表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな賢者の魔導学  作者: 五泉 昌
王都騒乱編
41/159

33 リスト・エルヴェレスト公爵

通された部屋は一面が本棚に埋め尽くされ、その本を守る為か碌に採光さえされていない薄暗い部屋だった。

昼間だと言うのに【光源】の淡い光に照らされた室内に、重厚な執務机が置かれている。

その机の主が、この部屋の、引いてはこの屋敷の主、エルヴェレスト公爵、リスト・エルヴェレストその人だろう。

リスト・エルヴェレストは老人というにはまだ若い風貌の偉丈夫だった。

初老と言っていい年齢のはずだが、背筋は整っており、内政官のトップという立場の人とは思えない、がっしりとした身体をしている。

恐らくこの人、武辺でも一角の熟練者なんじゃないだろうか?

まぁあくまでもこの時代の、という注釈が付くけれども。


「其方が辺境の魔女か。なるほど、本当に娘御なのだな。」


公爵は開口一番、わりと失礼な感想を投げてくる。

見た目に対する感想はもう諦めているので、中身を見てもらうしか無い。


「お初にお目にかかります。イルミナと申します。家名はありません。この度はカタリナ様の講師として呼んでいただいたこと誠に……」

「あ~、良い良い。堅苦しい挨拶は抜きだ。其方はこれから儂の孫になるのだからな。」

「は?」


何言ってんだこのじじい。

何のことかと目を丸くしていると、横でカタリナが吹き出すのを堪えている。

……嫌な予感しかしない。


「イルミナよ、其方は儂の外縁の孫として春からカタリナと共に貴族院に入ってもらおうと思うとる。」

「は? 暫しお待ちを。貴族院入学もどうかとは思いますが、わたしはまだ歳が足りぬのですが……」

「なぁに構わん。同い年ということにすれば良かろう。」


公爵はニカッと破顔し、大声を上げて笑う。

笑い方がカタリナそっくりだ。いやむしろカタリナがこの公爵そっくりなのか。


「その先は妾から語ろう、イルミナ。」

「……お願いしても?」


くつくつと笑うカタリナにジト目を投げて、話を促す。

この見た目深窓の令嬢、実態は腹黒な策謀家の少女は、人の悪い笑みを浮かべてニヤケていた。


「実はな。先日のランズロウト領での事件の詳細をお爺様に報告したところ、其方に大層興味を持ってな。」

「面白い話だったぞ。」

「あんな荒唐無稽な事件をよくまぁ信じる気になりましたね。」


既に敬語が曖昧だ。

このじじい、性根は気のいい爺さんぽい。

なんで貴族なんかやってんだ。


「儂も最初から信じたわけでは無いよ。話だけ聞けば眉唾モンだからな。だがまぁ、長年目の上の瘤だったランズロウト領とのパイプの形成という事実があるでな。それに可愛い孫娘の話だから、最初から否定するもんでもないしの。」


驚いた。

人間、決められた固定概念を覆すのは並大抵のことじゃ無い。

事実と常識が同率にある場合、人は往々にして常識を選ぶ傾向がある。

「そんなことはありえない、なにかのカラクリがあるハズだ」という固定観念がどうしても先行するのが当然であるし、まして公爵として、内務卿として人生経験を積んできた者ならば、尚更常識外の事柄を信じるようなことは難しいだろう。


「このことを信じるに足る極め付けは、カタリナの魔法の技量だ。」

「ああ、そういえば効率的な魔力運用のやり方を触りだけでもとお教えしましたね。」


そうなのだ。

正直、本当に大したことでは無いのだが、カタリナには魔力運用の基礎の基礎ともいうべき部分をちょっとだけ教えた。

カタリナが魔法を苦手としていたのは、魔法スキルを使うのに全て自分の内包魔力から賄おうとしていたからだ。

というか、どうにもこの時代の魔法技術は、自然魔力の存在自体知らないっぽいんだよね。

魔法スキルを使うには自らの内包魔力からMPを支払う方法と自然に存在する魔法を取り込む方法の二つあるのだが、前者は自分の魔力なので発動や制御は楽だが維持が難しい。

逆に後者は自己魔力では無い、自然にある無限ともいうべき魔力を使うため維持は簡単だが、発動や制御が難しい。

単純に自分の内包魔力だけで魔法スキルを発動させて、そこでお終いにしているのがこの時代の魔法で、そこからの派生、制御を一切してないんだよね。

そりゃ技術の進歩は起こらないわ。

魔法が貴族だけの特権技術になってるのも、そこいら辺がネックになってるような気がする。

たぶん、魔法を得意としている貴族の何割かはなんとなくでも自然魔力を取り込んでいるのではないかな。

これはまた、研究してみないとわかんないと思う。


「あの【伝言】による長距離通信は、誠に孫娘からの通信なのかと耳を疑ったわ。」

「ああ、あれは内包魔力よりは魔力制御が重要な技術ですから。もちろん内包魔力の寡多で基本の通話距離などは変容しますが、自然魔力を利用すれば理論上、通話距離に制限はありません。」


まぁ自然魔力で通話すると、盗聴魔法なんかに引っかかる可能性もあるんだけどね。

内包魔力だけで通話するなら盗聴魔法に引っかからないというメリットがあるんだけど、そもそも盗聴魔法スキルがこの時代に伝わっているのか怪しいし。

と、話が逸れたね。

閑話休題。


「それで公爵、何故わたしが孫なのですか。わたしは貴族になる気など全く無いのですが。」

「そう身構えるな。あくまで方便だよ。」

「と、言いますと?」

「当初は予定通りカタリナ専属の講師として、我が家に滞在してもらう予定だったのだが……」


公爵は若干言い澱んだ後、言葉を続ける。


「其方の目的は貴族院の書庫なのだろう?」

「まぁ、そうですね。それだけという訳ではありませんが。」

「貴族院は原則、学生と認可教諭、それらの世話をする侍従以外は立ち入り禁止なのだ。例外があるとすれば国王とその関係者くらいだ。」

「つまり、一生徒の専属講師は立ち入り許可が下りないと。」

「その通りだ。あとは競技会などのイベント時は一般開放されるが、年に一、二度の事だしな。書庫まで開放されるわけでもない。潜り込めはするだろうが、流石に待てぬだろう?」


それは困る。

せっかく意気込んで王都に来たというのに、手に届く位置に目的があるのに手が出せないでは、生殺しもいいところだ。


「つまり、これはお爺様のお主に対する褒美みたいなものじゃ。貴族として貴族院に入学すれば、誰憚ることなく書庫に入り浸ることができるということじゃな。」


カタリナが答える。


「一応必修科目はあるが、受講速度は個別に評価されるから、其方ならさっさと全部履修できるじゃろ。そうなれば其方が日がな一日書庫に入り浸っていても誰も咎めはせんじゃろ。」

「もちろん、其方に爵位を与えて国に取り込むといったことを考えん訳ではなかったが、そんなことををすればあっさり去る、とカタリナに脅されてな。其方の貴族としての銘はあくまでも方便だ。」


悪い話ではない……が、あまりにも出来すぎているような気がする。

わたしが公爵の真意を計りかねていると、それを見越したのか公爵から言葉があった。


「まぁ儂のようなタヌキオヤジを頭から信じろとは言わんが、さっきカタリナが言った通りこれは褒美……いや、違うな。これは礼だよ。」

「礼?」

「儂の可愛い孫娘の命を救ってくれたこと、儂の大事な友人の命を救ってくれたこと、儂の息子の友人たちの命を救ってくれたことに対するお礼だ。」

「お孫さんはわかりますが、他の方々は?」

「ロベールとギュンター隊の連中のことだ。其方がおらなんだら命が危うかったとカタリナから聞いておる。」


ロベール? ギュンター? はて。

わたしがハテナを浮かべていると、耳元でカタリナが囁く。


「ロベールはじいのことじゃ。ギュンターは護衛隊の隊長じゃ。」


あー、成る程。

そういや執事のお爺さんとか、隊長さんとか呼んでて名前聞いてなかったわ。


「じいは元々お爺様の専属執事だったのじゃが、妾が生まれた時に妾の専属に変わったのじゃよ。」


ふーん、友人か。

たしかに執事のお爺さん……ロベールさんは公爵と歳が近いっぽいし、もしかしたら乳兄弟とかいうやつなのかもしれない。


「ギュンターは元々お父様の友人でな。請われて今は我が家の専属の護衛をしておる。昔は腕のいい冒険者だったとか自分で言うとるが……」


なんで冒険者ごときが公爵家の嫡子と友人同士なんだ。


「その顔はなんで平民の冒険者と貴族が友人なのだとか思っておろう。」

「そんなに顔に出てた?」

「ありありとな。まぁ、本当のところは妾にも解らぬ。」


そんな内緒話をカタリナとしていると、ごほんと咳払いが聞こえてきた。


「もう良いかな。とにかくだ。儂は其方にきちんと礼がしたくての。本当にありがとう、其方のお陰で儂の大切な人が死なずに済んだ。」


公爵という立場上、頭こそ下げないが、心からの礼だということが感じ取れる。

そういうことならこの話、受けてもいいかな。


「いえ、過分な報酬、ありがとうございます。この話、喜んでお受けさせていただきます。」

「そうか、いや良かった。」


公爵は一旦ホッとした表情をするが、またすぐその顔を引き締める。


「それで、其方の家名なのだが。」

「家名?」

「エルヴェレストは使えない。エルヴェレストは国内では破格の家格があるからの。今エルヴェレストの名を持つ貴族が突然増えるのはあまり好ましくない。」


それはそうだろう。

公爵令嬢がいきなり増えたら、国としては黙って「そうか」という訳には行かないだろうからね。


「そこで、どうするか悩んでおったところに、それならばと手を挙げてくれた家があってな。」


? 王国内にエルヴェレスト以外にわたしを支援する貴族なんかいたか?

……嫌な予感しかしないんだけど。


「其方に大きな恩があるので、是非にと氏を貸してくれるそうだ。」

「待ってください、わたしが関わりのあるこの国の貴族はエルヴェレストの他には一つしかないんですが。」

「うむ、想像通りだ。ランズロウト卿から話をいただいておる。」


……そう来たか。

わたしは部屋の屋根を見上げて、見えない天を仰ぎため息を吐いた。

一章を読み返してたら凄い矛盾を発見したので、その部分修正しました。

が、物語の体勢に一切影響がない部分なのでどこを修正したかは特に言いません。


あとこの話書いてる時、手違いで1/3くらい消えちゃったんで書き直したんですが、たった数分前のことなのに同じ文章って書けないんですよね。

何でなんですかね、アレ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ