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第1話 辺境の少年

 立志篇の主な登場人物

カナセ・コウヤ 主人公。機械や乗り物をマギアギアと呼ばれる人型ロボットに変形させる力を持つ魔煌士の少年 。黒髪と赤い瞳の容姿を持つ。辺境の小島で孤独に暮らしていたが都会に憧れを抱いており、クレアとの出会いをきっかけに旅立ちを決意する。明朗闊達な性格で行動力もあるが、粗野な所が災いし他者と度々、衝突する。

クレア・リエル ヒロイン。箒で空を飛ぶ金髪碧眼の美少女。通称「薬の魔女」。心優しく真面目な上に面倒見の良い性格で、カナセを故郷に連れ帰った際、彼の後見人になる。

グレン・ハルバルト 銀色の獅子仮面を付けたウラ鉄最強の戦闘魔煌士。強力な魔煌技の練達者。

リサ・マキーナ 赤い髪をしたウラ鉄の女魔煌剣士。グレンの副官。

ミリア・リエル クレアの妹。姉の経営する薬局の看板娘。

ボン・エニール 魔煌士組合(ギルド)の職員。

ラーマ・パトリック 魔煌医師の女性。機械で出来たゴーレムを操る事が出来る。

タモン・エニール 国奉隊の隊長。女装趣味と人形偏愛を併せ持つ変態。

ザガート・バングレ 国奉隊の副隊長。狡猾な性格。

ナタルマ・シング 弧介の魔煌拳闘士。魔煌の籠手と呼ばれる特殊な武具を使う。初対面のカナセを突然、襲撃する。

ポカチフ中将 ウラ鉄ヨシュア方面軍総司令官。

淡々とした広漠なる青く光る海。

 その塩気の無い海の上をクレア・リエルを乗せた魔法の箒は全速力で飛行していた。

 箒は疾速をもって風を追い抜き、海面の白波を切っていく。

 だが風を浴びる心地よさも、水面から反射する照り返しの美しさも今のクレアの心には響かない。

 代わりに胸の奥で後悔の言葉を繰り返す。

「あ~私のドジ、バカ! 103が居た事に何で気付かなかったのよ!」

 クレアは飛びながら二時間前に起こした失敗をひたすら悔いていた。

 そんな魔女の失敗が今、結果となって背後から忍び寄る。

 遥か後ろから発砲音が聞こえた。

 低く轟く銃声が無垢な海面に溶け込む一方で、銃弾が彼女の頭のすぐ横を通り過ぎる。

「キャァ!」

かすめ飛ぶ音を耳にした瞬間、魔女は悲鳴を上げた。

 銃弾は外れたが、明らかに彼女を狙ったものだった。

 銃声の後、魔女は後ろを一瞬、振り向いてみせる。

 背後には猛スピードで迫る二つの追跡者の姿が見えた。

 追跡者の正体は全長10mほどの浅い船底を持った二隻の高速哨戒艇だった。

 そのどちらにも甲板上に十名ばかりの紺色の制服を来た兵士達を乗せ、長いライフル銃で武装していた。

 狩りの様な追跡劇が始まって約二時間、魔女がどれほど手を尽くそうとも哨戒艇は決して箒の影から離れる事は無い。

 それどころか兵士達が交代で銃を構えると、箒の魔女目掛けて次々と発砲した。

 前を飛ぶ魔女のすぐ横を大量の鉛弾が音速で通り過ぎていく。

「キャアアア!」

 再び魔女が悲鳴を上げた。

「ちょっと、当たったらどうするつもりよ!」

 追跡者に向かって魔女が思わず毒吐く。

 しかし哨戒艇からの攻撃は弱まる所か逆に激しさを増す。

 彼等は本気で空飛ぶ魔女を撃ち落とす気で居た。

 この終わる事のない塩気の無い海での追跡劇。お陰で魔女の気力と体力、そして箒が持つ魔法の力は長時間の高速飛行によって疲労困憊状態だ。

 どれほど力を振り絞っても差は開くどころか逆に狭まっていく。

 もはや哨戒艇に追いつかれ、水辺の鴨の様に撃ち落とされるのも時間の問題だった。

「何とか、何とかしなくちゃ……」

 魔女の中で焦りが積もる。

 そんな中、魔女が前方で海面からそびえる幾つもの石の塔を見つけた。

 それは大昔に水中に没した古代都市の遺跡群だった。

「あそこで撒く事が出来れば……」

 クレアは箒を使って朽ちた都市群にそのまま潜り込むと、コンクリート製の石の塔の間隙を縫う様に飛行した。

 箒は繊細な小回りでそそり立つ石の壁を避けていく。

「いいわ! まだ頑張れるわねわね、コメット3……」

 魔女は箒が今も充分に機能してくれる事に安堵する。

 しかし箒と言っても、魔女が跨るそれはおとぎ話に出てくる様な魔法の箒とは似ても似つかぬ代物だった。

 長い柄の本体には方向を転換する為のハンドルもあれば腰を降ろすサドルもある。

 そして最後尾には穂先の様な魔法の噴射口があり、そこから飛ぶ為の青き清浄な光の粒子を絶え間なく吐き出し続けていた。

 お陰で魔女が箒に跨って飛ぶ姿はまるで空を飛ぶバイクの様にさえ見える。

 だがそんな未知の飛行機械も能力の限界に達しようといた。空を飛ぶ為に必要な魔法の力が尽きかけようとしていたのだ。

「お願い……もう少しだけ、もう少しだけがんばって、コメット3!」

 力尽きようとする箒に向かって魔女が懸命に励ます。

 だがその半分は自分に対する鼓舞の意味だ。

 何故なら立ち止まった瞬間、彼女は追跡者に拘束される。

 そうなれば後に待ち受けているのは死ぬ事すら生ぬるい地獄の辛苦だ。 

 一方、追跡側の二隻のうち、先頭をいく哨戒艇の舳先には一人の兵士が立っていた。

 兵士は紺色の制服姿に長い赤い髪の美少女で二隻の哨戒艇の隊長だった。

「これより01號艇は全速で奴の正面に回り込む。02號艇はこのまま奴の後ろから銃撃を与えプレッシャーをかけ続けろ」

 少女は後ろに控える兵士に冷然と指示を伝えた。しかし彼女よりも年長と思われる兵士達は少しばかり訝し気な表情を浮かべて聞き返す。

「ここで仕掛けるのですか?」

「もう少し向こうの速度が落ちてからの方がよろしいのでは?」

 だが兵士達の疑問に少女が首を振る。

「見てみろ。もう、煌気の色が薄い。コアの力が確実に落ちている証だ」

 少女に指摘を受け兵士が双眼鏡を覗き込む。

 確かに追跡開始時に比べれば箒から尾を曳く青い光の排出量は減っている様に思われた。それでも逃走する速度は変わらないのは乗り手の腕が良い証拠だ。

 年長の兵士が状況を理解すると甲板上の部下達に向け、細かな指示を送ると甲板上が慌ただしくなる。

「操舵手、機関全速! 右から回り込んで魔女の退路を断て! 02號艇と動きを合わせろ! 各員、近接戦闘用意!」

「殺すなよ、奴には聞きたい事が山ほどある。……最も、一発くらい当たった所で死ぬようなタマではないがな」

 赤髪の女隊長が最後に付け加えると二隻の哨戒艇は速やかに行動を開始した。

 銃声を響かせながら02號艇と呼ばれた哨戒艇が箒の後を猛追する。

 その巧みな舵取りで水上に居ながら空中の箒との距離を急速に詰めていく。

「このままじゃ、追いつかれる!」

 クレアは一計を案じ左側にそびえる古代の塔を中心に急旋回した。

 すると塔の影に入った途端、箒は哨戒艇の視界から突然、消えた。

「逃がすか、空爆の魔女!」 

 02號艇の操舵手も箒の飛行経路に合わせながら哨戒艇を高速で旋回させた。

 しかし幾ら追い駆けても見失った魔女の背中が見つかる事はない。

「馬鹿な! どこに消えた?!」

 02號艇の甲板上の誰もが不振がる。

 消えたと言ってもまだ遠くにまで離される距離ではない。このまま軌跡に沿って追い掛ければ獲物は再び見つかるはずだ。

 だがその直後、朽ちた塔の中から叫び声が聞こえた。

「マギアフレイム!」

 声に合わせて両手で抱えられるほどの火焔の球が壊れた窓から飛び出す。

 火球はそのまま哨戒艇に直撃した。

「ぎゃあああああああああああ!!」

 02號艇の甲板が瞬く間に炎に包まれる。

 その中で兵士達が痛ましい悲鳴を上げながら次々と水中へと飛び込んでいった。

 一方、朽ちた塔の中から隠れていた魔女が飛び出すと、燃え盛る哨戒艇に見向きもせず外に向かって一目散に逃げ出した。

 しかし迂回して先行していたもう一艘の哨戒艇が魔女の前に立ち塞がる。

「02號艇の回収は後回しだ! このまま魔女狩りを優先する! ウェスタの火焔魔煌技程度なら大した火傷にならない!」

 舳先で直立していた赤髪の少女が槍の様な狙撃銃を掲げ照準を合わせた。

 酷使の末の急制動と急加速、照星の向こうの箒に以前の様な勢いはない。

「無理が祟ったな、クレア・リエル。あの火焔魔煌技が最後の抵抗と見た!」

 すみれ色の瞳が確実に獲物を捕らえる。

「もう追いかけっこは終わりだ!」

 赤い髪を後ろにたなびかせながら少女の人差し指が引き金を引いた。

 弾丸は銃声と共に風を切り、鈍重な箒の穂先へと吸い込まれていく。

 キーン、と甲高い命中音が淡水の海の上で響き割った。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 突然の衝撃に魔女が絶叫する。

 命中と同時に箒が空中でバランスを崩す。

 遂には飛行に堪え切れず軸のずれた独楽の様なスピン状態に陥った。

「ウェスタ様、我をお守りください! マギアウォール!」

 箒の柄にしがみ付いたまま、魔女は咄嗟に呪文を唱えた。

 魔女の体を青い光が包み込んだ直後、箒は完全に制御を失い、魔女を乗せたまま水面で数百メートルも跳ね飛んだ。

 そして最後に特大の水柱を立て墜落した。

「命中!」

「箒の後端で着弾確認。前方830mで着水!」

「お見事です、副隊長!」

 赤髪の少女の背後で兵士達が賞賛した。

 しかし少女はリアサイトから瞳を離して尚、緊張を解く気配はない。

「油断するな。相手はヨシュアの空爆の魔女だ。まだ何をするか判らん」

 魔女を仕留めた01號艇は水面に落ちた獲物に向かって直進した。

 周辺の水面では藻が生い茂っていた。動かなければ体は藻の上で留まり沈む事はまず無いはずだ。

 哨戒艇が目的地に辿り着いた。

 だが水面に魔女の姿は無い。

 代わりに箒の墜落現場には一艘の小さな葦船が浮いていた。

 船上には背の低い人影が見えた。

 人影は水面から魔女の体を引き揚げ、そのまま葦舟の船底に寝かせた。

 引き揚げられたクレア・リエルは気を失っていた。

 頭を覆う緑色のケープフードもその下から見える魔女の略装も全てがずぶ濡れだった。

 遅ればせながら01號艇が葦船の前に船体を寄せた。

 赤い髪の少女はクレアを引き揚げた人物に向かって不躾に言い放った。

「そこの君! 悪いがそれは私達が仕留めた獲物だ! 勝手に持ち去って貰っては困るぞ!」

 口調は厳しく張りつめていた。

 少女の声が聞えた瞬間、今度はクレアを引き上げた当人が顔を上げた。

 それは燃える様な深紅の瞳の少年だった。

 日焼けした肌と黒いザンバラ髪の頭部。

 背は低くかったが、薄汚れた半袖シャツの下からは若いエネルギーで溢れ返った骨太で筋肉の塊が見え隠れする。

 その姿はまさに野生児そのものだ。

 だが少年は哨戒艇の連中を一瞥し終えると、後は何事も無かったように引き揚げた魔女の容態を調べ始めた。

「聞こえなかったのか、少年! その魔女を引き渡せと言っているのだ!」

 聞く耳を持たない葦舟の少年に向かって赤髪の少女が再び叫んだ。

 怒鳴り声が鳴り響いた途端、魔女の容態を調べていた少年の動きが止まる。

 代わりに少年は赤い瞳で少女の顔を強い眼差しで睨みつけた。

「うっせぇなぁ! 何度も言わなくても聞こえてるよ!」

 黒髪の少年が赤毛の少女に向かって初めて口を開いた。

 最初から喧嘩腰。その怒鳴り立てる口調からは知性の様な物はほとんど感じない。

「では改めて言う! その魔女をこちらに渡してもらおうか!」

 赤毛の少女が再び少年を威圧する。

 だが黒髪の少年は怯まない。

「いいや! 悪いがこの獲物は俺が頂く!」

 それどころか今度は口汚く所有権を主張した。

 だがその声の奥には確固たる意志が込められていた。

 そんな少年を見て少女は引き下がるどころか逆に語気を強める。

「仕留めたのは私だ! その証拠に君には先ほど私が撃った銃声が聞こえなかったか?」

「それがどうしたってんだ! 拾ったモン勝ちが淡海の掟だ!」

「いいや、返してもらう! その魔女は我らの行く先々で邪魔をする憎むべき外敵なのだ。この女にはその報いを受けてもらわねばならぬ!」

「フンッ! アンタの都合なんか知ったこっちゃ無いね!」

 やはり少年は頑なに相手の要求を跳ね除けようとする。

「フンッ、なら君はその魔女を持ち帰ってどうするつもりだ?」

 少女は語感を少し和らげながら問い直してみた。

「獲物と言うからには、まさか煮て食うつもりでもいるのか?」

「煮て食うだと? 人を何だと思ってやがる!」

「ならどうする?」

 赤毛の少女はもう一度だけ聞く。

「そうだな……。俺の嫁にでもするかな?」

 すると少年は存外、真面目な顔で答えた。

 その答えを聞いた瞬間、哨戒艇の上の男達が暫く黙り込んだ。

 だが直後に水の上では弾けた様な笑い声に包まれる。

「笑止な、俺の嫁だと?」

 少年の答えには少女も嘲笑せずにはいられない。

「止めておくのだな。そいつは君の手に負える様な代物ではない。悪い事は言わない。私達が笑っている間にその魔女を置いていけ!」

 少女は笑いながら相手を貶めた。

 その笑い声に少年はムッとする。

 だがこれも彼女にしてみれば少年の為を思っての事だった。

 見た所、少年はたったひとりで漁をしている様だった。その気質は野放図で喧嘩早い様に伺えるが所詮は田舎の野生児だ。

 別に突っかかってくれば横っ面を張り飛ばせば良いのだが、ここで見ず知らずの少年のプライドを傷つけ泣かせるのも何とも大人げない話ではないか。

 少女はここで脅して見せる。

「だがこれ以上、下らない意地を張るというならば、君は我等、ウラ鉄とここで相まみえる事になるぞ!」

「!!」

 少年は少女の口から出たウラ鉄という言葉を聞いた途端、先ほどまでのふくれっ面を強張らせた。

「ウラ鉄? 待てよ、ウラ鉄だって?!」

 少年はもう一度聞く。

「テメェ、今、ウラ鉄って言ったな!」

 赤い眼光は鋭さを増し、体内では血気が沸き立つ。

 だが少年の問いに少女が煽る。

「フンッ! だから何だと言うのだ?! 見た通り、我々はウラ鉄の戦士だ。一般兵とは少し制服の意匠が違うが……」

「そんな事はどうだっていい! ウラ鉄めぇ! また性懲りもなく来やがったな!」

 少年が吠えた。

 その声は明らかに怒りを滾らせていた。

 少年は力を込めて右手を赤髪の少女の前に突き出す。

「前に言ったよな! また俺の前に出て来やがったら次は容赦しねえって!」

 そんな彼の右手にはいつの間にか拳大の漆黒のガラス玉が握られていた。

「マギアコアだと?!」

 ガラス玉を見た瞬間、少女から笑顔が消えた。

 それは古来より伝わる明確な敵対の意思表示だ。

「手前ぇら、覚悟しやがれ! 今から全員ボッコボコにしてやるからな!」

 少年は大仰に言い放ちながら、体を宙に向かって跳ねさせた。

 危険を感じた少女が腰のホルスターから大型の回転拳銃を抜いた。

「動くな、野蛮人!」

 訳が判らないが少年はこちらと戦う気だ。

 それを止めさせようと少女は警告のつもりで銃の引き金に指を掛ける。

 だが少年の体は一瞬、早く海面へと飛び込みそのまま水の中へと姿を消した。

 遅れて少女が発砲した。だが銃弾は空しく細い水柱を上げるだけだった。

「チッ、私とした事が……。周囲警戒! 総員、攻撃に備えよ。あの少年、やる気だ!」

 少女が叫んだ直後、周囲の男達は直ちに臨戦態勢に入った。

「だが仕掛けるなら、何で来る? インドラの雷か、ヴァルナの水柱か? どっちだ?」

 どちらにしろ魔法で攻撃してくるに違いない。

 あの黒いガラス玉を握って戦いに挑むとは、この世界ではそういう事を意味していた。

 果せるかな少女の言葉は現実通りになった。

 少年が沈んだ水面から青い光があふれ出す。

 それは魔女の箒から放出した光の粒子と同じ色の青だった。

 青い光の正体は煌気と呼ばれるこの世を支える摂理の煌めき、根幹そのものだった。 

 煌気の光が収まった後、今度は海面が高波で盛り上がり巨大な影が現れた。

 影の正体は沈没していた一隻の漁船だった。

 漁船は水面に浮き上がると、錆び付いた船体を大きく揺り動かしながら哨戒艇の前に幽霊船の様に立ち塞がった。

「撃て!」

 少女の合図と同時に哨戒艇の搭載火器による集中砲火が浴びせられる。

 漁船の舳先は瞬く間に穴だらけにされ鉄錆の外装がボロボロと剥がれ落ちていく。

 このまま銃撃を浴び続ければ弾痕から浸水し沈没は免れない。

 だがそう思われた矢先、漁船に不可解な現象が起こった。

 船体が小刻みに震えると、表面に幾つもの直線的な亀裂が走りバラバラに分解された。

 そして一旦、分解された船体は別の形へと姿を変えながら再び結合していく。

 漁船が形を変える様は、まるで金属に擬態した原生生物の脈動だ。

「こんな辺境でモーフィング・マギアだと?」

 赤髪の少女が変形していく漁船を前に思わず声を上げた。

 目の前の状況が信じられずに居る。

 そんな中、哨戒艇から据え付け型のロケット砲が火を噴いた。一発のロケット弾が脈動する船体に命中し爆炎を上げた。

「え? な、なに?……」

 爆発音を耳にした瞬間、葦舟の上で気を失っていた魔女が目を醒ます。

 フードの下の青い瞳に映ったのは爆炎の中で漁船から変形を終えた一体の巨人だった。

 巨人は水面から上半身だけを晒し哨戒艇を睨みつける。

 その容姿はまるで神話の世界の闘神の様な井出達で、全高4mほどの逞しい鋼の肉体の上から強固な異形の鎧に身を固めていた。

 そして頭部にはクワガタムシか鹿の角の様に二本に美しく分かれた黄金色の突起物が天に向かって伸びていた。

「マ、マルケルスの闘神?……」

 魔女は鋼の巨人を見て古い神の名をただ一言ぼんやりとつぶやいだ。しかしその直後に目の前が暗くなり再び気を失った。

一方、海面に姿を現した謎の闘神は白波を立てながら哨戒艇の兵士達を威圧した。

「うわああああ!……」

 その威容にさしもの兵士達の腰が引ける。

「怯むな! コアで変形させたと言っても元は沈没船だ! 恐れるな!」

 赤髪の少女が逃げ腰の兵士達を奮い立たせた。

 我に返った兵士達は哨戒艇のロケットランチャーで二発目の狙いを定める。

 だがその前に巨人が水面から右腕を上げた。手には海底で拾ったコンクリートの巨塊が握られていた。

 巨塊が投げ放たれると、次の瞬間には発射直前のランチャーに命中した。

 ランチャーは破壊され中の火薬が誘爆した。

「ぎゃああああああ!!」

 炎を上げる甲板の上から兵士達の悲鳴が上がった。もう誰もが銃撃どころではない。

 しかし巨人からの猛攻はこれからが本番だった。

 今度は長い鋼の腕を伸ばすと哨戒艇の右舷に掴み掛かりそのまま海中へと引きずり込もうとした。

「こんな辺境で全滅だと?!」

 その惨憺たる状況に少女の頬が引きつる。

「マギアギアめぇ! これ以上好きにさせるか!」

 少女は意を決して舳先から巨人目掛けて跳躍すると、拳銃の代わりに今度は腰に下げていた細身のサーベルを鞘から抜いた。

 そして果敢にも巨人に向かって切り掛かる。

「セイッ!」

 一声の下にサーベルの一撃が放たれた。

 その剣捌き凄まじく、なんと鋼で出来た巨人の腕を一刀のもとに斬り飛ばした。

「どうだ、ガラクタ!」

 一瞬、少女がほくそ笑む。

 だがその直後、今度は残った巨人の左腕が少女の体に掴み掛かると、そのまま水中へと引きずり込んでいく。

「くっ!」

 少女は息つく間もなく巨人と共に海中へと没っしていった。

 一分ほど経過しても赤髪の少女の身体は上がってこない。

 その間、哨戒艇の兵士達は大破したロケットランチャーの火を消しながら少女の姿を探した。

 暫くして水面に波紋が広がった。兵士達の皆が少女が浮かび上がると信じていた。

 しかし波紋の後に現れたのは体中を切り刻まれた巨人の姿だった。

 その穴の開いた胸板の隙間から少年の険しい表情が映った。

「コぉナぁクぅソぉぉぉぉっ!」

 少年が叫ぶのと同時に巨人の左手は少女の体を力いっぱい投げた。

 放たれた少女の体は宙を飛び、彼方の水面へと落ちていく。

「副隊長!」

 遥か遠くで水しぶきが起こった。

 哨戒艇が巨人を置いて全速力で走り出す。そして投げ飛ばされた少女の下へと急いだ。

「ぷはっ!」

 落下点に哨戒艇が辿り着くと少女が海面で顔を出していた。

「副隊長、ご無事で!」

「や、奴は?……」

 哨戒艇に引き揚げられながら少女が兵士達に訊ねる。

「未確認です。副隊長を探していたもので」

「追い掛けろ……まだ近くにいるはずだ」

 哨戒艇は巨人が居た場所へと戻った。

 兵士達は浮いているはずの巨人と葦舟を探した。

 しかし幾ら探しても葦船の姿はなく少年の姿も消えていた。残っていたのはバラバラになって朽ち果てた漁船が一隻、転覆していただけだった。

 漁船は間違いなく先ほど戦った巨人の成れの果てだ。

「逃げられたか……」

 ずぶ濡れになりながら少女が落胆の声を漏らした。

 もはや当初の目的を失った。

 どこを探しても追いかけていた魔女の姿はない。

 01號哨戒艇は先だって沈められた02號艇の仲間を回収し、ここを引き揚げる他なかった。

「相手を侮った。よもやこんな辺境で煌装騎に出遭うとは……」

 濡れた赤髪のまま少女の面差しは悔しさを滲ませた。


 一方、哨戒艇の一団から遠く離れた水面を一艘の葦舟が進む。

 葦舟には外付けの発動機が搭載されており軽快に淡海の上を航行していた。

「クソッ、あの赤毛女! 無茶苦茶、強えじゃねえか!」

 少年は葦舟を操船しながら毒吐く。

 恐ろしい敵だった。

 奴は水に潜ったまま巨人の胸板に向かって細身の剣で突きを入れて来た。その切っ先の鋭さも尋常ではなく意図も容易く鉄板を貫通させてきたのだ。

「危うくこっちが穴だらけにされちまう所だったぜ……」

 今でも命からがら逃げ切れた事が嘘の様だ。 

 一方、舟の上では気を失った魔女がそのままになっていた。

 だが呼吸と脈拍は感じる。それは生きている何よりの証だ。

 そして不意に寝返りを打つと自然とフードが外れ魔女の素顔が露になった。

 魔女の素顔を目の当たりにした途端、少年は思わず息を飲む。

 濡れた長い金色の髪に切れ長の眉毛、透き通る様な肌と真っ直ぐに通った鼻筋。

 その面差しはこの世の者とは思えぬほど端整極まっていた。

 身長は少年よりも高く、それを支える手足は細く長い。

 胸の発育も腰回りの括れも臀部や太ももの肉付きもほんのりと脂が乗って申し分ない。

 当に美の化身、先ほどの赤髪の少女も敵ながら美しいと思ったがこの魔女の美しさはそれ以上だった。

「凄ぇ、別嬪さんだ……。本当にこんな子が居るなんて……」

 まさに絶世の美女。まるで神話の世界の女神の様……。

 それが魔女の緑色の略装とぴったり似合っていた。

 そんな魔女の姿を眺めながら少年の胸の奥は強く高鳴り、鼓動が激しく打つ。

 少年自身、こんなに気持ちを駆り立てられたのは初めての事だった。

「さて、今日はもう、店じまいにするか。土産の荷解きをしなきゃならねぇからな!」

 少年は葦舟を走らせながら嬉しそうに独りつぶやいた。

 そして胸の奥を弾ませながら家路を急いだ。


 だがこの日、辺境で起きた少年と魔女との出会いがこの世界の運命を動かす事になるとは今の段階で気付く者は誰ひとり居なかった。

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