53 王家の隠し事
「勝者、アルトリウス殿下。」
ザークと呼ばれた青年が判断を下す。
まぁ、誰の目から見ても明らかだしね。
「口だけだったな。まだ色々試したいことがあったってのに、情けねぇなぁ。」
もちろんアルトリウスがここ数日で研鑽していたのは【ブラストアキュミレーション】とその関連スキルだけではない。
個人的にはちょうどいい試金石だと思っていたので、拍子抜けの感は強い。
実際、アルトリウスの一撃は大したダメージではないはずだが、その一撃すら碌に耐えられないとか、どんだけHPとVIT値低いんだこいつ。
剣術としては見るものはあったが、キュクロ個人としては完全に無視しても問題ないな。
「本当にアレが貴族院剣技会で準優勝だったんですか? 俄かには信じがたい話なのですが。」
「事実には違いないが、真実はもう少し深くてな……まぁ、其方ならばいいだろう。その年の優勝者は私の兄なのだ。」
「兄……ガストーニュ殿下ですか?」
「ああ、流石に知っているか。だが、兄の実力は知らんだろう。」
「わたしの様な木端貴族にはとんと情報が降りてきませんね。」
「それは仕方がない。王家がその実力を隠匿しているからな。」
王家が隠し事?
まぁ、それ自体は珍しい事じゃないが、なんでまた王家に連なる一族の実力を隠匿する必要があるんだ?
「我らが兄、ガストーニュ・ド・パルマセウスは一言で言えば天才だ。」
エルディラン殿下が、澱みなく言葉を紡ぐ。
「兄は、剣術に限らず、槍術、弓術、無手術などの武芸百般に於いて他を圧倒し、それでいて軍略、策術、政治、経済、ありとあらゆる分野で優れた才覚を持ち、神童と謳われるほどの人物だ。」
殿下はその話をしている時、実に晴れやかな表情をしている。
まるで神を褒め称える様な勢いだ。
「それでいて思慮深く、謙虚で気が利く性格でな。正直私がこの世で最も尊敬する人物だよ。だがな……」
そこまで言ってから、急に苦虫を噛み潰したような表情になり、吐き捨てる様に話す殿下。
「それが気にくわない人物がいるんだ。すぐ近くにな。まぁ、これは家の恥だからな、ここまでにしておこう。で、ここまで言えばキュクロ準優勝のカラクリがわかるだろう?」
「そのガストーニュ殿下が突出して優秀で、次席以下はいいとこどんぐりというわけですか。」
「兄の世代は本当に兄以外に人材がいないことで貴族社会では有名でな。キュクロが一応の形で剣技会の準優勝だったが、他の連中も似たり寄ったりだ。ちなみに剣技会の決勝試合の試合時間開始二秒ノックアウトの記録は恐らく今後も破られることはあるまい。」
「参考までにお聞きしますが、キュクロ様の準決勝の試合時間は……」
「さぁな。見てはいたが、非常につまらん試合だった記憶しかないな。十分以上はやりあっっていた気はするが。」
剣術の試合で十分以上って……。
どんだけなぁなぁの馴れ合い試合だったんだそれは。
「さて、殿下の思惑はともかく、試合はアルトリウスの勝ちです。」
「分かっている。今日のところは引き揚げるとしよう。」
「出来ればわたしのことは忘れていただけると有難いのですが。」
「それは出来ぬ相談だ。私は其方が気に入ったのでな。なに、仕官云々はともかく話相手くらいにはなってくれるだろう?」
「お時間が合えば構いませんが、お忙しいのでしょう? こちらから合わせる気はありませんよ? わたしもこれでも忙しい身なのです。」
「分かった分かった。いずれな。」
そうこうしているうちに、目を回したキュクロを担いだザークとアルトリウスがこちらにやってくる。
「殿下、どうされますか、こいつ。」
ザークは一応の同僚をこいつ呼ばわりしている。
色々苦労させられているのか、言葉の端にほんの少しだけ棘がある感じだ。
「今ここで起こしても面倒だからな、悪いがそのまま担いで運んでやってくれ。ちょっとやそっとじゃ起きないとは思うが、どうなんだ? アルトリウス。」
「えっ、あ、ああ、命に別状はねぇだろうが、恐らく状態異常の【気絶】になってるから直ぐは覚めねぇと思うぜ。神聖魔法でも使えるんなら別だけどよ。」
アルトリウスは突然エルディラン殿下に振られて、少し戸惑ったもののその答えはしっかりしていた。
「ふん、少しはできる様になったな。」
「兄貴には関係ねぇだろ。俺のことなぞ気にしねぇで国のことだけ考えててろよ。その方がお互いのためだ。」
「くく……違いない。」
エルディラン殿下は愉しそうに少し微笑う。
どうにも捻くれてるがだが、この兄弟ホントは仲良いんじゃないのか。
「さて、ではここらで戻るとしよう。短い時間ではあったが中々に楽しめたぞ。」
「もうくんなよ。」
「それは約束出来ないな。安心しろ、そう頻繁には来れん。これでも忙しい身なのでな。」
人の悪い笑みを浮かべ、わたしとアルトリウスを交互に見る殿下。
最初はどうなることやらと思ったが、思いのほか理性的な人で助かった。
わたしの仕官に関しては諦めて貰うとして、この国の王太子と知己を得られたということは少なくともマイナスにはならないだろう。
……その時、空気が変わった様な気がした。
ザークさんに魔力接合があった。
わたしの【魔力感知】は周囲の魔力の流動をオートで捉えるので、一般的でない魔力の動きは直ぐにわかる。
これは【伝言】の魔法だ。
「……殿下、一大事です。」
「どうした?」
「王都で魔物が大量発生し、暴れているとの連絡が入りました。」
短くてごめんなさい