第7話 それぞれの岐路
ナタルマ・シングがヨシュア水軍と合流してた頃、カナセ達とは全く関係のない場所で別の思惑が動き出そうとしていた。
場所はギップフェル島、ゴッド・パイル作戦の決戦の舞台。
だが島は中央にある巨大駅舎、ギップフェル分岐点を挟んで西と東で別の顔があった。
東側は淡海から押し寄せる敵艦隊を迎える孤島の大要塞。そして西側は要塞で働く人々の生活を支える大都市クォータービューが置かれていた。
中腹から港までの長い扇状地に広がる青い屋根瓦と白亜の壁の街並みに、その中を線を引いたように真っ直ぐに延びるウーラシア横断鉄道。
そんな霊峰ギップフェル山から見下ろすクォータービューの景観は実に素晴らしいもので、ウラ鉄が発行する観光ガイドブックにも掲載される絶景の一つだった。
そんな目の覚める様な景観を街の上端からひとり見下ろす男が居た。
男の名はマッセル・タリム。親友ハシム・レンドルをヴァイハーンによって失った674號艇の生き残りだった。
「やっとだ……。やっと帰って来た……」
マッセルは深いため息を吐きながらつぶやく。
ダグウィードに流れ着いた彼は物売りの少年の家族に匿われた後、回復を待って少年の父親に懇願し、舟で淡海を南下した。
南に下った先には淡海を縦断するウーラシア横断鉄道が走っていた。
マッセルは少年の父親と一緒に線路の敷かれた土手の上で一晩待った。
そして明朝、マッセルの前に東からやってきた友軍の貨物列車が現れた。
貨物列車が二人の前で停車すると、車掌が規定に従い父親に充分な謝礼を払った後でマッセルを回収した。
これが漂流したウラ鉄兵士が本拠地に帰還する為の裏技だった。
そして列車に揺られながら数日後、ここギップフェル基地に帰還したのだ。
クォータービューは彼の故郷だった。
しかし命からがらの生還であるにも関わらず、今の彼に里帰りの感慨に浸っている暇は無い。
マッセルはその足で白亜の街並みの中に踏み入れると、とある民家の前に立った。
民家を囲む小さな塀門には家主である「ロック・ブラン」の表札が掲げられている。
マッセルが呼び鈴を鳴らすと玄関扉の向こうから長く美しい黒髪を湛えた年頃の娘が現れた。
「マッセル?!」
娘は男の顔を見るなり名前を呼んだ。
「久しぶりだね、リッタ」
マッセルは神妙な面持ちで娘に答えた。
二人の間に重苦しい空気が流れる。
彼女の名はリッタ・ブラン。戦死したハシム・レンドルの婚約者だった。
そしてマッセルがここに訪れた理由をすぐに察した。
その後、マッセルはブラウン邸の応接室に通されると客人としてもてなされた。
「お帰りさない、マッセル。あなたが生きていてくれて良かったわ……」
お茶を出しながらリッタがマッセルに笑顔をみせる。
しかしその黒い瞳には暗い影が差す。
「ハシムの事は?」
マッセルが聞く。
「昨日、ハシムのお父様が来られて全てお話し下さったわ。要塞に帰還したあなたからの報告が届いたからって。そして最後に本当に申し訳ないと仰ってた」
それは今までの公式発表が行方不明から戦死に切り替わった事を意味する。
だが同時に待ち続けていた者の希望が完全に打ち砕かれる瞬間でもあった。
「ならもう……」
「明日、お葬式ですって。あなたも出席するでしょ?」
彼女はハシムの死を既に受け入れていた。
だがきっと彼女の事だ。婚約者の死に対して涙が枯れるまで泣いたはずだ。
「ごめんリッタ。本当に申し訳い! 俺はハシムを救えなかった! 君に辛い思いをさせて……。ハシムじゃなく、俺が死ねば良かったんだ!」
マッセルが思い余ってリッタの前で叫んだ。
しかしそれをリッタが否定する。
「あなたが謝る様な事じゃないわ。あなたは悪くない。ハシムは運が悪かっただけよ。だから彼が死んだ事で自分を責めないで……」
逆にリッタがマッセルを慰める。
「マッセル、あなたこれからどうするの? もう退役するつもり?」
「いいや、軍には戻るよ。このままでは終われないからね。それとなんだけど、実はハシムの仇が討てるかもしれないんだ」
「仇ですって?」
リッタが聞き返す。
「俺達を襲った船なんだけど、どうもヨシュアの新兵器らしいんだ。その中でハシムの命を奪った船の船体にはヴァイハーンの赤い文字が書かれていたっていうんだ」
「ヴァイハーン……」
リッタがマッセルの言い放った船名をつぶやく。
「俺はそいつを戦場で見つけて倒すつもりだ。絶対にけじめは着ける気で居る!」
「でも広い戦場で見つけ出す事なんで出来るの?」
「判らない。けど、そうでもしないと俺の気持ちが収まらないし君とハシムに対して申し訳が立たない。そして仇を討った暁には……」
そうマッセルは意気込んで見せた。
しかしマッセルの決意をリッタは途中で止めた。
「マッセル、あなたが気に病む事は無いわ……。もう終わった事なのよ」
そう言って下を向きながら目を伏せた。
生者がどれほど願っても死者が蘇る事は無い。軍人の家系に生まれた彼女はその事をよく知っていた。
結局、マッセルはリッタに対して何も出来ないままブラン邸から出ていった。
しかしハシムの葬儀を終えたその日の夜、マッセルの下へリッタから電話が入った。
電話の向こうでリッタはこう言った。
「マッセル、明日、あなたと会えないかしら」
「どうしたの、また?」
「もしかしたらハシムの敵討ちが取れるかもしれないの。それをあなたに協力してもらいたいの……」
その思いも依らぬ申し出にマッセルは喉の渇きを覚える。
「判った。明日会おう。俺に出来る事ならなんだって協力するよ」
マッセルはリッタの申し出に応じた。
一方、戦闘母艦ムラクモではナタルマ・シングを乗せて来たラムサール号が横付けされていた。
先ほど到着した飛行艇から消耗品や故障した魔煌機器の交換部品が水兵達の手で次々と艦内へ運び込まれていく。
ラムサール号の所有者であるセリッシュ航空運輸は今回、ヨシュア水軍内で行われる遠距離空輸業務を民間の中で一手に請け負っていた。
もっともヨシュアの民間大型航空機がこのラムサール号だけなのだから一括業務も当たり前の話だった。
それだけ航空機用のコアが貴重という意味合いもあり、更にラムサール号は大型の78番コアを二つも使用していた。
全長30m全幅35m、およそ4tの物資を輸送出来る。
その為、ラムサール号はヨシュアの中で軍民合わせて最大級の巨人機でもあった。
艇長であり社長のナナミ・セリッシュがムラクモの主計長と受け渡しのサインを交わしている頃、カナセが顔をヒョイと覗かせた。
「社長!」
「おや? いつぞやのルーキー」
ナナミもカナセの顔を見た途端、顔をほころばせた。
カナセは以前、ナタルマとの喧嘩で敗北した後、このラムサール号で意識の無いまま病院へ送ってもらった過去がある。
「その節はどうも」
しかしその後、二人は会う機会が見当たらず、今日までを過ごして来た。
「大活躍は聞いてるよ。クレアの目は確かだったって事ね」
「まだ社長には助けてもらった時の礼が言えてなかった。ありがとう、あの時は本当に命拾いしたよ」
「社長なんて堅苦しい。君にならナナミで良いよ。それと礼なら現金で頼むわ。ウチはお金以外は信じない主義でね」
「あははは、だったら後で領収書を送ってよ。色付けて振り込んでおくから」
「まあっ、嬉しい事言ってくれるね。でもそんな安請け合いしていいの? クレアに金払いは気を付けろって言われなかったかい? カナセの兄ぃさん」
ナナミは明朗でしっかりした人だった。クレアとは同い年と聞いていたが、彼女の方が幾らか年上に見える。
カナセはナナミの横でラムサール号の銀翼の機体を見詰めていた。
ラムサール号は翼を広げたユリカモメを模した様な美しい飛行艇だった。
「ウチの御姫様に興味あるのかい?」
ナナミが訊ねる。
「こんな大きな物が一体どうやって飛ぶのかなって。クレアの箒もそうだけど」
「箒の方は意味不明だけど、こっちなら航空力学って学問でほとんど説明がつくよ」
「航空力学?」
「何も不思議で飛んでる訳じゃ無いって事」
「どこで学べる?」
「前はリードヒル大学だけど……もしかして君は将来、飛行機のパイロットになるつもりかい?」
「飛行機のパイロットかぁ~。それも良いなぁ……」
「なら航空学校かな? 今はどこにあるんだっけ?……」
「何だ? もう転職後の算段かい?」
そこへ別の声が割り込んできた。
隊長のホーナー・ナット大尉だった。
「ああ、ナット大尉」
「久しぶりだな、ナナミ。親父さんは元気かい?」
「ええ、おかげさまで。もう飛ぶのは引退しましたが」
親しそうに話し合う二人を見てカナセが不思議そうな顔をする。
「ボスはナナミと知り合いだったんですか?」
「突撃艇開発の祭、ここの親父さんには航空機用のコアの件で色々と世話になったんだ」
「そうそう、私もアレのコア集めに駆り出されて方々回らされたんだから」
「だが勉強になったろ? 色々な人と知り合えて」
「何言ってるの? まだ中等部だった魔女に大人の仕事なんかさせて!」
「はは、でも可愛かったよ。あの頃の制服姿のナナミは」
「今だって、充分、かわいいですよーだぁ」
そう言ってナナミは大尉の前で舌を出した。
「そんな事より、曹長。暇そうならひとつ仕事をくれてやる」
次に隊長はカナセと向き合うと書類の入った鞄を前に差し出した。
「これを司令部に届けてくれ。鍵は向こうが持ってるから鞄のまま渡してしまえばいい」
「司令部充てでいいんですね? じゃあ、舟を出しますよ」
「ならせっかくだしラムサール号に乗せて行ってもらえ。ナナミもどうせこの後はヨークタウンに行くんだろう?」
「それは良いけど、兄ぃさんの帰りの足はどうするの? 私達、ヨークタウンで荷下ろしが終わったら直接、ヨシュアに帰っちゃうよ」
「そこは曹長が自分で考えるんだ。これもひとつの勉強だと思ってな」
「またいい加減な事言って……」
「どうする? 曹長」
「判りました。カナセ・コウヤ、司令部に書類を届けに参ります」
カナセは敬礼後に鞄を受けると荷下ろしが終わり次第、ラムサール号に乗り込んだ。
正直、飛行機には興味があったので搭乗出来た事は幸運だった。
それにヨークタウンに行けはクレアに会えるかもしれない。
「まったく、隊長の命令には感謝だよ」
コアモーターが動き出すと、ラムサール号は海面から離れ、ゆっくりと浮上した。
カナセは乗客用の座席から外を眺める。
ジュラルミンのユリカモメは大空を舞い、何とも言えない浮遊感が胸の奥を包む。
「凄い凄い! 本当に飛んでる!」
カナセは子供の様にはしゃいだ。
そして窓の下を眺める。既に眼下のムラクモは笹舟の様に小さかった。
そんな時、操縦席の方から声が聞こえた。
「カナセの兄ぃさん。そんな所に座ってないでこっちに来なよ」
それは艇長兼社長の呼ぶ声だ。
「いいの? そっちに行って?」
「そんな遠慮する質でも無いでしょ? それに外を見るなら前面の広い窓の方が断然いいんだから」
そんなナナミの誘いを受けて、カナセは座席を離れると操縦席の方に向かった。
その中でラムサール号は高度を少しづく上げていく。目の前の水平線が長大な弧を描き、空の青さは地上で見る時より濃さを増す。
カナセは暫し、蒼穹の美しさに見惚れていた。
広い、本当に広い……それは淡海の広さを超える果ての無い広さだ……。
飛行高度は既に箒の限界高度を超えていた。
「どう? 箒より高く飛べた感想は」
カナセが操縦席の横に立つとナナミが訊ねる。
「最高だね!」
まさにこの一言に尽きる。高く飛ぶというのはそれだけで尊いのだ。
「これで外の風が感じられたら言う事無しなんだけど。ドアを開けて良い?」
「それは幾ら何でも勘弁ね……」
カナセの申し出にナナミは苦笑する。
「けど、目的地がヨークタウンじゃあ艦隊の中だ。すぐに到着しちゃうよな」
「そこはサービスしちゃうわ。お客様を楽しませる為には少しくらい時間を取らせてもらうわよ」
そう艇長が答えるとラムサール号は暫し遊覧飛行と洒落込んだ。
やがて飛行艇は艦隊から離れていく。
どこまでいっても青い空と淡海の水面だけの美しい景色が続いていた。
そしてカナセの興味は次第に外の景色から飛行艇の機械へと変わっていく。
「なあ、その操縦桿を捻ったら機体は曲がるのか?」
「ちょっと違うわね。見てなさい」
そう言うとナナミは少しだけ操縦桿を右に傾けた。飛行艇は胴体の縦方向を軸に右側に傾いてみせる。
「これが右ロールで、ここで操縦桿を引くと……」
すると機体は傾いたまま綺麗に右側に曲がっていった。
「車とは大分違うでしょ?」
「うん。上昇の操作で曲がるなんて不思議だ……。その二本あるレバーは?」
「スロットルレバーよ。コアモーターの出力を調整するわ」
「車でいうアクセルか……。じゃあ、このメーターはコアの出力系か?」
カナセの興味は尽きる事なく質問攻めは続く。
「なあ、何もない淡海の上で飛行艇の今の場所ってどうやって判るんだ」
「艦隊が出してくれてる煌気の波と推測航法で割り出してるわ。後ろの航空士の机を見て見なさい」
そうナナミに言われたカナセは乗員のひとりが座ったままの小机の上を見る。
小机の上には地図が置かれ男が定規を当てながら慎重に線を引いていた。更に机の上にはコンパスや時計に専用の計算尺も置かれていた。
「これらの機器で自分達の今居る位置を計測するわけ。飛行経路の記録にもなるわ」
しかしそれらの機器をどう組み合わせて使うのかはカナセにはさっぱり判らない。
そしてカナセの質問が落ち着きだすと、今度は逆にナナミが訊ねて来た。
「ところでカナセの兄ぃさんはクレアの事をどう思ってる?」
「どうって?」
「ズバリ、好きか嫌いか」
「大好きだよ。将来は嫁にするつもりだ」
カナセが何の照れも無くはっきりと答えた。
ヒュ~。誰かが冷やかし半分で口笛を吹く。
「へぇ~そうなんだ」
流石にナナミもこの年下の少年の臆面の無さに驚きを隠せない。
そしてカナセは続けて言う。
「けどクレアって照れ屋だろ? 向こうもその気がある癖に、なかなか「うん」て返事をしてくれないんだ。彼女の友達なら判るだろ?」
「な、中々の自信家ね……」
「なあナナミさん、助けると思ってクレアをけしかけてくれないかなぁ。彼女も流石にアンタやフーレルから背中を押されたら自分の気持ちに素直になると思うんだ」
「う~ん……、考えておくわ」
苦笑いを浮かべながらも一応、ナナミは了承した。
しかし心の中で密かに思う。
「この子は相当の大物か、大馬鹿のどっちかだわ……」
しかし馬鹿は馬鹿でも大馬鹿なら将来、化ける可能性がある。
やがて短い遊覧飛行の時間が終わるとラムサール号はヨシュア艦隊旗艦ヨークタウンの傍で着水した。
「どうだった? ウチの飛行艇は」
「凄く良かった。ありがとう、ナナミ。いい経験をさせて貰ったよ」
自分の為だけの空の旅を終えたカナセは感動すら覚えていた。
そして別れ際に強くナナミの手を両手で握り締める。
「それとパイロットの件。もし本気ならウチに来なさいよ。マギライダーの能力持ちのパイロットなんて他に居ないからさ。きっと役に立つだろうし歓迎するわ」
「本当?」
ナナミの勧誘にカナセが色めき立つ。
「本当よ。だから君もせいぜい頑張んなさい」
そう言って励ましてくれた。
「けど、クレアの件は自分で何とかなさい。流石に友達を裏で騙す様な真似は私にも出来ないからね」
どうやらカナセはナナミに気に入られた様だった。
カナセはラムサール号に別れを告げると、その足で司令部へと向かった。
「飛行艇のパイロットか……」
司令部へと向かう中で、飛行艇の操縦桿を握る自分の未来を頭に浮かべていた。
「戦争が終わったらそれも良いかもしれないよな……」
その後、カナセは司令部に到着すると隊長に言われた通り鞄のまま書類を提出した。
司令部内の空気は突き刺す様な緊張に包まれ、平時にも関わらずどの士官も一様に厳しい表情を浮かべていた。誰もカナセを一顧だにしない。
今なら隊長がカナセに押し付けた理由も判る様な気がする。
「こんな所に長居は無用だ。重圧で頭の天辺からぺちゃんこにされそうだ……」
提出は何の滞りもなく終了すると、カナセはそそくさと司令部から退出した。
「さて帰りの段取りだけど……」
帰還の方法を隊長は自分で考えろと言っていたが……。
「取り合えず主計科にでも当たってみるか」
そう思っていた矢先、背後からカナセに声を掛けた者が居た。
「おいお前、ムラクモんとこのラジコン野郎じゃねぇか?」
ラジコン野郎と聞いてカナセが身を固くする。
それが水上騎兵隊への悪口に聞こえたからだ。
振り向くと狭い廊下に三人の水兵が立っていた。
ここの専属なのか三人とも見覚えの無い顔だ。
「なんだ手前ぇ等! 今、なんつった?!」
舐められまいとカナセが息巻いてみせる。
だが連中はそんなカナセを薄ら笑った。
「聞こえなかったか? おもちゃに乗って喜んでるラジコン野郎て言ったんだ」
「そうだ、そうだ。正直、お前等に射線上を走り回られると邪魔なんだよ! ちょろちょろされるとこっちが迷惑なんだ」
「ひょろひょろ軽い舟で逃げ回りやがって。大砲の弾ってのはな、分厚い装甲で弾き返すもんだ。それが海の男ってもんだろ」
明らかに相手はこちらを煽っている。
そして前にマリウスが言っていた水上騎兵隊は他の部隊から嫌われているという話が脳裏に浮かんだ。
だが騎兵隊を嫌っているのは飽くまで予算配分に難色を示している上層部の連中だ。
なのに目の前の三人はどう見ても下っ端の水兵達だ。
予算が削られようが増やされようが給料や待遇が変わる様な連中ではないはずだ。
様は上層部の軋轢を口実に難癖を付けて遊んでいるだけなのだ。
そしてカナセは言われっぱなしを我慢できる性分ではない。
「ふんっ! 物は言い様って奴だな」
今度はカナセが言い返す番だ。
「何が目の前を走り回られて邪魔だよ。要は自分達がトロトロしてるからこっちに獲物を掻っ攫われてるだけじゃねぇか。いや、違うな。手前ぇら怖いからワザと遅れて来てるんだろ? そうやって戦闘が終わった頃を見計らってグチグチ文句を言いながらやって来るんだ。分厚い鉄板の裏にコソコソ隠れてな!」
カナセが煽り返すと水兵達は途端に顔を真っ赤にする。
「テメェ!」
「言わせておけば!」
「殺っちまえ!」
三人の水兵が狭い通路に身を押し込めながら掴み掛かる。
奴等は数と軍隊式格闘術に物を言わせてカナセを痛めつける気だ。
だがこちらにも古代パンクラチオンと無声詠唱がある。負ける訳がない。
しかし両者の拳が交わる直前、廊下に面していた扉が開き、大喝が上がった。
「何してるんですか! ここは医務室の前ですよ!」
双方を叱咤する声に男達の身体が強張る。それはカナセも例外ではない。
四人は同時に声のする方向に顔を向けた。
扉の前では白い看護服姿の背の低い栗毛の少女が立っていた。
看護兵は強い口調で言い放つ。
「中には患者さんが居られるんですよ! こんな所で騒がれてたら治療の邪魔です。場所を弁えて下さい!」
そう凄んでみせた。
看護兵は男達を前にまるで怯む素振りを見せない。
一方、そんな彼女を見て逆に三人の水兵の顔が青ざめる。
そして水兵のひとりが言う。
「わ、判ってるよ、パロマちゃん。ただ俺達はこのラジコン野郎に水軍の気概って言うか、魂をね……」
しかし三人の腰は引け、脂汗まで流していた。
明らかに奴等はこの看護兵に恐れを為している。
「じゃあ、こうするよ。喧嘩は外でするから」
「そうそう、俺達、一旦ここから離れて……」
「何、馬鹿な事言ってるんですか! 詰まらない喧嘩で怪我して、私達の仕事を増やす気ですか! そうでなくても忙しいってのに!」
しかし言い訳した分だけ水兵は看護兵の少女から反撃を喰らう。
「ひぇぇぇぇ! ごめんよ、パロマちゃん!」
「もう、喧嘩はしないから!」
「おい、ラジコン野郎! 今回だけは見逃してやる! 覚えとけよ!」
彼女には敵わないと踏んだ水兵達はそそくさとその場から逃げ出した。
そしてカナセに捨て台詞だけを吐き残して去っていく。
その様子をカナセはひとり唖然としながら見守っていた。
大人三人が女の子ひとりに呆気なく気持ちで打ち負かされる。
その様は見ていて何とも情けない。
しかしカナセも驚いてばかりは居られない。
看護兵の怒りの矛先は今度は残ったカナセに向けられた。
「あなた何です! 艦内で喧嘩なんかして! それに見ない顔ですね? 他所の艦の人ですか? なのに喧嘩を持ち込むなんて何、考えてるんですか!」
「いや、喧嘩を吹っ掛けて来たのはあいつらで……」
「だからといって喧嘩を受ける人が居ますか!」
「は、はい。仰る通りで……」
看護兵の少女の剣幕に流石にカナセもタジタジだ。
そんな中、医務室の方から声が聞こえる。
「パロマ、どうしたの? まだ終わらないの?」
「ああ、先生、今、残っている人に注意しているところです」
「注意って……」
そう言いながら医務室からもう一人、女性が姿を現した。
しかしカナセは白衣姿の彼女を見て思わず声を上げる。
「クレア!」
「あら? カナセ君?」
姿を現したのはクレア本人だった。
そんな二人の驚いた顔を見返しながら看護兵が訊ねる。
「先生、お知り合いですか?」
暫くして昼の休み時間になるとカナセとクレアはヨークタウンの甲板に出た。
「話は判ったわ。ちょっと、待ってて箒を持って来るから」
クレアはカナセをムラクモまで送り届ける事を快諾した。
「それよりも驚いたよ、君が船医なんてしてるなんて」
「週に二回、ラーマが手術の日だけ私が受け持ってるの」
「それにしても……元気な看護士さんだったね」
「パロマ・リビね。いい子でしょ。はっきり物が言える、しっかりした子よ」
「気合だけで水兵をねじ伏せてた。俺だって降参だよ」
「まあっ」
そう言ってカナセが頭を掻くとクレアは笑った。
暫くするとカナセ達の前を飛行艇が飛び去った。
ナナミ達はこのままヨシュアに帰還するはずだ。
「ふーん、ラムサール号に乗ったんだ」
「ああ、凄い乗り物だよ、飛行機ってのは。お陰で何か見えて来た様な気がする」
「見えて来たって? もしかしてパイロットになる気?」
「それも良いかなって思えたけど、まだ判らないよ」
「ならカナセ君、もしパイロットになれたら私のコメット3と競争してみない?」
「いいねぇ。面白そうだ」
「けど勝つのは私だけどね。箒に乗った私は本当に強いんだから」
そう自信満々に答えながらクレアは再び笑った。




