第17話 カーニャ村の決闘
そしてクレアの不安は次の日にすぐ形となった。
カナセがいつもの様に一人きりでコアの採集を行っていると、向こうから二隻の小舟がやってきた。小舟には一人づつ屈強な男が乗っていた。
「イエ~イ、採れてるかい?」
カナセが水から上がると男達は小舟の方に自分達の船を寄せて来た。そしてカナセの舟が逃げられない様に挟み込む。
二人の顔からは薄気味悪い笑みが浮かんでいた。
「それ以上、近づくな!」
カナセが警告すると男達は素直に船を止めた。
「何だよ、あんたら?」
「アンタがカナセ・コウヤか?」
二人のうち、カナセから見て真正面の男が声を掛けた。
「だったら、どうした?」
「良くない。良くないなぁ~。アンタ、良くないよ。ある偉い人を怒らせたんだから」
「偉い人? タモン・エニールの事か?」
「はぁ?! なに呼び捨てかましてんだ? タモン・エニール閣下だろ!」
「ふん! それでどうだってんだ?」
「そりゃ死刑だ。罪状は公序良俗を乱した罪って奴」
そう言うと男は手元に置いていた刃渡り50㎝のマチェットを鞘から抜いた。
だが相手が仕掛けて来る事は最初から予想していた。
カナセは事前に小舟のコアモーターの操作レバーを握ると予め詠唱していたモーフィング・マギアの呪文を発動させた。
マルケルス神技の煌気が小舟に命を吹き込み、船体がら一本の腕が伸びると、そのままマチェットの男、ではなく右隣に居た男の船を底から叩いた。
「ぎゃあああ!」
船底から衝撃を浴びた瞬間、男が悲鳴を上げた。
同時に空に向かって銃声が響いた。横に居た男の手には拳銃が握られていた。仲間の男がマチェットで気を引いている間に右から回り込んで不意打ちを狙おうとしていたのだ。
しかしヴァイハーンの先手が勝機を呼び込む。
男の体は小舟から放り出されると水上にそびえたつ石の塔の壁に向かって強かに全身を打ち付けた。
「ぐげっ!」
男はつぶれたカエルの様な悲鳴を上げるとそのまま水の中へと落ちていった。
そして二度とカナセの前で浮かび上がる事はない。
だがその時すでにカナセの赤い瞳の視線は残った男に向けられていた。
もう一人の男がバッタの様に自分の小舟から飛び上がるとカナセに向かって突進した。
マチェットの片刃が水面の光を浴びて白金に輝く。もうヴァイハーンの腕で何とか出来る距離ではない。
カナセは腰に下げていた一本鉤の熊手をマチェットの前で構えた。熊手の爪が水平に振られた薄刃を受け止めると両方から火花が散る。
突如、湧き上がる激しいつばぜり合い。狭い小舟の上、お互い距離も取れずに居た。
だが戦いは男が最初の一撃でカナセを倒せなかった事でほとんど決していた。
カナセは熊手を片手で構えると残った右手で相手の鼻骨を掌底打ちで殴り続けた。
相手の顔が撃たれるたびに血を流し歪んでいく。
その激しい殴打で相手が怯むと、カナセは掴み掛かり古代パンクラチオンの技の一つである小外刈りを使った。
重なり合った二人の体が水音を立てる。
しかし水中に落ちたマチェットの男にはなんの準備も無かった。
激しい掌底打ちで既に戦意を喪失していた男の指からマチェットが離れる。
その刹那、カナセが男の首筋に両手で熊手の鉤を押し付けた。
淡海の水が血で染まる中、口から空気を漏らしながら男は淡海の底へと沈んでいく。
戦いは呆気ないものだった。
カナセはタモンからの刺客を二人とも倒すと水面へと上がった。
周囲を確かめたが最初に腕だけのヴァイハーンで殴り飛ばした男の姿も見えない。
「ふう……」
カナセは深いため息を吐いた。
「ついにやっちまったな。来るべき時が来ちまったって奴か……」
血に染まる水面を見ながらカナセがつぶやく。
初めて人を殺した。
だが殺しに対する罪悪感もやってしまった事への後悔もなかった。
むしろそんな物なのかという感想しかない。
恐らく、リードヒルでの戦闘で既に覚悟を決めていたせいだ。
もっとも最初に殺すつもりで居たのはウラ鉄の兵士のはずだった。それだけが心残りだが、それでも相手は敵対者である事に変わりはない。
それに今のカナセには別の不安がよぎる。
「クレアとミリアが心配だ……」
カナセは舟に上がると慌ててカーニャ村へと向かった。
操船しながらカナセは戦いを振り返る。
「あいつ等、脅しもかけずにいきなり殺す気で来やがったな……」
会話は飽くまでカナセの注意を引く為だけのものだ。こちらに譲歩や反省を促す類のものではない。
「国奉隊……。思ったよりも物騒な集団だな」
こうなればクレアとの約束を反故にしてでも一戦交える。そう覚悟せねばならない。
カナセはグレーゾーンを後にすると大急ぎでカーニャ村に戻った。
そして村の中を警戒した。
「どこかに国奉隊の連中がいるかも……」
しかしカナセの不安は取り越し苦労に終わる。
村は平穏なままだった。それどころか帰りの早いカナセを見てミリアが驚いた表情を浮かべた。
「どうしたんですか、カナセさん? まだ三時前ですよ」
「いや、ちょっと船の調子が良くなくてね。帰って整備してみようかなって思って。ええっと、工具箱、工具箱と……」
そう惚けて誤魔化してみせた。
当然、グレーゾーンでの戦闘は姉妹には内緒にした。
国奉隊と殺し合いを繰り広げたなどと口が裂けても言える訳が無かった。
一方で国奉隊の本部でも暗殺の失敗は隊長の耳に伝わった。
「しくじったですってぇ!」
副隊長のザガート・バングレからカナセ・コウヤ暗殺失敗の報を受けたタモン・エニールは怒りで脂肪の詰まった体を震わせた。
もう少しで手にしていた少女人形の首をまたへし折る寸前だった。
「まあ、坊ちゃん落ち着いて……」
「これが落ち着いて居られますか!」
宥め賺すバングレの言葉をタモンは跳ね除ける。
「あなたが指揮しておいてこの様はなんなのよ!」
「あの小僧の能力を少し見くびっていた様で、今度は必ず上手くやらせます」
「そんなの当てになんないわ! 今度はあなた直々に始末して! 出来るでしょ!」
「ですがそれでは隊の現場指揮が……」
「ダメ! もう下っ端任せじゃ信用できないわ! 良いわね!」
自分がカナセを殺せと言われたバングレは内心、その面倒臭さに顔をしかめる。小僧ひとりを始末するのに自分ほどの魔煌士が出向くほどでもないはずだ。
しかしタモンは聞く耳を持たない。
「そうね……同じ殺すんなら拷問が良いわ! ここの本部の地下に閉じ込めてね。その時は私が直々に手を下して上げる。フフフフ……。待ってなさい、カナセ・コウヤ! 体中の穴という穴に私の憎しみのたけをたっぷりとぶち込んでやるんだから!」
そんな聞くに堪えない妄想をタモンは企てる。
それを耳にしバングレは聞いて居られないと静かにタモンの居る部屋から出ていった。
そして廊下を歩きながらひとりつぶやく。
「クソッ! 何で俺がこんな下らない事に! あんな豚野郎の下で働かされなきゃならないんだ!」
そうひとり唾を吐きながら、日の当たらない場所を歩かねばならない自分を恨んだ。
一方でタモン・エニールの誇大妄想は終わる事ない。
「そうよ、この際、拷問の光景を映画用キャメラで撮影して、トラスニークの映画館で上映するってのも手ね。その際にはクレアを招待して彼女がいかに下らない男を囲っていたかを知らしめてやればいいのよ! そうしましょう!」
「あ、あの……タモン様……」
「何よ! 今、盛り上がっている所なのに!」
「ひいいいいいいい! すみません……」
主人に向かって口を挟んだのは珍しくもあの気の弱い秘書の男だった。
「それで何よ!」
「先ほど、カモン・エニール様からご連絡がありまして……」
「兄様が何よ?」
カモン・エニールはタモンの実兄でヨシュアの国会議員であり異端審問委員長の要職に就いている。
異端審問委員会とは魔煌士組合の活動を調査し、問題があった場合は懲罰の決議を行う行政組織の事だ。言い換えれば国による魔煌士組合への対抗組織と考えてよい。
その委員長であるカモン議員は最近、魔煌士組合に対して例のサバトの中止を求めている中心人物だった。
「そのカモン様から組合がどうもサバト中止を受け入れない様子なので、そちらの方でも上手い具合に対処してくれないかと……」
「はあぁ?! 私があのババア達と交渉しろって事?!」
秘書の言葉にタモンが声を上げた。そして気弱な秘書に向かって怒鳴りつける。
「ひいいいいいいいいい!! そ、そこまでは私では存じかねます!」
「全く、兄様ったら! 自分が言い出しっぺの癖に! 面倒になったから私に捲り上げて来たのね!」
「で、どうされます?」
「やるしか無いに決まってるじゃない!」
「やるとは如何するのでしょう?」
「魔女のババァ達を裏から脅しに……いいえ、こうなったらサバト会場に直接、乗り込んで無茶苦茶にしてやる! そして淫祭を無理やり中止に追い込むのよ!」
タモンは大胆に言い放った。
「良い機会だわ。最近、むしゃくしゃする事が多すぎて暴れてスッキリしたい所だったしね。それにこの際、私を受け入れようとしないクレアにも少し痛い目に遭わせて判らせて上げなくちゃ」
「しかし……」
秘書が小声でつぶやく。
「しかしって何さ!」
「あ、相手はあの組合ですし、副隊長も組合と事を構える事には得策では無いと常々仰って居られて……」
「馬鹿ね! ここで止めたらエニール家の面子が丸つぶれじゃない! それにバングレは自分が魔煌士だから嫌がってるだけよ!」
「ですが実行部隊の副隊長が反対では、作戦の成功も危ぶまれるかと……」
「じゃあ、あなたが代わりに副隊長する?」
「め、滅相も無い!」
隊長の突拍子もない提案に秘書は慌てて首を左右に振った。
「フンッ! そんな訳、無いじゃない。全く、自分でやってみるって気概は無いのかしら? いいわ、後はこっちで考えてみるから。アンタは黙って見てなさい」
そう言ってタモン・エニールは手にしていた少女人形を隣の椅子に置き思案に浸った。
それを秘書は戦々恐々と見つめる。
「願わくば自分だけはこの騒動に巻き込まれない様に……」
そう心の中で祈るばかりだった。
カナセが襲撃を受けた日以降、国奉隊の姿は見えない。
そして今日もグレーゾーンでコア集めに精を出す。
カナセが戦った周辺も今は平和な物だ。
「あいつ等、仲間が帰って来なくてビビりやがったな?」
奴等は死んだ仲間の行方を捜す気も無い様だった。
「結局、群れてるだけで絆も仲間意識も無い連中か。そんな奴等が弱い者を見つけて威張り散らしてる世の中なんてオバサン達が嘆くはずだぜ……」
しかし平穏な日々はその日のうちに、急変する。
それは魔女の例祭であるサバトを明日に控えた夕方の事だった。
「今晩はサバトの準備でクレアは戻って来ないって言ってたよな」
何時もの様に採集を終えたカナセがカーニャ村に戻って来ると、村の入り口で立っていたスルタンに舟を止められた。
「どうしたんだ、大将。青い顔して?」
カナセが聞く。スルタンの顔色がおかしい。明らかに様子が違う。
「駄目だ、若旦那。今、村に入いっちゃあ……」
「何があったんだ?」
「国奉隊の奴等が来てる。最初は協賛金の督促かと思ったが、なぜか若旦那を出せって言ってるんだ」
「俺を探してる? ……ああ、成程な」
遂に来たか、とカナセは察する。
「心当たりがあるのか?」
「ちょっとしたイザコザが遭ったんだ」
「イザコザ? 喧嘩でもしたのか?」
「まあ、そんな所だ。それで、今、どうなってる?」
「広場で村長や親父たちが睨み合ってる」
「そいつぁ、大変だ。村に迷惑かけちまった……」
カナセは大方の状況をスルタンから聞くと、舟を降りそのまま村の中へ入ろうとした。
「今、出て入っちゃ駄目だ。若旦那は此処から離れて、どっかで隠れてるんだ」
「そうはいかないよ。俺の事で皆に迷惑が掛かってるのに本人が一番隠れててどうするんだよ?」
「しかしな若旦那、相手はあのタモンの懐刀のバングレだ」
そう聞いてカナセは前に村に来た国奉隊を仕切っていた副隊長の男の顔を思い出した。
あの飢えた狼の様な人相をしたチリチリパーマの背の高い男だ。
「それに全員が武器を持ってる。ここは村長に任せて……」
「スルタン、そいつは駄目だ。これは俺の蒔いた種だ。人様を気安く巻き込む訳にはいかない。それにミリアの事もある。悪いけどスルタンはそっちの方を心配してやってくれ」
「カナセ!」
スルタンは珍しく名前で呼んだ。
だがカナセはスルタンの制止を振り切ると村の広場へと向かった。
広場では大勢の村人が遠巻きに囲う中、一台の大型トラックが停まっていた。
その前で隊員を後ろに控えさせたバングレと村長を中心とした村の三役が互いに睨み合っている。三役の中には水利委員のハラスマも居た。
カナセはその輪の中に割って入ると最初にこう言った。
「これはこれは、村の要職の御三方。お勤めご苦労様でございます。それと確か貴方は国奉隊の副隊長、ザガート・バングレ親分じゃございませんか? これは大勢でお越しで入らっしゃって、まあ何の御用で?」
カナセは皆の手前、愛想良く振舞った。
それを見たザガート・バングレが対立の矛先を三役からカナセの方へと向けた。
「フンッ! ノコノコと姿を現したな異端者、いや不穏分子か」
「不穏分子?」
聞き慣れない言葉にカナセが首をひねると村長が声を上げる。
「カナセ君! 君を呼んだ覚えは無いぞ! 今すぐ下がり給え!」
「けど、村長さんよ。国奉隊が用があるのはこの俺だろ?」
「そうだ、村長。せっかく本人が来てくれたんだ。我々も要らない手間が省けたってもんだ。後はこちらで話を付ける。年寄りは引っ込んでてもらおうか」
バングレは強気に迫る。しかし村側も年の功で怯む素振りを見せない。カナセと一番面識のあるハラスマが言った。
「しかし彼はここの村人だ。それにまだ十五、六歳の子供だ。我々には大人として彼を保護する立場にある」
「ほう、このガキを庇い立てするつもりか?」
「同じ集落の村人は家族同然だ。我々は彼を守らねばならん。それは村としての義務だ」
ハラスマの言葉に村長が続く。
「なら、このガキを道連れに村がどうなっても良いって言うのか?」
「我々を恫喝するつもりか?!」
「我等の隊長、タモン閣下はこのガキの所業に御立腹だ。我々が今の村の態度を報告すると感情的になって何をされるか判らない。だが今ならそれを俺と奴との話し合いだけで止めてやろうと言ってるんだ」
「……」
「村長さん、もう良いって」
沈黙する村長の前でカナセが口を挟む。
「しかし、カナセ君。このままでは君が……」
「痛み入るよ、ここまで良くしてくれて。けど後は俺と国奉隊の話だ。俺がケリを付ける。ありがとう」
そう言うとカナセは三役に礼を言った。
結局、村長は三役を連れてすごすごと後ろに下がる。
「良い心がけだな、カナセ・コウヤ」
「それで俺に話ってのは何だい? 不穏分子がどうとか言ってたけど」
「なら率直に聞く、うちの隊員二名が数日前から行方不明になった。奴等の活動目的は異端者や不穏分子の調査だが昨日、ウラ鉄との勢力圏での境界線辺りで二人とも死体となって発見された。心当たりはないか?」
「無いね」
カナセは即答した。その隊員二名とはカナセを殺しに来たあの二人の事だ。
「そんなに、あっさり答えて良いのか?」
「他にどうしろっていうのさ」
「その隊員の記録からは、調査中の不穏分子というのは貴様という事になっているんだぞ。カナセ・コウヤ」
嘘だ。最初からタモンの仕返しの為に二人を差し向けたはずだ。
「ほう、そういかい? そんな事があったんだ」
しかしカナセはここで惚けてみせる。
「けど俺を不穏分子呼ばわりするのなら証拠ってもんがあるんだろうな?」
「我が隊が境界線での警戒中に何度かカナセ・コウヤが乗った小舟を見かけた。組合に問い合わせれたがあの辺りは当人の割り当てとは全くの別方向だと判った。不審に思った隊員はもしや貴様が境界線を越えてウラ鉄と内通しているのでは? と疑い調査を始めた」
「そして暫くして殺された二人の死体が上がったって訳か」
「まず貴様に聞くが境界線の海域で何をしていた」
「コアを集めてた。それだけだ」
「あそこは組合の割り当てからは外れている様だが?」
「元の場所は取り尽くしたんだ。組合にそれを言っても動いてくれないんでね」
「しかしそれは組合の規定違反だぞ」
「境界線でも俺が採集したのはウラ鉄の勢力圏だ。そこで採ったって組合は文句は言えないはずだ。もしかしたらコアを採るのに今度はウラ鉄の許可を貰いに行かなきゃいけないのかい?」
「その軽率な行動が貴様自身に要らぬ疑いが掛けられ、結果的に隊員二名の命が失われた。その事に責任は感じないのか」
「そんなモン、知るかよ。お前らが勝手に動いて勝手に死んだんだ。それと俺が殺したっていう証拠でもあるのか? あの辺りを通った船ならそいつら全部が容疑者じゃないか? ウラ鉄も含めてな」
「凶器は判明している。ひとりは凄まじい力で壁に全身を打ち付けられて殺された。そしてもう一人は顔面を殴打された上に鋭い錐の様な物で首筋を一突き。そう、丁度、貴様は腰に下げた一本鉤の熊手の様な物でな」
「こんな物、町の金物屋でいくらでも売ってる量産品だ。まさかそんな理由だけで俺を逮捕出来ると思ってんのか?」
「ここでの証言はもういい。我々は国奉隊隊員二名の殺害の件で貴様を連行する。後は国奉隊本部でじっくり話を聞かせてもらう」
そう言ってバングレはカナセに掴み掛かろうとした。
「おっと!」
しかし一瞬早く、カナセが飛び退くと腰に下げていた熊手を腰から外しバングレの前で構えた。
「悪いがそんないい加減な理由で逮捕されたんじゃ溜らないね!」
「我に逆らう気か?」
「クレアには村で喧嘩をするなと言われたけど、ここまで言われちゃ、俺だって黙っちゃいられない!」
「ふんっ! 明らかな我等に対する敵対行動だな。だが自分のその行為が村にどんな影響を与えるか考えた事はあるかな?」
「なに?!」
「歯向えば、村は連帯責任としてその場で焼き討ちに処す」
「なっ!」
バングレから発せられたその非情な宣言にカナセは言葉を失った。
ただの喧嘩沙汰の脅しで村を焼き払うなど常軌を逸している。
「当然だろ? 村は貴様を匿った。それだけのペナルティは当然だ。それでも構わないのなら、さあ、好きにしろ」
「手前ぇ……」
「さあ、どうした? さっきの威勢の良いのはもう終わりか? 我々はどちらでも良いんだぜ」
「狂ってやがる!……」
カナセは仕方なく愛用の熊手を地面に投げ捨てた。それは抵抗を諦めた意思表示だった。
流石に自分ひとりの為に村を焼かれる訳にはいかない。
それをバングレが遠くに蹴った。
「では本時刻を持ってカナセ・コウヤを逮捕するが、その前に……我々に逆らった事の怖さをたっぷり教えてやる!」
バングレで片手を振りかぶるとカナセの腹部に重い鉄拳を浴びせた。
「ぐふっ!」
腹に一撃を浴びせられカナセは思わず前かがみによろめく。
腹部から湧き上がる猛烈な痛みと嘔吐感。だがバングレの痛打の前にカナセは耐えるしかない。
「どうだ、痛いか?」
前屈みに腹を抑えて咽るカナセにバングレが薄笑いを浮かべた。
「こんな……パンチ、効いちゃいねぇ……ボウフラに突かれるほうが痒い位さ……」
そんなバングレに向かってカナセは強がってみせる。
「上等だ、カナセ・コウヤ。獲物はこうでなくっちゃな」
だが国奉隊の私刑はここからが本番だ。
バングレは後ろに控えていた部下達に命じた。
「これよりカナセ・コウヤに対する矯正指導を行う! 指導員を名乗り出たい者は挙手と同時に一歩前に出よ!」
バングレの声に隊員全員が手を挙げた。
「エノア・トロン、指導に入ります!」
隊員の中から真っ先にひとりの男が名乗り声を上げ、カナセの前に歩み寄る。
男はカナセの髪の毛を掴むと無理やり顎を上げさせ耳元でささやいた。
「俺の顔を覚えてるか?」
「へ? 誰だ手前ぇ……急に、出てきやがって……」
カナセが苦しそうにつぶやく。
「街で魔女を追っ掛けてた時、足を引っかけてくれたよな」
「ああ、あの時の短足か……。悪かったな、俺の足が長すぎて気付かなかった……」
「指導!」
男は指導の掛け声と同時にカナセの顔面を殴った。
カナセの体は跳ね、無様に地面に転がる。
「止めなさい! なんのつもりだ!」
見かねた三役が慌てて国奉隊の暴威を止めようとする。
しかし国奉隊は銃を構え、三役の介入を妨害した。
「動くな、村長! 現在、国奉隊は異端者への矯正指導を実施中である。部外者の立ち入りは特措法で禁止されている!」
「こんな苛虐が指導なんかであるものか!」
尚も村長はバングレに食って掛かる。
それを見ていたスルタンや他の村人達も広場を囲みながら声を上げた。
「アンタ達、カナセの坊やを離しなさいよ! このロクデナシ!」
「そうだ! こんな横暴が許されてたまるものか!」
「おまえらのやってる事はウラ鉄の奴等と一緒だ!」
「坊やが不穏分子だってのなら証拠をみせてみなさいよ!」
しかし村人の罵声を前にバングレはこれ見よがしに拳銃を掲げ引き金を引いた。
天をつんざく銃声が村の中に響き渡る。
「国奉隊は治安維持特措法に則って成立し認定された組織だ。即ち、我等の行為は国家の意思である。民主主義国家の一員ならばその意思に責任をもって従う事こそ義務なのだ。だがその義務に準ずることなく批判を続けるというのなら我々はここカーニャ村村民を国家反逆罪と見なし村の無期限閉鎖を行う」
バングレの言葉に村人全員が沈黙した。
「な、何が意思だ! そ、それこそ横暴だ……」
しかしそれを声を上げて言えるものはひとりも居ない。ただ黙って体を強張らせるので精一杯だ。
一方でカナセに対する矯正指導は続いていた。
「指導! 指導! 指導! 指導!」
隊員達は動くなったカナセを囲むと指導の声に合わせ、殴る蹴るを行った。
「指導! 指導! 指導! 指導!」
誰もが抵抗できないおもちゃを面白がっていたぶり続ける。
「指導! 指導! 指導! 指導!」
もはや暴力の前に屈したカナセに抵抗する術は無い。
だがそんな中、村人の中から小さな人影がカナセに向かって走り出した。
「ミリア!」
スルタンが飛び出したミリアを止めようとしたが間に合わない。
ミリアはカナセを囲む輪の中に飛び込むと彼の背中に覆いかぶさった。
暴虐を受けるカナセを守ろうと勇気をもって身を挺したのだ。
「邪魔だ、小娘!」
しかしすぐさま隊員のひとりに引き剥がされると輪の外へと放り出された。
「キャア!」
ミリアの短い悲鳴に気付いたカナセが顔を上げる。
その先ではバングレが勝ち誇った様に言い放った。
「子供に助けてもらうなんざ、様無いなぁ」
「ミリアに……手を、出すな……」
カナセが虫の息でつぶやく。
「指導はいい。これだけ痛めつけたら、もう抵抗はできないはずだ。続きは本部で行う。連れて行け!」
バングレの命令に隊員達がカナセの体を担ぎ上げた。
少年の体は度重なる暴力の前にボロ布の様に成り下がっていた。
「カナセさん!」
離れていくカナセの姿にミリアが叫ぶ。
しかし連れて行かれるカナセの体は遠のいていくばかりだった。
そんな絶体絶命の中、広場の上空で風を切る音がした。
皆が頭上を見上げると空の上では箒に跨った魔女が急降下を開始していた。
「クレアが来てくれた!」
村人の誰もがそう思った。しかし魔女はクレアではなかった。
魔女は停車してあった国奉隊のトラックの上に颯爽と降り立つと、呪文を唱えた。
「出でよ、猛き石神。ブージン!」
詠唱の完了と共にトラックは変形し一体の豚顔の巨像が出現した。
巨像は短い距離を駆け抜けると国奉隊の隊員達を鉄の拳で薙ぎ払う。
「ギャ!」
短い悲鳴の後、容赦ない鉄拳の一撃が隊員達の身体を骨の髄から砕いていった。
突然、沸き起こった自分達の惨状に国奉隊が声を失った。思考が追い付けずその場からほとんどの者が動けない。ただその中の一部の者だけが仲間を置いて我先に逃げ出した。
しかし巨像が獲物を逃がす事ない。冷徹に隊員達の背後に狙いを定めると長い腕を使って次々と獲物の身体を撥ね飛ばしていった。
先ほどまでカナセに対して暴虐を尽くしていた連中も脆くも巨人の餌食となっていく。
一方で巨像を召喚した魔女はカナセの体を掴むと、引き摺ったまま殺戮の現場から速やかに離脱していった。
難を逃れたカナセの下にミリアが駆け込む。
殴られっぱなしだったカナセの体には凄惨な打撲痕が無数に付けられていた。
「カナセさん、薬を!」
ミリアが持っていた薬をカナセに飲ませようとしたが、それを魔女が止めた。
「無駄よ、そんな家庭用の置き薬なんて飲ませたって間に合わないわ」
そう言うと魔女は持参していた別の薬をカナセに飲ませた。
小瓶の中の液体を飲み干した瞬間、カナセが息を吹き返す。
「げほっ! げほっ……。俺は一体……」
「カナセさん!」
「ミリア?」
「よかった、無事で……」
「何があった?」
意識を戻したばかりのカナセが周囲を見渡す。しかし広場に転がる死体の山を見ながら愕然とした。
「若旦那!」
今度はスルタンが駆け寄って来る。
「ミリア、早く離れて……。大将、俺はいいからミリアを安全なところへ。こんなもの子供に見せちゃいけないよ……」
「判ってる。けど、それよりも大将の傷が……」
「大丈夫、さっき飲まされた薬が効いてるみたいだ」
「よかった、気が付いた様ね」
傍で魔女の声が聞こえた。
「ラーマ! パトリックさん?」
「こんな所で会うなんて奇遇ね」
カナセを助けた魔女は組合本部で出会った石像の魔女、ラーマ・パトリックだった。
「どうして?……なぜ、あんたが……」
「組合の魔女がここに居る?!」
カナセと同じ疑問をバングレがぶつけた。どうやらバングレにとってもラーマの襲来は予想外の出来事だった様だ。
するとラーマは毅然としながら答えた。
「当然! あなたを探しに来たの、ザガート・バングレ」
ラーマがそう答えると、国奉隊の隊員を一掃し終えた巨像ブージンが主人を守る様に彼女の前に立った。
ラーマは続けた。
「最初に言っておくわ。国奉隊は先ほど全滅したわ。隊長のタモン・エニールが自宅で拘束された事によってね。恐らく明日の政府の発表で隊長の逮捕と隊の非合法化、及び解体が同時に発表されるでしょう」
「馬鹿な! 一体、どういう事だ?!」
バングレにとってはラーマの宣言は全くの寝耳に水だった。
「勿論、理由はあるわ。先ほど、ふくろうの森のサバト会場に武装した国奉隊が押し寄せ、強引にサバト中止を強要した。文字道理、武装集団による襲撃だった。けど相手が悪かったわね。会場に居た参加者は上級魔女ばかり。瞬く間に返り討ちにされたわ」
「ウソだ! なぜそんな馬鹿な事を! 俺は聞いてないぞ!」
「事前に相談されたらあなた反対したでしょ?」
「当然だ! 組合の魔女と正面から戦って何になる?!」
「だから外されたんじゃない? サバト襲撃を邪魔されない為にね」
そう言いながらラーマは両肩を竦めた。
だが一方でバングレは顔を青ざめさせたままだ。
「信じられん……なぜ、そんな事に?」
「さあ、私だって事態を全部把握している訳じゃ無いの。副隊長のあなたを探せって、いきなり組合から電話越しに命令されたんだもの。それで飛び回った所、偶然、ここであなたを発見した。もし真相を知りたければ隊長の所にでも行けば良いんじゃないの? 最も、あなたが行って無事でいられる保証は無いけど」
「畜生め!」
打ちのめされバングレは声を上げた。
「馬鹿だとは思っていたが、そこまで底無しだったとは!」
そして地面に手を突くと呪文を唱える。しかしカナセには聞き覚えのない詠唱だ。
「ついに手の内を見せるわね、獣戦の魔煌士」
「なんだ、あれ?」
「古いユピテル系の召喚魔煌技よ。もう使う人は少なくなったけど、彼はその使い手で有名だわ」
「出でよ、タンホイザー!」
詠唱完了後、地面が割れ青白い光が漏れる。
すると土の中から八つ目の頭部と全身に銀色の棘を無数に持つ巨大な魔獣が現れた。
魔獣は、肉食恐竜に似た巨体をうねらせながら一度、耳元まで裂けた大顎で吠えると二本の脚でゆっくりとラーマ達の下に近寄った。
「ば、化け物だ……」
突然現れた異界からの破壊者にカナセは茫然とする。
「出たわね、ユピテルの魔獣タンホイザー」
「あんな魔煌技があるなんて……」
カナセは目の前の魔獣の存在が未だに信じられずにいる。
「彼はあの魔獣でウラ鉄の戦車を二十両以上撃破した、列記とした勲章持ちの戦闘魔煌士だったわ」
「だった?」
「嫌な奴だったらしいわ。上官にはおべっかを使って取り入られる位の才覚はあったんだけど、同期には自分の手柄を自慢げに語って見下していたみたい。でもそれにも増して最悪だったのが目下の兵士への態度ね。部下を使い捨ての道具にしか思っていない。平気で暴力を振るったり、罵声を浴びせたり、俺の為に死んで来いなんて言ってたらしいわ。結局、それが問題になって軍を追い出された後は、エニール家に拾われたって経歴があるんだけど、本当に馬鹿な男ね。周りと上手くやっていけば、あんな所で落ちぶれずに済んだのに」
「そんな裏話より、まず勝てるのかよ? あんなのに攻め込まれたら村はおしまいだよ」
「任せておきなさい。石像の魔女の力、とくとご覧あれ」
「行け、タンホイザー! 奴等を踏みつぶせ!」
突進する魔獣と立ちはだかる魔神が村の広場の中心で衝突した。
両者が真正面からぶつかると鈍い音が村の中で響き合う。棘と圧延鋼板とが強い力で擦り合い、ガリガリと鉄の粉が削り落とされる。
ラーマのブージンはタンホイザーの頭部を懐で抑え込み、強引に押し返そうとしたが、逆に怪力で押し込まれていく。
腕力は明らかに魔獣が魔神を圧倒していた。
「流石、魔獣タンホイザー。噂にたがわぬ戦闘力ね」
「そんな悠長な! 俺も加勢する。スルタン、店で一番頑丈なトラックを……」
「いいから見てなさい。それにそんな体で魔煌技なんて使ってどうするの? 治りかけている傷が逆に悪化するわよ」
「けど、ここを突破されたら……」
「大丈夫、私を信じなさい」
そう言ってラーマが逸る気持ちのカナセを抑え付ける。
そんな主人の気持ちに応えようと魔神は魔獣の首根っこを左手で掴んだ。
そして右の鉄拳で力いっぱい殴りつける。魔獣の横っ面から火花が散り、大きな頭蓋が左右に揺れる。それをブージンが二度、三度と繰り返すと魔獣の足元がぐらつき始めた。
しかしその光景を目の当たりにしてもバングレが慌てる気配はない。
「ふんっ! その程度の拳でタンホイザーが負けるものか」
代わりに喉の奥でクククッと嗤った。
「やれ、タンホイザー! 反撃開始た!」
バングレの合図を皮切りに魔獣は頭蓋を振るうと意図も容易く魔神の拘束を振り解く。
そしてその余波に乗って大顎を開き、そのまま右腕に噛み付いた。口内にびっしりと敷き詰められた無数の牙が閉じられた瞬間、鋼鉄の右腕をすり潰していく。
「ああぁ~……」
聴衆となった村人の間から思わず落胆の声が上がった。
魔神の右腕は呆気なく引きちぎられ、その巨体も脆くも地面に崩れていく。
「ははははっ! 勝負あったな! 石像の魔女! 貴様の自慢のゴーレムもこの様だ!」
目の前の光景にバングレの高笑いが聞こえる。
一方で地面にうずくまる巨像を前にして村人全員が表情を強張らせた。魔神が倒れれば次に魔獣の標的となるのはこのカーニャ村になるはずだ。
「やられちまった! どうするんだよ、ラーマさん!」
声を上げながらカナセがラーマの方を見る。しかしラーマの姿はそこにはない。
それどころか彼女はいつの間にか箒に跨ってその場から離れていった。
「に、逃げたぁ?!」
猛スピードで離れていく箒の姿にカナセは茫然とする。
一方、倒れていく魔神を前に、魔獣の主人は悦に浸りながら得意げに語る。
「我がタンホイザーは異界の魔獣の中でも第三階梯百三十七柱に含まれる一柱。その牙は古代、魔煌要塞を囲うアダマントの壁に風穴を開けたとも謳われた。そんなトラックの細腕なんて枯れ枝を捻るよりも簡単……」
しかし自分の熱弁に酔い痴れている最中、バングレは目と鼻の先で気配を感じた。
振り向くと、そこには箒で滑り込んできたラーマが居た。
ラーマの右腕には拳銃が握られ、銃口は正確にバングレの額に当てられる。
「はい、これでおしまい」
引き金が引かれた瞬間、バングレの頭の中で7.65㎜弾が跳ね回った。
魔獣使いの体はその場で崩れ落ち、他の死体のひとつに加わった。
一方、魔獣は死んだバングレから解放された途端、全身から青い光を放つと唸り声を上げながら異界の彼方へと還っていった。
光が消えると魔獣が居た痕跡は跡形もなく消え去っていた。
残ったのは全損したトラックと死に絶えた国奉隊の骸だけで、その数だけが戦闘の凄まじさを物語っていた。
カナセは何も出来ないままその場で茫然としていた。
そんなカナセの前に箒に乗ったままラーマーが戻って来た。
そして涼し気にこう言った。
「だから言ったでしょ、大丈夫だって」
ヨシュア国内で蛇蝎の如く嫌われた国奉隊。その最期はたったひとりの魔女によって幕を降ろされたのだ。




