38 貴族と冒険者
貴族なのに冒険者登録が要るのか、という事を何度か聞かれたことがある。
是非はともかく、実は貴族階級の冒険者は割と多い。
というのも、貴族というものは往々にして兄弟が多い。
ところが、門地や爵位を継ぐのは当然のように嫡子だけで、精々次子がスペア扱いで子爵位を得ることはあっても、三男以降は基本部屋住みで爵位も権力も何もない。
国の公務に携われるのは基本的には爵位を持つ貴族だけなので、三男以降は能力があっても官僚にはなれないのだ。
歪な制度だと思う。
貴族の中には実力主義で、より優秀な後継を望んで長男以外を跡取りにする家もあったりするが、それはやはり稀で、基本的には長子世襲が一般的だ。
これが女ならば他家に嫁ぐという選択肢もあるが、男はそうもいかない。
偶に女児しか子のいない家に婿養子に入る話もあるが、大体の貴族は男児が産まれるまで頑張る所が多い。
まぁ、外戚に財産荒らされたく無いだろうからね。
正妻に男児ができなくても、側妻を持つ貴族も普通にいるし。
で、あぶれた貴族の三男坊がひと旗上げるのに一番手っ取り早いのが冒険者なのだ。
貴族は魔法が使える。
いや、正確には魔法を使う技術を持っている。
一般の人に魔法スキルが伝わってない今日では、これは大きなアドバンテージだ。
結果、あぶれた貴族の三男坊以下は貴重な魔導師として、冒険者界隈では持て囃されることになる。
魔導師がパーティにいるといないとでは、出来ることやれることに大きな差が生まれるし、得意とする魔法ジャンルによってはパーティの生存率に大きく関わってくる。
「他にも聖職者になる方もいますね。」
わたしは冒険者ギルドの軽食コーナーで、ある男と話しをしていた。
新人冒険者として、一応の指導をしてくれる中堅冒険者を、ギルド側が紹介してくれたためだ。
その男は渋めの目立たない配色のローブに、革の胸当てといかにもな冒険者風の装いの男で、歳は二十歳を過ぎたくらいの、まだ若い男だった。
アスターと名乗った男は、嘘かどうかは知らないが自らを貴族の三男坊と自己紹介した。
今わたしが語った貴族と冒険者の関係はこの男からの受け売りだ。
実家が嫌いで飛び出し、冒険者稼業を始めてもう数年経つという。
「うちの実家は上の兄と下の兄が仲悪くてですね。本気で家督争いとかしてるんですよ。あぁ、一応公にはなってませんが、公然の秘密でしょう。近隣界隈では有名になってますね。」
「それで、兄たちを見限って家出して、冒険者になったと。」
「もともと三男坊に何かを期待するような世の中じゃないですからね。家を飛び出してむしろ清々しました。数年かかりましたが、冒険者ランクもなんとかD級まで上がりましたからね。あとは可愛い嫁さんでもいれば言うことないんですがねぇ。」
冒険者ランクとは、冒険者の格だ。
よくある話だが、ランクの高い冒険者程腕がよく、依頼遂行率も高い。
経験がものをいう職なので、ベテラン冒険者はそこそこ高ランクの傾向があるが、彼のように若くしてD級というのは珍しいという程ではないにしろ、それほど数がいるわけじゃない、らしい。
登録したばかりの初心者はGランクで、依頼をこなしたり、突出した成果を上げたりすることで昇格していく。
王都の冒険者ギルドにたむろしている連中は大体D~Fランクの冒険者で、Cランクともなればちょっとした英雄だ。
Bランクともなれば王国中に名が知れていてもおかしくないレベルらしく、あのギュンターがかつてBランク冒険者だったという話だが、イマイチ懐疑的だ。
Aランクなんてものはそもそも伝説の中にしか存在していないらしい。
「なんで誰も居ないのにAランクなんて位階があるの?」
「頂きは高いほど攻略甲斐があるってもんじゃないですか。」
なるほど、目標としての意味と、まだ最高位ではないという戒めのための位階か。
しかし、冒険者ランクは誰が決めてるんだろう。
「それは教会ですよ。というより教会が保有している鑑定眼鏡という魔導具で判別して、相応しい能力であればランクが上がるそうです。鑑定眼鏡はなんでも人の能力を数値化できる魔導具だそうですよ。」
……また、ツァクール教かよ。
鑑定眼鏡って絶対ピーピンググラスだよね?
「冒険者がDクラスより上のランクに上がりたい時は教会に申請するんですよ。Eランクまでは冒険者ギルドの依頼達成率などでギルドが成否を出しますが、それ以降は依頼達成率とギルドの総評を添えて教会に申請し、昇格ラインを上回れば晴れてランクアップということになります。」
ツァクール教が隠匿している魔法技術、一体どんくらいあるんだろう。
「ん? どうしました?」
「いえ、なんでもありません。」
これは本格的に教会に探りを入れる必要がある。
このアスターという男の言うことが事実なら、教会には貴族カードの発行機、魔法契約書の作成技術、ピーピンググラス(仮)と過去の魔導技術が確実に伝わっていると言うことになる。
技術を守ってきたと言えば聞こえはいいが、独占して枉法徇私を貪っていただけならば本気で看過することは出来ない。
まぁ裏を取ってからだね。
あんまり性急に事を進めると、カタリナあたりが顔真っ赤にして怒りそうだし。
「しかし、驚きました。貴女の様な少女が冒険者登録に来られるとは。」
「そんなに珍しい?」
「そもそも女性の冒険者というものが、まず少ないですからね。最近は女性の進出も増えては居ますが、まだまだ冒険者界隈は男社会です。」
これはまぁ、仕方ない。
冒険者は基本体力勝負だから、男女のどちらが向いているかは明らかだし、社会は男尊女卑が根強く、女が社会に出てくるのを嫌う傾向がある。
これは貴族社会も平民も同じで、爵位持ちの婦人貴族も居ないではないが、国家官僚の女性貴族はまずいない。
そのかわり、女性には茶話会や夜会などの女性特有の情報ルートがあり、独自に家を守っている。
平民の女性は基本的に男を立てるので、表に出て自分がどうこう、なんていうのはあまり聞かない。
それでも徐々に女性の社会進出は始まっているとか。
まぁわたしが言うのも何だけど、女は感情的になる傾向が強いから政治家とかには向かないよね。
その点冒険者はわりと向いてる様な気もする。
冒険者として有用なスキルを鍛えていれば、男女のステータス差など簡単に覆せるだろうし。
スキルシステムの恩恵とも言える。
「それで、ランズロウト様が何故冒険者になったのか聞いてもよいですか?」
「まぁ、色々だけど、一番の興味は迷宮かな。」
「なるほど……」
本当は素材の売却なんだけど、迷宮に興味があるのも嘘じゃない。
本来ならDクラス以上の冒険者以外には入場すらみとめられいない迷宮「オーグル」だけど、銀縁のカード持ちの貴族なら、特例で入ることができる。
もちろんソロでは許可されないようで、実力のある家臣やお抱え冒険者などのお目付けが必要らしい。
つまり貴族が迷宮に入ることはパワーレベリングの意味合いに近い。
もちろんわたしには当てはまらないわけだけど……
「ランズロウト様は共に入場するようなベテラン冒険者や家臣はいるのですか?」
「え? カルナがいれば十分でしょ?」
わたしもカルナも登録したばかりのGクラス冒険者ではあるが、カルナは竜人族の触れ込みで登録させたので、人族の常識を当てはめられては困る。
竜人族は人族などとは比べ物にならないほどの実力を誇る。
実際、わたしと違ってカルナにはきちんとした登録試験があったんだけど、試験官をあっさり倒してしまい、実力の程などあれでは測れなかったと思う。
カルナの試験を担当した試験官は現役のCクラス冒険者だったらしいので、少なくとも戦闘力に関してはカルナはCクラス冒険者以上の実力だということはギルド内に知れ渡ってしまった。
本来ならCクラス冒険者が試験官なんてやらないんだけど、他のDクラス以下の試験官が軒並み試験官を辞退したため、仕方なく偶々ギルドに来ていたCクラスの試験官がやる羽目になったらしいが、まぁ、カルナとでは相手が悪すぎる。
カルナが圧倒的な強さを見せつけたことで、ギルド内にはわたしはお飾りの貴族冒険者で、実戦はカルナに一任するつもりなのだろう、というある種の決めつけがなされた。
もちろん、狙い通り。
わたし自身が目立つのはあまり好ましくないので、ここはカルナに目立ってもらい、わたしへの認識を逸らしてもらうつもりだ。
「確かに竜人族の彼女がいれば戦闘力では問題ない様に思われますが……迷宮は強ければ何とかなるという場所では無いですよ? 無数の罠や仕掛けがイヤらしく配置されているところもありますし、専門の罠師なども必要では……」
確かに一般の冒険者ならそうなんだけど、正直わたしたちには当てはまらないかなぁ。
カルナなら踏み潰し戦術が使えるだろうし、罠は全く怖くない。
ちなみに踏み潰し戦術とはわざと罠を発動させて、その全てを耐えるという、脳筋戦法のことだ。
集団とはいえ、この時代の技術レベルの冒険者がなんとか探索できる程度の迷宮の罠なんて、カルナには通用しない。
矢でも槍でも毒でも落とし穴でも、なんでも真っ向から潰すだろう。
「まぁ今すぐ迷宮に行くわけではありませんよ。まずは地道にランク上げでもします。」
「そうですか。いや、安心しました。若い冒険者は割と向こう見ずで、危険と利益を天秤に掛けて利益を取る様な者が結構いましてね。それで死んだら終わりだというのに。」
「わたしは大丈夫ですよ。実力を超えて手に余る様な真似はしません。」
まぁ、嘘は言ってないよ。
ただ、実力の水準は遥かに上にあるとは思うけど。