第4話 水上都市ダグウォート
やがて水平線の向こうから黒煙が上がっているのが見えた。方角からすればその先に水上都市ダグウィードがあるはずだ。
「ラーマさんはダグウィードに行った事は?」
「初めてだけど話には聞いてる」
「どんなところ?」
「干拓地とは大分、趣きが違うわね」
「違うって?」
「知らないのなら行ってみてのお楽しみにしておきなさい。びっくりするわよ」
そう言ってラーマは含み笑いをした。
そしてその理由をカナセは暫くして知る事となった。
二隻の高速突撃艇は水上都市ダグウィードに到着した。
確かにダグウィードはヨシュアとは違っていた。
堤防で囲まれた低い陸地は無い。それ所か土で出来た土地すらなかった。
あるのは一万艘に及ぶ艀によって組まれた浮島とその浮島の上に立つ鉄の骨組みだけの無数の塔。その無味乾燥の冷え切った土地の上に箱の様な家々の町が立っていた。
そして浮島の周囲を数千隻に及ぶハウスボートが係留されていた。
ボートとボートの間には幾重にもタラップが折り重なり、橋……と言うよりは宙に浮いた道で繋がっていた。
その隘路の間をここの住人が普段通りに行き交う。
係留されたハウスボートの陰からも人が見えた。船の上の小さなコンロで煮炊きをする者、壊れた鍋の穴を叩いて塞ぐ者、船の修理の為に木材を加工する者、ざるに山盛りにされた二枚貝をナイフでむき身にする者、仕事は様々だったが皆が縒れた衣服を纏った船の街の住人だった。
それはヨシュアの大河川の堤防で見た難民キャンプの景色にどこか似ている。
「これがボスが言ってたボートタウンか……」
ならばこのボートの密集の中に火事の現場があるはずだ。
しかしカナセ達が到着した頃には火事は既に鎮火しており、煙も見えなかった。
一方で住人達は突撃艇を見つけると誰もが余所者を見る胡散臭そうな表情を浮かべた。
「歓迎されて無いのか?」
「さあ、どうかしらね?」
カナセの独り言に気の無いラーマの声が返って来る。
二艘の突撃艇はタウンボートの間を進んだ。
僅かに開かれた水路の途中でカナセ達は一隻の巡視艇に止められた。
船体には番号とダグウィードの水上警察の紋章が記されていた。
先頭を進むマリウスが巡視艇上の警官と敬礼を交わした。
「お待ちしていました。ヨシュア水軍の方ですね」
型通りの挨拶の後、巡視艇のエスコートで二隻はダグウィードの中を進んだ。
火事の現場はその水路の奥にあった。
出火場所はハウスボートが密集する一角で周囲から完全に切り離されると、海上に放置されていた。大方の物は燃え切った後らしく、僅かに残る薄い煙が見える程度だった。
延焼した一画に消防艇の他に数隻の救護艇と曳船に曳航されてきた小型の艀が横付けされていた。
その艀が救護施設らしく二艘のケルピーも接岸しロープで固定された。
「じゃあカナセ君、留守番をお願い」
医療カバンを持ってラーマがタラップの上を駆け降りた。
その横では薬瓶の入った木箱を担いだマリウスを引き連れながらクレアも船を降りる。
カナセはひとりケルピーに残された。持ち船は軍の戦闘艇だ。停泊中に大事が無いよう誰かが監視しているのが決まりになっている。
「ふぁ~」
カナセはあくびをひとつした。安寧の中での監視任務など退屈でしかない。
それに周囲にはダグウィードの巡視艇も居る。トラブルなど無いと思うがここに来る前にこちらを見ていた住人達の胡散臭い表情だけが気になった。
「なんだろうね……こっちは何もしてないってのに……」
確かに住人達の態度は気に食わない。
しかし平穏な時が一時間、二時間と経っていくと、次第にそんな事にも関心が薄れ、頭の中がぼんやりしてくる。
「汚い水だな……」
カナセは時折、水面に浮遊するゴミがを眺めては眉を顰める。
淡海に住む人間は水質の悪さを本能的に嫌悪した。
「よう、兵隊さん! 何か買っていってよ!」
海上で暇を持て余すカナセに呼び掛ける声が聞えた。
巡視艇が移動している隙に一艘の手漕ぎボートが近寄って来た。ボートの上では麦藁帽子を被った日焼けした少年が櫂一本で器用に舵を取っている。
年齢はミリアと同じくらいに見えた。
「何も要らねぇよ。さっさとあっちに行っちまえ」
しかしカナセは少年を一瞥した途端、無碍に追い返そうとした。
どうせこんな場所の物売りなんて碌な物を売ってないと思ったからだ。
「そんな事言わずにさぁ、地の物だってあるんだよ。美味いんだからさぁ」
そう言いながら少年はボートの荷台の上に置かれた網籠をカナセの前に掲げた。
「地の物だって?」
カナセが面倒臭そうに網籠の中を見る。
中には熟れた小ぶりのパイナップルに混じって、紙袋に入った菓子や瓶に入ったラムネやニッキ水が一緒に入れられていた。
「何が地の物だ。こんな所でパイナップルなんて取れる訳無いだろ?」
「知らないのかい? 水耕栽培だよ。ウチの浮き畑で母さんが育てた本物だよ。美味いんだから」
浮き畑とは、かき集めた水草を重ねて作った浮島型の耕作地の事だ。
干拓地にも島嶼内にも土地を持たない者が農業を行う知恵であり、カナセの住んでいたオートル村周辺でもよく見かけ、トマトや茄子、トウガラシ等が栽培されていた。
カナセは懐かしさも手伝って浮き畑のパイナップルに興味を魅かれる。
「それ幾らだ?」
「買ってくれるの?」
「その為にここまで来たんだろ?」
「パイナップルが300コニー。ニッキ水が赤、黄、緑のどれでも50コニー。それと……」
「ニッキ水は要らない。パイナップルを一個くれ。それとそこのラムネを四本だ。でも高くないか? この大きさで」
「じゃあ、大まけにまけて280。その分、美味んだから」
「ほとんど変わんないじゃないか……。売り終わったらさっさと帰れよ」
そう言うとカナセはパイナップルとラムネビンを物売りの少年から買った。
「待ってて。今、皮を剥ぐからね」
少年はパイナップルの表面を取り出したナイフで器用にそぎ落とした。
小ぶりだった果実が更に小さくなっていく。
「まいどあり、兵隊さん良い人だね」
カナセは少年からパイナップルとラムネビンを受け取った。
そしてラムネビンの方を備え付けのボックスに仕舞うと、手渡された小さなパイナップルの方を一口食べてみた。
果肉は筋っぽく食べやすいとは言い難かった。しかし噛み締める度に繊維の隙間からにじみ出る完熟の甘さは見事なまでにパイナップルだった。
「どう、美味いだろ?」
「40点……」
「ちぇ、厳しいなぁ」
「ヨシュアの町中なら0点付けられても文句言えねぇよ」
「兵隊さん、ヨシュアから来たの? ギップフェルじゃなく?」
「そうだよ……」
「こんな小さな船で?」
「いいや、もっとデカい船に乗ってだ」
「でもカッコいい船だね。なんか尖んがっててさ。これって何て書いてあるの?」
「ヴァイハーンだ」
少年が船体に書かれた赤い文字を指差すとカナセが答えた。
「ヴァイハーンか……。それって船の名前?」
「まあ、そうだよ」
「カッコいい! 乗っけてよ」
「駄目だ。玩具じゃない」
「ケチ!」
「ケチで結構だ。そんな事より売り終わったら帰れって言ったよな……」
そう言いながら少年の願いを無碍に断るとカナセは食べ終わったパイナップルのヘタをボックスと隣り合うゴミ箱に投げ捨てた。
「へえ、やっぱりヨシュアの人は行儀が良いんだね。ここの連中は皆、水の中に捨ててるのに」
「この国の人間がなってないだけだよ。だから煮炊きで火事を起こすんだ」
カナセが海上で黒焦げになった数隻のハウスボートを顎で差した。
しかし少年はそれを見て首を横に振る。
「違うよ、火事じゃない。機雷にやられたんだ」
「機雷だって?」
少年の意外な言葉にカナセが目を丸くする。
「何で、こんな所に機雷があるんだ?」
「どうもこうも無いさ。ウラ鉄がここの沖に機雷を撒きやがったんだ。それで偶に流れ着いた奴がここでドカンって寸法さ」
そう言いながら少年は両手で爆発のリアクションを取る。
「でも何でウラ鉄はそんな事をするんだ?」
「資源だよ。ダグウィードの資源目当てにね。それをよこせって言って来てるんだ」
「ここの資源って何だ?」
「アレだよ、アレ」
カナセが訊ねると少年はダグウィードの中央にある筏の浮島を指差した。そこにはトラスで組まれた鉄塔がいくつも立っていた。
「あの塔がどうした?」
「塔の下にケーソンが沈んでるんだ。ウチの父さんと兄さんも働いてる」
ケーソンとは淡海の海底に向かって降ろされた円筒形のコンクリートの壁だった。そのケーソンを使って周囲の水を遮断し壁内で作業を行う。
「あのケーソンの下に大昔のコアの大工場の跡があるんだ。その工場跡から沈んでいるコアを掘り起こしては他所に売ってるんだ。ここはその大工場跡の上に筏で作った土地なんだよ」
「じゃあ、ここはコアの採掘場って訳か」
要するにここではカナセの行っていたコアダイバーの仕事を限りなく大掛かりに行っているのだ。
「もしかして見るのは初めて?」
「まあな……」
「その掘り起こしたコアの幾らかをウラ鉄が寄越せって言ってるんだけどダグウィードのお偉いさんがそれを嫌がって突っぱねたんだ」
「だから、機雷を撒くってか。ひでぇ事しやがる!」
少年の言葉にカナセは憤る。なんて欲深い奴だ! 要はカナセが小島でやられたのと同じ事をウラ鉄はこの国でもやっていたのだ。
そしてある事に気付く。あのカナセ達を見る胡散臭い眼差し。あの目はこのケルピーを見てウラ鉄の軍用艇と勘違いした憎しみの目だ。
事実、目の前の物売りの少年もカナセの事をギップフェル、ウラ鉄の方から来たと勘違いしていた。
「まったく、飛んだとばっちりだぜ……」
「とばっちり?」
「いいや、こっちの事だ。それで機雷は撤去はされているのか?」
「数も多いし撤去にはお金もかかるから基本、放ったらかしさ。それにここのお偉いさん達はあんまり困ってないみたいだしね」
「困ってないってどういう事だ? 自分のナワバリで爆発してるんだろ?」
「その浮島の周りにはボートタウンがあるだろ? それが機雷避けになるんだって。だからここのどこかで爆発があっても艀までは被害が出ないって寸法さ」
「おい、ちょっと待て。艀は無事でもお前等はどうなる」
「どうしようもないよ。爆発で吹っ飛ぶしかないね」
「国民を盾にしてるのか……」
「いや、違うね。ここに国民なんて上等な連中は居ないよ。そもそもこのダグウィードだって国じゃない。採掘場に自然発生的に寄り集まって出来た町なんだ。要はここの全部が根無し草。ダラシネって奴。判る? 浮き畑と一緒。だから国も無ければ国民も居ない。人が集まって出来た根無し草の島なんだ。だから誰が死んでも誰にも責任はないだって」
「だから、ほったらかしでも構わないってか?」
「そういう事だね……。仕方ないよ。まあ、火消しと医者くらいはお情けで呼んでくれるみたいだけど。それでも費用はこっち持ち」
そう言って少年は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
だがその話を聞いた瞬間、カナセは胸に何かが刺さった様な気持ちになった。
ヨシュアにも根無し草と言われる人達は居た。西ヨシュアから焼け出されても東に行く所の無い難民キャンプと人々だ。
彼等は政府から充分な支援も得られない、いわば捨てられた人々だった。
そしてここダグウィードにも毎日の糧を求めて寄り集まったダラシネが流れ着き、機雷の脅威に晒されていた。
彼等はウラ鉄の暴威に晒された被害者だった。
そんな彼等を誰も救わない。
だがそれは自分だって同じだ。自分には彼等に家を住む場所を与える事も出来なければ流れて来る全ての機雷を取り除く事は出来ない。
そんな自分に出来る事は戦う事だけだ。戦って一刻も早く平和を取り戻す。
そしてダラシネと呼ばれている人々を救い出す。それしかなかった。
やがて少年の小舟は離れていく。
「長居しちまった。兵隊さん、ありがとう。ウチのパイナップルをそんな美味そうに食ってくれたのはアンタが初めてだ」
「だったら今度、俺が来たときは船に積めるだけ積んで来い。全部、買ってやるよ」
そう答えると少年は嬉しそうに笑った。
「判ったよ、兵隊さん。覚えとくよ~」
小舟は離れ少年の姿もハウスボートの陰に消えていった。
暫くしてクレア達が帰って来た。
行きとは違い、帰りはクレアがヴァイハーンに乗り込んだ。
「ただいま、やっと区切りが付いて解放されたわ」
ほっとした表情でクレアがヴァイハーンの補助座席に腰掛けた。
彼女はここに来るまでの事はとっくに忘れてしまっっているのか、もう怒っている様子はない。
「お疲れ様。ほい」
カナセはボックスから先ほど少年から買ったラムネビンを全て取り出すと一本をクレアに渡した。
「あら、ありがとう。そんなもの入ってたのね」
「さっきここで買ったんだよ。少尉、そっちの分だ。ラーマさんにも渡してくれ。お疲れ様ってな」
「了解」
カナセがラムネビンを一本づつ投げ渡すとそれをマリウスが受け取った。
一行が一息吐くと、仕事を終えた二隻がダグウィードから離れていった。
そして今もケーソンの底では埋まったコアが掘り出されている。
後で聞いた話ではコアの埋蔵量は後、二年で掘り尽くされる計算らしい。
そうするとこの艀の上の国は役目を終え、後は泡の様に消えていく運命だという。
それは根無し草よりも儚い運命だった。
その光景を後にして二隻のケルピーは淡海をひた走る。
そんな中、後ろに居たクレアがカナセに言った。
「ラーマにも買って上げたんだ……」
「ん?」
「ラ・ム・ネ!」
「まあ、みんなに買って彼女には無しって訳にもいかないだろ?」
「あら、そう。親切ね」
そう答えるクレアの顔は詰まらなそうだ。
「救護作業は上手くいったのかい」
「どういう意味?」
「嫌いな者同士、喧嘩せずに出来たのかなって」
「失礼ね。私だって大人ですから。仕事の時くらいちゃんと割り切って対応します。それよりもカナセ君、行きにラーマと何を話してたの?」
「気になるかい?」
「別に。ちょっと聞いてみただけよ」
「口説かれてた」
「何ですって?!」
思いも依らぬ返答にクレアは素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。お陰で船上で危うくバランスを崩しそうになる。
「きゃあ!」
「危ないよ、クレア!」
「ごめんなさい! でもそれって本当なの?」
「本当さ。和平派ってどう? イッチョ噛んでみない? 三食昼寝付きでって言われた」
「和平派って……。それでカナセ君、どう答えたの?」
「別にどうともしないさ。そんな考え方もあるんだなって」
「そう、良かった……。なら言っとくけど絶対に受けちゃ駄目よ! 和平派なんてウラ鉄の陰謀、政治工作だから!」
「そうなのか?」
「そうよ!」
クレアは即座に肯定する。しかしウラ鉄の政治工作とは穏やかな話ではない。
「でもラーマはリードヒルの住民投票がどうとか言ってたぜ……」
「あんなものは無効に決まってるでしょ! ウラ鉄職員が選挙管理委員をやってる投票に何の公平性があるっていうのよ! 例えそれが仮に公正な結果であってもそんな勝手な言い分、誰が認めるもんですか!」
クレアは和平派の根拠など頭から受け入れる気は無いらしい。
「全く、忌々しいったらありゃしない!」
怒りが収まらないクレアのお冠は続く。
しかしカナセは一言だけクレアの言葉に引っかかる。
「クレア、さっき和平派はウラ鉄の政治工作って言ってたけど、じゃあラーマはウラ鉄と裏で繋がってるって事か?」
「少なくとも私はそう思ってるわ」
「証拠は?」
「今の所は無いけど……そのうちきっと尻尾を出すはずよ!」
結局、クレアの語った和平派陰謀論も妄想やうわさの域を出ないモノらしい。
しかしクレアの口振りは調子付いて更に熱を帯びる。
「それに彼女、もともと他所の人よ。ヨシュアの生まれじゃ無いのよ!」
「ヨシュアの生まれじゃない?」
「そうよ! 戦争が始まる少し前にフラッとヨシュアに来ていつの間にか居ついちゃったダラシネ、根無し草なのよ。それで組合の要職に付いてるんですもの。ちょっと変よ! 生まれはバールグラスって言っているみたいだけど判るもんですか!」
興奮したクレアは自分の言葉で思わず熱くなる。
普段からラーマとの関係で余程、溜め込んでいる物があるらしい。
「……」
だがカナセはクレアの口から出た言葉に黙り込む。
ここでも聞こえた根無し草の言葉。
それにクレアが気付くと、焦った顔をしながら否定した。
「ごめんなさい! そういう意味じゃないのよ! カナセ君の事は充分に信用も信頼もしているわ。だって私、カナセ君が頑張ってくれている事、全部知ってるもん」
クレアは慌ててカナセの機嫌を取り繕った。
余所者を疑う様な言動を耳にしてカナセが気を悪くしたのかと思ったのだ。
そんな彼女を眺めながらカナセは苦笑いを浮かべた。
「えっ? ああ、判ってるさ……怖そうなお姉さんだもんね」
そう言ってカナセも誤魔化してみせた。
しかしここで改めて気付かされた。彼女の様な人ですら内心では異邦人に不信感を抱いている。
そこには細かな理屈はない。「型」としての不信感だった。
そして自分もこの淡海を彷徨う根無し草のひとりなのだ。
クレアが自分に謝って必死に取り繕ったのが何よりの証拠だ。
だがそんな彼女の気持ちを非難する気はない。
今は戦争中だ。
見ず知らずの人間と信頼関係を築く事がどれほど難しいか。
自国以外の人間を信じる事がどれはど困難か。
組合の450番コアを取り返しただけではまだ足りない。
ならばどれほど頑張ればヨシュアで信頼を得られるのか。
それを思うとダラシネとしては気が遠くなりそうだ。
カナセは不意に先ほど買ったラムネビンのラベルを眺めた。そこには製造元の刻印が当たり前の様に記されていた。
「ラムネビンにだって自分の国があるのにな……」
「何か言った?」
「いいや、別に……本当、難しいよな。根無し草って奴は……」
カナセはクレアに聞こえない様につぶやいた。
やがて二隻は二つのコアの反応があった場所に再び辿り着く。
そんな中、カナセがある事を思いつく。
「クレア、ちょっと寄り道して良いか?」
「良いけど、少尉にちゃんと連絡するのよ」
「判ってる」
カナセは無線でマリウスと連絡を取り合う。
「少尉、聞いての通りだ。出来るだけ二つのコアからカスケードを離してくれ。そして一旦、停泊してこっちの観測を頼む」
「何をするつもりだ?」
「反応の正体を確かめる」
カナセは高速突撃艇の軸線を二つのコアの近い方に合わせた。
距離は500m、船は海面を跳ねるが安定させられない訳ではない。
「発射!」
カナセは固定武装の75㎜砲の引き金を引いた。発射された砲弾は着水するとそのまま水の中に潜った。
その直後、海中から巨大な水柱が爆発と共に二つ上がった。
爆発の正体は水中に沈んでいた機雷と砲撃の命中による接触だった。
カナセが感じていたコアの反応は機雷の起爆装置だった。もし気付かずに接触でもしていれば通行する船は航行不能になるか撃沈されていたはずだ。
そしていずれはダグウィードに流れ着き今日の様な事故をまた引き起こす。
しかしその脅威はケルピーから放たれた一撃で粉砕された。
「それもこれもあのパイナップルの縁だな……」
水柱のしぶきが雨の様に降り注ぐ中、カナセも満足げに笑みを浮かべていた。
一方でクレアは状況が呑み込めずただ茫然としていた。
「何なの、あれ? 何をしたの?……」
クレアがずぶ濡れになりながら問い質す。するとカナセは一言こう答えた。
「何でもない、ただ隠れてたダラシネを掬い取っただけだよ」
そしてそれきり、何も言わなかった。
カナセ達が去った後も沖合の水柱が消える事は当分無かった。
その遠くの様子を一隻のボートハウスの中から見守る者が居た。
「何だ、あれ……」
体中に包帯を巻かれた男が座ったまま機雷の爆発痕をじっと観察する。
「おや、もう起きて良いのかい?」
先ほどカナセにパイナップルを売った物売りの少年がボートの上から声を掛けた。
「おい、あれは何だ? あの爆発は?」
顔見知りなのか、男は甲板に座ったまま少年に訊ねる。
「ああ、多分、機雷が吹っ飛んだじゃないかな?」
「ダグウィードの水軍が処分したのか」
少年の答えに包帯の男はいぶかしがる 寄せ集めのダグウィードの水軍に真面な掃海能力のある艦艇があるとは思えない。
「いいや違うね。片付けたのはヨシュアの水軍だね。さっきここに来てたから」
「ヨシュアの水軍だって!」
思わず男は声を上げた。
「奴等がここに来てるのか?」
包帯の男が俄かに色めき立つ。
すると少年は先ほどのカナセとのやりとりを男に話した。
「ああ、でもさっき帰っていったよ。ウチのパイナップルとラムネ4本を買ってくれた。でもカッコいい船だったよなぁ。細くって、前に大砲が付いていて。なんて言ったかなぁ。そうだ、ヴァイハーンって言ってたな」
「ヴァイハーン?」
少年の言葉に包帯の男は息を飲む。
「ああ、かっこいい船だったなぁ……。あんな船、ヨシュアに行けば乗れるのかな……」
「おい、本当にヴァイハーンって言ったのか?!」
男がいきなり声を荒げる。
「何だよ、また大きな声出して」
「ヴァイハーンは俺が乗っていた船を沈めた奴だ!」
話を聞き終えた途端、男が悔しそうに叫んだ。
男の名はマッセル・タリム。先日、水上騎兵隊に全滅させられたウラ鉄水軍の哨戒部隊の生き残りだった。
「俺の船団がヨシュアの船に襲われた事は言ったよな。その時、相棒が今際の際につぶやいたのがその名前だよ! そいつが放った一撃で船が沈められたんだ。その時、ハシムは……ハシムは死んだんだよ!」
「そ、そうなの?」
「クソッ! あいつ等、こんな近くにまで来てやがったのか……」
マッセルは大仰に拳で船の甲板を何度も叩く。
「おい止めなよ。そんな事したら折角、治った傷がまた開くぜ」
「けどよ……」
心配になった少年が慌ててマッセルと止める。
そんなマッセルの瞳には涙がにじんでいた。
あの時、674號は船体中央に命中弾を受け爆沈した。その余波に第一砲塔も飲まれると親友のハシム・レンドルは船と運命を共にした。
一方、マッセルは搭乗口が頭の上にあった事が幸いし、沈没の寸前で脱出に成功した。
しかし脱出の祭、爆炎を背中に浴び手酷い火傷を負った。
それでもマッセルは流れて来たガンボートの残骸にしがみ付くと命からがら戦場を泳いで離脱したのだ。
その後、重傷を負いながらも、数日間、淡海の中を漂流した末に、少年の一家が所有する浮き畑に流れ着き、奇跡的に助けられたのだ。
火傷は少年の家族の介護の甲斐あって何とか回復に至った。
「悪いがこうしちゃいられない。俺は原隊に復帰する」
「原隊に復帰って、ウラ鉄に戻るの?」
「そうだ。俺達を襲って来たのは見た事も無い新型だった。この事を味方に知らせなきゃ味方の損害が増える一方だ。ここでギップフェルにまで行ける船は?」
「そんな物あるわけ無いよ」
「無いだって? たしかここにはウラ鉄との定期便があったはずだ」
「昔なら兎も角、だいたいここ最近はウラ鉄と仲が悪いんだ。医者の手配だって通りすがりのヨシュアの水軍に頼んでる位なんだぜ」
「じゃあ何で俺を助けた?」
「お情けだよ。流石にウチの畑で死なれたんじゃ気分が悪いからね。それとウラ鉄からの謝礼目当て」
「判ったよ。じゃあお情けついでに親父さんに明日船を出してもらう」
「ちょっと待ってよ。父さんにギップフェルまで行けってか?」
「そんな事はしないさ。ウラ鉄には漂流した際、本国に帰還できる裏技がある。それを使うだけだよ」
「そんな物あるの?」
「まあ、何にせよ、明日でお別れた。今まで世話になったな」
そう言いながらマッセルは立ち上がり、再び水柱の上がった方を見詰めた。
しかしどれだけ目を凝らしても、消え去った仇の姿を見つける事は叶わなかった。




