幕間 —— 巨獣の対峙
王都シュナイゼルの中央広場、現在そこは阿鼻叫喚の地獄と化していた。
元は街であったその場所は、瓦礫と死に彩られ、今なお悲鳴と怨嗟が飛び交う恐怖の空間を形成していた。
その中心に王のように座する……いや、四つ足なので座するとは表現しづらいその存在は、逃げ惑う王都の市民を気に止めることもなく、ゆっくりと王城に向かって歩き始めた。
頭から尾までの体長、およそ50メートル、頭から生えた二本の歪な角を入れればそれ以上。
体高は一番高い肩の部分でおよそ20メートルあり、頭部周りから生えた鬣がさらに見た目を大きく見せている。
全身紫色の体毛に覆われた巨大な獣型の魔物。
大地の巨獣——あまりにも圧倒的な死の具現がそこに存在していた。
大地の巨獣はその巨体の所為か、地上を這うように移動する。
一歩ごとにズシン、ズシンと小規模な地震を思わせる揺れを響かせながら、ゆっくりと、だが確実に歩を進ませていた。
ただ歩いているだけなのに、街はどんどん崩壊していくという、まさに動く災害と化している大地の巨獣を、人びとはただ指を咥えて見ていたわけではない。
魔物を狩るのは冒険者の生業のひとつだ。
そして王都の冒険者ギルドは、近隣の冒険者ギルドを見渡しても図抜けて力量の高いメンバーが揃っていた。
その上、かつてBランクまで駆け上がり、惜しまれつつ引退し、いち貴族の専属護衛チームとなった「重戦騎」の面々が揃い、万全の体勢で紫の巨獣を迎え撃った。
ところが、巨獣はそんな人族たちの万全の布陣をあざ笑うかのように一声吼えた。
同時に起こる局地的な地震により、人族たちは大打撃を受ける。
人族に限らないが、両の脚で立って生きているヒト種は、波打つような地面を相手にマトモに戦える状況ではない。
地に足をつけている以上、ヒト種が大地の巨獣とマトモに渡り合える目は無いのだ。
其れこそ、背に翼を持つ翼人や飛翔魔法を駆使できる大魔導師でも無い限り、同じ戦場に立つことさえままならない。
大地の巨獣は壊滅したヒトの群れを一瞥すると、興味を失ったかのように歩を進め始める。
「くそっ、俺たちじゃトドメを刺す価値すら無いってことなのかよ。」
「重戦騎」のリーダーであり、かつて「重戦士」と呼ばれ、冒険者としての尊敬を集めた男、ギュンターは己の無力を実感していた。
そもそも質量に差がありすぎる。
ギュンターはヒト種人族、平均よりは大分背が高く、190センチとかなりの長身であり、重装備を主とするためにガタイも良い。
だがそれはあくまでもヒト種が相手の場合だ。
全長50メートル、体高20メートルなどという、小高い丘とも謂える様な魔物はヒト種が戦うには規模が違いすぎた。
「ちっ、このまま行かせてやるかよっ!」
ギュンターは声を荒げるが、彼我の戦力差は如何ともし難かった。
冒険者たちの攻撃など痛痒も感じぬ巨獣と、数はいるが、手負いの冒険者数十人では明らかに役者が違いすぎた。
本来なら絶望的な状況だが、ギュンターにはある確信があった。
彼が信頼するとある少女が、「なんとかするから」と言ったのだ。
となればきっとなんとかなる。
ギュンターとしてはそれまでの時間稼ぎができれば良い。
「みんな、もうちょい頑張ってくれ! きっと援軍がくる。それまでなんとか王城に近づけるな!」
ギュンターは広く信頼を集める元B級の冒険者。
その言葉は傷ついた冒険者たちを鼓舞する。
だが、そんな彼らをして更なる絶望が襲う。
王都の上空を恐怖の象徴が飛ぶ。
それは、ドラゴンだ。
◇◆◇◆◇
ドラゴンとは魔物の頂点だ。
古い伝説や伝承は、必ずドラゴンとの戦いを謳う。
多くの物語では勇者に倒される運命にあるその魔物は、実際に対峙すればそのあまりの強大さに圧倒されることだろう。
ドラゴンはこの世界の最強種であり、無敵とも謂える存在だ。
実際は魔導を極め、生身で殴り倒す様な存在もいたりするが、これはあくまでも例外中の例外だろう。
そんな魔物の王ともいうべき黒翼の主が王都の上空を旋回していた。
もちろん、王都の民は現実にドラゴンなど見たことはない。
普通ドラゴンは各々に巣を持ち、その巣から数十キロ程度の縄張りを持つとされ、ヒト種が街や集落を作る際はその縄張りを避けて作るのが慣例だ。
そうしなければドラゴンは縄張りの中のヒト種の集団を襲うからである。
稀にヒト種と友好を結ぶ個体もいたりするが、そんなのは本当に希少で、大概のドラゴンはヒト種など虫けらと同様——もしくはエサくらいにしか思っていない。
少なくとも、ヒト種の伝承ではその様に語り継がれており、決してこちらから手を出してはいけないものだと、幼い頃から大人に口を酸っぱくして聞かされる。
「イタズラするとドラゴンに食べられる」なんて子供相手の脅し文句もあるくらいなのだ。
その伝説や伝承にしか聞いたことのない幻の魔獣が、王都の空を飛ぶ。
本物のドラゴンなぞ見たことがないハズの王都の民だが、その姿は伝承にある通りのものだ。
王都の民はあれがドラゴンだと、直感的に、感覚的に、伝承的に知っていた。
それほどまでにその存在感は強大だった。
「あれは……ドラゴンなのか?」
「まさか、生きてるうちにあんなものを見られるなんて……」
「終わりだ! もう王都は終わりだ!」
王都の民にしてみれば、街のあちこちで魔物が暴れ、見たこともない巨大な獣が街を半壊させ、そして伝説の魔物の王が空を駆けるこの状況は絶望以外の何物でもないだろう。
だが、彼等に絶望を齎した空の王はゆっくりと街に降り立つと、歩みを続ける巨獣の前に立ちはだかったのである。
最近ちょっと短くてすみません
しばらくは幕間でカルナヴァルの戦いをやる予定