24 悪魔の種子
とりあえず護衛兵の隊長さんには城内の避難誘導をお願いした。
この場所の方が危険なので退避する理由をでっち上げたとも言う。
カタリナとトーガはここを動こうとはしない。
貴族として見極める必要があるということらしい。
執事のお爺さんはカタリナの側を離れようとはしないので、三人はしょうがないからわたしが責任を持って守ろう。
「只今戻りました、マスター。」
「お帰り、カルナ。」
わたしの「策」、カルナが戻ってきた。
っと、そのカルナが何かボロ雑巾みたいのを引きずっている。
「カルナ、それは?」
「恐らくこの件の黒幕であろう魔族の男です。見た目的に人族系魔族ですね。今は一撃与えて意識を刈り取ってあります。」
ふむ、確かに見た目は人族とあまり変わらないけど、普通の人族とは一線を画した魔力の持ち主だね。
……こいつ見た目より強いかも。
今はボロ雑巾だけど。
「それでマスター、あの醜悪な肉塊は何ですか。先程の魔力砲撃といい、あまり愉快ではない状況とは推察しますが。」
カルナが目線を動かすと、伯爵だった肉塊がその場から動かずじっとしている。
砲撃のクールタイムの所為なのか、現在はその動きが見られない。
「あれはランズロウト伯爵だったモノだよ。低級ながら「悪魔」として転化してしまったみたい。」
自分で言って気づいた。
あれも、ヒト種からの変異体、つまり転化と言えるだろう。
転化先がヒト型ではないけども。
「悪魔ですか……眉唾モノだと思ってましたが、ホントにいるんですね。」
「ね、ビックリしたよ。それでねカルナ。あれは【封魔の結界】と高レベルの【投射魔法軽減】を持ってるのよ。」
「かしこまりました。出番ですね。」
流石わたしのパートナー、皆まで言わなくても理解が早い。
「わたしはそこのボロ雑巾にお話を聞いてみるから、あとはお願い。」
「了解です。」
「ある程度は仕方ないけど、なるべく周囲に被害を出さないでね。」
「善処しましょう、それでは。」
言うや否や、カルナの身体が膨張をする。
人型を捨て、本来の姿に戻るカルナを見ながら、わたしはボロ雑巾こと魔族の男に古代語魔法レベル5スキル【強化拘束】を使って手足の自由を奪っておく。
この時代の魔法の程度なら、レベル5の拘束を破ることは難しいだろう。
「な……彼女は一体何者だ!?」
「やはりな。あやつ、隠しておったか。」
「カタリナ殿!? 」
あっ、カタリナにはカルナはドラゴンじゃなくて竜人族ってことにしといたんだった。
でもどうやら誤魔化せてなかったみたい。
「妾ももしやと思っとったんじゃが、まさか本当にドラゴンとはの。」
「ド……な……え? ドラゴン!? 幻獣種とまで言われた伝説の魔獣? あのドラゴン!? それは誠ですか、カタリナ様。」
「妾も真の姿を見るのは初めてじゃ。大きいのう。そしてなんと美しいことか。まるで黒曜を写したような……」
トーガの問いにカタリナが答えていた。
わたしといえば、既に興味は魔族の男に移っている。
「起きなさい、男。」
神聖魔法に【覚醒】というスキルがある。
単純に混濁した意識を目覚めさせるスキルだが、覚醒度合を弄ることができるので、実は拷問なんかにも使えるスキルだったりする。
「……う、こ……ここは?」
「ここは戦場のど真ん中よ。」
目を覚ました魔法の男は、自分が置かれた状況がまだ飲み込めていないようだった。
「あなたは虜囚。これから色々答えてもらうけどいいかしら?」
「ああ……ん? いや、何だこれは! 俺に何をした娘!」
「何も。何かするとしたらこれからよ。」
やっと起きたか。
だけどもう遅い。
最初の「ああ……」で【虚言看破】は発動している。
「まずあなたの名前、ノーマン・ボーマで良いのかな?」
「そんな名は知らん。」
……嘘ね。
どうやら本名で諜報活動してたみたいね。まぁここで本名を使っても不都合はないものね。
「あなたがノーマン・ボーマかどうかは正直どうでもいいんだけど、あの不細工な肉塊について教えて欲しいことがあるんだけど。」
「ふん、小娘が粋がるな。とっとと俺様を解放して立ち去るなら命は助け……ぐあぁぁっ!」
わたしは前触れもなく男の右耳を切り落とす。
「粋がってるのはどちらかな? あなたはいまわたしの虜囚なの。あなたをここに連れてきたドラゴンの娘はわたしの使い魔なんだけど、その意味解るかな?」
ステータス的にはともかく、スキルの充実度で言えば、カルナよりわたしの方が強いんだけど、まぁ分からないよね。
やはり10歳前後のこの見た目じゃ、イマイチ凄みが出ないんだよな。
「あなたの生殺与奪はわたしの一存なんだけど、ご理解いただけた?」
【威圧】を使って脅してもいいんだけど、あのスキルは指向性が低いので効果範囲がカタリナ達まで及んじゃうんだよね。
無用な被害は出したくないのよ。
「耳……俺の耳がぁっ……」
「わかった?」
「あ……あぁ、わかった。答える、答えるから……」
「そう、良い子ね。」
わたしは切り取った男の耳を傷口に添えると、【部位治療】のスキルを使って男の耳を治す。
神聖魔法レベル9スキル【部位治療】、損壊した身体の部位が残っていれば繋ぎ合わせ、接合部の肉体の修復ができる治療魔法スキルだ。
かつての時代でも使い手はごく僅かだったスキルなので、男を驚愕させるには十分すぎる効果があったと思う。
「な、耳が……たしかに切り取られたハズ……痛みもねぇ……?」
「こんどは腕で試してみる?」
「いや……勘弁してくれ……あんた、見た目通りの小娘じゃねぇな。」
「わたし のことはどうでもいいでしょ。」
魔族の男にわたしの情報をくれてやる必要性はないね。
「何が聞きたいんだ。」
「あれは何なの? ちなみに嘘言ったら容赦なく腕落とすからね。」
【虚言看破】でその辺はバッチリ確認できる。
「この期に及んで嘘はいわねぇよ。魔物使いとしては、ドラゴン使役する様な奴には逆らえねぇ。……あれは悪魔ってんだ。知ってるか? 悪魔。」
「聞いたことくらいはあるわ。詳しくはないけど。」
嘘です。
悪魔は創造神の想定外のイレギュラーから生まれた存在だということくらい知っています。
「悪魔ってのはツァクール教の教義に出てくる『神の敵』だ。なんでも神が世界を創造したときに想定外で生まれた存在だとか。」
……ツァクール教ってなんだろう?
それに別に神様は悪魔を敵対視はしてないと思うんだけど。
あのポンコツにとって世界はただの玩具でしかない。
想定外のイレギュラーで予定外の存在が生まれたところで、「それも一興」とか思ってるに違いない。
っと、話の腰を折っても何だしあとで誰かに確認しよう。
「どうした?」
「なんでもない。続けて。」
「ふん。で、あれは悪魔の種子ってアイテムで人工的に悪魔を生み出す実験の成果さ。もっとも実験してたのは俺じゃなく魔王様だがね。」
魔王!
まさか、あの馬鹿親父がそんな大それた人体実験をするなんて……!?
「悪魔の種子は寄生した宿主の暗いマイナスの感情や魔力を吸い取って肥大化し、その身を悪魔に強制的に転化させる魔王様謹製のマジックアイテムだ。なんでも古の賢者が造ったダンジョンから手に入れた秘宝を基に魔王様自らが生み出したらしい。まぁ、まだ実験段階だがな。」
「完成はしてないのね。」
「悪魔化には成功してるが、制御ができん。それに精神的に余程マイナス方向に振り切れてる宿主じゃねぇと早々悪魔化はしねぇ。魔国領の実験では初めて悪魔化の兆候が顕れるのに10年以上かかったらしいしな。」
「あなたがランズロウト伯に種子を埋め込んだのはいつ?」
「大体3年くらい前だ。一応悪魔化の起動魔法は使ったが、まさかあれほどの巨大な悪魔に変化するとは思っても見なかったぜ。実験の時は精々5〜6メートルくらいだったらしいからな。」
【虚言看破】に引っかからないから嘘は言ってない。
となれば、なるほどだ。
それでも敵国の懐で発動させれば効果的なテロ手段になり得るわけか。
それにしても、ランズロウト伯はどんだけアレな人物だったんだろうか。
実験段階とはいえ、10年5メートルだったものが3年30メートルではその差に違いがありすぎるというものだ。
それにやはり、この実験を主導した魔王が気にかかる。
「魔王様ね。その魔王についても教えて欲しいんだけど。」
「答えられる事ならな。魔王様については俺もそこまで詳しくない。謎多き方だからな。」
現在の魔族がどう言った状況なのかを知りたい。
魔王もだが、まずはルーデルフェルト……フェルのことだ。
「魔王もだけど、その御息女のこと教えて欲しいんだけど。」
「は……魔王に娘なんかいねぇぞ?」
なんですと?
「そんなはずはないでしょ。魔王にはルーデルフェルトって可愛い感じの娘さんがいるはず……」
「ルーデルフェルト? いや、聞いたことねぇなぁ。」
これは……どういうことだろう。
※スキル講座
【強化拘束】古代語魔法レベル5
対象の行動の自由を奪うスキル。
リリカルな◯はのバインド魔法と思ってください。
レベル3の【拘束】の強化版
【覚醒】神聖魔法レベル1
ザメハ。
ただし、スキルレベルによって対象の覚醒レベルを操作することができる。
「頭スッキリ目覚め快眠」状態から「スッゲー眠いのになんか眠れん」状態まで任意で操作可能なため、しばしば拷問に使われていた経歴のある魔法スキル。
【部位治療】神聖魔法レベル9
肉体の破損部分を接合するスキル。
あくまで破損した部位が残っていることが条件で、失われた部位を再生することはできない。
部位が残っていれば破断面がグズグズでも治せるので、ある程度の再生能力がある魔法ではある。