43 貴族寮到着、そして一騒動
貴族院に入学する前に寮に入るわけだが、先にも述べた通り貴族にはそれなりの距離を徒歩で移動するという概念が無い。
故に寮までは馬車移動になるわけだが、入寮に関しては新入学者だけではなく、在学者も同時に行う。
貴族にとって冬場は社交のシーズンであり、忙しくなる家の手伝いのために大体の貴族院就学中の貴族子弟は冬になると家に戻る。
忙しい社交シーズンが終わると、再び貴族院に戻ることになるのだが、それがこの春先の時期に集中するので、寮の周りは貴族家の馬車で溢れてしまう。
そのためか、入寮の期間は長めに取られており、早い者はまだ冬も終わらぬ寒い時期に、遅い者は入寮期間ギリギリにやってくるらしい。
わたしとカタリナは公爵家の大型馬車で移動している。
わたしとカタリナ、わたしの侍従のカルナとコレット、カタリナの侍従のメイドが二人と六人が乗ってもまだ余裕のある大きさで、残りのカタリナの従者は別の馬車で一緒に移動していた。
「寮生活というのにも興味があるの。」
「まぁ、従者がいる時点でお屋敷とあまり変わらないと思いますよ?」
なにせ貴族ってのは着替えやら配膳やら全部従者にお任せの生活無能力者だからね。
カタリナ……というか、エルヴェレストの公爵家はまだマシな方だけど。
「それでも同年代の若い貴族子弟が100人規模で集まっておるのだぞ? なかなかに興味深い環境ではないか。」
たしかに同年代の少年少女が大人数で集まる機会というのはあまりないかな。
市井の教会や孤児院なんかでも子供たちに一般教養を教える場はあるが、多くて20人がいいところだろうし。
考えてみると、対象が限定されているとはいえ、こういった大規模な教育機関が国家主導で運営されているというのはかなり先進的なんじゃなかろうか。
わたしのかつての時代には貴族が個々で家庭教師を雇うことはあっても子弟を集めて一斉教育、というものはあまり聞いたことがない。
知識の統一化という意味では非常に効率的な方法だと思う。
「わたしとしては、貴族階級だけではなく、市井一般にもこの様な学びの場があると尚良いと思いますがねぇ。」
「む、それはなかなか難しかろうな。権力者というものは民に要らん知恵が付くのを嫌うものじゃからのう。」
そうなんだよね。
市井の教育と一言で言うのは容易いが、それにはクリアしなければならないハードルが多すぎる。
特に権力者は一般民に知識が付くのを嫌う。
市井が知識を得ることによって、それに比例して上への要求が大きくなるからだ。
要求が聞き入れられなければ革命の可能性もでてくる。
しかし、魔法技術はともかく、文字の読み書きくらいは一般的になって欲しい。
王都はまだましな方だが、地方へ行けば大人ですらマトモに読み書きができないのが実情だ。
っと、話が逸れてしまった。
そんな益体も無い話をしていると、馬車が止まる。
「どうやら寮に着いたみたいじゃの。」
馬車の外に出ると、そこにはどこぞの宮殿かとツッコミたくなるような白亜の建物が構えていた。
「……これが貴族院の寮ですか?」
「ちと派手じゃのう。」
見る者を圧倒するその白亜の建築物は、正面玄関からして異様だ。
見上げるほどに高いその建物は完全な左右対称で、左右ともに斜め方向に建物が伸びている。
俯瞰してみればわかるが、この建物は完全な正方形で、その角の部分が正面玄関になっている。
向かって右側が男子寮、左側が女子寮だそうだ。
建物のあちこちには豪華な彫刻が施されており、貴族趣味の粋ともいえる建物がそこにはあった。
「ちょっと……悪趣味じゃないですか?」
「ううむ、なかなかに絢爛趣味じゃのう……」
エルヴェレスト家は質素倹約と言うほどでもないが、どちらかというとあまり華美なものは好まない性質の家風なので、カタリナはこの様な絢爛豪華な建築物はあまり好ましくはないようだ。
もちろんわたしも似た様な者で、華美なものは少々苦手だ。
それでも公爵ともなれば、対外的にある程度豪奢である必要があるのが、貴族の如何ともし難いところではあるが。
見渡せばわたし達の他にも数台の馬車が見える。
入寮の期間は長めに取ってあるので、期間内ならいつでも良いのだが、早くに来る者もいればギリギリになる者もいる。
貴族といっても個々は様々だね。
「寮でこれってことは、貴族院の建物はどんだけ豪華なんですかね?」
「ちと想像つかんの。妾もまさか湖を挟んだ屋敷の反対側にこのような建物があるとは思わなんだわ。」
湖といってもかなり大きいからね。
エルヴェレストのお屋敷は湖に面してはいるけど、見渡す限り水面で向う岸は見えないくらい大きな湖なので知らないのも無理はない。
「あちらが使用人寮の様ですね。」
コレットが指差す方向、寮の東側にこれまた大きな建物があった。
わたしたちの住む予定のこの白亜の建物——貴族寮に比べれば幾分質素……質素なのか?
まぁ、ちょっとだけマシな建築物がどーんと建っている。
大きさは貴族寮に比べさらに大きい。
使用人の数は実際に入学する貴族子弟より多いわけだから、規模も大きくなるわけだ。
「まずは妾たちの部屋に向かうとするか。」
「はい、では私、カルナさん、キキ、ティータの四人でお供しましょう。他の子は使用人寮の方へ行って手続き後に待機。」
コレットは一応わたしの侍従なのだが、お屋敷ではカタリナ付きの筆頭メイドなのでここにいる総勢12人のメイドの誰よりも偉い。
当然指示出しは彼女が出すことになる。
要はわたしとカタリナを一緒くたに面倒見るための布陣なんだろう。
キキは犬系の獣人族メイドで、やはりコレット同様半年足らずの知り合いだが、どうやらカルナに懐いており、わたしとも仲良くしてくれる元気娘だ。
ティータは城下でも有名な商家の娘で、その商売の関係でエルヴェレスト家に伝手があるらしく、メイド奉公をしているそうだ。
高名な貴族の下でメイドなどの奉公をするのは、良い嫁入り道具になるらしい。
箔が付くということだろう。
一応、ティータがカタリナの侍従としては筆頭になるのだが、あくまでも便宜上のもので、彼女たちは一様にコレットに頭が上がらない。
コレットはカタリナの乳姉妹だからねぇ。
ちなみに年齢はティータが一番上の16歳、コレットは15歳でキキはわたし達と同じ13歳だ。
他のカタリナのメイドたちも大体13〜15歳くらいだが、メイドとしての練度は高い。
「おい。」
それにしても豪華すぎて目がチカチカするな、この寮。
「おい、お前。」
わたしには美術的視野は無いので、こういう建物に全く興味はないのだが、カルナは割と好きらしい。
「おい、そこのお前!」
もちろん美術的なもので住みたいとかいう話ではないらしいけど。
「聞いているのか、そこのチビ! お前だ……いでででででで!」
ん? さっきから聴こえてた声、もしかしてわたしにか?
意識を向けると、生意気そうな少年がカルナに腕を掴まれ、締め上げられている。
うん、腕が変な方向に向いてるけど、その角度ヤバくない? ヤバイよね。
「見てないで止めろ! チビ!」
「少年、チビってのはわたしのことですか?」
「お、ま、え、以外に……だ、れ、が、いる……と、いででででで!」
カルナに締め上げられた少年は、その状態でも悪態を吐くことをやめない。
「カルナ、もっと締めていいよ。」
「はい、マスター。」
失礼な少年だな。
わたしだって好きで小さいわけではない。
人の身体的特徴をディスるなら、相応の報いを覚悟してもらおう。
「いででででで、ヤメろ、いででででで……」
「殿下! おい貴様、殿下に何を……」
「先に失礼をしたのはそちらですよ。我はマスターに対する無礼を罰したまでです。」
少年のお付きと思われる男が制してくるが、カルナは腕を締め上げるのを止めない。
ん? 殿下? 誰が?
「貴様、このお方をどなただと心得るか!」
「誰ですか?」
「聞いて驚け、このお方は今上国王、ルーヴェンス・ド・パルマセウスが第三王子、アルトリウス・ド・パルマセウス殿下だ!」
「で、その殿下様が我のマスターに何用ですか。」
カルナは王子と聞いても特に気にすることもなく、締め上げる腕を離すこともない。
「おいいい、俺様の名を聞いても離さねぇのかよおぉぉぉぉ!」
「何故我が王子如きに迎合しなければならないのです? 我が従うはマスターのみです。」
うん、知ってた。
カルナはどこまで行ってもわたし第一主義なのだ。
ただまぁ、このままでは流石にうまくないか。
「カルナ、離していいよ。」
「畏まりました、マスター。」
即拘束を解くカルナ。
捻られた腕を抑えてひいひい言っている王子をジト目で睨みながら、一応聞くだけは聞く。
「で、その王子様がわたしに何用ですか。わたしはまだ寮の部屋にも行っていないのです。手短にお願いします。」
「お、お前等、この俺様にこんなことをしてタダで済むと……」
「早く用を言え。」
わたしは被り気味に王子の言葉を遮り、【威圧】を込めて言い放つ。
もちろん王子だけではなく、お付きの男を巻き込んでの威圧だ。
「お……おぅ、おい貴様、名は何という。」
王子は未だ引き気味だが、とりあえずは気を取り直したらしい。
結構力入れて【威圧】を使ったんだが、恐慌に対する耐性でも持ってんのか?
「これは申し遅れました。わたし……わたくしはランズロウト辺境領の出身でエルヴェレスト公爵家に連なる者、イルミナ・エルヴァ・ランズロウトと申します。」
「そうか、イルミナか。ではイルミナよ、その竜人族の娘を俺様に寄越すのだ!」
「……はい?」
わかっていたけど、次々と新キャラ出てくるな。