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第6話 出撃! 水上騎兵隊

 やがて水馬の群れはウラ鉄の分遣艦隊と接触した。モニター艦四隻にガンボート八隻、前回の小艦隊とは比べ物にならない大戦力だ。

「タリ・ホー!」

 隊長が雄叫びの号令を上げた。

 それは突撃の合図だった。

「タリ・ホー!」

 それに倣って全ての隊員も無線越しに叫んだ。声を上げた途端、血液が沸騰する様な感覚を誰もが覚える。その中にはマリウスとカナセも居た。

 水上騎兵隊は古代の手漕ぎ軍船の様に敵、分遣艦隊の横っ腹を直角に突いた。

 しかし軽快な高速突撃艇の衝角は長細い船体に固定された長砲身の75㎜砲だ。

 一方で分遣艦隊側も騎兵隊の存在に気付くとこちらを追い払おうと砲撃を開始した。

 砲撃の閃光の直後、ヴァイハーンの脇を鋼鉄の砲弾が掠め飛ぶ。

 敵ガンボートは前回と同じコブラ級四隻の他に防御力を強化した新型のタイパン級四隻の混成だった。

 どちらも武装は戦車の砲塔を流用した単装75㎜砲二基と連装の14.5㎜機銃砲塔一基が搭載されていた。特に75㎜砲は強力で高速突撃艇の薄い外殻に命中するすれば一撃で粉砕させるだけの威力を持っている。

 しかしカナセは恐れる事なく前を行くカスケードと共に分遣艦隊目掛けて突貫した。

 距離300m。狙いはモニター艦を遮るタイパンの群れ四隻、その中の一番先頭の毒蛇に狙いを定め二人は砲撃を開始した。

 敵からの砲撃の中、二発の意趣返しが目の前のタイパン級に襲い掛かった。

 一発は船を操舵する小さな艦橋の視察孔、もう一つは前部砲塔真下の喫水下の船体、弾はどちらも固い砲弾の中に火薬の詰まった徹甲榴弾だった。

 二発は容易く目標を貫通すると、瞬く間に前方の毒蛇を退治せしめた。

 タイパン級は自慢の装甲二か所に穴を開けられ浸水を始める。

「やったぞ!」

 獲物を仕留めた事にカナセが歓喜の声を上げた。

 更に先頭のガンボートの大破は後続の船足を止め、敵分遺艦隊を淡海の中で停滞させる。

「よーし、ここで二発目……」

 カナセはヴァイハーンを旋回させようと舵を切ろうとする。

「待て、コウヤ。ここは教本通りに一撃離脱だ!」

 逸るカナセの血気をマリウスが抑える。そしてヴァイハーンを引き連れながら一旦、敵分遺艦隊の前から脱出した。

 しかしマリウスもその離脱方法もなかなか大胆なものだ。カスケードとヴァイハーンを猛スピードで先頭のモニター艦の真正面を横切らせたのだ。

「舐めやがって!」

 モニター艦の乗員は誰もがそう思ったはずだ。

 その結果、モニター艦からの攻撃が二人の船に向けられた。

 50m級のモニター艦は全てタイフォン級。武装は105㎜単装砲2基、30㎜連装機関砲2基、14.5㎜四連装機関砲2基、それに2基の多連装ロケット弾発射器まで搭載された重装備だ。

 その針山の様に積まれた重火器の砲撃が繰り広げられる一方、二隻は軽々と艦隊の真正面を通り過ぎていく。

 そして距離を取った所でカスケードは反転すると船体に開いた射出口から虎の子の超浅深度魚雷を発射した。

 魚雷は水面を白い軌跡を引きながら疾走すると302號と白文字で記されたモニター艦の艦首に徹甲榴弾の数倍の炸薬の詰まった弾頭を命中させた。

 ひと際、大きな爆発が巻き起こり50mを超える艦の巨大な船体を揺さぶる。

「凄ぇ、少尉!」

 マリウスの攻撃を間近で見ていたカナセが驚嘆する。

「だったら俺だって!」

 マリウスの手腕にカナセも奮起する。

 ヴァイハーンも急速反転、被弾したモニター艦に向かってそのまま突進していった。

「曹長、無茶だ!」

 カナセの単独行動を抑えようとマリウスが叫ぶ。

 敵は手負いの魔獣だが武装は全て健在だ。迂闊に近寄れば反撃の餌食になる。

 果たして、302號の砲撃がヴァイハーンに集中した。

 しかしカナセは狼狽えない。それどころかコアモーターのスロットルを全開にしたままモーフィング・マギアを起動させた。

「飛べ、ケルピー・ヴァイハーン!」

 カナセの無声詠唱の直後、ヴァイハーンが水面を蹴る。

 その拍子に船底に流れ込んだ多量の空気がそのまま揚力となって船体を宙に浮かせた。

 風を受けたヴァイハーンが翼を得たかの様に高く飛ぶ。

 その眼下には敵のモニター艦が居た。

 マストを越え、敵艦直上に差し掛かった所で高速突撃艇は闘神へと変形した。

 風を受け逆光を浴びるヴァイハーンの姿は、まるで天から舞い降りた神の御姿の様だ。

 しかしその逞しき両腕には長砲身の75㎜ライフル砲が長槍の様に構えられていた。

「発射!」

 カナセは真下のモニター艦に向かって引き金を引いた。

 その直後、302號の乗員の目には神の御姿が悪魔の幻影に変わった。

 ヴァイハーンの砲撃がモニター艦の艦橋を貫き、徹甲榴弾が炸裂する。

 天をも焦がす大爆発! 着弾は艦橋上部。50mの艦中央から火柱が上がり、一瞬でモニター艦の全機能を停止させた。

「やったぁ!」

 自らの大戦果を誇る様にカナセが右こぶしを高く掲げた。

 ガンボート一隻にモニター艦一隻、初手でこれだけの戦果を挙げた第四編隊の非凡さが伺える。

 攻撃を終えたヴァイハーンは着水の直前に元の高速突撃艇へと姿を戻し、被弾したモニター艦から離れていった。

 その戦果を皮切りに戦闘は水上騎兵隊側の一方的な物に変わっていた。

 騎兵隊の最初の攻撃だけでモニター艦一隻とガンボート一隻が大破撃沈し、残りも手酷い損傷を受けた。

 その中で騎兵隊側の損害は皆無だった。

一撃目を終えた水上騎兵隊は一旦、集結し態勢を立て直すと、左回りに大きく旋回しながら残りの分遣艦隊の後方から襲い掛かった。

 敵はまだ組織的抵抗を失ってはいなかったがそれも時間の問題だった。

 後方からの集中砲火に分院艦隊は残りの艦艇を次々と失った。

 その後の戦闘も終始、騎兵隊側の優位に進んだ。

 攻撃を受ける度に分遣艦隊を中心に海上は燃え上がり鉄くずが淡水の海の中へと沈んでいく。その波間で大勢の水兵が溺れ、もがき苦しんでいた。

「数で勝ってこの有様か……」

 マリウスは水面で繰り広げられる凄惨な光景に眉を曇らせる。

 だがその一方で違う思いが胸を熱くする。

 この圧倒的な、戦闘力。自分が学生時代に記した高機動水上打撃戦隊論が正しかった事が証明されたのだ。

 そして敵分遺艦隊が遂に最後の一隻になり果てた時、騎兵隊の八隻が四方から襲い掛かろうとしていた。

「よーし、こいつも俺が沈めてやる!」

 カナセが砲の軸線を残ったタイフォン級モニター艦に合わせる。

 もう残弾は残り僅かだ。おそらく次の攻撃を最後にヴァイハーンは戦闘力を失うはずだ。

「これでトドメだ!」

 しかしカナセが引き金を引こうとした直前、照準器のガラス板から一筋の飛行機雲が尾を曳いた。

「なんだ?」

 カナセが頭上を見上げると飛行機が通り過ぎた曇天の中に小さな黒点が見える。黒点は瞬く間に大きくなっていくと、やがて人影に変わった。

 人影はドスンッという凄まじい音が鳴り響かせながらモニター艦の上に落下した。

 落下傘が開いた形跡はない。飛行機からスカイダイビングした後、そのまま甲板に直接着地したのだ。

 その衝撃でモニター艦の船体が白波を立てながら前後に大きく揺さぶられた。

「なんだ? 何が起こってる!」

 カナセは落下地点の甲板上を注視する。

 土ぼこりが舞い上がる中、ひとりの魔煌士が立ち上がった。

 魔煌士はカナセが良く知る人物だった。

「ナタルマ!」

 それは忘れもしない。北の水没都市で自分を負かしたあのナタルマ・シングだ。

 敵モニター艦上に着地したナタルマは早速、行動を開始した。

 周囲で茫然としていた水兵達に掴み掛かると問答無用で殴り掛ったのだ。

 両手にはあの銀色をした魔煌の籠手が嵌められていた。

 突如、発生した甲板上での格闘戦。その中でナタルマは常に相手を圧倒していた。

 敵も拳銃やサブマシンガンで武装した。だが弾は避けられるか魔煌障壁で弾き返されるかで全く役に立たない。

 一方で隊長から無線が入る。

「全騎、攻撃待機! このまま残った敵を包囲する!」

 要は残ったモニター艦に手を出すなという事だ。

「ちょっと、待ってくれ! あれは俺たちの獲物だろ!」

 手柄を横取りされカナセが無線越しに憤る。

 しかし騎兵隊による攻撃が最後まで許される事はなかった。

 後で知った話だが、隊長が突然、現れたナタルマの件を司令部に無線で問い合わせた所、当の司令部から手出し無用の命令が送られてきたのだ。

 やがてモニター艦上での乱闘は終結した。マストの下で水兵達が全身を無残に腫れ上がらせながら白旗を掲げていた。

 水兵の奮闘空しく、敵艦はたった一人の魔煌士に拿捕されたのだ。


 それは水上騎兵隊にとって何とも煮え切らない結末だった。

 せっかくの完全勝利を後乗りしてきた魔煌士に水を差されたのだ。

 手柄の一部を横取りされた水上騎兵隊の前にヨシュア艦隊が到着する。

 旗艦ヨークタウンから箒に乗ったクレアが飛んできた。

「いやぁ~お久、クレア」

 両手にあの銀色の籠手を嵌めたままナタルマはクレアに手を振った。

 それを海上から見ていたカナセが無言で憤慨する。

 一方で分遣艦隊の制圧作戦も粛然と始められた。

 艦載艇に満載された陸戦隊が拿捕されたモニター艦に乗り込むと、艦内に残っていた連中に向け銃を突き付けた。

 その銃口は功労者のナタルマにも向けられる。

「何だよ、手前ぇ! やるってのか?!」

 銃を突き付けられナタルマが怪訝な表情を浮かべる。しかし陸戦隊側に何かしらの連絡が入ったのかナタルマを囲った銃口はすぐに降ろされた。

「ふんっ、判りゃいいんだよ」

 引き下がっていく陸戦隊を眺めながらナタルマは得意げな表情を浮かべた。

 しかしまだ納得していない者がここにひとり居た。クレアだった。

「ナタルマ! 何であなたがここに居るの!」

 クレアは陸戦隊を掻き分けながらナタルマに詰め寄った。

 そんな彼女に向かってナタルマは平然と答えた。

「ここにって、今さっきラムサール号で来たばっかだ。そしたら下で面白ぇ事やってたからよ。遊びに加わったって寸法さ」

「そうじゃないわ! 何故、あなたが戦場に居るのって聞いてるの!」

「そんなもん、水軍の依頼で来たに決まってるだろ」

「水軍の依頼ですって?」

 クレアが問い質す。

「そんな事、組合は一言も聞いてないわ!」

「そりゃそうさ。連絡は直にあったんだもの。組合には伝わっていないはずだよ」

 判らない話ではなかった。ナタルマは魔煌士組合には非加盟の魔煌士だ。クレアが知らない間に水軍がナタルマとの間で傭兵としての雇用契約を結んでいても何の不思議はない。

 だが現地の組合副統括でもあるクレアにとっては頭の上を素通りされた様で面白くない。

「全く、私達を何だと思ってるよ……」

「でもそんな事、クレア怒ったって仕方ないじゃない?」

「こう見えても組合から派遣された魔煌士部隊のまとめ役のひとりですから」

「へえ~空爆の魔女も出世したもんだ」

「その名前で呼ばないで頂戴!」

 イライラが募るクレアに対してナタルマが鼻で笑った。

 だがナタルマを前にしてイライラだけでは済まない者も居た。

「おい! そこのクソガキ!」

 モニター艦に乗船してきた少年が大声で怒鳴った。

 他ならぬカナセだ。

 しかし怒りを露にするカナセに向かってナタルマは可笑しそうに嘲った。

「あれれ? 誰かと思ったら前にとっちめた弱っちいマギライダーじゃねぇかよ。おっかしいなぁ~あの時、ちゃんと殺したつもりだったのに……」

「うるさい! ここであったが百年目だ! あの時の借りを返させてもらうぞ!」

 カナセが叫ぶと懐に忍ばせてあった小さなコアを取り出し前に翳した。

 それを見てナタルマもニヤリと笑う。

「いいねぇ! ヨシュアの仇をギップフェルで討つってか?! 上等!」

 そして魔煌の籠手を構え戦闘態勢に入る。

 再び相見まえた二人は瞬く間に一触即発の状態に陥る。

「さあ、来やがれ。弱っちいマギライダー! さっきの水兵相手じゃ物足りなかったところだ!」

「うるせい! 今に吠え面掻かせてやる! アエラス・フレイム・カノーネ……」

 しかしカナセが攻撃魔法を発動させようとした瞬間、クレアが水を差す。

「やめて、カナセ君! こんな所で何するつもり!」

「退いてくれ、クレア! こいつを前にして我慢が効かねぇ!」

「いいから堪えて! ナタルマは味方なのよ!」

「こんな奴が味方な訳無ぇだろ!」

「いいえ、共にウラ鉄と戦う仲間よ! それにここは船の上よ! 乗っている人、全員が迷惑するわ! それにナタルマも止めて! あなただってカナセ君と喧嘩する為にここに来た訳じゃ無いはずよ!」

 彼女の説得を前に二人は仕方なく拳を収めた。

「チッ!」

 カナセが舌打ちするとナタルマも鼻を鳴らす。

「ふんっ! またボコボコにしてやろうと思ったのに。ツマンネぇ……」

 籠手の煌気を解き手袋に戻すとナタルマはカナセの前に詰め寄った。

「クレアのデカいケツに敷かれやがって! キンタマ付いてんのか? あぁ?」

「うるさい、黙れ!」

 ナタルマの煽りにカッとなったカナセの右手がナタルマの胸元を思わず突き飛ばす。

 だがその直後、カナセは右掌に妙な違和感を覚えた。

「えっ?! なんだムニュって?」

 間違いない。それは少女の持つ胸の柔らかさだ。

「気安く触るな!」

 ナタルマの右手が傍にあったカナセの腕を慌てて弾き飛ばした。

 そんなナタルマの頬は一転、恥じらいで赤くなる。

「お前、女だったのか?」

 カナセも驚きを隠せない。今の今までナタルマの事を男だと思っていたのに、この瞬間、その事実が覆されたのだ。

「だったら何だっていうんだ! スケベ!」

 唐突に胸を触られたナタルマが機嫌を損ねる。

 そしてぷいとカナセから顔を背けると今度はクレアの前に立った。

「言っとくけど、オイラが契約したのは水軍だからな! 組合の指図は一切受けないから! そこんとこ勘違いすんなよな!」

「判ったわ。その代わりカナセ君には手を出さないで」

「ふんっ、それはそっちの心掛け次第だ!」

 そう言い残すと、肩をいからせながらモニター艦から飛び降り、今度は陸戦隊の連絡艇に乗った。

 ナタルマを乗せた小舟が動き出し拿捕されたモニター艦から離れていく。

 だがその間際、もう一度だけカナセに向かって大声で叫んだ。

「手前ぇ! オイラの胸を触りやがった事はカリだからな! 覚えてろよ!」

 ナタルマは穢れを払うかの様に胸元の埃を払い落とした。

 だが胸を触られた以上に彼女の中である事実が頭の中から離れない。

 それは発動寸前だったカナセの戦闘魔煌技だった。

「準備詠唱なしに火と風の複合技だって?」

 二ヶ月ほど前、水没都市で戦った時にはそんな高度な魔煌技を使える素振りは見せなかった。だが先ほどは明らかに複合技でこちらを攻撃しようとしていた。

「見せかけじゃない。コアもそれにしっかり反応していた……もしかして会っていない間に覚えたっていうのか?」

 無論、戦闘魔煌技の複合技など二ヶ月程度の期間で習得出来るものではない。出来るとなれば間違いなく天才の領域だ。

「カナセ・コウヤ……厄介な奴」

 ナタルマはその名を噛み締める。

 そして今度戦う時は以前とは比べ物にならない危険な相手に変わっている事を彼女に予感させていた。

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