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家政夫は吸血鬼  作者: 紅 紅
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吸血鬼・テオ、登場

イケメンの美吸血鬼・テオ登場は、死にかけて運命の血、少女に出会う?


その日は夏日と朝からテレビで言っていて、雲一つない日本晴れな日だった。

 そんな真夏にはまだ早いという五月のある日、学校から帰宅したら知らない男がリビングに居た、というか寝ていた。

 しかも、この暑いのに黒ずくめの上下で、きっと街中であったらカッコつけてバカみたいとか思ったかも知れない。

 けれど、魘されて青ざめていても綺麗な顔立ちをしてるというのは分かった。

「えっと……誰?」

「あ、姉ちゃんお帰りー」

 洗面器と濡らしたタオルを持って弟が振り向いた。

「あ……篤、ただいま……じゃなくてーっ! これ誰?」

「行き倒れてたから、取りあえず看病してる」

「じゃあ救急車とか警察でいいじゃ……」

「姉ちゃん、ちょっと静かに」

 煩いなとばかりに溜息をついて、男の頭に濡れタオルを乗せると立ち上がって近づいて来た。

 まだ小学生なのに、大人びたというか子供らしくないという、よくお姉さんよりしっかりしているわねとか近所の人に言われる弟の顔は、病人の側で騒ぐなと言うように人差し指を口元に当てていた。

「……ごめん、でも知らない人とか家に入れて不用心じゃない」

「この人、ばぁちゃんの知り合いみたい。

ばぁちゃんの名前呼んでて、居ないって分かったら玄関前で倒れちゃって、近所の目もあるし、取りあえず休んでもらおうと入ってもらった」

「ばぁちゃんの、へぇ……ばぁちゃんにこんな若い知り合い居たんだ」

 ばぁちゃんはここには居ない。今は海の側でのんびり暮らしたいと田舎暮らしを満喫している。

「しっかし……この人綺麗な顔してるなぁ……。

 外国人……かな、髪の色は黒だけど、背は高そうだし……」

 ソファに近づいて顔を覗きこんで見る。

 前髪が目にかかっていたのを直してあげようと手を伸ばす。

 頬に指先が触れると、冷たい。すごく冷たくてびっくりして手を離す。

「何、この人冷たい……まさか死んじゃないわよね……?」

 息をしているかどうか、確認しようとすると微かに呼吸音が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろす。

「よかった……ちゃんと息してる……」

 元々体温が低いだけなんだろう、と安心したら力が抜けて男の胸に頭をつけるようにして床に座り込んでしまう。

「うん、ちゃんと心臓の音が……ん? んー……?

 ああ、してる」

 安心していると首にひたりと冷たいものが当たり、びくっと身体が跳ねる。

「ひゃうっ、な、何っ?」

 男の指が首に触れていて、冷たくて肩を竦める。

「……甘い……匂いがする……」

 寝ぼけているような、ぼうっとしているような男の声が耳に届く。

 テノールというのだろうか、綺麗なというか、やたらと気持ちいい――そんな低い声。

 このままずっと聞いていたい――甘い、心を蕩かすような、男の声。

 首に触れる冷たい指がやたらと気持ちいい。

「……の……血……匂い……」

「え、何か言った?」

 ぐったりとソファに倒れ込んでいた男のどこにこんな力があったのか、顔を引き寄せられて吐息が触れる。

 冷たい指に反して温かな息が触れてぞくりと身体が震える。

 柔らかな何かが触れ、ちくりと何かに刺されたような感じがした。

「痛っ……」

「おえぇぇぇぇぇっ!」

 嘔吐するような声がして、はっとする。

 パタパタとスリッパの音が近づいてくる。

「姉ちゃん、何っ、今のっ?」

 ガバッと男を押しのけて起き上がると、篤が何があったのかと心配そうな顔をしていた。

「姉ちゃん……」

「あ、いや……その……何でもないっ」

「あの、ここは……」

 男が今気が付いたように声を出す。

「あっ、おにーさん気がついたんだね」

「確か……君は……そうだ、百合子さんの身内の人」

 百合子さん、とばぁちゃんの名前を口にした時、すごく嬉しそうな顔で笑った。その顔が本当に嬉しそうで、胸が痛くなるほど刹那く思えた。

「はいっ、僕はばぁちゃんの孫の篤です。こっちは僕の姉ちゃん、(あかり)

「……孫……、そうか……百合子さんの孫……。

 もう、そんなに経っていたんだな……」

 懐かしむような顔は少し寂し気で、何だか胸がどきりとする。

「私はテオドルール・フォン・ブランデンブルグ、テオ、でいい。

 初めまして、百合子さんの孫の篤に明」

「あ、よ……ろしく……テオ……さん?」

「テオ、でいい明」

 笑う顔が男にしては綺麗すぎて、見つめられるとどきどきして顔が赤くなってるんじゃないかと心配になる。

 黒い髪に銀色にも見える灰色の瞳、差し出される手はさっきの冷たさが思い出されて躊躇しつつも手を指しのばす。

「あ、姉ちゃんズルイー、僕のが先だろ。

テオは僕が最初に見つけたんだから」

「ん、ああ……ごめん」

 一度伸ばした手をひっこめると、篤が手を伸ばしてぶんぶんとテオの手を振っている。

 そして私も握手をして、ソファに座りなおしていると、テオが何だかうがいをしたいというように口をゆがませる。

「どうしたの、テオ?」

「ああ、いや何だか口の中が……」

「僕お茶持ってくるねー、テオは紅茶がいい? それともコーヒー?」

 パタパタとスリッパの音をさせてキッチンに向かう篤。

「篤、紅茶を頼む。出来れば薄めで」

「じゃあ私はミルクティー、砂糖は三つで甘くしてね」

 隣のテオが何だか身体を強張らせた、そんな気がして目を向ける。

「どうかした?」

「明……君だったのか、この誘うような甘く芳しい匂いは」

 テオの伸ばした指が首に触れる、さっきと同じ冷たい指先にぞくりとする。

「あ、そういやさっき痛かったんだっけ……」

 どうなってるのか自分の右手で首に触れると、指先に赤いものが付いていた。

「何、これ……引っ掻いたかな?」

 まじまじと指先を見ていると、テオが変な顔をしている。

「あれは、君の血だったのか、あの甘ったるくてクソ不味い血はっ!」

 口を手で押さえて、わなわなと肩を震わせるテオ、何その失礼なものの言い方は。

 ていうか、何だその“クソ”不味いって言葉使いはっ、さっきまで私とか上品だったくせにー!

「テオ、女の子に向かって“クソ”はないでしょう、“クソ”は」

「姉ちゃん、何言ってんの?」

「香りは極上の処女血なのに、この鉄は足りない、濃さも足りない、やたらと甘い、ちゃんと食事をしているのか、君は?」

「へ?」

「せっかくの極上の血だというのに、この非常に残念な味は食生活の乱れというやつなのか?」

「えーとテオも、何言ってんの?」

「イケメンが処女血とか言うなーっ!」

 ボコォッ!

「あ……つい」

 手が出てしまった。

 さっきまで倒れていたというのに、グーで殴ってしまっていた。

「姉ちゃん、相変わらず手が早いんだから」

 会話になってない、とお茶を入れるのに戻った篤がトレイにカップを三つ乗せて来る。

「はい、姉ちゃんの甘いミルクティー。テオには薄い紅茶、僕はまぁ、紅茶を普通に」

 テーブルに置かれたカップは薄―い紅というよりは赤茶の薄い色の紅茶と普通に紅褐色

「うん、これこれ」

 一口飲めばほんわかとした気分になれる甘いミルクティーにイケメンのクソ及び処女発言に荒んだ気分が治ってくる。

「よくそんな甘いものが平気で飲めるもんだな……」

 しみじみと口にされたことに手が無意識の内にグーの形になる。

「姉ちゃんは甘党だから」

 慣れたもので篤はテオにさらっとそう言った。

「で、さっき言ってた“処女血”って何?」

 篤――っ、中学生がそんな言葉使っちゃだめぇぇぇっ!

 あまりのショックに言葉が出ない。

 イケメンが、せっかくのイケメンが変態発言なのは痛すぎる。

 連れて歩けばすごく自慢出来そうなイケメンなのに。

「ああ、言葉通りで処女の生血の事だが」

 このっ、残念イケメン何を言ってやがる!

「生血の中でも極上の高級品……」

 最後まで言い終わらない内に、テオをグーで殴っていた。

「姉ちゃん!」

 私の腕を止めようとしている篤に、こんな変態にも優しいのな、うちの弟……とほろりとなった。

「顔はやめたげてよ、これで顔面破壊されたらテオがただの変態になっちゃうよ」

「……………………篤」

「誰が変態だ……」

「「テオが」」

 二人同時に名前を口にした。

「私の唯一の栄養源が……変態、だというのか?」

「「へ?」」

「唯一のって、それしか食べられないって意味?」

「そうだ、こういった紅茶とかパンとかは食べたり飲んだりは出来ない事は無いが、どれだけ飲んでも食べても、腹を満たすことはない」

 えーと、何? 理解出来ない。何を言ってるんだろう。

 私ってそんなに頭悪かったかなぁ……。

「私は吸血鬼だから、仕方がない」

「「ええぇ――っ!」」

 そういえば、ばぁちゃんの知り合いって言ってたっけ……、じゃあばぁちゃんも?

 テオって十代後半くらいに見えたけど……実はばぁちゃんと同い年くらいとか?

「……テオって何歳?」

「数えるのも面倒になったので数えてないけど、多分君らよりもずっと年上だよ。

 ああ、見かけは十九くらいで止まってるかも知れないけど」

「なんで十九?」

「それは私が死んだのが十九歳だったからだよ」

 にっこり笑ってそう言い放つ、そのキラキラした笑顔に嘘はないみたいで本当にそうなのかもとこくこく頷く篤と私。

「吸……血……鬼……て、あのドラ○ュラとか○スフェラトゥとか○ラド公爵とか、ドラ○ュラ都に行くとか、嘘、そんなの現実に居るわけない……あれは映画で」

「姉ちゃん、○ラド公爵はモデルで映画じゃ……あ、映画あったっけ」

 信じられ位と内心おろおろしつつ言う私に、篤が突っ込みを入れる。

「私も国に帰ればお城あるよ、行ってみる?」

「わぁ、お城すごいなー……って、そうじゃなくてっ!」

「ああ! だから昼間で行き倒れてたんだ」

 篤が納得した、というように両手をポンと鳴らした。

「昼間動けないわけじゃないけど、日本暑いね、干からびてもうダメかと思ったよ」

 ……まぁ、それは否定出来ない。夏場じゃなくても三十度超えたり、日射病とかで倒れる人も居るわけだし。

「身体中の血が沸騰するんじゃないかって暑さだね、いやー話には聞いてたけど、本当に日本の夏って怖いね」

「そうだ、お土産あるよ、百合子さんの息子……娘はいつ帰って来るの? 早く会いたいなぁ」

「テオ、ばぁちゃんに娘は居ないよ、息子で僕らの父さんなら夜になったら帰って来るよ」

「百合子さんに似てる? 楽しみだなぁ、早く帰って来ないかな」

「よっぽどばぁちゃんに会いたかったんだ?」

 ……さっきまでのは冗談だったんだろうか、黒いカバンからいそいそと箱を出してテーブルに置いていくのを見ていると、もうどうでもいいかって気になってきた。

 見てるだけならすごく眼の保養だし、詳しい話は父さんが帰ってからでもういいや。

 父さんにテオの事を丸投げにしてしまうような気もしたが、にこやかに笑っているイケメンの顔を見ていたらどうでもよくなってしまった。

 篤はお土産に興味が向いてしまっているし。

家政婦の吸血鬼の話です。

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