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第16話 鎮魂祭(サバト)

 ビンズの死後、カナセは早速、グレーゾーンの採集場で仕事を始めた。

 採集はビンズが死んだ辺りで行った。だが仕事は思ったほど捗らない。確かにコアは採れる事は採れるのだが前に見つけた16番の様な大粒が見つかる事は無ったからだ。

「ここも取り尽くされてるのかな?」

 ビンズはここが穴場の様に仄めかしていたが、考えてみればあれが事実だという保証はなかった。

 結局、金になる大規模な採集場が欲しければは自分の力で見つけるしかなかった。

 それでも自由に採集が行える場所が手に入った事は大きい。

 ただ採集には常に人目を気にする必要がある。それは国奉隊やウラ鉄水軍の目だけとは限らない。

 それはここでの採集が三日ほど経った日の事だった。

 潜水作業中、海底で不意に海面を見上げると自分の舟の横に別の舟が横付けされているのに気付いた。何事かと海面に浮上してみると見知らぬ男がカナセが時間を掛けて集めたコアを自分の麻袋に詰め直している最中だった。

「野郎!」

 カナセは水面から一気に這い上がると、そのまま男に飛び掛かった。

 小さな舟の上はたちまち乱闘の場となる。

「や、止めろ! この場所は俺が組合の許可を貰った場所なんだぞ!」

 男は殴り合いの最中に見え透いた嘘を吐いた。だが、それが事実であっても人の集めたコアを黙って盗って良い道理はない。

 結局、乱闘はカナセが得意のパンクラチオンで制すると、男に手酷い目を合わせた後に解放してやった。

 しかし喧嘩はこれで終わらない。今度は痛めつけた男が四人ばかりの仲間を連れて仕返しにやってきた。皆が舟に自営用の長い木っ端かマチェットを乗せている。

「ヤべぇ。舟を壊さちゃ堪らない……」

 仕方なくカナセは舟を走らせその場から退散した。

 カナセにとってこのグレーゾーンで出会う人間は全てが敵だった。

 そう思えば自分に秘伝を教えてくれたビンズはここではまだ善人の部類だった。例え四割取られるとしても……。

 そしてこの事があってからカナセは人の気配が無い場所で採集を行う事に決めた。


 そんなグレーゾーンでの採集を始めて丁度十日が過ぎた。

 仕事を早く切り上げたカナセはトラスニークにあるコアの交換所へと向かった。

 交換所の存在を教えてくれたのはクレアだった。

 だがこの国でコアと金銭の交換を正式に行えるのは魔煌士組合直営の交換所だけだった。

 言い換えればその他の交換所は非合法の商売で、建物も金融街の裏通りに隠れる様に点在していた。

 その為、クレアも交換所の利用は感心しないと最初にカナセに断った。

 しかし支払いが来月の組合と違い、その場で現金に換えてくれる交換所の存在は有難かった。そして交換レートが日ごとの変動制で、時には組合の交換率を超える事もあるので利用者も後を絶たない。

 カナセは今まで貯まった分のコアを交換すると現金をトラスニーク銀行に作った自分の口座に振り込んだ。

「これで少しずつでもクレアとスルタンに借金が返せるな……」

 今の所、順調だ。カナセは安堵しながら町の中を歩く。今日はこのまま家に帰るつもりで居た。

 だがそれでも、今の採集場辺りの埋蔵量は思いの外少ない様に思える。早いうちビンズの知っている本当の穴場を探し出さねばならない。

 でないと先に誰かに発見され取り尽くされかねない。

 そんな時に頭に何度も浮かぶのはナタルマと戦ったあの水没地帯だ。あそこには手つかずの大物コアがゴロゴロ眠っている。

 しかし今、戦えばまたナタルマの魔煌具に返り討ちにされるのは必至だった。

 だからカナセ以外にも誰もあそこには手を付けていないのだ。

「なんか良い手は無いかなぁ……あのナタルマの野郎を出し抜ける何かが……」

 カナセは事あるごとにそんな事ばかり考えていた。


 カナセは金融街の裏手を出るとそのまま人通りの多い商店街へと差し掛かった。

 予定を変更して金物屋に行って、仕事で使う新しい一本爪の熊手を買う事にしたのだ。

 そんな時、上空からコアの気配を感じた。

 カナセは飛行機でも飛んでいるのかと思い、なんとなく空を見上げた。

「そういえばナナミって人にも早く礼を言わなきゃいけないな……」

 ナナミはナタルマに倒された後、カナセを病院まで運んでくれた飛行艇乗りだ。

 だがクレアの話では年中、飛行艇で飛び回っている様な人らしいのでナナミ本人にはまだ会えずに居た。

 しかし飛んでいたのは飛行機ではなかった。

 代わりに姿を現したのはモトブルームに跨った四人ほどの魔女の一団だった。

 彼女達は古式ゆかしい黒い法衣と尖がり帽子に身を包み、商店街の通りの中に降り立つと手に持った楽器を鳴らし始めた。

 そして周囲の耳目が集まった所で魔女のひとりがこう言い放った。

「とざいとーざい! トラスニークの皆々様方、お忙しい中をお騒がせして申し訳ございませぬ。 我等、見ての通り、ヨシュア魔煌士組合の魔女共で御座ります。これよりご通行の皆様に組合よりお伝えしたい事がありまする。皆様、既にご存知の通り、我等、組合の魔女は今年こそ古くからの習わしによりサバトを開催するに至りました。時は今月末日午後六時より、場所はトラスニークの南、ふくろうの森広場にて開催。はなはだ戦時という事もあり、ご多忙で気分の沈みがちかと存じますが、我等魔女一同、皆様のお越しを心よりお待ち申しております。お気軽にお越しくださいませぇぇぇぇ」

 そんな魔女の口上が聞える中、他の魔女達がカバンから取り出したチラシを配り始めた。

 カナセの前にも魔女が歩み寄り、手にしていたチラシを渡そうとする。

 その瞬間、カナセと魔女の両方が思わず声を上げた。

「フーレル?!」

「あら、カナセ君」

 魔女の正体は組合の受付嬢のフーレルだった。

「こんな所で会うなって珍しいわね」

「そんな事より、君って箒に乗れたんだ」

「失礼ね、馬鹿にしないでくれる? こう見えても私だって魔女なんだから」

「ああ、ごめん」

「と言ってもコメット3みたいなオバケと比べればスクーターみたいなものだけどね」

 そう言って目の前のかわいい魔女は笑いながら舌を出した。

「ところで何の騒ぎだ、これ?」

「組合の魔女からのお知らせよ」

 そう言ってフーレルはチラシを渡した。

 チラシには口上の魔女が口にしていた内容が書き記されていた。

「サバトの開催のおしらせ?」

 サバトとはカナセが初めて耳にする言葉だった。

「うん、去年、おととしと開けなかったから今年こそは、って事で皆、意気込んでるからカナセ君も是非、来場してね」

「え? ああ……」

 カナセはチラシの内容もよく判らないまま生返事を返す。

 そんな中、商店街と通りの向こうから一台のバンが走って来た。バンのボディには赤地にヨシュアの国章を記したマークが記されている。

「大変、国奉隊だわ!」

フーレルは持っていたチラシを慌ててばらまくと箒に跨って飛行を始めた。

「じゃあ、カナセ君。月末にはあなたも参加してね、約束よ」

 しかしそこへバンから降車した国奉隊の隊員達が追いすがろうとする。

「公共の場でのビラ蒔きは禁止されているぞ! 即刻、停止せよ! 加えてサバトの開催は政府から無期限停止の自粛要請を受けているはずだ! 国民なら大人しく従え!」

 隊員は魔女達を威圧しながら怒鳴り散らす。

 しかし隊員のひとりがフーレルに掴み掛かろうとした瞬間、カナセの右脚が自然に前に出て、その隊員の足を引っかけた。

「ギャァ!」

 隊員が前のめりに転倒すると魔女達は無事に空へと旅立つ。

「ありがとう、カナセ君! これは貸しね。サバトに来てくれたらサービスするわ」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 カナセがフーレルを見送ると倒れていた隊員が恨めしそうにカナセを睨みつけた。

「貴様……国奉隊の活動妨害は反社会的行為で重罪なのを知っての行動か!」

「はぁ? お前が勝手に引っかかったんだろ? 愚図な奴、ケケケケ……」

 そう言ってカナセは転んだままの隊員を嘲ってみせた。

「た、逮捕してやる!」

 隊員が怒りを露にしながら腰に下げたマチェットに手を掛ける。

 だがそれを見たカナセは身を翻すと逃げる様に隊員の前から立ち去った。


 リエル薬局に戻ったカナセはクレアの姿を探した。

 クレアは奥の作業場で竈の上の大鍋に火を掛けると、何か得体の知れない物を煮立てている最中だった。

 傍らの作業台には薬草や怪しげな粉、正体不明の生物の干物が所狭しと並べられている。

 そこで大鍋に大しゃもじを突っ込んでかき混ぜる彼女の姿は絵本で見る様な正真正銘の「魔女」だった。

 そんな中、クレアが背後の気配に気付く。

「お帰りなさい、カナセ君」

「すげぇ臭いだな。汗臭いっていうか……何、煮込んでるの?」

「香水の元よ」

「香水の元? 香水が何でこんなに臭うんだ? 痴漢避けか?」

「これから工程を重ねて変わっていくのよ。足したり引いたりしてね。おしゃれにはそれなりの努力と過程が必要って訳」

「でも意外だな。クレアって薬だけでなく化粧品も作るんだ」

「これはサバトの儀式用に使うものよ」

「ああ、ここでもサバトか……」

 再び耳にする聞き慣れないサバトという言葉、カナセは思い切ってクレアに聞いてみる。

「え、サバトの事を聞きたいですって?」

 クレアが意外そうな顔をする。

「今日、町でフーレルに会ったんだけど、彼女にこのビラを渡されてさ……」

 クレアはしゃもじを握ったままチラシに目を通す。

「ああ、ふくろうの森のサバトの事ね。書いてある通りよ。それがどうしたの?」

「いや、俺が聞きたいのはサバトって何かって事なんだけど……」

 どうしてもクレアと会話がかみ合わない。しかしそれは彼女も同じらしい。

「冗談はよしてよ。サバトはサバトよ。知ってるでしょ?」

「いや、フーレルに言われて初めて知ったんだけど」

「ウソ! それって本当なの?」

 カナセの一言にクレアは怪訝が表情を浮かべる。

「なんだ? 知ってなきゃ不味い事なのか?」

「いいえ、そういう事じゃなく……。常識でしょ? サバトって」

「いや、師匠からも聞かされた事なんてないよ……」

「まあ、あの辺りじゃそれが普通なのかも……」

 そうクレアはつぶやきながら大鍋を竈から外すとしゃもじを回す手を止めた。

 そして傍にあった丸椅子に腰を下ろしひと休みする。

「それでサバトって?」

「魔女の例祭よ。年に一度の鎮魂祭の事よ」

「チンコクサイ?」

「鎮魂祭! 小学生みたいな事、言わないで!」

 クレアが顔を赤くしながらカナセを窘める。

「今の季節に亡くなった人の魂を弔うの。取り仕切るのは組合に所属している私達の大先輩の魔女達よ」

「なんかおっかなぇなぁ。堅苦しそうで」

「そんな事ないわ。鎮魂の儀さえ終われば、後は皆で歌ったり踊ったりする様な楽しいお祭りに変わるの。大道芸をしたりお酒や御馳走だって振舞われるわ」

「要は夏祭りって事か?」

「物凄く平たく言えばね。去年、一昨年は戦争で中止になったから今年こそはって皆、張り切ってるの。この日くらいは暗い気分を吹き飛ばそうってね」

「クレアも参加するのか?」

「勿論よ。運営のひとりっていうより下っ端でね。だからサバトの前日と当日は家を空けるから留守番の方、お願いね」

「あ、うん……判ったよ」

 カナセが生返事を返す。

 そんな中、店の方から来客を知らせるドアの鐘の音が聞こえた。

 だが暫くして店の方から店番をしているはずのミリアがやってきた。

「お姉ちゃん、お客様……」

「お客様って、どちら様?」

 そうクレアが訊ねたがミリアの気まずそうな顔を見た瞬間、何かを悟る。

「判ったわ、私が出る」

 そう言うと姉は店の方に向かった。

「誰が来たんだ?」

 今度はカナセがミリアに聞く。するとミリアは視線を落としながらぶっきら棒に答えた。

「タモン・エニールさん……」

 その名前を聞いた途端、カナセも同様に不機嫌になった。

 店の方では早速、言い争う様な声が聞こえた。

「ふふん、久しぶりね、クレア。でも今日こそは良い返事を聞かせて貰うわよ」

「ですから、その件はもう何度もお断りしたはずです。私が国奉隊にご協力する事はありません!」

 言い争いの最中、カナセが扉の向こうから店の方を隠れる様に覗き込む。

「思っていた以上に荒事だな……」

 クレアが立つカウンターの向こう側、来客用のテーブルを椅子替わりにしながらタモン・エニールが腰かけていた。

 しかしタモンの姿を目にした瞬間、カナセは思わず絶句する。

 タモンはピンクのミニのワンピースに白いニーハイを履くと、テーブルの上でこれ見よがしに足を組んで曝していた。

 更にお決まりの金髪碧眼の人形も脂肪の詰まった胸の中で抱き抱えている。

「うっ……。な、何だありゃ!」

 タモンの女装姿にカナセは吐き気を催す。

「こりゃ、今晩、夢に出て来そうだな……」

 恐らくミニのワンピースもクレアやミリアの様な可愛い女の子が着れば日を浴びる花の様に映えたはずだった。

 だがタモン・エニールが身に纏えば高級な布地も腐肉に巻かれた包装紙と変わらない。

 一方、タモンの周りにはあの気の弱そうな秘書と数人の国奉隊の隊員が立っていた。

 幸い、あの狼の様な眼光をした、副隊長の姿は見えない。

 そんな中、悪趣味な脂肪の肉塊はニヤけながらクレアに詰め寄る。

「でも、大きな組織に守られれば安心でしょ。それに貴女が来てくれたら特別にいっぱい特典が付けて上げる。それに貴女自身、今の生活のままで良いなんて思ってないでしょ」

「私には私の生活とプランが御座います! タモン様のお手を煩わす様な事は御座いませんので」

 クレアは丁寧に答える。しかし彼女の意思はタモンの申し出をはっきりと拒絶していた。

「妹に楽させたいとは思わないの? 店番を続けてちゃ学校も満足に行けないんじゃない?」

「そんな事はありません。ミリアの学校での成績は優秀ですし」

「友達との時間が過ごせないんじゃないかって心配して上げてるのよ」

 一方でタモン・エニールもクレアの痛い所をチクチクと突いて来る。

「クレア、私がここまで言って上げてるのは何も貴女が可愛いからってだけじゃないのよ。貴女の才能にも惚れこんでるの。その魔女としての優れた才能にね。それがこんな田舎の薬屋の中で埋もれていくなんて勿体ないわ。それに妹のミリアちゃんの事も心配だわ。今は戦時、安全なここも、何時、どう転ぶか見当もつかない。そんな時にミリアちゃんを一人にしとくなんて心配でしょ?」

「……」

「それとよ。あなた、サバトに参加するつもりで居るの?」

「勿論、そのつもりです」

「なら、参加はお止めなさい。はっきり言うけど、今は戦時よ。開催には議会でも大勢の議員が反対しているわ。なのにそんな自分達だけ浮かれた真似をして、組合は何を考えているのかしら」

「サバトはその年にお亡くなりになった人への鎮魂のお祭りです。決して浮かれただけのお祭りではありません。それに議会で反対されているのはタモン様のお兄様のエニール議員とその親しい先生方だけだと伺っております」

「けど、祭祀が終われば魔女達は森の中に男を連れ込むんでしょ? そして大勢で乱交を始めるって聞いたわ。男を取っ換え、引っ換えしてね。私の兄はその風紀の乱れを心配しているのよ。異端審問委員長として当然よね」

「それこそ偏見です! 少なくともヨシュアで開催されたサバトでは過去に一度もその様な事例は御座いません!」

 クレアは顔を真っ赤にしながら否定した。

 言い伝えでは魔女は淫奔で軽薄な存在で妖術を使って人をたぶらかす。とは太古より根強く残る魔煌技使いへの偏見だった。

 その偏見のせいで世界中で多くの魔女達が謂れ無き差別と迫害、時には死をも課す暴力を受け苦しめて来た。

 いわゆる「魔女狩り」だ。

 そして魔女の執り行うサバトも淫祀邪教の例祭として時の権力者に度々中断させられて来たのだ。

 タモンの物言いは明らかに魔女に対する侮蔑だった。

「こりゃ、聞いてられないな」

 店の裏で聞き耳を立てていたカナセが喉の奥の物を呑み込んだ直後に動き出した。

 そして店に入って二人の間に乗り込もうとする。

「ちょっと、待って下さい。何をするつもりですか?」

 ミリアが背中からカナセの袖を引いて止めた。

「何って、お姉ちゃんの助太刀だよ」

「喧嘩は駄目です。お姉ちゃんが言ってたでしょ?」

 だがカナセは彼女の手を軽く振り解くとこう言った。

「大丈夫、俺にいい考えがある。喧嘩なんかよりもずっと良い方法を思いついたんだ」

「そうなんですか?」

「まあ、見てなって。誰も痛い思いなんてしないよ」

 そう言いながらカナセはシャツの前ボタンを全て外すと店の方に顔を出した。

「おい、クレア。何時まで話し込んでんだよ。もう、待ちくたびれたぜ……」

 そう言いながらワザとらしく二人の会話に割って入る。

「か、カナセくん!」

 出てくるな、と言わんばかりにクレアが声を上げた。

「おや、お客さんじゃないのかい?」

 だがカナセは彼女の声を無視すると、半身をドア枠にもたれさせながら備え付けの椅子に座るタモンの方を見た。

「あなた、先日の野蛮人!」

 タモンはカナセの顔を見るなり悲鳴に近い声を上げた。

「どちら様かと思えば確か……え~と~、国奉隊のタモン・エニール様で」

「汚らわしい! 気安く名前を呼ばないで頂戴!」

 タモンの顔が更に醜悪に歪む。

「へへへへ……それと今日は副隊長様の姿は見えないんですかい」

「そんな事よりあなた、何でここに居るのよ?! 早く出てって頂戴!」

 カナセが居る事でタモンは心情をイラつかせる。

 しかしカナセは出ていくどころか厭らしい薄笑いを浮かべてタモンを挑発した。

「いや、出てけと言われましてもね、旦那。ここは俺の家ですぜ」

「何ですって?!」

「所謂、居候って奴ですよ。同じ屋根の下、彼女の世話になってるんです。それにね、俺もクレアを待ってるんですよ。それなのに旦那が俺の順番に割り込んできて……」

 そう言うとカナセはわざとボタンを外したシャツをはだけさせた。カナセの胸板が店内の全ての者の目の前に露になる。

「ちょっと、あなた! そんな汚い物を私の前に曝して……まさか!」

 タモンがはだけたシャツの意味を勘ぐると、一瞬で脂肪の詰まった頬を紅潮させる。

「まさか、まさか、まさか! クレア、あなたって人は!」

 彼の感情の高ぶりは忽ち怒りに変わった。

「おや、どうなさいました? 旦那、耳まで真っ赤で御座いますよ。まるで皿に盛った焼豚の様だ。けけけけ!」

「不潔! サバトと一緒だわ!」

 怒りを堪え切れずにタモンはテーブルから立ち上がった。

 しかし次のカナセの一言が追い打ちをかける。

「こりゃ旦那、御見苦しい所、お見せして失礼しやした。なんせ無精者で、それに汗臭いでしょ? 俺もクレアも。もうさっきまでふたりでイチャコラしてた最中で……」

「帰るわよ! もう、顔も見たくないわ! あなたの顔もよ、クレア! 異端審問委員会に訴えてやる!」

 そう吐き捨てながらタモンが大股で店の中を歩くとそのまま外に出て行ってしまった。

 路上で高級車が動き出し走り去る音が聞こえた。

「ぶっわはははははははははははは! 様ぁ無ぇなぁ~」

 タモンが去った後、カナセが大声で笑った。

「今の見たか? あのクソデブ、怒って逃げていきやがった!」

「そんな事よりカナセ君、胸のボタンを止めて頂戴。みっともない。妹も見てるでしょ」

「ああ、こりゃ失敬」

 そうクレアに指摘され、カナセは慌ててシャツのボタンを留め始めた。

「でもカナセ君、お礼を言わせてもらうわ。ありがとう、助けてくれて……」

「良いって、俺とクレアの仲じゃないか。それにさ、ミリアの心配する顔見てたらさ、流石に居ても立っても居られなくなったよ」

「お姉ちゃん……」

 ドアの向こうからミリアが飛び出すとそのまま姉の胸に顔をうずめた。

「ごめんね、ミリア。怖い思いさせて……」

「まあ、何にしてもこれでひとまず安心だな。あの様子じゃ、タモン・エニールの恋煩いも冷めるってもんだ」

「でも、もう少しやり方を考えられなかったの?」

 ミリアを抱きしめながらクレアが問い返す。

「けど、やるんなら一番効果的な方法を使わなきゃ」

「そうじゃなくって、あれじゃあカナセ君が恨まれる事になるわ」

「仕返しかい? だったらドンと来やがれっていうんだ。返り討ちにしてやる。勿論、村で喧嘩なんてさせないぜ」

 クレアの心配を他所にカナセが笑った。

 カナセにとってタモンの標的がクレアから自分に変わるのなら逆に好都合だった。

 自分はどんな復讐でも受けて立つ自信があったし、代わりに姉妹に平穏な生活が戻るのならそれに越した事はなかった。

「万事収まるところに収まったって訳さ」

「それなら良いけど……」

 カナセが笑う。だがクレアの不安はいつまでも付き纏い続けていた。

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