第10話 国奉隊
組合から帰った後、カナセはクレアによってカーニャ村の人達に紹介された。
「お願いだから今度は……今度こそはお行儀よくしててよね」
そうクレアに釘を刺されつつ、カナセは村長とその時に在宅していた村人達の前で挨拶をさせられた。
「どうも。カナセ・コウヤです。魔煌士をやってます」
「村長のグースだ。遠方より、よく来られた。腰が落ち着くまでこの村でゆっくりされると良い。困った事があったら何でも言ってくれ。相談乗るよ」
村長は穏やかな人柄だった。
そこへクレアが言い足す。
「彼、こう見えてもマギライダーなのよ。今の本業はコアダイバーだけどね」
「ほほう~」
「まぁ~」
それを聞いた多くの村人達がしきりに感心した様な驚嘆した様な声を上げた。
カナセにはその驚きの意味が判らない。
しかしこの若すぎる魔煌士の事を大勢の人々が歓迎してくれたのは確かだった。
ただ一つ、暫くは姉妹の店に居候すると聞いて心配気な表情を浮かべる者も居た。
「ちょっと、大丈夫かい? 女の子の家に男の子が入って行って」
特に心配していたのが農家のオバサン達だった。
「大丈夫ですよ。きちんとけじめは着けるよう言い聞かせますから。それに彼はまだ子供です。私の魔煌力の前ではおかしな真似は出来ません」
そう言ってクレアは村の人達を説得したがオバサン達の信用は半信半疑と言った所だ。
「でも、気を付けるんだよ。男ってのは目の前に上等な餌がぶら下がると野良犬より質が悪いんだからだ」
オバサン達が心配するのには理由がある。彼女達の大半はゆくゆくは姉妹のどちらかを息子の嫁に、という腹積もりがあるらしい。
一方、両者の会話を聞いたカナセは密かにクレアに耳打ちする。
「だからはっきり言えば良かったんだ。将来、俺たちは結婚するんだって……」
「そんな事、村の人の前で言ってみなさい。後で酷いから!」
本当に彼女にはこの手の冗談が通じない。
組合本部の時とは違いカナセの挨拶は何の滞りもなく終わった。
だが挨拶の直後、村の広場を横切る街道の向こうから土煙が上がった。
それは乗用車やトラックの車列によって舗装路が削られる土埃だった。
「国奉隊の奴等だ」
「クレア、あなたは隠れてなさい!」
皆が一斉に不快感を露にするとオバサン達が建物の影にクレアを押し込めた。
暫くして集まっていた村人達の前で高級車を先頭に三台ほどのトラックが停車した。
どの車にも車体の横に四角い赤地にヨシュアの国章を嵌め込んだマークが記されていた。
トラックには男達が満載にされ、全員が武装していた。
男達は次々とトラックから降りると先頭の高級車を守る様に整列した。
それらは村人達を威圧している様にさえ見える。
カナセも彼等を前に怪訝な表情を浮かべた。
「何だ、こいつら。ヨシュアの軍隊か?」
だが手にしている装備は旧式のボルトアクションライフルにマチェットがほとんどでサブマシンガンの様な上等な物を持っているのは数名だけだ。
そして何よりもおかしく見えたのはその軍隊らしからぬ身なりだ。誰もが街のチンピラの様な締まらない服装で軍隊というよりゴロツキや武装ゲリラに近い。
そんな中、乗用車の後部座席のドアが開いた。
最初に降りて来たのは金髪に染めたチリチリパーマを頭の上に乗せた背の高い男だった。
しかも先に降りて来たトラックの連中とは違って、ちぐはぐな金モールをあしらった前時代的な軍服風の衣装を身に纏っている。
「国奉隊の巡回である!」
男は飢えた狼の様な表情で村人の前に立つと、まるでそれが特技だと言わんばかりに大声を張り上げた。
「隊長、タモン・エニール閣下直々の視察である! 村長は居るか?!」
「国奉隊? 巡回? 隊長?」
意味不明な情報が次々とカナセの中に飛び込んでくる。しかしその中で唯一つ、エニールという苗字だけは聞き覚えがある。
「これはこれはバングレ副隊長。よくぞ、お越しくださいました。国奉隊の皆様の日々のお勤めには我等、感謝の言葉も御座いません」
村長はチリチリパーマ相手に丁寧に、そして型通りに挨拶をした。
しかし村人達の顰めっ面を察するに、村が国奉隊とやらの到来を歓迎している様には到底、思えない。
「そんな事より、村長。この村人達の集まりはなんの騒ぎ?!」
今度は停まったままの高級車から男の声が質問した。
それと同時に違う男が車から降りてきた。
だがカナセはその男の装いを目の当たりににした瞬間、余りある珍妙さに驚愕した。
「女装だって?!」
間違いない。男は女物の衣装を身に纏っていた。それも貴婦人のドレスを軍服風に改造した代物だ。
衣装にはチリチリパーマの物よりも更に華美な装飾が施されていた。それはこの中で自分が一番、格上だとアピールしている様に映る。
だが本人の低身長と極めて不格好なブヨブヨの肥満体質が衣装の華美さや流麗さの全てを台無しにしていた。
同時に異彩を放っていたのは頭の上に乗せたマッシュルームの様な黒い髪型だった。
「ボン・エニール?……」
間違いない。今日の午前に見たあの魔煌士組合のエニール課長と同じ髪型だった。
「何だ? 親戚か何かか?」
だが男の風体の異様さはそれだけに留まらない。
その極めつけが丸太の様に肥え太った右腕の中で抱き抱えた金髪で青い目の人形だった。
人形はお姫様の様な豪奢なドレスで着飾っており、一目見て庶民の手の届かない高級品だと判る。
しかしそれが男の風体の中で奇矯なアクセントとなり悪趣味を超えた妖怪じみた不気味さを漂わせてる。
「うげっ、何か吐きそうになった……」
カナセは顔をしかめる。見ていて気持ち悪い。短時間、眺めるのも憚られる。
「本当に、こんな奴が世の中に存在して良いのか? それともこの国の邪教の祈祷師か何かか?」
その生理的なおぞましさにカナセは慄然とした。
そんなカナセの思いとは裏腹に、村長は人形男の疑問に答える。
「この集まりはなんて事は御座いません。タモン・エニール様……今日、新しい村人が増えまして挨拶を受けていたところです」
「新しい村人?」
タモン・エニールと呼ばれた人形男が訝し気な表情を浮かべる。
そして一度だけパチンと指を鳴らした。
「は、はい。ただいま!」
すると今度は人形男の後ろに控えていた男が横に出る。男は痩せっぽち中背で顔の彫は深く黒髪をやはり見覚えのあるキノコの傘の様に切りそろえており、年齢は太っちょの人形男より年下に見えた。
「トギス、アンタ、なんか聞いてる?」
人形男が聞くと痩せっぽちは手にしていたカバンを開け必死に資料を探した。
「ええ~っと……少々、お待ちを……」
「遅い! いつも私の欲しがる物を考えて動けって言ってるでしょ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい、ごめんなさ~い!!」
痩せっぽちは腰を低くしながら頭を抑えた。その表情は恐怖で青ざめている。
「もういい! 下がって! この役立たず! まったくこの子ったら叔父様の頼みで引き取ってやったっていうのに! これだから社会経験がない引きニートは困るのよ!」
全く酷い言われ様をされた末、痩せっぽちはすごすごと引き下がった。
「それで、新しい村人ってのは、誰?」
「俺だよ」
カナセは自分が呼ばれたと思って村人の中から前に出た。
しかし太っちょの人形男の前に歩み寄ろうとした途端、本人が慌ててカナセを止めた。
「臭っ! ああ、もういい! 近づかないで、野蛮人!」
「野蛮人?!」
人形男の横柄な物言いにカナセがムッとする。
「臭いのよ! 泥臭い! 魚臭い! 腐ったバクテリア臭い! あ~やだやだ! 見るのも嫌! まったくこの村にはリエル薬局があるっていうのに、よくこんな汚いのを飼う気になったわね!」
「なっ!」
その男とも女ともつかないしゃべり口調で人形男にまくし立てられるとカナセの感情が不快感から一気に怒りへと変わった。
しかし臭いというのなら人形男も人の事は言えない。カナセが彼の下に近づいた瞬間、鼻を刺す様なキツイ臭いが立ち込める。
それは体に振りまいた香水の匂いだった。
「何だよ、お前の方がよっぽど臭ぇじゃないか!」
カナセは人形男に向かってそう言ってやろうとした。
だがその前に、二人の間へあのチリチリパーマが割って入る。
「貴様、見た所外国人の様だな」
「そうだよ。だから何だってんだ?!」
チリチリが聞くとカナセは喧嘩腰で答えた。そして今日、庁舎で受け取った金属プレートを見せつける。しかしチリチリはカナセを無視すると頭越しに村長を威圧した。
「感心せんぞ、村長。戦時下に外国人の居留を認めるのは」
「ですが、国から在留許可証が発行されたとなれば我らに止める権利は御座いません。それに彼はマギライダーとの事ですし……」
「だがこの子供がウラ鉄のスパイだったらどうするつもりだ。村長の首ひとつでは済まされんぞ!」
そこまで言われればカナセも我慢の限界だった。
「人を端からスパイ扱いしやがって、その堅焼きそばみたいなチリチリパーマを毟り抜いてやる!」
と、腕まくりしながら再び前に出ようとする。
だがそこで背後からカナセの肩を強く掴む者が居た。
「おい、ちょっと邪魔すんなよ!」
カナセが後ろに向かって言う。しかしカナセはそのまま後ろに引きずり込まるとれ村人の群れの中に閉じ込められた。
「おい、何のつもりだ!」
「静かにしてるんだ。村から追い出されたくなかったら今は辛抱しろ」
そう言ったのは先ほどカナセの肩を掴んだ名前も知らない村人だった。
仕方なくカナセは男の言うまま怒りを抑えて我慢する。
「全く、田舎はこれだからイヤッ! デリカシーってのが無いんだから……」
手出しの出来ないカナセを見て人形男が嫌味ったらしく言い放つ。
「ところで村長、確か昨日、クレア・リエルがこの村に帰って来たって聞いたけど?」
先ほどとは一転、口元を綻ばせながら村長に質問する。
恐らく、この人形男がここに来た目的はクレアに会いに来る為だ。しかし村長の答えは冷ややかだった。
「彼女なら先ほど配達があるからと言って村を出ていきました」
「帰りは何時なの?」
「判りかねます」
「チッ! 何よ、せっかく来て上げたって言うのに!」
村長の嘘を真に受けたタモン・エニールが舌を鳴らす。
「帰るわよ、バングレ! こんな村、長居してたら臭いのが移っちゃう!」
そう言うとタモンは人形を抱き抱えたまま軍服風のドレスを翻すと再び高級車に乗り込んだ。そして二度と村人達の前に姿を見せる事は無かった。
一方、隊長の動きを見て周りの武将集団もトラックに再び乗り込んでいく。
その帰り際、チリチリパーマが村長に言った。
「村長、話は変わるがこの村からの協賛金が滞っておるがどういう事だ?」
「生憎、去年の作物の実りが不作でして、村全体が金策に走り回っている有様です」
「だが次の期日までには必ず未払い分も納めてもらうぞ。で、ないと他の村に示しがつかんからな。もしこのまま支払いの遅延が続けば集団的サボタージュとみなしそれ相応の手段を取らせてもらう。覚悟しておけ」
そう脅しをかけるとチリチリは村人達に背中を向けた。
やがて集団の車列が動き出した。土煙を捲き上げながらトラックが通り過ぎると、見えなくなるのを見計らって村人達が次々と罵声を吐きかけた。
「二度と来んな、ロクデナシ!」
思った通り、誰一人として奴等の到来を歓迎していなかった。
「何なんだ、あいつ等?」
「奴等は国奉隊。あのデブはその隊長のタモン・エニールだよ」
怒りを通り越して呆れ返るカナセの横で、先ほど片を掴んだ男が答えた。男は大柄で黒い無精ひげの青年だった。
「そんで、あの金髪パーマが副隊長のザガート・バングレ」
「あのかばん持ちは?」
「なんて言ったかなぁ。まあ、確かアイツもエニール家のゴク潰しのひとりのはずだ」
そう青年が説明してくれてる最中、オバサンのひとりが隠れていたクレアを連れて来た。
「オバサン、もう大丈夫?」
「大丈夫だよ。もうあいつ等は居ないよ」
「そう、良かった……」
奴等が消えたのを知ったクレアも大きく溜息を吐きながら安堵する。
「で、その国奉隊ってのは何者なんだ?」
「さっき誰かが言ったろ? ロクデナシの集まりだよ」
「チッ、何が協賛金だ! 親の力を笠に着やがって……。手前等の遊ぶ金欲しさの上納金じゃないか!」
「嫌だね。良い子や真面目な子は戦争で居なくなってくってのに、あんな連中ばっかが残ってくんだ。もうこの国は終わりだよ……」
村人の誰もが思い思いに国奉隊を罵倒し続けていた。
「カナセ君……」
そんな中、クレアがカナセを手招きする。
「国奉隊の事は私が後で説明してあげるわ。だから今はその事には触れないで上げて」
「触れないでって何で?」
「村の人達、皆が嫌な思いをするわ……。だから今は何も聞かないで」
そうクレアに口止めされた。
だが家に戻った後も結局、彼女の口から国奉隊の事を聞かされる事はなかった。