第19話 精一杯の小戦争
こうしてアヌビアス解放作戦は決行された。
二日後、ルイス達の用意した船でアヌビアスに降り立つと周囲を囲む大堤防の上から干拓地の中を見渡した。
「思ったよりも広いな……」
一見、灌漑用の設備も水田の様相もロータスの干拓地と変わり無かった。
だがルイスの話ではここの面積はロータスの五十分の一しか無く、人口に至っては百分の一、ウラ鉄の支配す開拓地の中でも二番目に小さな干拓地だった。
中にはロータスよりも広い干拓地も存在し、そんな植民干拓地をウラ鉄は二十ヶ国ほど有していた。
凄まじき征服欲。もしもこのままロッゾ・カルが侵略を続ければ、将来的にウラ鉄は“日の沈まない国”になるはずだ。
「そんな事、させてなるものか……」
カナセはファイタスの総統として心の中で改めて誓う。
「カナセ、荷物の積み替えが終わったよ」
コリンがカナセを呼びに来た。
ここからは水路を移動する小型の平底船に乗り換えだ。
淡海を移動してきた船では流石に大きすぎて目立つとの事だ。
カナセが乗船すると平底船は真っ直ぐな水路を走り出した。
搭乗者はカナセにクレア、コリン、ルイス、ジャンの三名でジャンが舵を取っていた。
これからルイスの集めた義勇兵と会いに行き、その後、グロッキー・バミンが居座る駐屯地を攻撃する予定だ。
常に時間の圧される中での作戦だ。しかも今回は66委員会所かメイヴィス達にも知らせていない。
カナセは走る船の上から水田を眺めた。
既に稲の刈り取りは終わっていた。
だが見ていて気になったのは刈り取り跡に溜まった大量の水だった。
お陰で水田は秋の終わりにも関わらず水が張られた田植え前の様に見えた。
「どこもかしこも、まるで湿地帯か沼みたいだ……」
「気になりますか?」
カナセのつぶやきにルイスが反応した。
「まだ何かこれから植えるのか?」
「いいえ、もう今年は終わりです。春まで何も植えません」
「じゃあ、何で排水せず水が溜まってるんだ?」
「はっきり言えば干拓地の排水機能が充分では無いのです」
「もしかして大型のコアをウラ鉄に接収されて、小型のコア・モーターのポンプで排水してるんじゃないのか?」
「それならまだマシな方です。実際はその小型のコアまで取り上げられ、ここの住人は昔ながらの風車を使うか、人力で汲み上げるしかありません。でもそれも充分ではなく田畑は泥濘に変わり、耕作の際は泥の中に腰まで浸かって働かなければなりません」
「それは酷い……」
「それをアヌビアスの国民は40年以上続けているのです」
ルイスの言葉にカナセは息を飲む。
ウラ鉄に支配されているだけでここの人々は必要のない辛酸を舐めさせられているのだ。
「だったら今回の戦いで何としてもグロッキーって野郎を叩かなかならないな」
「是が非でも。その為には我ら一丸となって乗り越えねばなりません」
そう言葉を交わし合いながらカナセはアヌビアス解放の決意を新たにした。
一方、二人の会話を聞いていたジャンが不意に顔を背けた。
だがそれに平底船の中で気付く者は誰一人居なかった。
やがて平底船は義勇軍との接触地点に到着した。
そこは水路の貯水池で平底船が集結していた。
人数は30人ほど。皆、平底船の上に小口径の銃火器や刃物を置いていた。
だが最初のルイスの話では義勇兵の数は50人のはずだったが……。
「ルイス、ジャン!」
平底船の群れから一人の男が飛び出した。
「アレクシス! よく来てくれたな」
「お前等こそ、あっちで出世したらしいな」
ルイスとジャンが船の上から男に歩み寄る。
ルイスは直ぐにカナセ達をアレクシスに紹介した。
「スカルゴンのリーダーのアレクシス。自分の昔からの仲間だ。こちらは今回、一緒に戦ってくれる、ザック・オリバー」
「よろしく」
「よろしく、ザックだ」
カナセは偽名でアレクシスに名乗った。
「アンタ、マギライダーだって?」
「ああ、こっちは医者のランファ、そんで小さいのがジル。俺とジルがマギライダーだ」
「小さいは余計だよ、ザック」
コリンもカナセと偽名で呼び合う。
そんな偽の傭兵隊をアレクシスはまじまじと眺めると軽薄な笑みを浮かべた。
「へえ、別嬪のお医者様だ。そこにマギライダーが4人か。こいつぁ、ガッポリ稼げそうだ」
「そんな事より、アレクシス」
ルイスが本題に入る。
「聞いていたより人数が少ないみたいだが」
「ああ、声は掛けたんだが、どいつもこいつも家を空けてるんだ」
「家を空けてる?」
「出稼ぎだよ。農閑期が重なって他の所に働きに行ってるんだよ」
そう言いながらアレクシスは頭を掻いた。
「働きにって……」
流石にカナセは不審に思う。
今回の作戦はアヌビアス解放の大事な作戦のはずだ。
なのに出稼ぎを優先して作戦に参加しないというのは、理由として軽すぎないか?
それに最初に言った「稼げそうだ」という発言、カナセはスカルゴンという義勇軍に違和感を覚える。
「おい、ルイスちょっと……」
カナセがルイスに疑問をぶつけようとする。
だが今度は別の方向からボートがやって来てカナセの質問を遮った。
「ジャン!」
ボートから女の声が聞こえた後、カナセ達の前で停まる。
乗っていたのは30半ばの女性だった。
「姉貴!」
先ほどまで黙ったままでいたジャンが声を上げた。
「どうして、ここに来たんだ!」
「だって待ちきれなくて……」
「判ってるさ。だから仕事が終わったら直ぐにそっちに向かうから」
「そんな……。今朝からあまり良く無いのよ」
何か込み入った事情がある様だが、カナセ達が口を挟める雰囲気ではない。
「じゃあ、ザック。早速、行こうか」
「ああ、俺達は構わないけど……」
そう言いながらカナセはジャンの方を見る。ジャンは今も何やら取り込み中の様だ。
「ジャン、そろそろ時間だ。オリビアもいい加減、離れてやってくれ。大丈夫、約束は必ず守るから」
「けどルイス……」
「行くぞ、アレクシス!」
ルイスが強引にジャンをオリビアから引き剥がすとスカルゴンに出発を促した。
「よし、出発!」
アレクシスの合図で一行は動き出した。
オリビアは集合地点に一人残されたままだった。
三十五人からなる集団が貯水池の上を移動する。
隊からは笑い声や話し声が聞こえ、まるでピクニック気分だ。
「カナセ君、ちょっと……」
水路を走り続ける平底船の上でクレアがカナセに耳打ちする。
「何かおかしくない?」
「おかしい?」
「彼等の事よ。何か変」
「やっぱりクレアもそう思うか?」
クレアもカナセ同様、スカルゴンに同じ様な違和感を感じていた。
とにかく、スカルゴンの義勇兵達は陽気が明るかった。
まるで緊張感を感じずとてもこれからウラ鉄の駐屯地に攻め込む様な気分とは思えない。
彼等からは戦う気構えを感じないのだ。
本当に一時、鍬から銃器に持ち替えただけの農民か市民にしか見えない。
「こんなんで戦えるのか?」
余りにも気の抜けた雰囲気にカナセ達は心配になる。
そして気になるのは彼等が平底船に置いていた大きな鞄や袋だった。中には鞄を二つも三つも積み込んでいる者もいる。
そして鞄には何かが積み込まれている感じがしない。
「こんな兵隊は初めてだ……」
連中は本当にピクニックにでも行こうとしているのか?
「どうするの、カナセ君?」
クレアも同じ様に疑問を感じていたのだ。
「どするって、もう引き返す事も出来ないよ」
文字通り乗り掛かった船だ。最後まで付き合うしかない。
そして暫く水路を走っている内に一行はウラ鉄の駐屯地に到着した。
着いた頃には周囲は暗くなっていた。
駐屯地は干拓地のほぼ中央、四方を水路に囲まれた広大な敷地の上に立っていた。
敷地内は盛土によって完全に水抜きされ、司令部と兵舎、そして水路に横付けにされた車両倉庫が幾棟も並んでいた。
「おいおい、ちょっと待てよ!」
カナセは驚きで声を上げそうになる。
とても目の前の施設が混成中隊規模の施設には見えなかったからだ。
「話が違うぜ、明らかに大隊規模の駐屯地じゃないか!」
こればかりはカナセも言わずには居られない。
「確かに外観は大隊駐屯地ですが実態は中隊以下の部隊しか詰めていないはずです」
「はずって、信じて良いんだよな」
ルイスの物言いに流石にカナセも不安になる。
そうでなくてもここに来てからルイスの話はそこかしこでチグハグな所が浮かび上がっているのだ。
だが次のアレクシスの一言でその歪さが遂に形となって現れる。
「おい、ルイス。獲物は変更だ」
「変更だって?」
「さっき仲間から連絡が入った。ここから北に4㎞ほど行った所でウラ鉄のコンボイが出たってよ。悪いけど俺達はそっちを襲う」
アレクシスの身勝手な言葉にカナセ達は唖然とする。
「待て、アレクシス。勝手に動くな!」
「そんなお宝を前に待ってられるかよ!」
言うが早いか義勇軍スカルゴンはルイスの指示を無視して北へと進んだ。
三十隻の小舟が水路の上を走り去っていく。
その身勝手さにカナセも声を上げざる得ない。
「どういう事だ、ルイス! 作戦はどうなっている!」
「そ、それは……」
カナセが問い詰めると流石にルイスも答えに窮す。
「とにかく、アレクシス達を追うぞ。放って置く訳にはいかない」
そう答えたのはジャンだった。
「おい、ちょっと!」
カナセの話が終わる前に皆を乗せた平底船が動き出す。
後はスカルゴンの後を追う様にジャンが舵を北に切った。
カナセ達が到着していた頃には既に戦いは始まっていた。
「いやっほう! ウラ鉄は殺せ殺せぇ! ここの一番の稼ぎは俺達がいただくぜぇ!」
コンボイとは十隻ほどの隊列を組んで大水路を進む貨物船の船団だった。
そこに三十隻の小型艇が群がり、左右から機銃を浴びせ掛けていた。
先頭の貨物船は既に舵を壊され動けなくなっていた。
そのせいでコンボイは闇夜で立ち往生となり、後はスカルゴンの群れに為すがまま食い荒らされるだけの状態になっていた。
コンボイの船員達が逃げる様に水路の中に飛び込む。
だがスカルゴンは彼等には目も繰れず自分達の平底船を貨物船に横付けすると、そのまま低い乾舷を乗り越えた。
「うひょー、お宝の山だぁ!」
貨物船の中から男達の歓声が聞こえた。
そして貨物船の積み荷を解くと自分達の平底船に次々と乗せていく。
平底船の上は瞬く間に食料の入った麻袋や、機械類や嗜好品の入った木箱で一杯になっていった。
そして最後に自分達が背負っていた鞄の中にも大量の物資をはち切れんばかりに詰め込んでいった。
「なんてこった……」
その光景を目の当たりにしながらカナセ達は茫然とした。
その情景はもはや解放の為の戦闘ではない。
単なる海賊の略奪現場だ。
「おい、ルイス! これは一体、どういう事だ! こっちは盗人の手伝いでここに来たんじゃないぞ!」
カナセは堪え切れずに問い質した。
自分達はアヌビアスをウラ鉄の圧政から救い出す為にここにやって来たのだ。
コンボイを襲って海賊まがいの行為をする為ではない。
「それは、その……」
しかしルイスは言葉を濁すばかりではっきり答えようとはしない。
そんな中、カナセ達の背後から発砲音が聞こえた。
コンボイの奇襲を聞きつけたウラ鉄駐屯軍が現場に駆け付けたのだ。
「うぎゃあああああ!」
砲撃を受けたスカルゴンから悲鳴が上がった。
盗品を満載した数隻の平底船が榴弾の着弾と同時に吹き飛ばされる。
カナセは砲弾が飛んできた方を凝視した。
そこには水浸しになった田畑の上を四十隻を超える大小様々なホバークラフトがこちらに向け驀進していた。
「こいつぁ、エライ事になって来たぞ……」
カナセはホバークラフトの大部隊を前に息を飲む。
「ルイス、このまま撤退だ。あんな数、真面に相手出来ない」
「判りました! 今、信号弾を……」
「そんなの、もう間に合わないよ! あいつらもうここまで来てる!」
コリンの言った通りだった。敵の水上部隊は電光石火の速さで既にコンボイの傍にまで迫っていた。
そして容赦なくスカルゴンに砲撃を浴びせる。
その威力に翻弄され逃げるのも儘ならない。
「どうすんのさ! 今、逃げたらスカルゴンが全滅しちゃうよ」
「判った。クレア、一緒に来てくれ。箒で貨物船に取り付く。皆を逃がす為に時間稼ぎを……」
「そんなの絶対にダメよ!」
カナセの指示をクレアが真っ先に反対した。
「あなたは今はファイタスの総統なのよ! こんな所で危険な目に会わせる訳にはいかないわ!」
「けど、今、彼等を見捨てる訳には……」
「自分が行きます」
そう答えたのはジャン・フランドルだった。
「ルイス、舵を代わってくれ。閣下を安全な場所にお連れするんだ。クレアさん、悪いが自分を貨物船まで連れて行って下さい。自分が囮になる」
しかし敵は圧倒的に優勢だ。行けば囮役の脱出のチャンスは限りなく低い。
「それこそ駄目た! お前が行ってどうする?」
だがそんなジャンの決意を今度はルイスが止めた。
「お前が行くくらいだったら俺が行くよ! お前に何かあったら、それこそここに帰って来た意味がなくなる!」
「しかし! これは俺の捲いた種だ!」
そう言ってジャンは聞かない。
だが船上の言い争いはこの後、突然中断させられた。
敵の放った砲弾の一つがカナセ達の平底船の傍に着弾したのだ。
着弾の衝撃は水面をかき回し、船は大きくバランスを崩す。
「うわあああああ!」
甲板上で中腰になっていたカナセが振り落とされる形で水面へと落ちた
「カナセ君!」
クレアがすぐさま箒で飛び立つと水面から顔を出したカナセを掬い上げる。
「大丈夫?」
「うん……」
カナセは両手で箒の柄に掴み掛かった。
幸い、怪我はどこにもない。
しかし今度はカナセ達と平底船の間に敵のホバークラフトの一隻が割って入ってきた。
ホバークラフトは全長12m、大型の銃火器で武装していた。
「クレア、逃げろ!」
「了解!」
クレアはカナセをぶらさげたまま箒を飛ばした。
カナセは箒の柄にしがみ付くので精一杯で何も出来ない。
箒は水面スレスレを飛びながらホバークラフトの銃撃を避けていく。
そして他のホバークラフトの影に入ると射線を遮った。
クレアは敵を盾にしながら上昇すると戦場を俯瞰する。
「駄目だわ。もう手が付けられない」
既に駐屯軍からの逆襲を浴びたスカルゴンは散り散りになり助ける事も出来なかった。
既に戦いの勝敗は決していたのだ。
「カナセ君、撤退するわ」
クレアは箒を反転させると戦場から離れていく。
戦闘は数と装備に勝るウラ鉄側の完勝に終わった。
しかし今回の戦いはとても戦闘と呼べる物ではなかった。




