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第18話 トラスニーク攻防戦

 結局、その年行われるはずだったふくろうの森のサバトは中止となった。

 中止の原因は国奉隊によるサバト襲撃なのだがその事実が公表される事はなかった。

 事件後、ヨシュア国内に多大な影響力を誇るエニール家が一族の不始末を全力でもみ消したのがその理由だった。

 一方、組合側もそれ以上のエニール家との対決は避け、開催寸前で政府側の要請を受諾したという形で中止の発表を行った。

 そしてその発表の同日、要請を行ったカモン・エニール本人が健康上の理由から異端審問委員長を辞任した。

 更にその三日後、タモン・エニールと国奉隊の状況がヨシュアで発行されている新聞に小さく掲載されていた。

「タモン・エニール氏入院。昨日、国奉隊の隊長である同氏は持病の悪化により隊長職を引退。その後、長期入院に入った事を代理人を通じて各報道機関に向け発表した。その間の国奉隊の活動は新たに擁立された隊長代理により行われると云々……」

 だがこの発表以降、国奉隊の姿は国中から風の様に消え、街で赤地にヨシュアの国章を掲げた旗印を目撃した者はひとりも居なかった。

「結局、真実は伏せられたままかよ……」

 開いた新聞を折りたたみながらカナセが詰まらなそうにつぶやく。

「ちょっと、カナセ君。運転しながら新聞読むなんて危ないわよ。お行儀も良くないし」

「大丈夫だよ、ちゃんと停まってる時にだけ読んでるから」

 そう言いながらカナセはクレアの横でハンドルを握り直した。

 既に水害の記憶も薄らいできた頃、水利委員の依頼を受けたカナセとクレアはトラックに乗ってトラスニーク郊外にある魔導士組合直営の大型コア専門の交換場へと向かっていた。

 今日になってやっと疲労したコアの交換の番がカーニャ村に回ってきたのだ。

交換場に向かうトラックの荷台には排水場の一号ポンプから外した草臥れた大型コアが乗せられていた。

 コアの交換の経費は各町村の負担で行われるのが慣例だった。

 だが今回の出費でカーニャ村が困る事はなかった。

 タモン・エニールの引退発表と同日、村に匿名の多額の寄付金が送り付けられて来たのだ。名目は水害被害の見舞金との事だが村人達の噂では金はエニール家からの示談金だというのが大方の予想だった。

 これ以上、騒ぎにしないでほしい。

 送られた金にはそんな無言のメッセージが込められている様に思えた。

 そして村も寄付金を受け取る事でエニール家とこれ以上の対決を避ける事に決めたのだ。

 しかしせっかく予算の目途が付いても、コアを積んだトラックは交換場に到着する前に道半ばで止まってしまっていた。

「酷い込みようだな。さっきから一ミリも進みやしないや……」

 交換場へと続く道は延々と続く車列に塞がれていた。それはかつてない大渋滞だった。

「仕方ないわ。あんな災害になるなんて誰も想像してなかったんですもの」

 渋滞の原因はカーニャと同じ境遇の村々が国中からここに集中してしまった為だ。

 どの車にも煌気の枯渇したコアを荷台に乗せていた。全て長雨の時の排水ポンプの酷使が原因だった。

 お陰で二人はトラックの中に閉じ込められたまま一時間ほどが経過していた。

 何も出来ないまま退屈な時間だけが過ぎていく。

 クレアもカナセが手放した新聞に軽く目を通した。そしてため息を吐く。

 彼女は渋滞に巻き込まれてからそんな行為を何度も繰り返していた。

 しかし本心は心そこに有らずといった所だ。

「クレア、もう気にすんなよ。君が悪い訳じゃ無いんだ」

 カナセはクレアの溜息の本当の理由を知っていた。

「けど……やっぱり、私がもう少し彼に歩み寄っていれば……」

 彼とはタモン・エニールの事だった。

 サバト襲撃失敗後、組合の魔女達は集団でエニール邸に押し寄せると、そこで吞気に人形の着せ替えに励んでいたタモン・エニール本人を発見した。

「何よ、アンタ達!土足で上がり込んできて! ここは高名なるエニール家の土地なのよ! 薄汚い魔女達が居て良い場所じゃないんだから!」

 当初は威勢よく魔女達を威圧したタモンだったが、自分の状況が悪くなっていく事に気付くとみるみる顔色を青ざめさせていく。

 そんなタモンを前に魔女のひとりが怒りを露にこう言い放った。

「部下に汚れ仕事を押しつけといて自分はひとりでお人形遊びかい! 随分とお気楽な御身分だね!」

 その後、タモンは屋敷から魔女達に無理やり外に引き摺り出されると輪になって彼を囲んだ。

「ひいいいいい!」

 怒り心頭の魔女達に囲まれタモンの肥え太った顔面が生木の様に引き吊る。

 しかし本当の恐怖はこれからだ。

魔煌技によって一人のベテラン魔女の掌から茨の蔓生み出された。

 それは魔女の世界では古来から伝わる拷問用の魔煌拘束具だった。

 茨の蔓が生き物の様に肥え太った全身を這い回るとタモン・エニールの全身を拘束し、そのまま高く吊るし上げられていった。

 鋭い棘が脂肪で出来たブヨブヨの皮膚に容赦なく食い込んでいく。

「痛い! 痛い!痛い! 痛い! ぎゃあああああああああああ! あががががが……」

 皮膚は裂け、豪奢の衣装を血に染める。そんな棘の責め苦に堪え切れず、タモンが思わず悲鳴を上げた。

「ふふふ……。ざまぁ無いわね」

「それでも名門エニール家の御曹司かしら?」

「豚なら豚らしくブヒヒヒ~ンって鳴いてみな!」

 泣き叫ぶタモンを眺めながら周囲の魔女達の嘲笑が聞こえる。

 しかし拷問はここからが本番だった。

 術式が変わると、なんとタモン・エニールの体中の穴という穴に硬い棘が密集した蔓の先端が深々とねじ込まれていったのだ。

「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!! あがぁががががががあぁががががががががぁああああああああああああああぁぁぁぁ……」

 肥え太った体内から沸き起こる想像を絶する苦痛。この世のモノとは思えぬ魔女からの報復を前に、タモンの苦悶は絶頂を迎えた。

 だがそんな生き地獄の中で輪の外で小さくなって居たクレアの姿を見つけると憎々し気にこう叫んだ。

「なによ、この淫売魔女! 憎らしいったらありゃしない! 私を無視しといてあんな野猿を囲うなんて! 私は……私はこの女に弄ばれたのよ!」

 おぞましい拷問の中でタモンのクレアへの愛は憎悪へと変わり、唾罵となってクレアを責め立てた。その有様にクレアは恐怖さえ覚える。

「私から奪った物を全部、返しなさいよ、クレア・リエル! 全部、全部アンタのせいだからね! ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 彼女にとって他人からここまで憎しみを露にされた事は初めての体験だった。その激しさにクレアは耳を塞ぎ、遂には耐え切れず、その場から逃げ出した。

 今でもあの時の罵声が脳裏から離れる事はない。

「クレア、それは違うぜ。悪いのは全部、あいつのせいだ。君を恨んでの事みたいな感じになってるけど、あれだけ好き放題やってる癖に止める奴が居なけりゃ、いつかはああなっちまうのは運命だっんだ」

「けど、カナセ君にだって迷惑を掛けたわ」

 クレアは今もカナセの頬に残る青あざを見ながら気落ちする。

「それこそ無用な気負いって奴だ。俺もタモンも会ったその日から互いを敵視していたんだ。衝突するのは必然だったんだ。そこにクレアが責任を感じる理由はないよ」

 そう言ってカナセは慰めてみせた。

 しかしそうは言ってみせてもカナセにとって今回の件がこれで終わりとなるのは気分が悪い。

 むしろ未だにタモンについては腹を据えかねていた。

 願わくば自分の手でタモン・エニールを再起不能になるまで叩き潰す。

 それがカナセの望みだった。

 ベテラン魔女達から制裁を受けたといってもそれだけでタモンを許す様な気分にはなれない。

 自分が受けた借りは自分で返す。喧嘩のケリは自分の手で付ける。それがカナセの信条だからだ。

 しかし村がそれで手打ちにするというのならこちらも引かねばならない。

 納得出来なくともここは忍の一文字で男として耐えねばならない。

 ここで自分が意地になっても、結局は村に無駄な迷惑が掛かるだけだ。

「結局、俺は殴られ損か……詰まんねぇ……」

 カナセは大ききく溜息を吐く。

 離れ小島で暮らしていた頃はこんな窮屈なモノの決め方はしなかった。

 これが都会で暮らすという事なのか?……。

 ならばせめてクレアとミリアの姉妹には元気になってほしい。

 もう国奉隊の陰に脅えて生活せずに済むのだ。

 その事実を素直に喜んでさえくれれば、それだけでカナセには救いになる。

 しかし未だクレアの表情が晴れる事は無い。

 生真面目な彼女の事だ。必要以上に責任を感じているはずだ。

「こりゃ、当分長引きそうだ……」

 そう思うとカナセの気持ちも重くなる。


 しかしクレアには何時までも終わった事をくよくよ悩んでいてほしくもない。

 何故ならカナセにはカナセでクレアとの間で大事な話が残っており、正直、タモンなんかの事よりもそちらの方が遥かに深刻だった。

 大事な話とはミリアとの約束の事だ。

 ミリアはクレアが戦いに赴いている秘密に気付き、その事実に悩んでいた。それをカナセはクレアに伝え、ミリアの思いを成就させねばならない。

 ミリアの思いとは姉を戦争から遠ざける、それだけだ。

 しかし伝えたところでクレアの決意が変わる事はないはずだ。

 だから今までクレアに伝える事が出来ず、ダラダラと言わず仕舞いの日々が続いていた。

 だが何時までも何もしないままではいられない。ミリアの事を思えば今日にでも伝えるべきだ。

「クレア……」

 今は二人きりだし時間だってある。カナセは思い切ってミリアとの約束を打ち明けようとした。

「そういやミリアの事なんだけど……」

「妹がどうしたの?」

「今日の朝、様子がおかしかったよな……」

 しかしカナセの中で踏ん切りがつかず、直前で話を逸らしてしまった。

「可笑しかったって?」

 何も知らないクレアが聞き返す。

「なんだか嬉しそうだった。普段、あんまり笑わない子なのに」

「あなたは私の妹を何だと思ってるの?」

「ミリアは本当に良い子だよ……お姉ちゃん思いで」

 そうカナセは答えつつも心中穏やかでない。

「俺の馬鹿、何、普通に会話してるんだよ!」

カナセが自分の意気地の無さをなじる。

 一方でクレアは何も知らずミリアの事を語った。

「今日はね、学校の社会見学でトラスニークに行くんだって」

「社会見学? ああ、弁当持って遠足って奴だな。うらやましいな。俺にはそんな経験ないから。トラスニークのどこに行くんだ?」

「色々回るみたいだけど、組合の本部にも行くみたい」

「ふ~ん……じゃあ、お姉さんの事も聞けるって寸法だな」

「ふふ、お姉さんの事だなんて……ああっ!!」

 カナセの何気ない一言にクレアが突然、大声を上げた。

「ど、どうした?!」

 クレアの大声にカナセも驚きを隠せず聞き返す。

「大変よ! 秘密にしていた事がミリアにバレちゃう!」

 無論、秘密とは戦闘員として戦争に参加している事だ。その事実に気付いたクレアがこちらに向けた顔は蒼白に変わっていた。

 一方、カナセはクレアの慌て様にため息を吐く。

「お姉ちゃん、妹はとっくにお見通しだよ」

 カナセは無様に取り乱す姉に向かって本当に言ってやろうかと思った。

 やはり嘘や隠し事はどこかしら綻びが出て来るものなのだ。

 しかし今のクレアの状況では真実を言ったところで彼女を余計に混乱させるだけだ。

「クレア、とにかく落ち着いて……」

「これが落ち着いていられますか! どうしよう、今すぐフーレルに連絡して口留めしておかないと……」

 だがここはトラスニークの郊外だ。組合本部から、かなり離れた場所にある。

「この辺りに公衆電話ってある?」

「そんなもん見当たらねぇ」

「そんなぁ……」

「気になるんなら今から本部にトラックを回そうか?」

「そんな事出来ないわ。今日中にコアを交換して帰らなきゃ村に迷惑が掛かる。嗚呼、何でこんな日に限って箒を持って来なかったのかしら!」

「フーレルはミリアに秘密にしている事を知ってるのか?」

「前に話した覚えはあるわ」

「じゃあジタバタせず、フーレルを信んじようぜ。まあ、多分大丈夫だよ」

「本当にそう思う?」

「フーレルも馬鹿じゃないんだからさ」

「気を回してくれてれば良いんだけど……」

 結局、本部への連絡を諦めたクレアはバレた時の良い訳の方を考えざるえなかった。

「どうしよう……うっかりしゃべっちゃう事もあるわよね」

「そん時は正直に言えばいいじゃないか?」

 そうして隠し事をさらけ出せ。その後、二人でじっくり話し合えばいい。

「問題はその後よ。妹に戦争に行かないでって言われれば……」

 やはり彼女も姉としてその辺りは理解しているのだ。

「辛いよね。お姉ちゃんとしては良かれと思ってやってきた事だし」

「でしょ。それに私だって別に戦う事が好きで戦場に出てるわけじゃないわ」

「うん、判るよ。本当の君がそんな事する子じゃない事ぐらい……」

 そうだ、クレアが戦うのは飽くまで国を守る義務感だ。本人が好き好んで戦っている訳ではない。

 ならそこから解放してやるのは人の道理のはずだ。

「実はさぁ、クレア……」

 カナセはここでミリアとの約束を打ち明けようとした。

 互いを思い合いながらすれ違う二人の気持ちは傍から見ていても辛いものだった。

 それにカナセ自身、秘密を黙ってられる性分でもない。


 だがカナセが声に出してミリアの気持ちを伝えようとした瞬間、事件は起こった。

 爆音と共にフロントガラスが揺さぶられるほどの振動がトラックに襲い掛かる。

「何だ今の爆発は?!」

 カナセが飛び上がると慌てて周囲を見渡した。

「カナセ君、あっち!」

 クレアが右斜め上の方角を指差す。遠くで黒いキノコ雲が立ち昇っていた。

「あっちって、市内の方じゃないか!」

 言うまでも無かった。爆発はトラスニークの市街から湧き上がったのだ。

「トラスニークが攻撃されているんだわ!」

 そうクレアが叫んだ瞬間、二人の脳裏にミリアの顔が同時に浮かんだ。

「お願い、カナセ君!」

「よし、来た!」

 カナセはトラックを反転させようとした。

 しかし道は前後に込み合っている上に爆発の混乱で多くの通行人が右往左往している

「これじゃ出られないわ」

「任せとけ! ああ、勇ましきかな闘神マルケルスよ。我の骨となり肉となりその身を捧げ、百鬼羅刹を討ち滅ぼせ……」

 カナセはトラックをヴァイハーンにモーフィングさせた。そして巨人の右肩にクレアとコアを乗せながらゆっくりと道を迂回していった。

「ちょっと、通るぜ~」

 そして渋滞から外れた道路にまで辿り付くとマギアギアからトラックへと形を戻す。

「上手よ、カナセ君! 上手くいったわ!」

「それよりも、市内に急ごう。ミリアの事が心配だ!」

 カナセはアクセルを踏むとトラックを一路トラスニーク市内の組合本部へと急行させた。

 クレアは身を乗り出しながら外を見詰める。

 市街では次の爆発が起こる。それが二発目、三発目、四発目と続いていた。

「酷ぇ事しやがる! あそこをリードヒルの二の舞にするつもりか!」

 爆発を起こした首謀者は決まっている。間違いなくウラ鉄による攻撃だ。

「でも、どうやって? 新首都は前線から砲弾が届く様な距離じゃないわ」

 クレアが攻撃を不審がるが、カナセはそうは思わない。

 人間の悪知恵は底無しだ。攻撃方法なんて探せば幾らでもあるはずだ。

 しかし、今の二人にとって重要なのはそこではない。

「ミリア……」

 クレアが深刻な表情を浮かべながらつぶやく。

「大丈夫さ。本部には魔煌士が大勢いるんだ。何も心配する事はないって」

 そうカナセはそう言ってクレアを励ましてみせた。

 しかしトラスニークへの道中でクレアの表情が晴れる事はなかった。

 

 最初の爆発は市街の港に停泊していたフリゲート艦やガンボートから発生した。

 全て海中からの魚雷攻撃による物だった。

 首謀者は海中から静かに接近した特殊潜航艇だった。

 潜航艇は潜望鏡から戦闘艦が大破したのを確認すると大胆にも港湾内に浮上した。

 それはグレーゾーンでビンズ艇を撃沈した時の光景の再現だった。

 だが今回は、その数4隻の潜水艦隊だ。

 漆黒の船体が燃え盛る艦艇の傍を堂々と横切っていく。

 そして岸壁に到り付くと船体の前部ハッチから大勢の兵員を続々と吐き出していった。

 一方で潜航艇の司令塔からは監視員が身を乗り出し周囲の警戒に当たる。

 その狭い司令塔の上では彼等に混ざって短足低身長の髭面の高級士官が立っていた。

 彼の正体はウラ鉄軍ヨシュア方面軍総司令官、ポカチフ中将その人であり今回のトラスニーク奇襲の真の首謀者だった。

 それもまたビンズを殺した後とそっくりそのままの光景だった。ポカチフはこの日の為に、部隊を編制し、搭乗員を訓練させ、準備を行って来たのだ。

「周囲に攻撃可能な敵艦影無し!」

「潜航艇401號、402號 403號 404號、全て健在!」 

「閣下、陸戦隊全班、上陸完了致しました」

「うむ、了解した」

 今の所は計画通り。ポカチフは部下からの報告に満足げな表情を浮かべる。

 それら4隻はポカチフ中将が手を尽くしてかき集めた秘蔵の潜航艇だった。

 艦級はインガンダルマ級潜航艇、それぞれに401號から404號の名称が付けられ、艦隊旗艦はポカチフの搭乗する401號艦だった。

「手筈通り全て変形させ上陸せよ!」

 ポカチフの合図を皮切りに四人のマギライダー兼艦長がそれぞれ乗艦する特殊潜航艇がモーフィングを行った。

 姿を現したのは食用カエルから人の手足が生えた様な巨漢のマギアギア四騎だった。

 大柄のヒキガエル達は岸壁から上陸すると港湾の中を歩き出した。

 その傍らで先に上陸していた兵士達が港で接収したトラックに次々と乗り込んでいく。

「全軍、直ちに前進! 目標はヨシュア魔煌士組合本部!」

 艦橋の台座の上からポカチフが鞭を振るって兵士達を鼓舞する。 

 それに合わせて上陸した全部隊が前進を開始した。

 機械化された強襲部隊は歩みも勇ましいものだった。

だがそれを眺めるポカチフの心中は穏やかではない。

 原因は先日の将官達との食事会での出来事だった。

 その会食の席には先日、ヨシュアに戻って来たグレン・ハルバルトも居た。

 だがポカチフは自分が呼んだはずのグレンを嫌悪していた。

 遊撃隊と言う名の実質的な総裁の目付け役という立場を利用してヨシュアの戦区内に口を挟んでくる。

 言うなれば総統閣下の権威を笠に着る目の上のたんこぶといった所だ。

 一方、グレンもヨシュア攻略に手間取るばかりか自分達を行動の自由まで妨げようと画策するこの老将を蔑んでいた。

 そんな互いに出席もしたくない会食の席でグレンは中将閣下にこう言った。

「先だって行われた遊撃隊の会議にですが、総裁閣下もご出席されたのですよ」

「ほう、我等の総裁閣下が遊撃隊の会議に? 何か言われたのかね?」

 赤いワインの入ったグラスを片手で持ちながらポカチフが聞き返した。

 総裁とはウーラシア大陸横断鉄道公社の最高責任者、言わば彼等のボスだった。

 そしてポカチフの問い掛けにグレンは銀の獅子仮面の下から答える。

「ヨシュア本線建設の件はどうなっている。貴様が居ながら、らしからぬ遅延ではないか? もしかして本部から離れた事でバカンスと勘違いしているのではないか? と、言われましてね。いや、あの時は正直、肝を潰しましたよ」

 そう言ってグレンは笑った。

 だがそれを聞いたポカチフの顔色はグラスの中のワインの色とは対照的に瞬く間に青く変わっていった。

 ヨシュア攻略の件でグレンは叱咤された。

 しかしヨシュア方面での作戦行動の全責任は総司令官であるポカチフ本人にあった。

 それはグレンを介してヨシュア攻略に手間取っているポカチフに対する総裁からメッセージだった。

 ポカチフのワイングラスを持つ手が小刻みに震える。

「ハルバルトの若造の言った事は恐らく事実だ。総裁はヨシュア攻略の件でご不満を抱いておられる。別にこちらはバカンスを楽しんでいる訳ではない。しかしこのまま攻略が長引けば……」

 司令官の地位をはく奪だれる。否、それだけではない。最悪の場合、降格人事を受け、更迭される未来までもが待ち受けていた。

「ウラ鉄に無能な人間の居場所はない」

 総裁の口癖だ。事あるごとに部下たちにそう釘を刺して来た。

 現に無能の烙印を押された士官は数多く、その末路もみじめなものだった。

 その順番が今、ポカチフに巡ってこようとしている。

 それは断じて避けねばならない。

 だがこのまま戦線の膠着が長引けばグレンは総裁にこう報告するに違いない。

 ポカチフ無能なりと……

 それを想像するだけでポカチフほどの男でも戦慄し吐き気を催しそうになる。

 しかしそんな幻想を首を左右に振って振るい落とすと、逆に気持ちを奮い立たせる。

 老将はトラスニークの沖合の方に視線を投げ掛ける。

「ふん! そこで見て居れ、グレン・ハルバルト。誰が本当に有能か無能か、ここで証明して見せてやる!」

 そして総裁閣下に自分の真の実力を知らしめるのだ。

 その為には目に見えた判りやすい手柄が必要だった。だが大河川の対岸で守りを固めているヨシュアの正規軍を正面から打ち破る事は難しい。

 そこで考案されたのが今回のトラスニーク奇襲だった。

 本来ならば司令官が直々に陣頭指揮を執る様な作戦ではなかった。

 だが崖っぷちに立たされた彼が自己の功績だと大いに宣伝する為には自らが最前線に立つ必要があった。

 そしてポカチフとって起死回生の大一番がここに始まろうとしていた。


 ポカチフが視線を投げた港の沖合には一隻の高速艇が浮かんでいた。

 船上ではふたつの人影が双眼鏡でトラスニークを観測する。

「隊長、中将が上陸に成功された様です」

「ここまでは予定通りか……」 

 人影の正体は銀の獅子仮面を被ったグレン・ハルバルトと部下のリサ・マキーナの二人だった。

 一方でトラスニークに潜入していたスパイからの報告が入る。

 無線機を取ったリサがありのままを伝えた。

「17號からです。現在、陸戦隊はヨシュアの防衛隊の一部と交戦、これを撃退し進軍を再開した模様。中将も健在との事です」

「了解した。しかし閣下も大したものだな。老骨にむち打ちながら前線で立ち回りを演じられるとは」

「しかしこのままではヨシュア側からの大規模な増援が到着する事でしょう。そうなれば閣下の進軍も停滞する事になると思うのですが」

「停滞くらいじゃ済まないさ。一個大隊も駆け付けたら閣下の部隊は即、全滅だ。もともと特殊潜航艇で詰めるほどの兵力だ。あの数でトラスニークを攻め落とすなんて最初から無理な話だよ」

「ではなぜ、中将閣下はわざわざトラスニーク奇襲など企てられたのでしょうか?」

「獲得すべき明確な目標があるからさ?」

「明確な目標? それは何でしょう?」

「組合本部さ。あそこにはヨシュアの箱舟のひとつ、ムーリアで使われた450番コアが置いてある。そのコア、噂ではまだ生きているらしい」

「生きているですって?!」

 隊長の一言にリサがすみれ色の瞳を丸くする。

「総裁閣下のご趣味は知っているだろ? 世界中から箱舟に使われていた巨大コアを集めてウラ鉄本部に飾って居られるアレだ。中将はアレを利用する気だ。生きた箱舟のコアは確かに珍しい存在だ。なら、その450番コアをヨシュアから奪取し、総裁閣下に献上すれば、自分の有能の証になるのではないか? そう考えたのさ」

「そんな事で?! そんな自分の保身の為に部隊を持ち出したのですか?」

 隊長の憶測にリサは愕然とした。

「そうさ、そんな事の為にさ。そしてヨシュア侵攻の遅滞に対する責任逃れの時間稼ぎに利用するのが中将の本当の狙いだ」

「浅ましい……」

 リサの美しい面差しから嫌悪感が滲み出る。

「ですが、そんなに上手くいくのでしょうか?」

「何にしてもやるからには成功させねばならない。それで総裁閣下のご機嫌が戻るかどうかは神のみぞ知ると言った所だろう」

 グレンは答える。だが双眼鏡で街の方を覗き見する銀の獅子仮面の下は嘲笑っていた。

「さて、本番はこれからだ。小部隊の運用は小さな分だけ突発的な要因に左右され易い。何が起こるか判らない戦場で臨機応変な対応力が必要となる。若い頃は勇猛果敢で鳴らされたらしいが今は捧げ銃も久しい身。そんな老人が現在の戦場のスピードに付いていけるか。お手並み拝見といきますかな? 中将閣下殿」

 グレンは最後にそうわざとらしく言ってみせた。


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