第16話 葬送
シラッセルから逃げおおせたカナセはその日のうちにゴディバを後にした。
失った物は大きかった。
モンベル兵団の総司令官の戦死の影響は計り知れない。
それをカナセは数日後に行われた本人の葬儀で改めて思い知る事になる。
葬儀は盛大に開催された。
何より彼の死を悼む参列者の数に驚かされた。
会場に集まったその数、およそ1万人。
死者と最期の別れを済ませようとする行列は葬儀会場をはみ出し通りの遥か向こうまで続いていた。
カナセは自身が行った演説の時の数倍の参列者の前でファイタスの総帥として弔辞を述べると、自分の命を守り抜いてくれたあの老人の勇気を最大の哀悼と敬意を示し、最後にウラ鉄と戦い抜き勝利する事を約束した。
しかしこれほどの葬儀の中で一つだけ欠けているものがあった。
それは本人の遺体だ。
団長の亡骸は今、敵地ゴディバにある。
結果、ユピテル神の本尊と共に置かれた壇上の棺は空のまま掲げられていた。
その口惜しさに誰もが悔やんだ。
やがて葬送の空砲が鳴り響く中、空の棺は参列者の前で厳かに運ばれていった。
遺体はアコンゲルと兵団が必ず回収を行うを宣言したが、それが叶う日は未だ訪れない。
葬儀がひと段落するとカナセはクレアを伴いながら関係者との挨拶に回った。
その中にはゴッペル先生の姿も居た。
「先生……」
カナセが声を掛けると先生は長年、戦っていた戦友との別れに大きく溜息を付く
「だから私は言ったのだよ。年寄りの冷や水じゃと……」
カナセの前で先生は沈痛な面差しを浮かべた。
そんな先生を見てカナセの表情も沈む。
しかし先生はカナセの前でこういった。
「総統。お前さんが気に病む事はないぞ。むしろ戦場で死ねたのだ。奴にとっては本望かもしれん。それにお前さんの盾となるという約束を果したのだ。よくぞ、あっぱれな死に様と思ってやってくれ……」
「は、はい……」
カナセは力なく答えた。
先生は続ける。
「しかし大変なのはこれからじゃぞ。奴が居なくなったせいで、モンベル兵団の中で動揺が広がって居る。中にはファイタスから離脱しようとする者も居る。それを我々の手で食い止めねばならん。お前さんにはその為に動き回って貰わねばならん。離れそうになった皆の気持ちをお前さんの力でつなぎ留めねばならん。覚悟しといてくれ……」
それだけ伝えると先生はカナセの元から離れていった。
カナセの表情も暗いままだ。
それに団長は生前に残した言葉が脳裏に引っ掛ていた。
ゴッペルは信用ならない男だ。団長はカナセに再三忠告していた。
しかし今のカナセはファイタスの実質ナンバー1のあの老人を信じる他ない。
「カナセ君。大丈夫? 少し休ませてもらう?」
心配気にクレアが声を掛ける。
「いいや、大丈夫だよ。こういう時こそしっかりしなきゃ」
そう言って強がってみせた。
そして先生の最後の言葉は耳が痛い。
団長戦死の影響で離反者が出るという話は想像が付いた。
離反は皆、団長を思い余っての行動とは思うが無論、それを食い止めるのは総統としてのカナセの仕事だった。
「クレア、兵団の勢力圏で離反者の噂は?」
「まだここまで聞こえては来ないわ」
「だったら明日から兵団の中を回って話し合っていく。出来るだけ先手を打って離反者をなるべく出さない様にしていこう。その為の大まかな計画を明日の朝までに立ててくれないか?」
「了解しました、総統閣下。団長の出身地域を重点的に回っていきましょう」
クレアはカナセを肩書で呼んだ。
それは総統の秘書として自分の気を引き締めていく意味もあった。
恐らくこれは反抗作戦の前の最後の正念場となるはずだ。
クレアの表情も固くなる。
そんな中、カナセは会場である人物を見付けた。
ライカ・アコンゲルだった。
彼女も葬儀に参列していた。同時にアコンゲルのリーダーがゴディバを離れたのは数年ぶりの出来事だった。
それに下層界の大沈下によってアコンゲルは多大なダメージを受けた。
大勢の仲間とその家族を失った。
そこを圧して彼女はカナセの前に現れたのだ。
そして祖父から自分に代替えした事も正式に発表した。
「よく来てくれたな……」
挨拶がてらカナセは大河川を超えて来たライカを労う。
「カナセ・コウヤ。アコンゲルのリーダーとして私達の組織の決定を伝えるわ」
ライカの口調は改まったものだった。
「私達、アコンゲルはあなたをリーダーと認めファイタスの一員として命を賭けて戦う事を誓うわ」
その力強い言葉にカナセも胸の中が熱くなる。
「団長の思いに答えてくれるんだな……」
「そうよ、でもそれだけじゃない。今回の事でウラ鉄はその気になれば何時でも下層界を切り捨てる事が判ったわ。もうぼやぼやしてられない。今度、床が落とされる前に私達はウラ鉄を倒さないと」
「けど戦いになれば大勢の人が傷付く事になるぞ。それは上層界も下層界も関係ない」
「それでもやらなきゃいけないわ。どれほどの犠牲を強いられようとも覚悟を決めなきゃならない時だってある。それを私はおじ様に教えられた……。結局、あなたが正しかったのよ」
カナセは彼女の気持ちが揺るがない事を悟った。
「そうか……判ったよ。総統としてアコンゲルの参入を歓迎するよ。また、前みたいに一緒に戦ってくれ」
「ありがとう、カナセ……」
そう言い合いながら二人は手を握り合った。
しかし参列者の皆が皆、カナセと共に団長の死を悼んでくれるという訳ではなかった。
「よう、総統閣下」
カナセの背後から挨拶にしては無礼な言い回しが聞こえた。
カナセが何気なく振り返る。
その瞬間、この会場では最高位であるはずのカナセの顔面に強かに鉄拳が振るわれた。
「がっ!」
「キャアアア!」
殴り飛ばされたカナセを見てクレアが悲鳴を上げると会場は騒然となった。
倒れたカナセの目の前では一人の男が立っていた。
男は大柄で兵団の制服を身に纏っていた。
そして拳を握ったまま言い放つ。
「どうして、どうしてウチの団長が死ななきゃならなかったんだ! 誰も彼も、なんでアンタに関わるとウチの団員から死人が出る!」
怒りで声を震わす男の瞳には大量の涙で溢れていた。
「何をしてるんだ、ジャン・フランドル!」
カナセを殴った男を駆け付けて来た男が止めに入った。
その男は優男風だったが同じ様に兵団の制服を隙なく着こなしている。
しかしジャン・フランドルなる男は制止を聞く様な気配は無い。
「止めるな、ルイス! こいつが団長を殺したんだ!」
どうやら男は団長の死に対して一言、物申すつもりで居たが、気持ちが先走り、先に手が出た様だった。
「どうした、何の騒ぎだ!」
そこに式場の警備を任されていたパッセル少尉がやってくる。
「いや、何でもないよ。パッセル少尉、俺が足元を滑らせて転んだだけだ」
カナセはジャンとルイスを庇う為、咄嗟に嘘を吐いた。
そして何事も無かった様に立ち上がると少尉を追い返した。
「アンタ、それで恩を売ったつもりか?!」
しかしジャンの怒りは収まらない。それどころかカナセの行為が癪に障り余計に腹を立てる。
「止めろ、ジャン! 申し訳、御座いません。総統閣下。この男、血の気が多く少々の事で気が立つ性分なんです。後でよく言い聞かせますから……」
「いいよ、気にしなくても。彼が怒る理由は充分理解できる」
そう言ってカナセは喪服の埃を払いながら気にしない素振りを見せた。
確かに団長が死んだ原因が一旦はカナセにあるのも確かだった。
団長の死に際して自分にもっと上手いやり方があったのではないかと後悔を繰り返したりもした。
しかしここでカナセは心にもない事を言った。
「だがここはモンベル団長を弔う場所だ。騒ぎを起こして他の人達を不安がらせるな。それでも気が済まないのなら後日、総統府に来い。文句ならそこで幾らでも聞いてやる!」
そう言ってカナセは懐からメモを取り出すと、総統府の住所を走り書きし二人に投げつけた。
ジャンは舌を鳴らしながらメモを受け取ると、ルイスに牽かれながらカナセの前を去っていった。
会場が再び平穏を取り戻すとクレアは殴られたカナセの頬にハンカチを当てた。
「大丈夫?」
「ああ、どうって事無いさ」
本当は彼等に「済まなかった。団長が死んだのは俺のせいだ」と言いたかった。
言えればどれほど楽になれたかと思った。
しかしそれをカナセは言えなかった。
言った所で彼等の悲しみが消えるとも思えなかった。
そして仮に言って許しを得てしまった時、カナセは彼等に甘える事になる。
甘えは決心を鈍らせる。
そんな事をカナセは団長の棺の前でしたくはなかった。
「あの人達、兵団の人達よね」
彼等の背中を見ながらクレアがつぶやく。
「離脱せず、残ってくれるかしら……」
「多分、彼等は大丈夫な気がするよ。逆にあれだけ血の気が多いとね……」
「反抗作戦が弔い合戦になるって事?」
「正直、そんな気分では戦ってほしくないな……」
カナセから本音が漏れる。
だが飽くまでウラ鉄との戦いは自由と平和を取り戻す為の戦いだ。復讐戦にすげ替えて怒りをぶつける様な真似はしてほしくない。
それは総統としてのささやかな願いだった。
そしてもう一人、カナセはとある人影を見つけた。
人影は葬儀場から徐々に離れていく。
「クレア、悪いけどちょっと顔を洗って来る。ここで待って居てくれ」
「そう、気を付けてね。さっきみたいな人が他に居ないとも限らないわ」
やがてカナセはクレアの前から席を外した。
しかしカナセは顔を洗いに行かず先ほど見かけた人影を追った。
人影はクレアが見えなくなる所で追い付いた。
「ちょっと、待ってくれ」
「カナセ君?」
カナセが呼び止めたのは喪服姿のラーマ・パトリックだった。
「ラーマも来てたのか?」
「ええ、団長には公私共にお世話になってたから……。って、どうしたの顔が少し腫れてるじゃない」
「ちょっと、転んじゃってね」
そう言ってカナセは苦笑いを浮かべながら先ほど殴られた頬を擦った。
「先生とは会ったのか?」
「まさか。私があのクソ親父を嫌ってる事、知ってるでしょ?」
「お袋さんを見殺しにされたって話かい?」
「それだけでも知っていればカナセ君もあの男の見る目が変わったでしょ?」
「ふ~ん、見る目が変わったか……」
「何よ。その奥歯に挟まった様な言い方は。何か言いたい事があるわけ?」
「じゃあ、言わせてもらうぜ。ラーマの話じゃあ、モンベル団長が審判の会の会員だったって事だけど……」
「ちょっと止めてよ。本人のお葬式の場でそんな話……」
「本人の名誉の為に言うんだよ」
「名誉の為?」
「あの情報、完全にガゼだった」
「え?」
カナセの言葉にラーマが眉を歪ませる。
「それって、本当なの? どうして判ったの?」
「判ったもクソも無ぇ。俺が弔辞で言った事、そのまんまさ。団長は殺されそうになった俺を助けてくれた。命を懸けてね。それどころか団長を殺したのは同じ審判の会のシラッセルって男だった。知ってるだろ?」
「ええ、勿論。ウラ警の大隊長だもの」
「そのシラッセルに俺がゴディバに行くって情報が駄々洩れだった。どう考えたって無茶苦茶おかしいじゃないか!」
「そんな……」
カナセの言葉にラーマは唖然とする。
「まったく、どうなってんだ? って言いたいよ、ラーマ先生!」
「ごめんなさい。こちらが渡した情報で逆にカナセ君を混乱させたみたいね」
「気を付けてくれよな。こればっかりは冗談では済まされない」
「返す言葉もないわ」
「ところで団長が審判の会の会員ってどっからの情報だ?」
「それは細かな情報をひとつに纏めた結果よ」
「細かな情報? けどそれだって何か大本の情報源があってだろ?」
「そりゃそうだけど……」
カナセが問い詰めるとラーマは言い難いのか困った顔をする。
「あの……総統閣下で居らっしゃいますか?」
だがその時、何者かが二人の会話に割って入って来た。
振り向くと喪服姿の年若い女性が一人、立っていた。
カナセもラーマも彼女に身に覚えはない。
「モンベル家の家政婦をしている者です」
彼女はカナセにそう名乗った。話を聞けば主人が総統閣下に一言ご挨拶したいとの事でカナセを探していたのだと言う。
「では、お待ちください。モンベルを呼んでまいります」
「それには及びません。自分達が向かわせて頂きます。丁度、お会いしたいと思っていた所ですから」
カナセは丁寧に答えると家政婦の案内で彼女の後を追った。
更にその後ろにラーマも付いて来る。
「なんでラーマ先生まで付いて来るんだよ……」
「いいじゃない。それに私もマークとルセッタとは話したいし」
「誰だよ、マークって」
「団長の息子さんとその奥さん」
「知り合いか?」
「言ったでしょ。団長とは公私に渡ってお付き合いがあるって」
その後、カナセは息子夫婦に会い挨拶を交わした。
喪服姿の夫婦は、とても歴戦の勇士の血族とは思えない、いい意味で穏やかな雰囲気の人達だった。
夫婦の横には大型のベビーカーが停まっており、中に双子の赤ん坊が眠っていた。
団長の初孫だという事だ。
「……」
カナセは黙ったまま赤ん坊達の顔を見る。
もう、団長がこの子達を抱く事も無いと思うと心苦しい。
団長の息子は顔は似ていたが父親の様な威厳は感じず、むしろ繊細で生真面目そうな人物だった。
聞けばロータス西方に本店がある銀行の支店長だという。
カナセは戦士として父の遺志を継ぐのかと訊ねた。
だがマーク・モンベル氏はそれを否定した。
「いいえ、私には父の様な軍才と度量はありません。しかし戦う意思はあります」
代わりに彼は銀行員の立場を生かして主に経済面、資金面からロータス独立に尽力すると答えた。
それを聞いてカナセは恥ずかしい思いをした。
何も戦いとは銃剣を取る事だけではない。
まして親の遺志を子が引き継ぐ必要は無い。
そんな当たり前な事は自分が一番、知っているはずだった。
挨拶が済むと使用人が夫婦を急用で呼び出した。
夫婦は赤ん坊達を家政婦に任せると揃ってその場から離れていった。
しかし母親が居なくなった途端、双子は同時にぐず付き出した。
家政婦はひとりを抱き上げると泣き止まそうとあやし始めた。
しかし赤ん坊達はどちらも泣き止む様子はない。
「いつもは良い子なんですけど……」
「双子同士で相手の声に反応しているみたいだ」
「なら二人同時にあやさないと何時までも泣き止まないみたいね」
しかし家政婦は一人しか居らず、彼女も歳若い事もあって子守りは持て余し気味だ。
「ラーマ、あやしてやったら?」
「ええ? 私が?」
「先生なんだろ?」
「流石に小児科は専門外よ。それに子供は苦手なの」
「でも頼れる大人が責任を持たなきゃ」
「よく言うわ……」
仕方なくラーマは残ったもう一人を抱き上げあやし始めた。
「もう、仕方無いわね……」
しかし先生は人見知りされたのか一向に赤ん坊が泣き止む気配がない。
「ああ、どうしましょう」
「流石のラーマ先生も形無しだな」
「覚えてなさい、カナセ君」
「だったら良い事、教えてやるよ。こんな時には子守歌だ。クレアの妹のミリアもラッツ村のエルマもそうしてあやしてた。この国にはロータスの子守歌っていう立派な歌があるだろ? それとも先生、もしかして音痴?」
「まさか。なら、私の美声に聞き惚れなさい。コホン。お日様ポカポカねんころり~、あったか朝日でにっこにこ~♪」
ラーマは人目も憚らず子守歌を歌い始めた。
そんな彼女の歌う様は中々様になっている。
そして本人が言うだけ美声だった。
しかし五番目まで歌い終えても赤ん坊は一向に泣き止む気配は無い。
「あ~、もう、なんで?」
「やっぱり本物お母さんじゃないと駄目みたいだな」
困った顔をするラーマを見ながらカナセは肩を竦めた。
「じゃあ、俺はもう行くよ。クレアを待たせてあるし。後は頼んだよ」
「ちょっと、カナセ君、あなただけ逃げる気?! ああ、よしよし……」
ラーマは赤ん坊をあやしながらカナセを引き留めようとする。
しかしカナセはラーマを置いて去り、小走りにその場から離れていった。




