなんだ。年齢もそんなに違わないんじゃないか?」

「カナセ君と変わらないはずよ。あの子、体は小さいし身なりと言葉使いがあんなだから、昔からよく男の子と勘違いされていたわ」

「だが、あの魔煌の籠手の使い方は普通じゃなかった」

「成績が優秀だったのは確かよ。実家も武道の名門だったし、戦って強かったでしょ。でも素行がね……学校の校風に合わなかったからよくトラブルを起こしていたわ。自由奔放で活発、元気があるのは良いんだけど、その反面、他人を敬うって気がまるで無いのよ。自分より優秀な相手には反抗的になるし、弱ければ見下す。そして同格には喧嘩を吹っ掛けて強さを見せつける……」

「クレアにはどうだったんだい?」

「同じよ。私、縦割りの班長をしてたんだけど、あの子が下に来た時は苦労ばかりさせられてたわ。まるで言う事を聞いてくれないし本当、何かやらかした度に方々に謝りに行ってたわ」

「そりゃ気の毒に……見捨てちまえば良かったのに。君が責任感じる事でも無いだろ」

「でもあの子も根は悪い子じゃないの。皆、そこさえ判ってくれれば……」

「君らしいね……おせっかいで世話焼きな所は昔から変わってないんだな」

「そんな言い方しないで。私がオバサンみたいじゃない」

「何だよ、せっかく誉めてやってるのに。成程、病院で俺が居場所を聞いても教えなかったのは昔のよしみって奴か」

「けど、学校も一年も経たないうちに結局、退学しちゃったわ。そして家にも帰ってないらしいのよ」

「実家はどこだ? その武道の名家っていう」

「リードヒルよ。でも、もうご両親は道場を畳んで地方に疎開されてるわ」

「成程ね、家出少女の風来坊じゃあ、組合の会員にも入れない訳か」

「それでカナセ君……」

 クレアは一度改まった言い方をした。

「あの子の事なんだけれどもう水に流して上げられないかしら?」

「俺に負けっぱなしで居ろって言うのか?」

 カナセが面白くなさそうに返す。

「そこを何とか……」

「嫌だね。そんなんじゃ、あいつは何時までも俺を見下し続けやがる」

「そんな事はさせないわ。私が言い聞かせるから」

「学校時代から言う事は聞かなかったんだろ?」

「でも今の彼女なら世間の仕組みだって理解できてるはずよ」

「ふん! どうだか……」

「傭兵として水軍と直接契約出来る位だもの。説得すればあなたと争う事が何の得にもならない事は判るはずよ」

「組合が管轄する水没地帯を自分のナワバリだって言い張る奴が世間の仕組みをか?」

「そこは皮肉らないで。そもそも、あそこはあなただって勝手にコアを取っちゃ……」

「ああ、俺も悪かったよ。悪う御座いました。全部俺のせいだよ!」

 クレアの指摘に気に食わないのかカナセはヘソを曲げる。

 それを見てクレアは青い瞳を曇らせる。

「ごめんなさい、言い過ぎました。でも気を悪くしないで。こんな事、あなただから頼める事なの。だからお願い、彼女を許して上げて。それに彼女と仲違いしてたって何の得の無いのはあなただって同じはずよ」

 クレアは祈る様に懇願する。

 それを見てカナセが大きく息を吐いた。ここまで言われれば惚れた腫れたの弱みだ。カナセが折れるしかない。

「判ったよ、そんな目で見んなよ。俺が虐めてるみたいじゃないか……。そこまで言うのなら全部クレアに任せるよ。これで良いんだろ?」

「本当に?」

「だから上手く騙くらかしてくれ。俺が得をする様にな」

「ありがとう、カナセ君……」

 闇の中で彼女の白い笑顔を浮かび上がる。

 だがそれを見ながらカナセは一言釘を刺した。

「でもあいつ、あんなやり方を通し続けていたらそのうち詰んじまうぜ。俺が何かする前にな。皮肉じゃないぜ」

 その一言にクレアの笑顔が消える。そして最後にこう答えた。

「判ったわ。肝に命じておく……」

 だがカナセはクレアにもそれくらいの事は判っているはずだと思った。


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