32 王都シュナイゼルとエルヴェレスト邸
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「へえ……」
わたしは思わず感嘆の声をあげてしまった。
ランズロウト領都での事件をきっかけにに知り合ったパルマス王国のエルヴェレスト公爵家令嬢、カタリナに請われて魔導講師をすることになっていたわたしは、泣いて縋る父と笑顔で送り出してくれた母を尻目に村を出て、二人の使い魔、カルナヴァルとシエラを伴いパルマス王国の王都シュナイゼルに足を踏み入れたところだ。
といっても事件後すぐというわけではなく、しばらくは村でフレッドを扱いたりしてたんだけどね。
「たかが700年、されど700年か。」
王都にはランズロウト領から馬車を使った。
カルナに乗っていってもよかったのだが、エルヴェレスト家がトーガを介して馬車を出してくれるとのことで、任せることにした。
今回わたしは正式にエルヴェレスト公爵家の要請を受けて王都入りする為、それなりの手順が必要なんだそうだ。
正直めんどくさいのだが、郷に入っては郷に従えである。
「700年の歳月は侮れないわね。そう思わない?」
まず圧倒されたの王都の正門だ。
王都城門の外壁は15メートルはあろうかという高さの城壁なのだが、王都の正門はその外壁に互する巨大さと偉容を誇っていた。
王都の正門は軍の凱旋や王の行幸など、政治目的にしか使われない為、ほとんど開かれることは無い。
というか、あの巨大な鉄門どうやって開けるのか。
次に飛び込んでくるのは街の景観。
重厚な石造りの街並みは戦時を考慮して区画が整理されていることがよくわかる。
中央の本通り以外は複雑に入り組んでいて、外敵の侵攻ルートが本通りに限定されるようになっている。
守りに硬い、城塞都市であるといえる。
「人の技もなかなかですね。あの門もそうですが、我は都市そのものに興味があります。」
答えたのはカルナヴァル、わたしの従者その一だ。
カルナヴァルはヒト種にあらず、竜種であり、要はドラゴンだ。
オニキスドラゴンという、珍しいドラゴンの中でも希少種であるブラックドラゴンの、そのまた希少な進化個体で、かつてのわたしが打ち倒し、従属契約に至ったのちに、今のわたしに仕えてくれている。
最近は何故かメイド服を着込んで、わたしの身の回りの世話をしてくれている。
もともと助手として召喚したのにどうしてこうなった。
「なんかいい匂いすんな。なぁなぁマスター、腹減ったぞ。なんか食わせろ。」
小さい手で裾を引っ張り、わりと無茶な要求をしてくるのはシエラ、わたしの従者その二だ。
美しい黒髪に透き通るような白磁の肌をした見た目四、五歳くらいの幼女だが、彼女もまたヒト種ではない。
悪魔……世界を創った神の埒外から生まれたイレギュラー。
それがこの幼女の本当の姿。
世間で「ランズロウト領事変」と呼ばれている事件の原因ともいうべき存在だが、わたしが折伏して使い魔とした。
シエラはその姿を自在に変えることができる。
本来の姿はあくまでこの幼女の姿なのだが、鳥、獣、蛇など、ありとあらゆる動物に変身できる。
見た目の儚さとは裏腹に口が悪くて態度がでかい。
街に点在する屋台や飲食店、酒場などの匂いを嗅ぎ取って懇願してくるが、生憎と今は馬車の中なんだって。
この馬車はエルヴェレスト公爵家が用意してくれた特注馬車だから、おいそれと途中下車できないのよ。
「あとでね。今はカタリナのとこに行くのが先でしょ。」
「へいへい。つまんねーの。」
馬車は本通りを抜けて王城に近い貴族街へと向かう。
一般民が住む区画を抜けると、規模の大きな屋敷が立ち並ぶ閑静な区画に入っていく。
「どこの王都も造りは似てるわね。こういうのは昔から変わんないわね。」
貴族街は大きな湖に面しており、その湖の辺りにある屋敷が、貴族の中でもより位の高い上級貴族たちが住まう区画であるらしい。
湖は王城にも面しており、急時の際には水上移動で王城に向かえるようになっているみたいだ。
と、馬車が一際大きな屋敷の門の前で止まる。
御者が一礼して降りると、通用門の方に歩いて行った。
「どうやら着いたみたいね。」
「ほほう、これはなかなか……」
「でっけー家だな。」
カルナは最近芸術方面に興味がある様で、門に刻まれた意匠や屋敷に掘られた彫刻に気をとられている。
シエラといえば、あんぐりと口を開けて呆然としていた。
はしたないから止めなさい。
すると門の両側から番兵と思しき家人が数人現れ、各々門を開く。
大きな音もせず、ゆっくりと開く門を見ていると馬車の御者が戻ってきて、再度馬車に乗り込んだ。
「あと少しです。もう少しお待ちください。」
……エルヴェレスト公爵家の屋敷だと思っていた建物は、使用人の寮だったらしい。
あの建物だけで開拓村のうちの20倍くらいありそうなんだけど。
カタリナが住んでいる公爵家の母屋は更に馬車を十数分走らせたところにあった。
もうね、何も言うまい。
◇
「よう来たの、イルミナ。」
「お召しにより、参上いたしました。お嬢様。」
うん、相変わらず可愛いね。
カタリナ・エルヴェレスト、パルマス王国・エルヴェレスト公爵家の公爵令嬢でわたしの生徒になる少女。
まだ可愛いらしいと呼べる年齢だが、将来は誰もが振り向く美人になること間違いなしの容姿と、その年齢にそぐわない確かな政治センス、経済的知識を持つ女傑。
天ってのは与えるとこには二物も三物も与えるよね。
え? お前が言うな?
「で、どうじゃ? 王都は。」
「なかなかのもので、正直驚きました。人というものもなかなか侮れませんね。特に芸術的方面はわたしには無いセンスなので、正直憧れます。」
「ほほう、千年を生きた其方にそう言われるとはな。国の歴代の芸術家たちもさぞ喜ばしい事じゃろうて。」
大して興味のないジャンルでも、素直に凄いと思えることはある。
芸術的方面はまさにその通りのジャンルだと思う。
古代魔導文明なんかは魔導具の意匠にも芸術的なものがなかなか多くて、わたしには無い才能だからね。
ちょっと羨ましいと思ったことがあるくらいだ。
「さて、早速だがお爺様に会ってくれんか。」
「そうですね。これからご厄介になる身ですし、御在宅であれば御挨拶させていただきます。」
「うむ。じい、案内いたせ。」
「はい。」
どこに控えていたのか、あの執事のお爺さんがスッと現れ、わたしをエスコートする。
「お久しぶりでございます、イルミナ様。こちらでございます。まずはお召し物をお取り替えください。」
「あ、ありがとうございます。」
「イルミナ様、私に敬語は不要でございます。」
「そうですか? わたしもカタリナ様に仕える身分のハズなのですが……」
おかしいな。
むしろ、使用人の位階で言えば、家庭教師は執事よりは下だと思うんだけど。
「お付きの方々はこちらでご休憩ください。お茶とお菓子などご用意させましょう。」
「マジで!? やった~」
「こら、シエラ。言葉使いは気をつけなさい。」
「は~い。」
一応、シエラはきちんとした言葉使いもできる。
普段はやらないだけだ。
「では、イルミナ様。こちらへ。」
まぁ、この国の最高幹部に会おうってんだからそれなりの身なりじゃないとね。
もちろん自前で持っているわけはないので、貸してもらうわけだが。
「……使用人に貸し与えるには随分上質なドレスのような気がするんだけど。」
「気にするでない。似おうておるぞ。」
屋敷のメイドたちによってたかって着せ替えさせられた服は、とてもいち家庭教師が着るような物ではないんですが。
これ一着でウチの村に家が5~6軒建ちそう。
なんか嫌な予感がするんだけど。
「ではお爺様に会いに行くぞ。じい、先触れを頼む。」
「かしこまりました、お嬢様。」
さて、この国の内務卿、リスト・エルヴェレスト公爵とはどんな人物か。
見極めさせて貰いましょう。
PVとブクマ、本当にありがとうございます。
書く糧となっております。
次回更新は明後日金曜日です。