56 大地の巨獣
「ちょっと、ギュンターさん! 詳しく教えて!」
『詳しくも何も、あんな魔物初めて見たぞ! でっけえ角の生えた四つ足の獣型だ!』
でかい……獣?
まさか……?
『マスター、王都に到着いたぜ。』
急な【伝言】はシエラだ。
彼女には取り急ぎ王都に急行して、お爺様の周辺についてもらおうと思って行かせたのだ。
まぁ、お爺様は王様とご一緒らしいので、ついでに守ってあげようかと思ってたんだけど、ちょうど良いので「目」になってもらおう。
彼女が最近取得した【感覚共有】というスキルがある。
対象と五感を共有するスキルで、マスターと使い魔なら100%タイムラグ無しで情報のやりとりが出来る優れものスキルだ。
「シエラ、ちょっと目を貸して。それで、王都に大きな魔物がいるはずなんだけど、そいつ探して!」
『探すまでもねぇな、マスター。あれは嫌でも目に入る。』
視覚をシエラと繋ぎ、その視界を借りる。
これでシエラが見ているものをわたしも見ることができる。
そうして見えた王都の現状——シエラが鳥型で空を飛んでいるため、王都を俯瞰で見ることができた。
パルマス王国、王都シュナイゼルは内正門から真っ直ぐに幅100メートルはあろう大路が王城まで伸びている。
その大路の内正門と王城のちょうど中間点に中央広場があり、常ならば屋台が立ち並び、王都市民の憩いの場となっているその場所にそいつはいた。
『おい、嬢ちゃん! 聞こえてんのか!』
「聞こえてるわ。ついでにそっちの様子も確認してる。」
『お、おう……そうなのか? まぁ、嬢ちゃんのことだからまた何かのビックリドッキリ魔法で何かしてても不思議じゃ無いけどな。』
何だそのビックリドッキリ魔法というのは。
別にわたしが特別変な魔法を使うわけじゃないぞ。
世界の技術レベルの方が低いから、相対的に珍しい魔法を見せる羽目になるだけだ。
『で、なんなんだよ、あのデカブツは。』
「まったく……なんであんなモノが王都に顕れるのか不思議だわ。あれは魔物というよりは精霊に近い存在なのに。」
『精霊……? 精霊って、精霊魔法のあの精霊か?』
「ええ、あれは大地の巨獣よ。」
個体差はあるが、平均して全長50メートルを超える巨躯、頭から生える巨大な二本の角、深紫の体毛にどこまでも紅い瞳を持つ四つ足の獣。
それが大地の巨獣という魔物だ。
大地の巨獣は魔物には違いないが、元々は大地の精霊であり、本来なら人里や街中に顕れる存在ではない。
もっと大地の精霊力に富んだ地域……例えば山岳地帯や巨大洞窟などに顕れることはあるが、街中というのは自然発生するには少々考えづらい場所だ。
街は大地の上にあると考えればおかしくはないのだろうが、この街は王城近くに湖、郊外にグナイ川という巨大河川と水の精霊力も強い土地柄だし、ヒトが住めば火を使うので、火の精霊力もふんだんに存在する。
大地の上位精霊である大地の巨獣が他の精霊力が強い土地柄で自然顕現するなど、魔導学の見地から言っても非常におかしい事象だ。
ついでに言うなら、この街は迷宮の上に建っている。
とてもじゃないが、大地の巨獣クラスの大精霊が顕現するには条件が整っていなさ過ぎる。
「つまりは、何らかの力が働いている……?」
まぁ、この魔物襲撃事件自体不可解なことが多すぎる。
とはいえ、 考えて答えが出る話でもなく、このまま放置もできない。
しかしなぁ……大地の巨獣だぞ……。
正直、シエラでは勝ち目は薄い。
圧倒的に質量で負けている。
重量差というのはそれだけで大きなハンデになる。
そもそもシエラは正面から戦うようなタイプの子じゃないしね。
ウチで質量戦が出来る子って言えば……。
「カルナ、聞いた?」
「はい。ですが、我の本性を街で明かして問題ないでしょうか?」
「まぁ、ちまちま攻撃されるかもだけど、あんたなら大丈夫でしょ。一応、ギュンターさんに救援送るからって伝えとくから、なんとかしてくれるかも。」
「まったく……マスターは相変わらずいい加減ですね。」
呆れた顔してくれるな。
美人が台無しだぞ?
「ですが、ここはどうしましょう。我の力無しでもアレが倒せますでしょうか?」
「まぁ、最悪わたしがなんとかする……」
「いや、ここは私が代わろう。」
横から声を挟むのはエルディラン殿下だ。
「其方がアレと戦うのはいかんのだろう?」
「いかんと言いますか、わたしが核魔石を抜いても良いのですが、核魔石は大きいものではありませんから、命中に難がありまして。」
わたしは一息ついて言葉を続ける。
「万が一外した場合、反撃スキルの火力でここら一体吹き飛ぶ可能性が割と高い確率であります。」
「……大惨事ではないか。」
「ですから、わたしが直接攻撃に参加できないのですよ。わたしにとっては相性最悪の相手です。」
まさかわたしの存在を知っていてここにブラストゴーレムをぶつけてきたんじゃないよなぁ……偶然と思いたい。
そもそもブラストゴーレムは大火力持ち全般的に鬼門の魔物なのだ。
わたしのような高INT持ちは【フレアアロー】(精霊魔法・火の基本的な攻撃魔法。低威力、連射可)ですら硬い岩盤砕くくらいに強い。
攻撃魔法は大は小を兼ねないんだよね。
魔法には体術スキルの【手加減】的なスキルも無いし、そもそもアレはHPを割合で残して即死を避けるスキルであって、与ダメージを軽減するスキルではない。
「ならばなおのこと、其方を前線に出すわけにはいかぬだろう。見渡せば学生達や講師陣も満身創痍だ。キュクロは未だに目を覚まさん。ならば私がその任に当たるしかあるまい。」
「しかし御身はこの国の太子なのですよ? 万一があったら……」
「なぁに、其方が後ろにおるのだ。万が一など起こらんよ。」
くそう……なんていい顔で言い切るんだこの兄ちゃん。
「さて、そういうことだ。カルナとか言ったか? 其方は王都を救ってくれるのだろう? では改めてこの国の王太子として請おう。民を救ってくれ。街はまた造り直せば良いが、民はそうはいかぬからな。」
「……マスター、よろしいですか?」
そう言ったカルナは、何かを決意したような目をしていた。
そういえばカルナは王都の古い街並みやそこかしこにあった彫刻などの芸術作品を気に入っていたな。
次代の国王たる王太子が、そのお膝元たる街が蹂躙されるのを良しとするはずがないのに、それでも街より民を救ってほしいと請うた。
その覚悟が、彼女なりに何かを思うたのかもしれない。
「好きに暴れてきなさい。後の責任は持ってあげるから。」
「感謝します、マスター。そして承ったぞ人の子よ。出来る限り其方の民を救おう。」
そうしてカルナは空を見る。
この練武場は屋根が半開になっていて、空が見える作りになっているのだ。
「では行ってまいります、マスター。」
カルナが人型から竜型に戻り、その翼を羽撃かせて大空に飛翔する。
それを目撃した周囲の人々……正体を知るカタリナ以外から驚嘆と悲鳴が飛び交う。
アルトリウスやザークさんも例外ではないが、エルディラン殿下だけは特に驚いてはいない風だ。
「やはりか……人化のスキルでヒトに成っていたのか。」
「知っておられたのですか?」
「恐らく……という程度で確信があったわけでは無いがな。私はかつて竜人族に会ったことがあるのだ。」
「成る程。」
「幼かった私は、皆が距離を置く中、その竜人族になにかと懐いてな。色々教えてもらったのだ。」
「その方は?」
「もうどこへ行ってしまったのやら……姉や兄なら知っているかもしれんな。」
わたしも本物の竜人族に会ったことはないんだよね。
まぁ、別に会わなくてもいいけどさ。
「さて、今はこちらの方を優先せねばな。」
「そうですね。では後衛は任せていただきましょう。」
そうして、わたしと殿下は改めてブラストゴーレムに視線を送る。
そこにはゴーレムの攻撃を耐えるアルトリウスと、その周りを牽制するカタリナ、ザークさんの姿があった。
前回過ごしやすくなったとか後書きに書いたばかりなのに、暑さが戻ってきちまったよ!