39 そうだ、素材、売ろう
「そうだ、アスターさん。魔物の素材を処分したいんですけど、どうすればいいですか?」
わたしは冒険者になった最大の目的を思い出す。
いい加減二年ものの素材を処分してしまいたい。
「ん? 冒険者になったばかりのキミがなんで納入できる素材を持っているんだい?」
「もちろん冒険者になる前から魔物狩りをしていたからですよ。わたしは辺境領のそのまた辺境出身ですから魔物狩りは日常みたいなものです。」
これは嘘じゃ無い。
わたしの出身の開拓村は森を切り開き、大地を耕すためにある集落だ。
必然、魔物の縄張りを侵すことになるので、魔物退治は必要不可欠な作業になる。
「ああ、なるほどね。でも、どうやって持ち込んだんだい? 見たところ道具袋は持ってないように見えるけど……」
う〜ん、説明するのめんどくさいなぁ。
わたしは空間魔法の【空間収納】と【空間倉庫】のスキルでほぼ無限に素材……どころか魔物の死体そのままを収納しているのだが、スキルレベル3程度の魔法スキルでしかないこのスキルですらこの時代では習得者は少ない。
さらに冒険者は殆どが貴族ではない。
貴族以外に魔法技術が伝わっていないこの時代、空間魔法で物品を持ち運ぶなんて芸当はできないのが当たり前だ。
では、冒険者たちは魔物やその素材をどう運ぶのか。
これは基本的に力技だ。
大物を専門に仕留める冒険者パーティなんかは、運ぶための荷車なんかをもともと用意していたりするし、無ければ引きずったり、重要部位だけを切り取ったりして持ち運ぶこともあるらしい。
もちろん輸送手段が拙ければ素材が損壊したり、重要部位が取れなかったりと価値が下がる一端となるので、輸送手段は冒険者にとっては頭の悩ましどころである。
その悩みをある程度解消してくれるのが道具袋という魔導具だ。
単純に言えば【空間収納】と【空間倉庫】が付与された道具袋で、一番一般的なもので酒樽一杯分くらいの容量がある。
良いものはその十数倍の容量があるらしいが、一般的なものでも金貨十枚はするという、とても高価な代物だ。
それもそのはずで、現在のスキル技術では作成不可能だからねぇ。
古代の遺跡などから発掘されたものがたまにオークションなどに出品され、容量次第で金貨数十枚〜100枚を超えることもあるとか。
この王都の地下にあるという、迷宮「オーグル」からもいくつか発見されているらしく、王都ではそこまで珍しいものでも無いらしい。
アスターは、高位貴族のわたしなら持っていても不思議はないと踏んだんだろうか?
「今ここに持っているというわけでは無いのでしょう? なら、また別の日に改めて説明しますよ。」
う〜ん、別に教えちゃってもいいかな。
今後も素材の納品はするし、いちいち誤魔化すのも面倒だ。
「いえ、いまここに持っているのでお願いします。ついでに素材だけでなく魔物そのものもいくつかあるので、解体もお願いしたいんですがいいですか?」
「は?」
「ですから、わたしの【空間倉庫】を圧迫しててちょっと整理したいので、納品できるものは全部納品しちゃいたいんですが。」
「く、くくく【空間倉庫】ですか!? 空間魔法の使い手だというんですか貴女は!」
「ちょっと、声が大きいです。」
アスターははっと口に手をあて、噤むような仕草を取る。
周りを軽く見渡したが、わたしたちの会話が聞こえたような雰囲気はない。
「し、失礼しました。いえちょっと驚いてしまって。いやしかし、本当に空間魔法が使えるんですか?」
わたしは半信半疑なアスターに向かい手を出すと、その手のひらから一輪の花を取り出す。
それを見たアスターは改めて驚きの表情になるが、今度は声を上げたりはしなかった。
「これは……本当に空間魔法が使えるのか。いや、感服しました。」
「この花は差し上げます。まぁちょっとした口止め料みたいなものです。」
「はい?」
「あとで鑑定屋にでも持っていくと面白いと思いますよ。」
「はぁ……」
わたしは花をアスターに渡すと、口に人差し指を当ててナイショのポーズを取る。
「では、素材の売却の説明をしますね。まず冒険者ギルドには必ず素材納入の専用カウンターがあるので、そちらで手続きをしてください。」
「というと……あちらですか。」
促された先に買い取り専用のカウンターがあった。
わたしは早速カウンターに赴くと、受付をしているお姉さんに素材売却の旨を告げる。
「はい? え〜っと、お嬢ちゃん? 確かさっき冒険者登録したばかりよね? あまり大人をからかうものじゃ……」
「あ、フレンダさん、その子はちょっと特殊だから個室貸してあげて。」
お決まりの反応をしたところでアスターからの援護が入る。
「え? アスターさん? どういうことですか?」
すると、アスターがこちらに目配せしてくる。
空間魔法のことを話していいか? ということだろう。
ギルドの人間にまで内緒にするのは無理があるし、ギルドは冒険者の個人情報は秘匿するだろうから特に問題はない。
わたしは了承の意味でうなづく。
するとアスターは声を細めて、フレンダと呼ばれたギルド職員に耳打ちする。
「あまり大きな声では言えないんだけど、彼女、空間魔法持ちだ。」
「えぇっ!」
「この目で確認したから間違いない。……というわけで彼女に個室を貸してやってくれ。ああそうだ……」
そこまで言うと、アスターは今度はこちらを向いて
「できれば、僕も同席していいですか? キミがどんな素材を納品するのか興味があります。」
と、少し意地の悪い笑みを浮かべて言う。
助け船を出された手前、断るわけにもいかないね。
なるほど、最初からこれが狙いか。
「構いませんよ。」
ま、特に問題はない。
いっそのこと、ギルドに於ける窓口としてアスターを引き込んだ方が便利な気もするしね。
完全に気を許すわけじゃないけど、この男は色々役に立ちそう。
「よし、交渉成立だ。フレンダ、そう言うことだから、個室の準備お願い。できれば解体屋も同席できる大きなとこがいいな。」
「大きな部屋ですか? 素材だけじゃないんですか?」
「魔物そのものもあるんですよね? ランズロウトさん。」
「そうね、一緒に出した方が早くていいかもね。」
「え……あ、はい。わかりました。では準備できましたらお呼びしますので、もう少々お待ちください。」
それにしても、本当に気が効くな、この男。
あとまぁ、その名前で呼ばれるのはあまり好きじゃないかな。
「わたしのことはイルミナでいいわ。わたしもあんたをアスターって呼ぶから。あと口調、丁寧で気持ち悪い。普段からそんな口調じゃないんでしょ。いつも通りでいいわ。」
「オーケー、それじゃイルミナ、これからもよろしく。今度一緒に迷宮探索でもしようじゃないか。」
わたしは出された右手を握り返す。
「ええ、よろしく。構わないけどわたしの足をひっぱらないでよ?」
わたしは冗談めかして微笑む。
「言うじゃないか。僕も伊達にDランクというわけじゃないんだぞ。あぁ、そちらの竜人族の娘さんもよろしく。」
「はい、よろしくお願いします。アスター様。」
「様付けはやめて欲しいなぁ、キミも冒険者だろ? 冒険者にはランクの差はあっても上下関係は無いよ。」
「いえ、我はメイドですので。」
「ああそう……まぁどうしてもってわけじゃないから好きに呼んでくれていいけどね。あと……気になってたんだけどその娘はキミのなんだい?」
アスターは暇そうにしているシエラを見て、わたしに問う。
そうだよね、気になるよね。
「それについてはまた今度ね。パーティ組むなら嫌でも分かるから期待してていいよ。」
「なんの期待なんだか。」
わたしとアスターが他愛ない会話をしていると、フレンダさんが戻ってきた。
「それでは準備ができましたので、お部屋へご案内します。素材の引き取りには担当官として私も同席させていただきますが、よろしいですか?」
「問題ありません。」
なんか自分で書いていてたまに困惑するのですが、作中でイルミナが「現在」や「現代」という表現を使うときは、今のイルミナのいる時代の〜という意味です。
いや、読んでくださる方はもちろんわかってるとは思うんですが、ちょっと自分に言い聞かせてる感じ。
ところで、この話の前に3話分ほど書いてたんですが、イマイチ前話との繋がりが微妙で総ボツにしてしまいました。
ストックが……ヤバいぞ。




