第13話 苦い敗北
一方、組合本部を出たクレアはカナセの居る水没地帯に戻る最中だった。
箒で飛びながらクレアは悩んでいた。
大口を叩いた割に直談判の結果が芳しくなかったからだ。
「もう子供ではないのだ。言いたい事があるなら本人が来て直接、訴えたまえ!」
割り振りの不満を訴えた早々、クレアはエニール課長にそう言い返された。
エニールの意見は正論だった。そう返されてはクレアも反論する術がない。
仕方なく本部を出たクレアはこの結果をどうカナセに伝えるか悩んでいた。
「エニールさん……悪い人ではないんだけど……」
クレアはエニールの事をよく知っていた。母の代からの付き合いで組合の一筋の折り目正しく生真面目な人だった。
そしてクレアとリエルの姉妹がリードヒルから脱出して西に逃れた時、カーニャの村に住めるように手引きしてくれたのもエニール本人だった。
彼は悪い人ではない所か、まさしく姉妹の命の恩人だった。
ただ、礼儀や服装、上下関係には厳格な性分で特にカナセの様な野放図な輩には風当たりが強い。
そんな彼が別れ際にクレアにこう言った。
「正直、あんな男に肩入れするのは如何な物かと思うがね。亡くなられたご両親が天国でご覧になってどう思われるか、よくよく考えてみればいい」
「大きなお世話よ!」
と、思いつつ、それは課長なりにクレアの事を心配しての発言なのも理解出来る。
同時にそれは課長とカナセの間が完全にこじれている事を意味した。やはり嫌がらせで故意にコアの密度が薄い区画を割り当てたと考えるべきだろう。
「だから身なり位はと思って、お父さんのお古を着せてきちんとさせたのに……。私の考えが甘かったか」
ならばできる事は何か? まずはカナセがエニールとの関係を自分で改善し今以上に仕事をこなせる事を証明せねばならない。
何事も下積みが大事なのだ。だがそれが出来るかどうかもカナセ次第だった。
「さて、どうしたものかしら……」
取り合えず今の現状くらいは正直に伝え自分の力不足を謝るべきだろう。
「でも、そんな事したら、あの性格からして怒っちゃうかも。その後、子供みたいに拗ねたりして……」
目の前の難題は山積みだった。
そんな事を考えている内にクレアはカナセの割り振りに到着した。
だが辿り着いて辺りを見渡してもカナセの姿どころか乗っていた小舟の影すら見えない。
「あら? どこに行ったのかしら?」
クレアは持っていた地図で場所を確かめる。
場所を間違えたのか。しかしカナセの割り振りは間違いなくここだった。
「もう全部取り集めたの? それともやっぱり拗ねて帰えっちゃったのかしら?」
その直後だった。遠くで大きな爆発音が響いた。まるで水面に向かって砲弾でも落ちた様な音だ。
「なに?」
驚いたクレアが慌てて振り向くと朽ちた石の塔の隙間から高い水柱が立っていた。
「もしかして……」
クレアは急いで水柱の方へと向かった。
彼女が到着した頃には水柱は霧になって消えていた。代わりにお目当ての物を見つける。
「カナセ君!」
だがカナセを発見した途端、声を上げる。水面にうつ伏せになって独り浮いていたのだ。
クレアの箒が慌ててカナセの下へと降下した。
近寄って彼の体を見た途端、その有様に言葉を失った。
水に浮かぶカナセの体は全身傷だらけになっていた。
体にはいくつもの打撲痕が刻まれ顔面は真っ赤に腫れあがっていた。
その傷口からは血が流れ、水面を僅かに赤く濁らせている。
「カナセ君、しっかりして! カナセ君!」
クレアは変わり果てたカナセの体を仰向けにすると何度も擦った。
「うう……」
僅かにうめき声が聞こえる。
「良かった、生きてる……」
しかしその声はまるで今わの際のつぶやきだ。
「とにかく水から出さなきゃ……」
クレアはカナセの小舟を探した。しかし見つかったのは廃ビルの影で浮き沈みする小舟の無残な姿だった。
あれでは船の役目を果さない。仕方なくクレアは横倒しになって沈んでいる廃ビルの壁にカナセを引き揚げた。
クレアはカナセの脈拍と呼吸を確かめる。どちも弱っているがまだ停まってはいない。
「本当に酷い傷だわ。でも打撲症が多いってどういう事?」
医療系の魔女としての経験上、これが殴り合いによる傷跡である事は理解できる。
「誰がこんな事を……」
しかし今、原因の追究は後回しだ。
「とにかく慌てず急がなきゃ……」
腰のポーチから金属ケースを取り出し蓋を開けた。中から一本の注射器が現れるとクレアは針の先をカナセの皮膚に突き刺した。
「うっ……」
針の痛みで一瞬、カナセが呻く。
薬液はカナセの体内に注ぎ込まれると生き物の様に動き出し、患部へと侵入した。
「さてと、これからが本番ね……」
クレアは一度深呼吸を済ませると今度はカバンから違う小瓶を取り出し中の薬を自分自身で飲んだ。小瓶の中身は自身が唱える魔煌技の効力を一時的に高める薬だ。
次にクレアは箒の穂先をカナセの傷口に翳した。
「竈神の導きよ。彼の者の傷を給え」
呪文を唱えると穂先の中の9番コアから青い光が溢れ出し、そのままカナセの患部に照射される。
「お願い、上手くいって……」
クレアはコアによる治癒魔煌技を発動させた。内部からの薬液治療と外部からの詠唱治療の二段構えだ。
二つの力がカナセの体に浸透すると患部が徐々に塞がっていく。魔煌技の効き目が表れている証拠だ。
それはリエル家に代々伝わる薬の力と魔女の学校で習った回復系の高等魔煌技の重ね業だった。ヨシュアでもこの系統の魔煌技が使えるのは僅か数名に留まり、更にクレアの技術が他を抜いて効果が高かった。
彼女がヨシュアで他の人材を差し置いて「薬の魔女」と言われる所以だった。
「でも、これじゃあ応急処置もいい所だわ。早く病院に連れて行かないと……」
その為には自力で運ぶしかないのだが今のクレアには重症者を箒で運ぶ機材がない。
「大きなシーツでもあれば良いんだけど。こうなれば肩に担いででも運ぶしかないわ」
しかし魔煌技の力は腕力までは与えてはくれない。彼女の細腕では飛行の最中にカナセを空から落とす危険性もあり、更なる大惨事になりかねない。
しかし迷っている暇はなかった。重篤なカナセの治療は一刻を争う。
そんな時、空の方から低く響くマギモーターの音が聞こえた。見上げると一機の飛行機が巡航速度で西から東に向けて飛行していた。
「飛行艇?……ナナミのラムサール号だわ!」
クレアは飛行艇の正体に気付いた途端、箒の柄を掲げると魔煌技を唱えた。
その直後、穂先が青くひかり、空に向かって真っすぐ伸びる。
光を合図に飛行艇はゆっくりと旋回を開始し合図灯を点滅させた。
そして今度は水面へと向けて高度を下げていく。
「良かった……気付いてくれたんだわ」
それを見てクレアは安堵のため息を吐いた。
やがてクレアの前に一機の飛行艇が着水した。翼の上では二つのプロペラがマギモーターによって回転していた。
その白亜の機体には「ラムサール」と青い文字で表記されている。
「おや? 誰かと思ったらクレアじゃん。どうしたの? こんな所で」
飛行艇の窓から顔を出した機長が水没都市の上で難儀していた魔女に声を掛けた。
艇長は茶色い髪と瞳がかわいらしい背の低い少女だった。
「お願い、ナナミ。病院までひとっ飛びして頂戴。怪我人なの。それも重症者!」
少女の名はナナミ・セリッシュ。クレアの友人のひとりだった。
ナナミは操縦席の窓からクレアの側で横たわるカナセを眺めてみせた。
カナセは今も動けずに居る。
「意識はあるの?」
「さっきまであったわ。今は薬の効果で眠っている」
「判ったわ、彼を運ぶ。そっちに行くわ。皆、手伝って」
「オーケー、ボス。任せて下さい!」
艇長が声を掛けると乗っていた搭乗員達が担架を持ってクレアの居る方に飛び移った。
カナセは飛行艇に運び込まれ、備え付けの簡易ベッドに寝かされる。
「発進!」
飛行艇ラムサール号は離水すると再び大空を舞った。
操縦席からナナミが後ろの様子を伺った。
クレアは不安そうな表情でカナセの傍で付きっ切りでいる。
「市民病院に連絡。重傷者を緊急搬送するって伝えて」
「ラジャー」
横にいる通信士が無線機の周波数を病院に合わせる中、ナナミが再びクレアを見る。
クレアは先ほどと変わることなく黙ってカナセの手を握りしめていた。
飛行船はその後、トラスニークにある大きな運河沿いの市民病院に移動した。
カナセはすぐに救護室に送られ救急治療を受ける事となった。
クレアは救護室の傍の廊下の長椅子で処置を終わるのを待って居た。
そこへナナミが現れ売店で買った二本のビン入りサイダーの一本をクレアに渡した。しかしクレアには吞気にサイダーを飲めるような気分ではない。
「ナナミ……ありがとう、助けてくれて……私だけじゃ途方に暮れていたわ……」
「いいって別に。そんでどうよ、あの兄ぃさん……」
「今、治療中よ……」
「治りそうなの?」
「ここまで来れば多分……長引かなきゃいいけど……」
「心配ね」
そう言いながらナナミの方は平然と手にしていたサイダーを飲んだ。
「ところでさぁ、あの兄ぃさんがフーレルの言ってた噂のスーパールーキー?」
「スーパールーキー?」
ナナミの言い回しにクレアが不思議そうな顔をする。
「組合じゃ有名人みたいよ。クレアが御執心だって」
「御執心って何よ?」
「遂に薬の魔女が婿取りをするのかって、組合の独り身連中が皆、騒いでるらしいわ」
「あの子、そんな風に言い触らしてたの?!」
ナナミの話を聞いてクレアは思わず声を上げた。
病院の静寂が一瞬、金切り声で引き裂かれ、通行人の視線がクレアひとりに注がれる。
「す、すみません……」
クレアは顔を真っ赤にしながら再び席に付いた。そしてナナミに向かって言い直す。
「別にそんなんじゃないわ。確かに彼の後見人ではあるけど……」
「じゃあ、どうなのよ?」
「マギライダーよ。それもマルケルス神技の」
「マルケルス神技?! それ本当?」
「本当よ、この目で見たわ」
「マジで? そりゃ凄いや」
「私は……彼がこの戦争を変えてくれる様な気がする……」
「成程、それで御執心って訳か……」
「だから、そんなんじゃ!」
そう再び叫びそうになりかけた時、救護室の扉が開いた。
ストレッチャーに乗せられたカナセが目の前を通り過ぎていく。
「カナセ君!」
クレアが思わず呼び止めた。だが意識を失ったままのカナセから返事は返ってこない。
クレアの中で再び不安がよぎる。
そんな彼女に向かって医師の傍に居た看護士が声を掛けた。
どうやら一命は取り留めたとの事だ。そして後で医師から患者の症状の説明があるから呼び出しを受けたら来てほしいと頼まれた。
「じゃあ、クレア。私、帰るわ。あの兄ぃさんによろしくね。また、きちんと紹介してよ。お礼も聞きたいし」
「ありがとう、ナナミ。本当に……。この借りは必ず……」
「気にしなさんな。私等の仲じゃないの。それとここだけの話、昨日、組合から呼び出しがあってね。ギップフェルの件……遂に動き出すって」
ギップフェルと聞いてクレアは息を飲む。
「こっちは民間でもハコモノがデカいでしょ? だから早めに通達があった」
「ギップフェルか……とうとう始まるのね」
ナナミの言葉にクレアがつぶやく。
「ナナミも参加するの?」
「勿の論よ。近いうちにクレアの所にも通達が来ると思うよ。それと今月末だよね」
「サバトの事?」
「クレアも出席するんでしょ」
「そのつもりで居るわ」
「けど委員長様を筆頭に議会の規制派がうるさいって噂だけど」
「それでも組合の姉様達はやる気でいるわ。あんなに連中に負けてられないって、息巻いてた」
「そうよね、サバトは魔女にとって大事なお祭りだものね。他人にとやかく言われる筋合いなんてないものね」
ナナミは時計を見ながら立ち上がった。もう彼女は出発する時間だった。
「じゃあね、クレア。今度、またサバトでね」
「うん。また、お祭りでゆっくりしゃべりましょう」
「それにさ、その頃になったらあの兄ぃさんも治ってるだろうし、面通しのつもりでサバトに誘えばいいよ。最も、そんな事したらクレアが唾付ける前に姉様達に喰われちゃうかもね」
「ナナミ!」
「あはははは……」
ナナミは明るく笑いながらクレアの下を離れていった。
それをクレアも小さく手を振って見送った。
全く酷い戦闘だった。今まで戦った相手の中で最悪だった。
それに奴がマギファイターと気付かなかった。魔煌の籠手を手袋に擬態させ攻撃の際にだけマギを解放し海底までを破壊するほどの凄まじい威力を発揮する。
あの籠手は間違いなく暗器、必殺のマギアルマだ。しかも奴はその魔煌具の力を最大限に引き出してた。
それに俺自身の戦い方も不味かった。初手で相手が幼い事に油断し先手を取られた。
高々、小舟を動かす程度のコアで戦おうとしたのも良くなかった。そして何より水の中に逃げたのが失敗だった。
オートル沖でウラ鉄と戦った時とは訳が違う。奴は点在する石の塔を足場にしながらこちらが呼吸の為に浮上してくるのを狙って待てば良いだけなのだ。
そして戦いはその通りになった。
小型ボートから変形したヴァイハーンは浮上した途端、攻撃された。
最初の一撃で片足をもぎ取られた。僅かな空気と引き換えにヴァイハーンは再び水中に潜った。しかし最初の浮上で俺の位置はナタルマに知られてしまった。
ナタルマは魔煌の正拳突きを次々と打ち込み水の中のヴァイハーンをかき回す。
衝撃波に翻弄される度にヴァイハーンは水中で身を削られていった。もう自力で相手を倒す事は不可能だった。
だがこの時点でも勝機があった。あのサイズのマギアルマでこれだけの破壊エネルギーを放出するとなると追々、コアの煌気は尽きる。コアの反応から推測して放出はせいぜい十回。この段階で七回の攻撃をナタルマは行っている。
「あと三回……」
そのチャンスの為に耐え忍ぶ。この辺りが逃げる事の出来る最後の機会だったが俺はあえて戦う事を選んだ。
「好き勝手されて、このままオメオメ引き下がれるかよ!」
そんな思いで頭の中はいっぱいだった。
そしてナタルマはこちらの思惑に乗って十発目を撃ち放った。
「今だ!」
俺はヴァイハーンを一気に浮上させ海面に飛び出すと、そのまま巨人を脱ぎ捨てた。
奴の場所は攻撃位置から特定出来ている。目の前のこの石の塔の屋上だ。
俺は石の塔の傾いた壁に足を掛けるとそのまま駆け上った。
周囲は酸素に満ち、まるで天にでも上がる気分だ。
「あの野郎! 船をボコスカにしてくれた礼を纏めて返させてやる!」
借金まで作って買った小舟をその日の内に壊された事に俺は怒り狂い自分を見失っていた。いや、本当に見失っていたのは相手の力量だった。
天端に辿り着いた途端、俺はナタルマを見つけた。見立て通り、奴は籠手のコアの力を失い、代わりのコアと交換の最中だった。
「手前ぇ!」
俺はナタルマに殴り掛かった。相手は体が小さい。それに俺には古代パンクラチオンの闘技がある。コアの加護を失った子供ならこちらの力で一捻りだ。
しかし殴り掛かった途端、ナタルマは軽くこちらからの拳を避けると今度は掬い上げる形で蹴りを浴びせてきた。
奴の蹴りはその体格に見合わず重かった。
俺はその一撃だけで顎を張り飛ばされ自身の戦闘力を失った。
それからは酷い物だった。
拳による連続攻撃。上段で叩かれ中段で殴られ下段で突かれる。挙句には笑いながら回し蹴りのサンドバッグにされた。
そして全身をボコボコのガラクタ同然にされた後、唾を吐きかけられ水の中に捨てられたのだ。
奴の気配が消えた後、俺は悔しくて仕方が無かった。
こんな一方的な負け方は初めてだった。
奴は素手での戦闘力も俺を上回っていた。
だが、それでも……それでも、もっと強いコアがあったなら勝ったのは俺だった。
だから今度出会った時は絶対に負けない。今まで受けた痛みを倍にして返してやる。
そうだ、今度こそは……今度こそは……。
「今度は俺が勝つ!」
カナセは叫びながら飛び上がった。だが目が覚めたのはナタルマに落とされた水の上では無く無地のシーツの敷かれたベッドの上だった。
その横では丸椅子の上でクレアが驚いた顔をしていた。
「よかった、気が付いたのね……」
目を覚ましたカナセを見て一転、今度は安堵のため息を吐く。
「クレア?……」
「ここは病院よ。判る?」
カナセは茫然としながら周囲を見渡した。
周囲は白い壁に覆われ窓には薄いカーテンが降ろされていた。
「うん……何とか」
「痛い所は?」
「まあ、何とか……」
「薬が効いているのね……。それで、何があったか覚えてる? あなた死にそうになりながら水の上に浮いていたのよ」
「浮いていた?」
カナセが記憶を辿っていく。しかしナタルマと言う魔煌士に良い様に打ちのめされた記憶が蘇ると胸の内から怒りが沸き上がる。
「あの野郎!」
カナセはベッドから勇んで飛び降りようとした。だがその瞬間、体から激痛が走る。
「痛てぇ!」
叫び声を上げた途端、カナセはベッドの上でのたうち回った。それをクレアが押し留めようとする。
「ちょっと、まだ動いちゃ駄目よ。お医者様の話では肋骨が折れて肺に刺さってたっていうんだから」
「は、離せ、クレア! どうにもこうにも我慢が出来ねぇ!」
「いいから寝てなさい! 貴方は重傷者なんだから!」
「うるさい、そんなモノ赤チン塗っときゃ治るって!」
そう言ってカナセはクレアの腕を振り払った。
だがその直後、カナセの右腕の指先が柔らかなものを掴んだ。それがクレアの胸元の双丘のふくらみだと気付いたのは互いの目が合った時だった。
「きゃあああああああ!! カナセ君のエッチ!」
顔を真っ赤にさせたクレアがカナセの頬を張り飛ばした。
「ぶべぇっ!」
病室で乾いた音とカナセの悲鳴が続けて響いた。
病室が落着きを取り戻した後もクレアはお冠だった。
「そんな怒んなよ……。俺とクレアの仲じゃないか」
「どういった仲よ!」
「将来を誓い合った……」
「何時、何処で! こんな時でもよく回る舌ね。そんな事よりも怪我人の癖に無茶は止めて!」
「無茶だ無理だ言ってられるか……。こっちはスッテンテンにされたんだぞ」
「スッテンテン?」
「船を沈められた!」
「それは知ってるわ。誰にやられたの?」
「ナタルマだ! ナタルマ・シングって名乗りやがった!」
「ナタルマって……カナセ君、ナタルマに会ったの?」
「そうさ、俺は奴に! って、知り合いなのか?」
「知ってるわ。組合の中じゃ有名人だし。それに個人的にもね……」
クレアはその後、カナセから詳しい話を聞いて彼に何が起こったのかを知った。
「成程、そういう事なのね……」
「知ってるんなら、奴の事を教えてくれ。後、場所も」
「聞いてどうするの?」
「仕返しする。こんなんじゃ腹の虫が収まらねぇ!」
「なら教えない」
カナセの問いにクレアはぷいとソッポを向いた。
「そんな頭から喧嘩を仕掛ける様な人に教える事なんて出来ますか」
「そこを何とか頼むよ。今度は絶対に負けないって! でないと俺の中の男としての矜持が立たないんだ」
「何が矜持よ! あんなに約束したのに言った傍から破っておいて!」
「約束って?」
「村の中で喧嘩しないでっで言ったでしょ!」
「それは村の中でだろ? あそこは村の外だし……」
「一緒の意味よ! それも魔煌士同士の喧嘩だなんて、組合やあの国奉隊に知れたらどうなると思ってるの?」
「どうなるって……」
「前に言ったでしょ! 逮捕された挙句、国外退去だって!」
「そんな逮捕なんて大袈裟な……」
「カナセ君!」
クレアは危機感のないカナセに向かって本気で声を上げた。
「もっとまじめに考えて! あなた自身の事なのよ!」
カナセを叱り飛ばすクレアの迫力はそれは凄まじいものだった。
その剣幕に圧倒されカナセも思わず怯む。ここまで強い口調で怒られたのは小遣い欲しさに師匠の財布から黙って紙幣を抜き取った時、以来だった。
「……わ、悪かったよ」
ベッドの上でカナセは途端に頭を掻いた。悪びれているが先ほどと比べ汐らしく見える。
よほどクレアの剣幕が身に染みた様だ。
そんな彼を見た瞬間、クレア自身も言い過ぎたと後悔した。こんなカナセでも先ほどまで昏睡状態だった怪我人なのだ。もっと労わって上げても良いはずだ。
だが彼が仕返しをすると言い出した途端、我慢できずに思わず感情を露にしてしまった。
「ごめんなさい。少しきつく言い過ぎたわ……」
居た堪れなくなりクレアが先に謝ってみせた。考えてみればカナセばかりに非がある訳ではない。彼の性格だ、割り当てのコアの影が薄いと判って場所を無断で変更したのだろう。ナタルマと戦った事も彼にとっては生活が懸かっていての事だ。
それにあの場所もナタルマの割り当てという訳ではない。そもそもナタルマは組合員ですらないのだ。
「カナセ君……何事も上手くいかない日だってあるわよ」
「クレア……」
「とにかく今は休みましょう……。ゆっくり養生して怪我を治さなきゃ……」
そう言ってクレアはカナセを寝かしつけた。
「当分、ギップフェルの事は黙ってた方が良いわね……」
もし知れば彼は勇んで参加すると言うはずだ。
「行動力があるのも良し悪しね……。でもその前に……」
もうボートは無いのだ。職無しのカナセの新しい仕事先を考えてやねばならない。
「いっその事、本人に探させてみるのも手かしら……」
いや、それは時期早々な気もする。彼はまだこのヨシュアに来て日が浅い。気が早やんで思わぬトラブルに巻き起こす可能性がある。
「やっぱり当面は手綱を握っておくべきね。それにしては行く先々で面倒を起こすって、本当に波乱万丈な性分ね……」
クレアはため息を吐く。
そしてこれからも彼が巻き起こす騒動に彼自身が傷付いていくかと思うと心が痛んで仕方がなかった。




