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家政夫は吸血鬼  作者: 紅 紅
2/4

テオ、父と相談する。結果、家政夫誕生

 夜の七時過ぎ、父さんが帰って来た。

 手に今日の晩御飯のぽかぽか亭の弁当のビニール袋があり、お帰りーと玄関に迎えに出た篤に渡される。

「今日は何、カレー? 幕の内? あ、から揚げ?」

「お父さん今日は奮発してから揚げスペシャル弁当を三つ買って来たぞ」

「わぁい、スペシャルだー」

 私は、と言えば父さんが帰って来たのでやかんを火にかけてお茶の用意をする。

 湯のみは四つ、一応客だからテオの分も用意する。

「あ……テオの分もって父さんに電話するの忘れてた」

「お客さんでも居るのかい?」

 リビングに上着を脱ぎながら入って来た父さんが私に聞くが、返事をするより先にソファで新聞を読んでいる(読めるのか?)テオを見てびっくりして固まっている。

「あ、父さん……」

「な、何だね君はっ、明はまだ嫁にはやらんぞっ。

 大体炊事洗濯はともかく、料理はまったく出来ないんだからな、嫁になんて絶対やらん」

「……父さん……、ばぁちゃんのお客さん……テオ……なんとかさん」

 親バカにもほどがある。

「こんばんは、初めまして。テオドール・フォン・ブランデンブルグです、百合子さんの息子に会えてうれしいです」

「テオはきゅうけつき、なんだって」

「きゅ……なんだって?」

「「いっただきまーす」」

 茫然とテオと見つめ合ってる父さんを横目に、成長期の篤と私はビニール袋から弁当を取り出し、手を合わせて合掌した。

「父さんも早く食べないと冷めるよ」

 一声だけかけて、からあげスペシャル弁当を食べ始める。

 弁当屋さんだと揚げたてが入るから弁当だけど美味しく感じる。野菜は少ないけど、お弁当だしね、それまぁ、しょうがない。

「おいしー、ニンニク醤油味だよね、今日のから揚げ」

「うん、篤おいしーね、あれ……ニンニク醤油って……」

 ふとテオが吸血鬼だと名乗ったのにニンニクは平気なんだろうかと目を向ける。

 平気そうに父さんと並んで話をしてるっぽい。

 じゃあやっぱり冗談だったのかな、日本語流暢そうだけど言葉の意味は分かってないのかもなと目を弁当に戻す。

「――それで、――、――、……」

 父さんたちの話声は小さくて、ダイニングキッチンで弁当を食べている私たちには聞こえなかった。

「テオって変な冗談言わなかったら、かなりのイケメンだよね。

 テレビのアイドルとか俳優とかよりも肌は綺麗だし、目は不思議な色だし、髪はさらっさらでさぁ……ちょっとうらやましいくらい」

「ん、ああ……姉ちゃんはいい顔の男好きだよねー」

「当然でしょ、女は度胸、男は顔よ」

「……なんか違うような気がするんだけど」

 お弁当を食べ終わり、空のパックをシンクの洗い桶に付けて、のんびりお茶を飲む。

「はー、お腹いっぱーい」

 母の手作りとかはもう食べられないけど、弁当屋の弁当も慣れればお腹いっぱいで幸せな気持ちになれる。

「姉ちゃん、アイス食べていい?」

「あ、私もー」

 篤が取ってきてくれたガリガリ博士を食べながら、まだ話し込んでいる二人を眺める。

 多分もう父さんの分の弁当は冷え切っている。

「よし、決めた。君……テオ君もそれでいいね?」

「あ、はい。よろしくお願いいたします。」

 何かを決めたらしい父さんがソファから立ち上がって、真剣な顔つきでこっちに来た。

「明、篤、今日からテオ君がうちの家政夫として家の事とかをしてくれる事になった」

「え?」

「父さん、家政婦さん雇うお金ないって前言ってたのに」

「あ、そういやそんな事を前言ってたよね、どうして?」

 家政婦雇うお金、と篤が口にすると父さんはちょっと気まずそうに笑った。

「いや、テオ君の給料はお金じゃないから、その心配はない。

 ……給料安くてごめんな……」

 父さんの給料はそんなに安くはない、高くもないけど。

 ただ、毎日の食費がかかるからだ。朝・昼・晩とコンビニとかスーパーとかで買ったりしたら……そりゃあエンゲル係数高いよね。

「……父さんのせいじゃないよ……、私が、料理上手かったら……」

「姉ちゃん……ごめん、僕も出来ない……」

「すまんな……父さんもだ……」

 母が亡くなってからというもの、まともな家庭料理があった事はない。

 何度かは挑戦したものの、結果は散々たるもので……、私たち家族は料理の才能というものが欠片もなかった。

「明日からは私がまともな食事を作るので、明の血も少しはマシになるはずだ。もちろん、父君も、篤も綺麗な血になることこの上ない」

「……テオは料理出来るんだ……」

 篤が尊敬したようにキラキラした瞳でテオを見つめる。

 そう、私たちには料理の才能はない。

 学校でやる調理実習でさえ、おまえはじっとしとけ、盛り付けて食べるだけでいいって二回目からは言われるんだ。

 料理が嫌いなわけじゃない、けど、出来たものは見かけはちゃんとしててもなぜか味がとてつもなく不味くなる。

 レシピ通りに作っても、だ。

 世間でいう味見しないからメシマズになるって類じゃない。

 それが証拠に実習以外のテストではいい点を取れてる。

「……ひょっとしてお弁当なんかも作ってくれたりすんの?」

「いや、昼間は起きてるのがちょっとしんどいそうなので朝と夜だけだ。

 で、明に頼みがある」

「何、父さん? 買い物ならいつもやってるから……」

「そうじゃない、テオ君の給料として月に200ミリリットルの血を分けてくれないか」

「へ?」

「テオ君は吸血鬼だから、それで働いてくれるそうだ」

「ええ――っ?」

 テオの方を見ると、ちょっと頬を赤らめていて、申し訳なさそうに頭を下げられた。

「その、味も質も私が食事を作ることで改善されると思うし、それより明の血には付加価値があるから月にそれだけもらえればいい」

 えーと、どういう意味かな。

「ゲロマズな血だけど月200ミリリットルで我慢してやるって?」

「そう、明の血にはそれだけの価値は十分ある、不味くてもな」

「ふ、ふざけんな――っ!」

「父さん、これでお昼の給食以外の食事もちゃんとしたものが食べられるんだねっ」

「ああ、篤。もうコンビニ弁当や出来合いの弁当からさよならだ。明とテオ君に感謝しような」

 篤の嬉しそうな声がして、父さんの声も弾んでいた。

 こんなに嬉しそうな二人は母さんが死んでから初めてみる。

「……くっ……し、仕方ないわね、献血を月に一度すると思えば……」

 そう、たった200ミリリットル、献血してると思えば何のことはない。最近は400ミリリットルお願いしまーすとか言われるだけに、量的には献血より少ないくらいで大したことはない。

「わ、わかったわよ。月200ミリリットルね、よろしく頼むわ」

「ありがとう、来月の給血日には君の血を今より綺麗にしてみせるよ。それに起きてる間は他にも家の事はするから」

 これは、ひょっとしたら、すごくいい買い物をしたのかも知れない。

 たった200ミリリットルの血で家の事を任せていいなんて……、しかもイケメンだし。

「買い物も最近はネットスーパーとか言うのだろう? あれがあるから買い物も任せてもらっていいよ」

 ということは……、スーパーに行く為にダッシュで走って帰らなくてもいいってこと?

「明も篤も、これからは部活動とかしたいものしていいんだよ」

 うわーすごーい、ありがとう父さん、テオ。

「これで……焦げた炭みたいな野菜炒めとか、芯の固いご飯とかイカ墨でもないのに黒いパスタとか、食べなくてもいいんだね……」

 篤が涙声で父さんにしがみ付いていた。

 いや、その焦げた野菜炒めは父さん作だったような……。

「明日からがんばりますね」

 泣いてる篤の頭を撫でながらテオが優しそうに言う。

 そんな優しい瞳で頭を撫でる図って……鼻血が出そうに興奮する。

「テオ君の部屋は……客間が空いてるからそこに住んでもらおうかな」

「カーテンがあって薄暗く出来るならどんな部屋でも大丈夫です」

 にこっと笑う顔は本当にイケメンで、ちょっとドキンとした。

「明、遮光カーテンをテオ君の部屋に急いでつけてくれ、じゃあ明日からはテオ君の手料理だ、よかったなぁ」


 そんな感じで昼以外の時間は家政夫を雇うことになって、私たちは不味い食事から解放されることになった。

 吸血鬼といったって、毎晩血を吸うのに襲われるということもなさそうだし、イケメンだし、料理の腕はまだ分からないけど、絶対私よりはマシだろうし。

月に200ミリリットルだけという破格の賃金で家政夫を雇えるなんて、ありがとう、ばぁちゃん。

そうやって家族皆で喜んでいると、バタリと倒れる音がした。

「テオ?」

 床にテオが突っ伏していた、さっきまで元気そうだったのに。

「あ、そういえば僕からっからに干からびそうなテオを助けたんだっけ」

 そういえば篤が淹れた薄い紅茶も口をつけてなかった。

「水でいいのかなぁ……?」

「えっと……やっぱこういう時は血?」

篤が言うや否や、人差し指をテーブルの上に乗った果物ナイフで切った。

ポタポタと少しずつ血が流れてその指をテオの唇の上に持っていくと滴り落ちて、テオの唇が赤く染まる。

赤く染まった唇が動いて、喉がこくりと鳴った。

「テオ、大丈夫?」

「何だか……不思議な味がします……処女血ほどではないけど甘い匂いがして……。でもさっきの明の血よりは飲める味でした」

 つまりは篤の血も不味いけど、私の血よりはマシって?

「あはは、僕の血でしたー」

 指をハンカチで押さえながら篤が笑う、こいつは緊張感のない……。

「……いくらある意味処女血でも、男の血はやっぱりちょっと……」

「ある意味処女血って?」

「篤、聞くな」

 父さんが篤を引っ張って聞かせないようにして、傷の手当をする。

「あー……うん、確かにある意味かな……って不潔――っ!」

 自分の言った意味が分かってしまって、顔が赤くなってしまう。

「父さん、教育上悪いよ、やっぱりテオは変態だーっ」

「明、格安の家政夫なんだから多少の不具合はあるよ……そこは我慢だ」

「父さん……」

 娘と息子が変態と毎日一緒でもいいのかと思うが、そんな多少の不具合で済むんだろうか。

「まぁ、炭みたいな焼肉とかよりはいいか……」


その時は自分の料理よりマシだったらいいかと思ったが、そんな予想を遥かに上回る料理をこれから味わうことになるとは、少しも思わなかった。



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