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第5話 マリウス少尉

空は厚い雲に覆われていた。淡海は空の景色を映しどんよりとした風景が水平線の彼方まで広がる。

 そんな陰気臭さが漂う昼下がりムラクモの艦内にある情報がもたらされた。

 本日未明、艦隊所属の水上偵察機が雲の切れ目から東進中のウラ鉄艦隊を発見したのだ。

敵は北東の方角、60㎞付近に位置し、50m級モニター艦4隻と8隻の30m級ガンボートで構成された、この海域を哨戒する分遣隊艦隊らしかった。

 カナセの所属する水上騎兵隊に出撃準備の命令が下った。二隻の予備機以外の計八隻の高速突撃艇が特殊なクレーンを用いて次々と海面に降ろされていく。

 その機械的で秩序整然とした動きは機能美の塊だった。

 カナセは海面にヴァイハーンが降ろされるとコアモーターを始動させた後、モーフィング・マギアを発動させ各部の動作チェックを行う。

「各員に告ぐ。よく聞け野郎ども!」

 無線から普段の隊長からは想像もつかない威勢の良い声が届いた。

 しかしどこか怒っている様にも聞こえる。

「司令官閣下からのお達しだ! 騎兵隊は本隊から先行し、接敵に際してその陣形を崩壊せしめ本隊到着までの時間稼ぎをせよとの事だ。だが構わん! 何も友軍のウスノロの足を待ってやる必要は無い。本隊の到着前に自分達の力で沈めてしまえ! そして水上騎兵隊の力を見せつけてやるんだ!」

 隊長の豪放な語り口を耳にした直後、隊員達が一斉に笑った。

 同時に隊員達の緊張がほぐれる。

「では各自健闘を祈る。以上だ!」

 隊長からの訓示が終わると八隻の高速突撃艇は母艦から離れ、水上で陣形を維持しながら前進した。

 その光景はさながら低空を飛ぶ水鳥の群れの様に美しい。

 カナセの右斜め前には僚艇のカスケードが先行する。

 二人は水上騎兵隊の中で第四編隊の名を与えられていた。

「少尉、ちょっと良いか?」

「どうした曹長? 船に異常か?」

 カナセからの無線をマリウスが傍受する。しかし外観からはヴァイハーンに船体異常は見られない。それにカナセが言いたかったのはそんな話では無かった。

「ボスのさっきの態度、どう思う?」

「どうって、何が?」

「友軍のウスノロ。何か嫌な事でもあったのかな?」

 カナセは率直に訊ねる。それだけに隊長は人の悪口を言う人ではない。

 するとマリウスがこう答えた。

「ああ、あれか。ボスも溜まってるのさ。他の戦闘部隊とは前々から色々とあるからな」

「前々から色々?……」

「ウチは伝統的な水軍艦隊から見れば新参者の変種だよ。まあはっきり言えば嫌われてる。だからボスがヨークタウンの司令部に行ったらさ、騎兵隊なんかに意見を言われる筋合いはない! とか、奴等の方が良いコアを使っているのはどういう事か! とかそんなやっかみを毎度、受けるんだよ。本隊が来る前に沈めてしまえってのもその当てつけさ」

「そうなのか?」

「そうさ、自分はあの人と付き合い長いからな。よく知ってる」

「嫌われてるって、新部隊ってだけでそんなに気に食わないものなのか?」

「それもあるけど一番の理由は金食い虫の所かな」

「金食い虫? ここってそんなに給料良いのか?」

 マリウスの言葉にカナセが思わず前のめりになる。

 しかしそれを聞いたマリウスは無線の向こうで肩を竦めながら笑った。

「そうだったら有難いんだけどね。実際は装備品の方だよ。なんせ航空機並みのコアを積んだ戦闘艇だ。そんな高級機を開発するのに水軍は湯水の如く予算を注ぎ込んだ。因みにカナセ、ケルピー一隻でガンボート何隻買えると思う?」

「う~ん……二、三隻くらいかな?」

「残念、七隻分だ」

「七隻分だって?」

 その数にカナセは思わず声を上げた。

 まだカーニャ村に住んでいた頃、スルタンの店で扱っている船のカタログの中にガンボートの半分ほどの大きさの中古船が載っていた。その中古船ですら一千万コニーの高額が付けられていた事を覚えている。

「だったら俺がコア集めに使っていた小舟の何隻分になるっていうんだ?」

 恐らく目の前の一隻にコアダイバーが一生掛けても稼げないほどの大金がつぎ込まれているに違いない。

 そう思うとカナセは身震いを起こす。

「どうした、曹長? お金の話で怖気づいたかい?」

「い、いいや……別に、へへへへ……」

 カナセは笑って誤魔化す。

「まあ、高級機が買えたのと同時に、各部署から恨みつらみも買わされたって訳さ。あそこのせいでウチの艦隊の予算が削られたとかね。けど部隊の予算はボスが方々、頭下げて集め回った金だ。何も後ろめたい物でも無いんだ。なのに他の奴等は数字を見ただけで逆恨みしてくるんだ。現に自分もこの騎兵隊に配属されて早々、他の兵科の奴等から受けた嫌がらせの数なんて、そりゃ凄かったよ。だからカナセも気を付けろよ。ぼんやりしてると後ろから押されてドボンだ」 

「後ろからドボン……」

 マリウスの言葉にカナセは生唾を飲んだ。


 そんなマリウス・ルーメン少尉の経歴もカナセ程ではないが水軍の中では変わり種の方だった。

 まだウラ鉄との戦争が始まる以前、彼は魔煌士学校及び水軍兵学校を極めて優秀な成績で卒業した。

 そしてそのままヨシュア水軍に入隊。水軍の新任士官として順当にエリート街道のスタートを切るはずだった。

 しかし兵学校卒業直前、水軍司令部に提出した自身の論文が原因でその思惑から少々、外れる事となる。

 論文には「巨艦巨砲主義からの脱却と高機動水上打撃戦隊設立の展望」と表題が付けられていた。

 要するに彼自身もホーナー・ナット大尉と同じく高速展開可能な戦力による新戦術を構想していたひとりだったのだ。

 本来ならば士官候補生の提出された論文など無視される代物だった。現場の実地経験の無い若造の意見などおおよそ現状と剥離し役立たずと見なされるのが通常だからだ。

 しかし論文の中に無視できない問題が書き記されていた。

 士官候補生の身分で水軍の巨艦巨砲主義を批判する内容が長々と記されていたのだ。更にその為に捻出される予算を無駄遣いとまで主張していた。

 よってマリウスは成績優秀にも関わらず水軍に入隊する前から厄介者の烙印が押されてしまった。

 その頃の事をマリウスはこう回想する。

「まあ、若かったんだな。なまじ学校での成績が良かったら調子に乗ってたんだよ。それと自分が水軍を改革してやるんだっていう気概もあったし、その為の根拠のない自信とかもあったしね。周りが見えてなかったのさ」

 そう笑ってカナセに話した事がある。

 だがその論文をナット大尉が目を通した瞬間、マリウスの運命が大きく変わる事になる。

 彼はマリウスが書いた論文の内容が自分の水上騎兵隊構想と概ね一致する事に着眼するとマリウスを入隊と同時に創設準備中の新部隊の中に編入させたのだ。

 そしてそのまま水上騎兵隊隊員として軍歴を歩む事となる。


 それから三年後、トラスニークの攻防戦が終わった直後の水軍基地に組合の出向要請を受けたひとりの少年がやってきた。

 それは組合の間でトラスニークの英雄と騒がれていたカナセ・コウヤだった。

 だが基地は先日の四隻の特殊潜航艇の奇襲から未だ立ち直って居らず、港の施設ほとんどが機能停止の状態に堕ちったままになっていた。

 そんな中、マリウス・ルーメン少尉はこの未だ泥臭い少年を迎える事になる。

「自分が君の上官兼教育係だ。本来、新兵教育は教練軍曹によって集団で行われるんだが基地がこの有様でね。悪いけどそのつもりでいてくれ」

 マリウスにとってカナセへの第一印象は概ね良好だった。

 頭の先からつま先まで見たままの田舎少年だったが、資料にあったマギライダーの経歴には目を見張る者があった。

 民間人でありながら放棄された駆逐戦車を使ってポカチフ中将率いる特殊部隊を撃破、組合本部から奪われた箱舟のコアを取り戻す。

 恐らくこのザンバラ髪の少年こそトラスニーク攻防戦での最高の功労者だ。

 少なくとも彼のお陰でこの基地の連中はウラ鉄に対して留飲を下げる事が出来たのだ。

 受け入れこそすれ拒絶する理由はどこにもない。

 それにマリウスにとってカナセは初めての後輩であり部下であり、その事実は彼にとって素直に喜びでもあった。

 一方でカナセにとってマリウスはおよそ軍人らしからぬ人という印象だった。

 お人好しで育ちの良い大学生、そんな雰囲気さえ感じられた。

「なんか、頼りない感じだけど大丈夫かなぁ……」

 カナセはマリウスの為人に少なからず不安を抱く。

 だが何にせよ、自分の身は一切、彼に預ける事になる。

 そしてその日からカナセの生活の場はカーニャ村からポカチフの襲撃で半壊した基地の宿舎へと変わり、文字通り少尉と寝食を共にする軍隊生活が始まった。

 これから当分、クレアやミリア、そして村の人々の顔が見れないと思うと寂しさが込み上げる。

 だが飯と寝床がタダなのは大きい。そこに給料まで貰えると思えば喜ばしい限りだ。

 入営した当日からマリウスとの一対一の訓練は始まった。

 そしてマリウスのお人好しの雰囲気はここで変わる。

 マリウス教官はカナセに礼儀作法や武器の使い方、軍隊式の体力作りに格闘技までみっちりと教え込んだ。

 マリウスから受ける日々の訓練は思っていた以上に厳しかった。

 厳しくて当然だった。訓練とは自分の能力を向上させる為にある。それには強い負荷を受ける事でまずは己の今の能力の限界を思い知らせる必要があるからだ。

 それにカナセには生まれてから今まで集団行動の経験が無かった。自由気ままに生きて来た人間とって他人と塊になる事は僧侶の苦行に似ている。

 だがその一方でカナセにとってのマリウス教官の印象が悪くなる事はなかった。

 マリウスは真面目でやさしい好漢だった。

 彼は厳しい訓練の中で励ます事はあってもカナセを罵倒したり汚い言葉で罵ったりするような事はしなかった。

 ヘマをしたり生意気な口を聞いた時でさえも、他の上官がする様な鉄拳制裁を加える様な事もしなかった。

 しかも訓練では手本としてカナセと同じ内容を自分に課した。

 更にその中でマリウスはカナセの為に魔煌士の講師も務めた。

 彼はカナセが欲していた戦闘魔煌技の技術を時間の許す限り解説してくれた。

 共に汗を流し、励まし、鍛え合う。それを終えれば元の育ちの良い大学生風に戻るのだ。

 そんな事もあってカナセはマリウス少尉に対し強い親しみと尊敬を覚えた。

 だがその割に上官として彼を別段敬う事はしなかった。

 そしてマリウス自身もカナセの横柄な態度を特に咎める様な真似はしなかった。

まるで二人の関係は上官と部下ではなく、最近つるみ出した年の少し離れた友人同士といった感じだった。

 それでもマリウスはカナセにとって気の合う「相棒」であり頼りになる「先輩」である事に変わりなかった。

 その為、マリウスはカナセの知らない事情も知っていたし、見えていない物もしっかり見えていた。

「それってムラクモの中も危ないって事か?」

 カナセは水上騎兵隊の悪評が同じ母艦の中にも及んでいるのか心配になった。

 もし今、登場しているこの船の砲身の中に石塊でも詰められていたら大変だ。

 その問いにマリウスは柔らかな声で答える。

「今はムラクモの中も良い雰囲気だよ。出航した初めの頃は結構、冷たい感じだったけどさ。けどこの前、俺達が哨戒部隊をやっつけただろ? その後に潮目が変わった感じかな。少なくともムラクモの連中の態度は良くなった。やっぱり自分達の船が戦果を上げたと判れば誰だって嬉しいもんさ」

「俺たちの手柄がムラクモの戦果として共感されたって事か?」

「学生スポーツで勝利した時、地元の酒場が盛り上がるのと同じ心理だよ」

「現金だなぁ」

「まぁ、そう言うな。味方してくれてるんだから有難いくらいさ。けどこれからも味方で居てもらう為には敵を沈め続けなければならない。戦って勝つ事で自分達の存在を認めさせ続ける。ボスの言っている意味はそういう事さ」

「けど俺達ばっかり勝ち続けたらムラクモは良くても他の部隊からのやっかみが凄いんじゃないか?」

「嫉妬なんてのは普通、同レベルの中でちょっと上等な奴に対して起こるもんさ。だったら一層、手が届かない所まで実力差を見せつけてやればいい。そうすれば相手は嫉妬の感情なんか自然に萎えちまうよ」

「それが本隊が到着前に自分達の力で沈めてしまえって事の本当の意味か……」

「そういう事」


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