60 精霊召喚というもの
「なんだこれは!?」
「驚きましたね……」
扉を開いた向こう、エルヴェレストのお屋敷の奥にわざわざ【空間扉】を開くためだけに誂えた部屋がある。
わたし、カタリナ、アルトリウスとエルディラン殿下、ザークさんとわたしたちのお付きメイドのみんながその部屋を経由して、屋敷のホールに出ると、既にロベールさんや屋敷のメイドたちが揃って待っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方。」
「ただいま、じい。みんなも。」
「「「お帰りなさいませ。」」」
メイドたちの揃った声が心地よい。
「ここは本当に王都なのか。これが伝説の空間移動魔法……」
「そんな大層なものじゃないのですが。これでなかなか制限がありますから、自在にあちこち行けるわけではないですし。」
殿下たちが一様に驚いているが、【空間扉】を使いこなすには風景を写実的に覚える記憶力が必要なので、そうあちこちに扉を開けるかというと割と微妙だ。
エルヴェレスト公爵邸の専用部屋はなるべく覚えやすい様な装飾をしており、実家の辺境の村のわたしの部屋もまた然りだ。
似たような風景の森の中とか、どこに跳ぶか分かったものじゃないね。
「凄えな、流石はイルミナ。俺様が師にと仰いだだけのことはある。」
アルトリウスが感心したようなことを言うが、その台詞、間接的に自分を褒めているからね?
まぁ、【空間扉】に関しては、かつての時代にもそれ程使い手がいたわけではないので、誇らしくないといえば嘘になる。
そもそも空間魔法自体、非常に使い手が少ない魔法大系ではあったけどもさ。
「じい、街の現状を分かる範囲で良い、報告するのじゃ。」
「はい、お嬢様。既に【伝言】の魔法で概要はお伝えした通りですが、先だって街の中央広場付近に巨大な獣型の魔物が出現し、街を蹂躙し始めました。冒険者やギュンターたちが討伐に向かいましたが、ヒトの身であの巨体と戦うには些か無理があったようです。苦戦を強いられましたが。ですが、ややあって飛来した黒いドラゴンが魔物と対峙し、現在はどうやらドラゴンの方が押しているようです。」
カタリナはロベールさんと【伝言】で情報のやり取りをしていたらしい。
わたしがシエラやギュンターと通信していたことと同じだね。
「黒いドラゴンとは彼女のことだな?」
「我々も向かいますか?」
エルディラン殿下とザークさんがそれに反応するが、正直殿下たちが行ってどうにかなる戦いじゃないだろう。
それよりも殿下たちには行くべきところがある。
「いえ、殿下とザーク様は王宮へ向かってください。アルト、貴方も一緒に行ってきな。」
「えっ、俺様もか?」
「当たり前でしょ、王宮にいるのは貴方のお父上なんだよ?」
「ああ、まぁ、そうなんだけどよ……」
ええい、歯切れが悪いなぁ。
「王宮にも大型の魔物が顕れたことを忘れたの? 近衛の騎士が奮戦してるとお爺様——公爵様は仰っていましたが、ブラストゴーレム並みの魔物だとしたら一般の騎士では荷が重すぎる。アルトならあのクラスの魔物は対処可能でしょ。」
「アルトリウス、今は私と来い。私が嫌いなのは構わんが、父まで嫌いというわけでもあるまい。」
「ああもう、わかったよ。」
「よろしい。」
まったく世話の焼ける。
まぁ、アルトリウスだけではちょっと不安なので、先行させてるシエラと合流させよう。
そもそもあの子は性格はともかく能力的に前衛向きじゃないし、前衛のアルトリウスとは相性がいいので、いくつかコンビネーションも練習させてある。
「で、イルミナはどうすんだよ。」
「わたしは……そうだね。魔物が発生する原因を調べようかと思う。この事件、単に迷宮の魔物が溢れているだけじゃない気がするんだよね。だいたいブラストゴーレムだの大地の巨獣だのと、常識じゃ考えられない魔物が出すぎなんだよ。」
百歩譲ってブラストゴーレムは迷宮産の可能性はあるにしても、大地の巨獣とかどう考えても別口でしょ。
あれは土の精霊力の強い土地に高い魔力濃度が介在しないと自然発生とか絶対にしない魔物だぞ。
この土地は湖や河川が近くて、その上都市だから水の精霊力が極めて高い土地柄なので、どこをどうひっくり返しても大地の巨獣が発生する素養なんか無いんだよなぁ。
迷宮内なら魔力濃度的には充分かもだけど、【オーグル】は後天的に生体系の迷宮と化してる様だし、土の精霊力が極端に高くなってるとは考えにくい。
「やっぱ誰かに喚ばれたんだろうなぁ……」
「喚ばれたとはどういうことだ?」
わたしのいつもの呟きに乗っかってきたのは殿下だった。
「あ、いえ、大地の巨獣なんですけどね。あれは性質的に魔物というよりは精霊に近くてですね。【精霊召喚】の対象になるんです。」
「……続けよ。」
殿下はわたしに話を促す。
「はい。【精霊召喚】というのは召喚魔法のひとつで、読んで字の如く精霊を喚び出し、お願いを聞いてもらうスキルなのですが、【従属召喚】とは違い契約を必要としません。指定した精霊を無理矢理召喚するスキルなのです。」
「それで?」
「本来、【精霊召喚】に応じる精霊というものは、喚ぶ魔導師の実力に比例しています。ですので、喚ばれて応える精霊は魔導師相応のものになるのが常ですし、精霊の機嫌次第ではお願いも聞いてはくれません。ですが……」
「……どうした?」
わたしが浮かない表情をしたので、少し心配させてしまったみたいだ。
「魔導師の力量を超えてより格上のものを無理矢理に呼び出すような術が無いわけではないんです。ただこれにはリスクがありますし、成功して喚び出したとしても、対象が魔導師の制御を受け付けてくれない可能性が非常に高いのです。」
「ひとつ質問だ、イルミナ。」
殿下がわたしの話を切って訊いてくる。
「はい、何でしょう。」
「大地の巨獣とはそう簡単に召喚、制御できるような精霊なのか?」
「無理でしょう。大地の巨獣は普通の精霊と格が違いすぎます。わたしならば可能ですが、この時代にわたしの他にそれを可能にするほどの召喚魔法の使い手は恐らく居ません。」
スキル技術が後退したこの時代だけでなく、かつての賢者の時代ですらわたしと同等の召喚魔法の使い手は居なかった。
召喚魔法は契約だのなんだのと結構めんどくさい魔法だ。
【従属召喚】ならまず従属させる魔物を実力で抑える必要があるし、【精霊召喚】は喚んだ後の制御とか非常に面倒い。
好きこのんで極めよう、なんて物好きはあまり居ないマイナージャンルなんだよね。
低いレベルの召喚ならネズミやカラスなどの簡単な使い魔とか喚べて便利っちゃぁ便利なので、低いレベルで習得している魔導師はかつて大勢いたのだけど。
「もう一つだ。その術とやらで無理矢理格上の精霊を喚んだ魔導師はどうなる?」
「恐らく、死にます。ちょっとくらいの格上ならばともかく、例えば召喚魔法のスキルレベルが3くらいの魔導師では大地の巨獣を喚びだすだけで枯渇以上に魔力を使い果たして、発狂して死に至るでしょう。そもそも一人では召喚自体が成立するかどうか。」
「つまり、大地の巨獣を喚んだ者——いや、魔導師その者ではなく事件の黒幕は貴重な召喚魔導師を使い潰すことができる存在だということだな?」
マイナージャンルを習得する魔導師を貴重と呼ぶなら、まぁ召喚魔導師は貴重だよねぇ。
実際のところ、大地の巨獣を召喚するのにレベル3程度の魔導師だと何人必要かな。
概算でも最低五人は必要な気がするんだよなぁ。
そんな戦力を使い潰す様な真似するかなぁ。
この時代にあって、魔導師は貴重な存在だ。
なんせこの国では魔法使える魔導師は遍く全てが貴族なわけだからだ。
もちろんわたしがちょっと鍛えたエルヴェレスト家関係の使用人達や、わたしの出身の開拓村の面々は例外だけどね。
流石に魔導師五人は使い捨てとしてはどうなのかと思わないではない。
まぁ、今は考えていても仕方ないし、一刻を争う状況でもある。
「ふむ。一応留意しておこう。では我々は父の元へ行こう。良いな、ザーク、アルトリウス。」
「はい。」
「ああ。」
「それから申し訳ないが、キュクロはここに置いていく。あとを頼めるか? カタリナ殿。」
実はザークさんが担いで来ていたのだが、この期に及んで未だに【昏睡】から回復しないキュクロを殿下はカタリナに押し付けた。
ちなみに状態異常のかかり難さは各種状態異常に対応したステータス依存なのだが、状態異常からの回復は一律VIT依存なので、VIT値が低いと復帰が異様に遅かったりするのだが……こいつは特に遅い気がする。
「お任せください。アルトも頑張るのじゃぞ。」
「おう、じゃ、行ってくる。」
殿下たち三人が王城に向かう。
エルヴェレスト邸と王城は敷地的には隣り合わせみたいなものだが、その敷地が双方にアホみたいに広いので徒歩移動では時間がかかるだろう。
かといって馬車が出せる様な状況ではないので、わたしが風の精霊魔法の【神速】をかけてあげた。
ステータスのAGIと単純な移動速度を上げる優れものスキルだぞ。
「さて、妾たちも行くか。」
「ん? カタリナもどっか行くの?」
「何を言うとる。妾は其方と一緒に行くぞ。」
……できれば一人の方が行動しやすいんだけどなぁ。
まぁ、言って聞く人じゃないからね。
仕方ない。
いつも読んでいただきありがとうございます
ところで明日21日は筆者の誕生日だったりします
特にめでたいという年齢ではないのですが、最近某アニメキャラクターが同じ誕生日なこともあって、ツイッターのTL上にそのキャラクターのおめでとうが吹き荒れるんですよね
なんとなく惨めになる筆者




