52 ブラストアキュミレーション
「僭越ながら、この勝負、ピュリフィカイト伯爵家が嫡子、ザークが見届け人に指名された。双方、規定に従い、遺恨を残すことがない様、全力を持ってあたれ。」
「天意に従う。」
「天意に従う。」
二人が戦いの誓いを立てる。
貴族同士の決闘は神が決着を見届けるという体らしい。
天意は神の意向、その意向を王が受け止めて、王意を持って見届け人を指名するとかなんとか、めんどくさい規定があるらしい。
本来なら貴族同士の決闘は王の裁可が無ければ認められないものだったと後からカタリナに聞いた。
もっとも今はほぼ簡略化され、位階の上位に立つものが審判(見届け人)を指名して、事に当たらせることが殆どだそうだ。
昔は決闘ともなれば決着が付くまでやったらしいが、今はそこまで荒事にはしないらしいからね。
ただまぁ今でも名目上は決闘で命が落ちても、対外的には問題ないそうだ。
もちろん貴族社会の話なので、名目上はどうあろうと禍根が全く残らないということにはならないとは思う。
「ふふん、突然の仕儀にて、多少驚きはしましたが、良かったのですかな? 私のことを知らないわけでもありますまい。」
「もちろん知っているさ、キュクロ・オプーナー子爵。五、六年前だかの貴族院剣技会の準優勝者だろ。」
「ほほう、そうと知っておいてなお私に挑みますか。よろしい、格の違いというものを教えてあげましょう。」
へぇ、あの小者貴族、そんな経歴持ってるんだ。
わたしが意外そうな表情をしていると、頭の上から補足が入る。
「五年前はちょうど私の代が貴族院に入学したばかりの年でな。その時の最上級生がヤツの代だ。その年の貴族院剣技会の話だな。」
エルディラン殿下は金ピカ趣味はともかく、背が非常に高いのでわたしとの対比がすごい事になってる。
今は二人で並んで立って見ているわけだけど、殿下が190センチくらいで、わたしはというと150センチ無い。
まさに言葉が天から降ってくる感じだ。
「準優勝とは、なかなかじゃないですか。人は見かけによりませんね。それとも、人格と実力は別物ということですかね。」
「まぁ、対外的にはな。あの年の貴族院剣技会にはちょっとした秘密があってな。」
「秘密……?」
「直ぐに判る。」
そもそも貴族院剣技会というものがなんなのかというと、大雑把に説明するならその年の貴族院学生の中で一番強い剣士(剣に限らず武器自由、魔法無し)を決める学内大会だそうだ。
毎年年度の最後に行われているらしい。
ちなみに魔法の大会もあるらしい。
「ははははっ、そうと分かっていて私に挑むとは面白い! ひとつ、剣というものを教授して差し上げましょう。哀れなハズレ王子様にね。」
「吠えてろよ。蜥蜴野郎。」
「くっ、またもやその様な悪態を……!」
悪態ついてるのはどっちなんだよ、あの小者貴族。
流石に弟子をああも悪し様に言われ続けてると、腹が立ってくるんだけど。
「ふむ……言う様になったな。」
何故か殿下は嬉しそうなんだが。
兄弟仲悪いんじゃなかったっけ?
◇◆◇◆◇
最初の一手は小者貴族——キュクロからだ。
キュクロは手に持つ細剣を思いのほか巧みに振るう。
細剣は一応「斬る」動作も行えるが、基本的には「突く」動作をメインにする剣だろう。
刺突は斬撃に比べ、動作のひとつひとつがコンパクトになり、それ故に攻撃速度が早い。
斬撃の様に振り払うという、言わば残心のモーションが無いため、普通のロングソードが主要武器のアルトリウスに比べ、どうしても手数に勝る。
「ホラ、ホラホラ!」
掛け声と呼ぶには些か下卑た、挑発するような奇声を発しながらキュクロは前に前にとアルトリウスを追い詰める。
「こんなものですかぁ? 流石は薄汚い帝国の血統ですな。あなたの様な小人が栄えある王国の王位継承権を持っているなど、到底看過し得るものではない。」
連続した突きで畳み掛けるキュクロに、アルトリウスは防戦一方に見える。
少なくとも気持ちよく細剣を振るうキュクロ本人はそう思っていたに違いない。
このまま押し通せば勝てる、と信じて疑わなかったのだろう。
「そうだ、今すぐに負けを認めてここに這い蹲って許しを請いなさい。さすれば慈悲深い私が命くらいは助けてあげるかもしれませんよ? クハハハッ。」
下卑た笑い声が実習室に響く。
確かにあの小者貴族、それなりに出来る。
というより、貴族剣術というものが思いのほか優秀だと改めざるを得ない。
あれは対人特化——しかも一対一限定の剣術だ。
ヒト種、取り分け人族の形状、形態に近いものに対して特化している。
人族に近い種となれば、その急所や動きの起点となる箇所、関節など攻めるに効果のある部分は当然似通ってくる。
他の情報は一切入れず、目の前の対象にのみ意識を集中する技術。
そういった決闘用の剣術があの貴族剣術というものの本質なんだろうね。
そうであれば、先程エルディラン殿下が仰っていた『戦場では役立たず』というのも理解できる。
戦場は必ずしも一対一の戦いになるとは限らないし、むしろ多数対多数が原則だ。
ましてパルマス王国における戦場とは、対魔族戦闘を指していることが多い。
魔族との戦争はヒト種たる魔族そのものより、対魔物戦闘の方が多いと聞く。
「クハハハッ……は?」
だがまぁ、その程度の技術がアルトリウスに通じると思っていたのなら浅はかだと断言しよう。
わたしがここ数日、アルトリウスに叩き込んだ技は徹底的な防御主体のスキルだ。
アルトリウスは異様なまでに耐性スキルが充実している。
それは彼のこれまでのたった14年程度でしかない人生が、想像もできない程壮絶なものだった証であるが、同時に彼の財産とも言える力をもたらす事になったのは僥倖という他ない。
そして、アルトリウスにはとある一つのスキルを取得する様、全力で指導した。
もちろん、耐性スキルや防御系のスキルも合わせて鍛えたが、そうすることがそのスキルを取得するのに必要だったという副次的な理由もある。
そのスキルとは、一般的はカウンター系のスキルと言われている。
そのカウンター系のスキルの中でも蓄積型のカウンタースキル【ブラストアキュミレーション】がそれだ。
このスキルは剣技スキルでも魔法スキルでも無いが、わたしはこのスキルをよく知っていた。
なんせこのスキルを使う相手と戦い、本気で死にかけたことがあるからだ。
このスキルを取得するにはありとあらゆる耐性スキルを極めない程度に取得するという、非常にマゾい前程条件がある。
その上、【全状態異常耐性】のスキルは持っていては取得不可という中々に難儀なスキルだが、その性能は折り紙つきだ。
【ブラストアキュミレーション】はそれまで受けたダメージを蓄積、増幅して相手に打ち返すスキルだ。
言葉にするとこれだけなのだが、これが実に恐ろしい。
このスキル持ちと戦う場合、こちらの火力が高ければ高いほど返される攻撃が洒落にならないことになるからだ。
もちろんHPを超えて受けきることはできないので、超高火力で焼き尽くせばいいのだが、それを許さないのが各種耐性だ。
耐性スキルには各種状態異常耐性の他に【斬撃耐性】や【刺突耐性】などの物理耐性スキル、【炎熱耐性】や【氷結耐性】などの自然耐性スキルがある。
これらのスキルが【ブラストアキュミレーション】持ちを限界まで耐えさせるのだ。
もちろん受けるダメージが低ければ返す攻撃も大したことはないが、自分の今までの攻撃を全て纏めて返されるというのは想像したこともないだろうね。
「はぁぁぁぁぁ!?」
変な声を上げてキュクロが吹き飛ぶ。
アルトリウスが放った【ブラストアキュミレーション】を込めた一撃は絶妙に手加減され、意識は刈り取るが命までは奪わない攻撃を実現していた。
【ブラストアキュミレーション】の解放度合いは使用者の練度によるが、もともとのキュクロの攻撃も大したことはなかった様だ。
まぁ、アルトリウスには【刺突耐性】があるから、そもそもそんなにダメージが通っていなかったんだろう。
結局キュクロの独り相撲だったわけだ。
「なんだよ、これで終わりかよ。これじゃ自己比較とかできねぇじゃねえか。」
吹き飛ばされ、実習室の壁に激突して目を回しているキュクロを見てアルトリウスは嘆息していた。
イルミナの中でエルディランの評価が上がっているので、モノローグでの呼び方が『王太子サマ』から『エルディラン殿下』に変わっています。
イルミナがかつて戦った【ブラストアキュミレーション】持ちの相手はブラストゴーレムという魔物です。
ヒト種の様な思考能力がある種で【ブラストアキュミレーション】が使える者はこの世界だとあと一人しかいません。(存在だけは以前ちらっと出てますが)