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第21話 カナセとクレア

 反抗作戦の正式名はゴディバ浮遊要塞強襲作戦。

 通称、零號撃滅戦。名付け親は総帥であるカナセ自身だった。

 だが巷ではいつの間にか大攻勢と呼ばれていた。

 それは誰もが望んでいたウラ鉄との最終決戦だった。

 ウラ鉄との長き戦いに終止符を打つ、ファイタスにとっての史上最大の作戦。

 勿論、勝つのは自分達だ。

 ファイタスで戦う誰もがその言葉に胸を高鳴らせる。

 作戦の立案者はゴッペル先生、長年温めて来た秘策中の秘策だという。

 ゴディバ浮遊要塞とは作戦内でのウラ鉄本部の呼び名で、首都ゴディバにあるゴディバの塔を中心とした本館、駅舎、五基の箱舟、工場、研究所、倉庫、湾岸施設、軍事施設を総合したウラ鉄本部の施設一体の事を指す。

 施設が港湾の水上に広大なフロートの上に建設されている為、ウラ鉄本部そのものが浮島の上の要塞の様に見えるのがその名の由来だ。

 そして最終目標は零號。すなわち総裁ロッゾ・カルの生命維持装置零號を破壊する事が目的だった。

 そして作戦の発動まで五日後に迫っていた。

 解放戦線やモンベル兵団にアコンゲルのメンバー等、ファイタスのほとんどの戦士達が準備の為、移動を開始していた。

 恐らく史上最大の作戦開始と同時に首都ゴディバは未曽有の大混乱に陥るはずだ。

 ファイタスはその間隙を縫ってウラ鉄総帥ロッゾ・カルを討つ。

「さあ、もう後戻りは出来ないぞ」

 総統府の執務室の天井を見ながらつぶやく。

 アヌビアスから帰還したカナセは今、総統府内で最後の平穏な日々を過ごしていた。

 だが三日後にはカナセ自身もここを出立する。

 ここへは二度と戻って来るつもりはない。

「準備は万端。後は仕上げを御覧じろ……ってか」

 だが作戦には無視できない三つの大きな不安要素があった。

 一つはグレン・ハルバルト率いる第103独立遊撃大隊の存在だ。

 103東征號を駆る、あの独立部隊はロータスにあるウラ鉄最強の機動戦力だ。

 今、奴等は頼りにならないウラ警の代わりに総裁閣下の警護に当たっている。

 大攻勢の時は間違いなく真正面から戦う事となるはずだ。

 そして今のファイタスの力でも苦戦を強いられる。下手をすれば総裁に辿り着く前に敗北を喫するかもしれない。

 その為に、ファイタス側も色々と策は練っているが、相手はあのグレン・ハルバルトだ。

 カナセはグレンの強さを身をもって知っている。

 だからグレンに対する対策がどこまで効果を発揮するからやってみなければ判らない。

 二つ目は上下層界に関わらずゴディバ市民に対する被害だ。

 それにはゴディバ市内の本拠地を置くアコンゲル代表が会議の度に難色を示して来た。

 カナセもそれに関してはライカの気持ちを受け入れざる得ない。

 しかしそれも作戦は市民への被害を最小限に食い止めるという約束と同時に、作戦終了後の市民へと保障をファイタスが全面的に保障する事で合意した。

 それでも市民から被害者が出る事は確実だ。

 カナセはもどかしい思いに捕らわれる。

 だがその為にも大攻勢は必ず成功させねばならない。

 詭弁に聞こえるが、それでしか被害者たちの気持ちに答える事は出来ないはずだ。

 そしてもう一つの不安要素が……。

「カナセ君、コリンが上がったから、今度お風呂に入ってくれる?」

 専任秘書官の呼び掛ける声が聞こえた。

 その声に頭の中を覆っていた不安要素が思考の片隅に押し込められる。

「ああ、先に入ってくれ。俺は後で入るから……」

 カナセが何気なく答えた。

 しかしクレアの声を聞いてもカナセの表情ははどこか浮かない顔だ。

 それに秘書官は敏感に気付く。

「何かあったの? 考え事?」

「ああ、大した事無いさ……。その、作戦が近いだろ? だから気持ちの方も色々と整理しとかないといけないかな、って思っただけ」

「気持ちの整理か……。そうよね、遂に始まるんだもんね」

 カナセの言い方にクレアも答える。

 始まるとは無論、大攻勢の事だ。

「そうだな。デニスやメイヴィス達はもう動き出している。八ヶ国同盟も参加するから久しぶりの大戦になる」

「奇襲作戦なのに決定から実行まで随分、時間が掛かったわね」

「最終決戦だからな。物も金も動く量が今までとは桁が違う」

「カナセ君も戦線に立つのよね?」

「当然だ。作戦開始の狼煙を自分の手で上げるんだ」

「責任重大ね」

「総帥として仕事を果たすだけさ。それに皆が戦っているのに俺だけ後ろに居るってのは性に合わない」

「フフ……、勇ましい事で」

 今から意気込むカナセを眺めながらクレアが笑う。

「じゃあ、お先にお湯を貰うわね」

「どうぞ」

「それと気持ちの整理も今のうちにね」

 そう言い残してクレアは浴室へと向かって行った。

 暫くしてシャワーのお湯が床のタイルを洗う音が聞こえてきた。

 無数の穴の開いたシャワーノズルからお湯が吐き出され、クレアの真珠の様な美しい肌を清めていった。

 豊満な白い双丘を、尻肉にすぼまった可憐な菊花を、カナセ以外の男には見せた事のない秘所の花弁を熱いお湯で洗い流していく。

 そんなクレアも無論、大攻勢には参加する気でいた。

 秘書官として、そして恋人としての義務だと意気込んでいた。

 そして自分自身にとって、この長き戦いに終止符を打つための禊だと心に留めていた。

「私もカナセ君に負けない様に頑張らなくちゃ」

 クレアは頭からお湯を浴びながら気持ちを高めていく。

 しかし、そんな彼女の浴びるシャワーの浴びる音を聞きながらカナセはつぶやく。

「やっぱり、きちんと言わなきゃだな。クレアの言った通り、やり残しちゃ駄目だ」

 それを大攻勢が始まる前に白黒付けねばならない。

「けど、絶対に拒絶されるよな……」

 恐らく結果は目に見えて居る。

 それでも伝えなければならない。例えそれが悪い結果になったとしても……。

 カナセの気持ちが急に緊張で強張る。


 そんなふたりの思いが渦巻く中、突然、屋敷の外で幾つもの銃声が聞こえた。

 そして壁に掛けてあった数個のランプの一つが点灯した。

 それはカナセ達が屋敷の周囲に仕掛けたタレットが何かに反応した音と光の合図だった。

「番犬が何かを撃った?」

 カナセとクレアが互いに離れた場所から同時に反応した。

 銃声はまだ聞こえている。

 クレアは慌てて風呂場から出ると濡れた体のままバスローブを纏った。

 カナセも執務室の鍵を締めると廊下へと出る。

「カナセ、師匠!」

 階段からコリンが駆け降りて来る。

 コリンの手には既に二本のサーベルが握られていた。

「コリン、正面を固めろ! ギギは?」

「とっくに逃げたよ!」

「よし! クレアは裏口に! 俺は居間に立てこもる!」

 カナセが傍にあった箒を拾い上げクレアに渡すと、三人が配置に着いた。

 既にブレーカーが落とされ屋敷の中は真っ暗だ。

 カナセは腰を屈めながら居間の窓から外の様子を伺った。

 右手には閃撃来煌丸が握られている。

 外の闇夜が流れ込み、屋敷内を暗く浸食する。

 侵入者の姿は見えない。

 カナセは発砲のあったタレットの方を見る。

「まだコアの反応は残ってる……」

 しかしタレットだけが壊され、突破された可能性だってある。

「奴等どこだ? どこに居やがる……」

 喉の奥が緊張で乾く。

 ここの屋敷が敵の襲撃を受けたのはこれが初めてだった。

 言うなれば敵はカナセの居場所をやっと見つけた事になる。

「問題はその「敵」がどちらかだ……」

 そんな中、居間と部屋続きの台所でクレアが無言のまま手振りを示した。

 電話の受話器を耳に当てているポーズに見える。

 どうやら今のうちにデニスとメイヴィス達に応援を頼めを言っているらしかった。

 カナセはクレアの助言に従い居間に設置してあった電話を手に取るとダイヤルを回した。

 電話はダイヤルが戻る際の音が出ない様に改造されていた特別性だった。

 非常回線にはすぐに繋がった。

「もしもし、カナセ君?」

 電話の向こうから出たのはメイヴィスだった。

 カナセは小声で話す。

「俺だ、カナセだ。敵に屋敷を囲まれてる。数は不明、今すぐ救援を求む」

「囲まれてるって……判ったわ、大至急、デニスとそっちに行く。それまで頑張……」

 しかし電話でのやり取りが終わる前に敵が攻撃を仕掛けて来た。

 居間の窓ガラスが窓枠ごと割れ、闇夜より漆黒の人影が飛び込んでくる。

 その手にはナイフ! 

 接敵の瞬間、カナセの体が反応した。

 カナセが電話機を丸ごと侵入者に向かって投げつける。

 人影は易々と電話機を払い除けると抜き身で襲い掛った。

 しかし電話機はカナセに体勢を立て直すだけの時間を与えた。

 カナセが来煌丸を翳し迎え撃つ。

「エヤァアアアアアア!」

 カナセが叫ぶ!

 一瞬の交錯!

 しかし互いの間合いが近すぎる。

 両者の得物は肩透かしに会い、逆にカナセと暗殺者の体がもつれ合う。

 カナセの上に暗殺者が覆い被さる形で床に倒れた。

 倒れた直後、眼前にナイフの先端が迫る。

 しかしカナセも相手の腕を取って切っ先を必死に防ぐ。

 切っ先はカナセの頭部を貫こうとジリジリと迫る。

 銀色のナイフの刃が僅かな星灯りの下で鈍い輝きを見せる。

 カナセにも来煌丸と呼ぶ必殺の愛剣があった。

 この距離からなら暗殺者など一撃で葬れるはずだ。

 だが暗殺者ともつれ合った瞬間、カナセの手から来煌丸は一瞬で消えた。

 それでもカナセの右手は失った来煌丸を探そうと必死に藻掻く。

 命懸けの力比べの中、カナセに絶体絶命の危機が迫る。

「カナセ君!」

 そんなカナセを前にクレアが手にしていた箒を掲げた。

 この距離でマギアフレイムを放てばそれでカナセを救う事が出来る。

 だが箒の柄を翳した瞬間、クレアの両腕が震え出す。

 喉が強張り、魔煌を込めた呪文が喉から出ない。

 その状態をクレア自身が絶句した。

 このままではカナセが助けられない。

「何やってんの、カナセ!」

 異変に気付いたコリンが居間に雪崩れ込んできた。

 コリンは腰に下げた二本のサーベルを抜刀しカナセの上に圧し掛かる暗殺者を一瞬で切り捨てた。

「うぐあぁぁああぁぁぁぁ……」

 黒づくめの暗殺者から悲鳴が上がった。

 直後にカナセが相手を払い除ける。

 男は床の上で背筋を逸らしながらあえなく絶命した。

 しかし襲撃はここからが本番だった。

 更に窓の方から新手の暗殺者達がふたり飛び込んでくると、体を起こそうとするカナセに襲い掛かる。

「禍つ青き光の滅却を!」

「フレイムウォール!」

 全く違う方向から声が重なる。

 カナセの目の前に炎の壁が立ち塞がり室内を明るく照らした。

 壁を作ったのはクレアの魔煌技だ。

 炎の壁は暗殺者の行く手を阻む。

 同時に室内の装飾に炎が燃え移り、そのまま広がった。

「クレア、コリン! 裏口から脱出だ!」

 床に落ちていた来煌丸を拾い上げながらカナセが二人に指示を出すと三人は屋敷から脱出した。

 背後では瞬く間に屋敷が炎に包まれる。

「ああ、カナセ……屋敷が燃えちゃうよ」

「良いから走れ!」

 茫然とするコリンをカナセがせっつく。

 屋敷を後にした三人は深夜の森の中を駆けていった。

 暫く森の中を走るとクレアが答えた。

「箒に乗って。コリンの体重なら三人でも運べるはずよ」

 三人は箒に跨ると体はみるみるうちに空に向かって上昇した。

 しかし箒は数メートルも飛ばないうちに鬱蒼と張り巡らされた無数の枝葉に接触した。

「きゃああああ!」

 行き場を失った箒は瞬く間に高度を落とし枯れ葉の上へと不時着した。

「痛った~い」

「駄目だ、頭の上を枝に塞がれて、飛べたもんじゃ無い」

 同時にそれは森の中での箒の移動が困難な事を意味した。

 更に三人の脱出失敗はすぐに暗殺者の知る所となった。

「全員、火器の使用を許可するで御座います! 援軍が来る前にケリを着けるで御座います! 相手は忌まわしきロータスの魔女の弟子! 禍つ青き光の滅却を!」

 暗殺団のリーダーらしき男が指示を飛ばすと早速、第2ラウンドが始まった。

 今度は森の中での迎撃戦だ。

 魔煌技を展開するクレアを中心にカナセとコリンが剣を構える。

 そんな中、暗殺者はナイフから拳銃に持ち替え発砲した。

 しかしクレアの展開する魔煌障壁が全てを弾き返すと瞬く間に弾切れを起こす。

 同時に発砲音は敵の位置を教えてくれた。

 機を見計らってコリンが前に出て斬り掛る。

 木々が立ち並ぶ狭い森の中を滑らかに進むコリンの太刀筋は適格だ。

 一方、森の中を素早く動く小さな体を暗殺者は捕らえる事が出来ない。

 コリンは次々と暗殺者達を切り捨てていく。

 障害物の多い暗闇の森の中でコリンは無敵の剣士だった。

「カナセ、こいつら思っていた以上に素人だよ」

 粗方、周囲の敵を切り倒したコリンがふたりに向かって叫ぶ。

 それを聞いてカナセは頷いた。

「禍つ青き光の滅却を」

 その一言で暗殺者の正体は判明していた。

「あいつ等、審判の会か!」

 なら実態は有象無象の寄り集まった、仲良し倶楽部の素人集団だ。

 全員がシラッセルの様に戦闘に精通しているとは限らない。

 ならコリンに安易に切り捨てられて当然だった。

「けど、油断は出来ない。このまま移動しよう」

「移動ってどっち?」

「こっちだ。俺にいい考えがある」

 そう答えるとカナセは森の奥を指差した。

 三人は屋敷を後に森の奥へと進んでいった。

「嗚呼、屋敷が燃えるわ……私のせいよね」

 クレアは燃え続ける屋敷を遠目に見ながら悲しそうにつぶやく。

「仕方ないさ。俺達は戦ってるんだ。こんな事だって起きる」

「でもあそこはベス先生の研究施設だった場所よ。それに写本も置いたままだわ」

「そんな事よりも今は無事にここから脱出する事が先決だ。その事を第一に考えよう」

 そう言ってカナセは落胆するクレアを慰めた。

 やがて三人は森の奥へと辿り着いた。

 そこは背後に抉られた様な横長の自然のくぼ地があり、天然の塹壕の機能を為していた。

 三人はくぼみ地に伏せ暗殺者達の出方を待つ。

「カナセ、相手の位置や数は判る?」

「いいや、判らない。あいつら魔煌具の類の物は持ってきていないみたいでコアの反応がない」

「それって審判の会だって事と関係するのかな」

「かもな。根本的に魔煌の存在を嫌っている様な連中だからな」

 もしくはカナセの魔煌探針の能力を警戒してかの事か。

 恐らくそちらの公算の方が大きい。

「どっちにしたって迷惑な連中だね……」

 コリンが溜息を吐く。

 やがて残りの暗殺者達がカナセ達の居る森の奥へと辿り着いた。

 だが戦闘はそこで早速、集結した。

 何故なら暗殺者が立ち入った途端、くぼ地の傍に設置されていた警戒用タレットが反応したのだ。

 闇夜で認識登録のされていない人間をタレットに搭載されていた機銃が盛大に撃ち抜く。

 銃撃を受けた暗殺者達はバタバタと倒れ、森の中でモノ言わぬ骸に変わっていった。

「よし、狙い通りだ」

 作戦が狙い通りに進んだ事にカナセが拳を握る。

 そして銃撃から這う這うの体で逃げる輩を見つければカナセとコリンが背後から素早く斬りかかった。

「禍つ青き光の滅却を……」

 切り伏せた暗殺者の一人から遺言の様に言葉が漏れた。

 だがその声が彼等の慕う神に届いたかは定かではない。

 しかし戦闘の終盤になって思わぬ事態が待ち構えていた。

「キャアアアアアア!」

 追撃の最中、くぼ地の方から悲鳴が聞こえた。

 くぼ地には身を隠していたクレアが居たはずだ。

「クレア!」

「師匠!」

 二人はすぐにくぼ地へと引き返すと銃声が聞こえた。

 カナセが慌ててくぼ地へと飛び込む。

 そこは暗殺者と魔煌障壁を張るクレアが鉢合わせした現場だった。

「このぉ!」

 カナセが来煌丸から光弾を発砲した。

「ぎゃ!」

 光弾は左肩の一部を切り裂き、暗殺者は悲鳴を上げながら逃走する。

「口惜しや、薬の魔女を倒して留飲を下げようと思いましたが、相手の方が一枚上手でありましたで御座います!」

 そう捨て台詞を残しながら最後の暗殺者は森の奥へと消えていった。

 暗殺者を撃退したカナセがクレアの下に駆け寄る。

「クレア、怪我は?」

「ええ、大丈夫。弾は障壁で弾いたから……」

 そのクレアからの一言にカナセは胸を撫で下ろす。

 やがて暗殺団を一掃するとカナセ達は森の中の屋敷へと戻っていった。

 屋敷は今も煌々と光を放ちながら炎上していた。

「ああ……ベス先生のお屋敷が……」

「焼けちゃってるね」

 文字通りの全焼だった。ここに来て買い足した家具類も気分転換に買ったモーターグライダーもカナセ達の足として活躍してくれた小さなバンもヨシュアから届いたトギスからの手紙もエルマから貰ったミスラ写本の全てが炎の中に呑まれていった。

「私のせいだわ……私が不用意に室内で炎の壁なんか作ったから……」

「クレア、もういいって言ってるだろ。仕方なかった。悪いのはアイツらだよ」

 何時までも嘆き続けるクレアをカナセが慰め続けた。

「お前等~ギギを置いて逃げるとは酷いギギ!」

 森の中で身を隠していたギギがカナセ達と合流した。

「ギギも大丈夫だったか?」

「何とか無事ギギ。しかし火事が起きるなら前もって伝えるギギ!」

「悪かったな。何もかも突然だった」

 やがてメイヴィスのブルーオーシャンが到着し遅れてデニスも到着した。

「こりゃ酷ぇ」

「三人とも無事だった? 怪我はない?」

「ああ、大丈夫だよ」

「早速だが移動しよう。新しい隠れ家は用意してある」

 三人はデニスのガーネット・メイルに乗るとそのまま隠れ家のひとつへと送られた。

 隠れ家は10㎞ほど北西にあるドゥーイと呼ばれる街にある一軒家だった。

 屋内では最低限の家具類だけが置かれていた。

 その中の小さなソファにコリンが体を沈めると疲れたのか、ギギを抱きながらそのまま眠ってしまった。

「ご苦労様、コリン。そのままお休み……」

 クレアは眠ってしまった弟子の髪を優しく撫でる。

 そんな中、カナセがクレアに向かって言った。

「クレア、ちょっと来てくれないか」

 そう言うとカナセは隣の部屋の寝室に招き入れた。

 カナセは寝室にあった椅子に腰掛ける。

 そして傍にあったベッドに座る様に促した。

 そんな彼を見てクレアは戸惑いを見せた。

「カナセ君、私、今はそんな気分じゃないわ……」

「俺だってそうだよ」

 するとカナセも待って居た様に答える。

 そして次の一言でクレアを驚かせた。 

「悪いけど、クレア。大攻勢はコリンと一緒に外れてくれ。後方で待機していてほしい」

 カナセの突然の申し出にクレアは耳を疑った。

「ちょっと、言っている意味が判らないわ……」

「言った通りだ。前線に出ないでくれ」

 はっきりと答えるカナセの言葉にクレアは困惑する。

 今日まで一緒に戦って来て、今更何を言い出すのだというのだ。

「どうしてそんな事、急に言うの? コリンは判るわ! あの子には今度の作戦は荷が重すぎるって。でも何で私まで?」

「はっきり言って今回の作戦は本当にヤバいんだ。ギップ・フェルなんて比じゃない位の戦闘になる。そんな中に君を放り込みたくない」

「それこそ無用な心配だわ。全然へっちゃらよ。むしろ私はあなたよりも戦場で場数を踏んでいるのよ。あなたが考えている様な危険なんて無いわ」

「本当にそうか?」

「そうかって、どういう事?」

「どうって……。クレア、ロータスに戻って来てから何か変だ」

「変って? どう変なの?」

「戦ってるのを怖がってる」

「そんな事、無いわ。私はちゃんと戦えてるわ。それは一番傍にいるあなたが見てるでしょ?」

 カナセからの返答にクレアは思わず言い返す。

「ああ、見てるよ。見ている俺が言ってるんだから間違いない」

「そんな……。じゃあ、私がどう怖がっているって言うの?!」

 納得いかないクレアが向きになる。

「じゃあ、さっきの森の中での戦闘は何だったんだ?」

「何って、確かに私はフレイムウォールで失敗はしたわ……」

「違うよ、そっちじゃない。敵と真正面から対峙した時だ。俺にはクレアの動きが岩の様に固まって見えた。それが二回もだ。マギアフレイムだって撃てたはずだ。なのにそうはせず躊躇した」

「そんな、嘘よ……」

「嘘じゃない。それも今回だけじゃない。俺達がファイタスの身回りをしてた時、ウラ鉄の爆撃機に向かって同じ様に躊躇ってた。コリンも同じ様に見えたって言ってたんだ」

「……」

 カナセの言葉にクレアは何も言えなくなる。

 確かにカナセの言った事は事実だった。

 クレアは最近、敵を前にすると体が固くなって何も出来なくなる。

 それは本人も自覚していた。

「いったいどうしちまったんだ?」

「……」

「それもヨシュアから戻って来てからだ!」

「それは……」

 クレアはカナセから目を背ける。

 しかし逃げようとするクレアをカナセは執拗に問い詰める。

「クレア、言ってくれ。大事な事だ。ヨシュアに帰っている間に何かあったんじゃないか?」

「……」

「クレア!」

「カナセ君……」

「なに?」

「そこまでいうのなら話すけど……私の事、嫌いにならないでね」

「なる訳、無いだろ。今更!」

 そう答えたカナセの顔は真剣だった。

 珍しくクレアに強く当たるのも結局は彼女を愛するが故の裏返しの行為だ。

 そんなカナセの気持ちに押される形でクレアは告白した。

「故郷でね……タモン・エニールと再会したわ」

「タモン・エニールだって?」

 カナセは久しぶりに聞くその名前に息を飲む。

 タモン・エニール。忘れたくても忘れられないカナセにとってヨシュアにおける最も醜悪な人物の名前だった。

 その男がクレアと再会したと知った瞬間、カナセは底知れぬ嫌な胸騒ぎを覚える。

「確か奴は病気療養のはずだよな」

「でもエニール家の屋敷から脱走してある事件を起こしたの。魔煌具で変身して組合の魔女を手あたり次第襲うって酷い事件よ」

「もしかしてクレアも襲われたのか?!」

「うん、ミリアもね。でも安心して。私達は何ともなかったわ。魔女の先輩とマリウス少尉に助けられたから」

「マリウスも巻き込まれたのか?!」

「水軍の基地も襲われたからその絡みでね。その事件の最中にミリアの友達は大怪我したのよ。でも、その子も、もう回復してるわ」

「そうか……」

 クレアの説明にカナセは安堵する。

「それでタモンの野郎はどうなった?」

「死んだわ。ボン・エニールさんが撃ち殺したの」

「あのおっさんが!」

 クレアの沈み切った声から出た事実にカナセは驚愕した。

 驚いたのはタモン・エニールが死んだ事ではない。

 どうせ碌な死に方をしない事は判っていた。

 問題はボン・エニールが手を下した事実の方だ。

 タモンほどでは無いがカナセは堅苦しいボン・エニールの事が好きではなかった。

 だが彼が人を殺す様な人間でないくらいは理解出来る。

「きっとエニールさんは同じ家系の人間として事件を清算したかったんだと思うの。あの人にとっては相当の覚悟だったと思うの」

「そんな事が……」

 カナセは事のあらましに絶句する。

 そんな事件にクレアが巻き込まれ、後には思いも依らない結末が待ち構えていた。

 しかし今まで聞いてる分にはクレアが戦えない理由が見えて来ない。

 タモンの死とクレアの不殺にどんな因果があるというのだ。

 会話の無い寝室の中は時が止まった様に静まり返っていた。

 聞こえて来るのは時折、外から聞こえて来る車の通り過ぎる音だけだ。

「けど、それがクレアが敵を倒さないのとどういう関係があるんだ? もしかして目の前でタモンが死んで怖気づいたのか?」

「そうかもしれない。でも本当はもっと違うの」

「違うって?」

「彼が暴走した事の責任の一旦は私にあるわ。私がもう少し、彼に人として向き合ってさえすれば彼はあそこまで酷い事にならなかったと思うの」

「いや、クレア。それは……」

「違わないのよ、カナセ君。これは私の罪よ。彼を追い込んだのは私のせい。それでカナセ君が傷付いたのも私のせい。だから私は彼を、タモン・エニールを今度は助けたいと思ったの。あの時は何も出来なかったけど、今度こそは彼の暴走を話し合う事で止めようと思った。力づくで止めたくなかったの。あの時の事を繰り返したくなかったの。だってそうでしょ? 暴力で本当に納得させられる人なんてこの世には居ないもの。けど結末は最悪なものだった。私が話し合おうとした時は、もう彼は魔煌具の欠陥で人の言葉すら失っていた……」

「……」

「それにね、話し合いは、さっき言った先輩にも止められたわ。人の言葉が通じるウラ鉄と今まで話し合おうとしなかった貴女が彼と何を話すんだってね。それを聞いた瞬間、私は頭を殴られた様な思いがした」

「殴られた?」

「だって本当の事なんですもの。虫が良すぎるわよね、今まで散々、人の上に爆弾を落として来た人間が今更、平和的に話し合いだなんて……。そして私は今度も何も出来なかった。残ったのは怖がりな自分だけ……」

「それがクレアが戦えなくなった原因か……」

「多分、そうだと思う……」

 クレアの暗鬱な声が寝室の中で響く。

「そうよ、私は人の殺せない役立たずな空爆の魔女よ。カナセ君にそう見えるんならきっと、通りよね……」

 言い終えたクレアの瞳には涙が浮かんでいた。

 そんなクレアを眺めながらカナセは黙り込む。

 クレアはタモン・エニールを助けようとした。

 だがそれが叶わなかった反動が戦いの忌避へと無意識に繋がっていった。

 しかしそれを責められる人間がこの世の何処にいるだろうか。

 何故なら人を殺せなくなったクレアは何も間違っていない。

 人が人を殺す行為が本来、誤りなのだ。

 戦争や国土防衛など言い訳でしかない。

 それを曲げてでもクレアは奪われたヨシュアを救うために戦って来た。

 そのクレアの挺身は立派な行為で非難される所はどこにも無い。

 だが彼女の本質は善意の人だ。

 若くして薬の魔女と呼ばれるほど魔煌医学に精通した人だ。

 本来、空から人を殺す空爆の魔女などでは断じてない。

 それどころか爆弾を落とした相手の為に鎮魂の儀を密かに執り行ったり、困っている人が居れば損得も考えずに救いの手を差し伸べる様な人だった。

 現に泥の中に埋まっていた様なカナセを辺境から連れ出し、親身になって面倒を見てくれたではないか。

 そしてこれはカナセの想像に過ぎないが、クレアがタモンを話し合いで止めようとした最大の原因は平和が戻ったヨシュアの光景を目の当たりにした為ではなかろうか。

 平和が戻ったヨシュアを前に彼女は戦う理由を失っていた。

 それはロータスに戻った事で更に鮮明となり、遂には戦争による殺人を反射的に忌避する事となった。

 しかしクレアの心情の変化はただ単に「正常に戻った」だけに過ぎない。

 繰り返しになるが、人が人を殺す思考こそが本来、誤りなのだ。

 そしてカナセは今のクレアの気持ちを何よりも大切にしたかった。

「クレア、やっぱり俺は君を連れて行かない。君はここで留守番だ」

「カナセ君……」

 カナセの冷たく突き放す声にクレアが力なく答える。

「人が殺せない奴を戦場に連れていけると思うか?」

 カナセの言葉にクレアは茫然とする。

「そんな……納得出来ないわ」

「自分でそこまで言っておいて、納得もクソも無いだろ?」

「いいえ、絶対に付いていく……。例え人が殺せなくても、私は薬の魔女よ。幾らでも役に立つわ。そして片時も離れない。死ぬ時は一緒よ……」

「クレア……」

 クレアの言葉にカナセは頭を抱え込む。

 そんなカナセの前にクレアは立ち上がると、その美しい面差しを近付けた。

 二人の瞳が自然と重なる。

「カナセ君、そんな寂しい事言わないで……私達、恋人同士なのよ……」

「これは君の事を思って言ってるんだ……」

「あなたが死んで私だけ一人、残される方がもっと嫌よ。お願い離さないで。ずっと一緒に居させて……」

 クレアがカナセの顔にそっと手を添えると唇を近付けた。

 しかし日の登らない暗い寝室で恋人同士の唇が重なり合う事は無かった。

 カナセはクレアを突き放してひとり椅子から立ち上がった。

 そして背を向けながらクレアに言い放った。

「クレア、君を総統付き秘書官の任から解任する。もうファイタスの事には一切、触らせない。大攻勢にも連れて行かない。判ったな……」

 その瞬間、カナセの背中でクレアの泣く声が聞こえた。

 だがその涙でカナセの意思が揺らぐことはなかった。

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