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俺がモテないのはどう考えてもTシャツが悪い

作者: 逸真芙蘭

 彼此十年以上前になるが、母方の実家に里帰りしていた時の事、祖父母の近所を散歩し、ある大きな邸宅が目に入った。

「大きな家だね」

 と私は祖母に言った。

「医者か社長の家でしょう」

 と祖母は言った。

 

 成程、社長はともかく、医者というものはこのような大きな家に暮らす事ができるのか。何ら特技のない自分ではあるが、勉強して国立の医学部に行って医者になる事くらいならできるだろう。

 齢十にも満たない私はそう考えた。

 別段、大きな家に住みたいと思ったのは、自己顕示欲の表れではない。私の家は貧しい訳ではなかったが、三人兄弟のうち、次男である私と、末っ子の弟は一人部屋を与えられず、同じ部屋で過ごしていた。仲が悪い訳ではなかったのだが、極一般的な男児が大人しく生活できる筈もなく、日に一度は喧嘩をしていたように思える。其れも全て、狭い部屋に男児二人を閉じ込めておくが故に、生じる問題であって、部屋を分けたのならば、忽ちに解決されたものと思う。

 私にとって、一人部屋というものは至極素晴らしいものに思えて、大きな家に住むのならば、一人部屋という長年の願いも叶えられようと、思ったのだった。


 右に述べたように、私は才に恵まれた子供ではなかった。寧ろ、周りの子供が立所に理解してしまうものを、うんうん唸りながら、ようやく氷解する、というような事が多分に有った。完璧主義に近いものが、先天的にあって、教科書の記述で理解できないようなものがあれば、延々とその事を思案しているような子供だった。優等生で生真面目で、面白みのない子供だった。

 中学までは受験の無い公立の学校に通い、高校は、地域で一番の県立高校に進んだ。

 勉強というものは、努力に因る所が大きいのだが、才能が要らない訳ではないという事を実感させられたのが、三年間の高校生活だった。

 私には一度見た記述を完璧に記憶してしまうような、能力も無ければ、難解な数式を一目見て、暗算で答えを出してしまうような能力もなかった。同級生達のずば抜けた能力を見て、畏怖を覚えると同時に、少々天狗になっていた私の鼻は、いとも容易く折られて仕舞ったのだった。

 けれども、腐らずに居られたのは、生まれながらにして持っていた、己の生真面目さが有ったからだと思う。

 愚直に勉強したお陰で、首席こそ取れなかったが、十番の成績で学校を卒業し、国立の医学部に進学した。


 進学の報告をと思って、祖父母の家に出向いた時に、祖母から言われた事が有る。

「世の中には、悪い女の人がいて、勉強ばかりで経験の少ないお医者様の卵のような世間知らずは狙われ易いのだから、お気をつけなさい。悪い看護婦さんには騙されてはいけませんよ」

 母にその事を話した所、「医療ドラマの見過ぎだ」と笑っていた。


 根っからの生真面目さは、大学に進学した所で、失われる筈もなく、日々図書館に籠って、勉強する日々が続いた。

 

 高い収入を得て、大きな家に住むという、幼い頃に抱いた目標は、半分達せられたようなものだったが、毎日の大学生活に、特別の満足を覚えるような事もなかった。

 その理由は、よく考える迄もなかった。

 私の生活には、色が欠如していたのだ。


 色気のない生活は、大学入学後一年続き、遂には何もないまま、二年生に進学していた。


 いくら生真面目の堅物と言っても、男女交際に全く興味がなかったわけではない。同輩たちの乱れた性生活の話を聞くにつけ、眉を顰めはするが、聞き耳を立てない事は無かった。女体に対して、神秘的な理想を抱き、心底ではエロスを欲していた。祖母の言ったように、私は勉強ばかりしてきて、女性というものを全く知らない。学生時代にそのような経験が全くないのは、逆に問題なのではと思い、不安に思う気持ちも生じていた。


 医学生はモテるはずなのに、悪い女の人が近づいてくるような事態にも陥っていない。私の顔が絶望的に不味いのかもしれないと思って、鏡の前に立ち眺めてみるが、確かに美青年とは言えなくても、其れほど不味い顔をしているとも思えない。どこにでもいるような普通の顔だ。その上で、将来が約束されているようなものなのだから、モテないのはどういう事なのだろう。

 考えてみるのだが、受験勉強で徹底的に鍛えたはずの頭も、その問題の解決には全く役に立たなかった。


 或る日の事、大学近くの商業施設で、同輩の男子学生を見つけた。隣には、正しく花のような美人を連れている。

 どちらも知らぬ顔だ。何故、同輩と知れたのかというと、背中に大きく、某大学医学部蹴球部と書かれた、ジャージーを着ていたからだ。

 成程漸く合点がいった。私がなぜ女性にモテないのか。

 彼が女性にもてる訳を、本人を捉まえて聞く迄もない。

 あのように、自らの所属を背中に書かないで、身分が余人に知られる訳がないのだ。

 私の身分が余人の知る所となれば、自然と私に言い寄ってくる、女性も増えるだろう。

 

 そうとなったら、私の行動は早かった。ジャージーを手に入れる為には、まず何らかの部活動に参加しなければならない。運動など、気休め程度にしかしてこなかった私だ。運動部に入る気にはならない。部活動の案内を眺め、良さそうな所を探してみる。


 アニメ研究部。

 その組織名が目に留まった。アニメというものはよく分からぬが、いくら世俗に疎い私でも、若い人に人気である事ぐらいは知っている。活動目的は詳しく書かれていないが、アニメ研究というからには、恐らく創造的な活動をしているに違いない。若い人に人気ということは、時代の最先端ということだ。前衛的な人間は若い女性を虜にすると相場は決まっている。ならば、私の所属すべき部活動はもはや決まったようなものだ。

 新入生に交じり、アニメ研究部に入部し、可愛らしい絵柄のプリントされた、部員専用のシャツを手に入れた。目論見通り、医学部アニメ研究部という私の所属もしっかりと書かれている。

 入部してからは、週末になると、それを着て街に繰り出す。だが、未だに女性に声を掛けられることがない。

 絵柄が良くなかったのだろうか。

 部長にもっと可愛いアニメキャラを題材にシャツを作った方がいいと進言しようと思う。

 

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