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小さな賢者の魔導学  作者: 五泉 昌
聖女転生編
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幕間 – ランズロウト辺境領

ランズロウト領都は平原のど真ん中に建設された城塞都市だ。

もともとはグナイ川という、尖剣山脈から流れる大河のほとり一帯を先先代のランズロウト伯爵が領地として賜り、細々と点在する集落をまとめ、徐々に規模を大きくしていったもので、徐々に街を広げたため街中央部から三重に城壁が張り巡らしてある。

元々は暴れ川だったグナイ川の周辺は湿地帯であり、領地としは他の貴族達からは忌避されていた。

故に国の開発からは取り残された地域であったが、先先代のランズロウト辺境伯は望んでこの地を賜ったという。

伯爵は治水に注力し、数十年のスパンで川を抑えることに成功した。

川を制御できれば、湿地帯は広大な穀倉地帯へと変貌する。

そうなれば、領地として価値が上がるのは自明の理だった。

先先代辺境伯の確かな政治・経済感覚は二代目にも引き継がれた。

先代のランズロウト伯爵の時代に大きな政変があった。

といっても国内の話ではなく、南の海の先にある小さな島国の話である。

王国の南の先、イルカーサク海には無数の島が点在しており、それぞれの島毎に覇権を争っていた。

その島々が統一を果たし、一大国家としてイルカーサク諸島連合として建国された。

先代のランズロウト伯はこのイルカーサク諸島連合と大きな貿易を開始した。

今までも小なりと取引はあったが、これを大々的に行い、グナイ川の河口近くに窓口としての港町、ガザを建設した。

港町ガザはその権利の全てをランズロウトが取ることはせず、半分を王国の権利として上納することで、王国への忠誠を示し、ランズロウト伯爵の地位は王国内で盤石になっていく。

だが、ランズロウト伯爵はさらに上の爵位を望むことはなく、より貪欲に経済を求めた。

西のアレリスト帝国との交易である。

アレリスト帝国はかつてはパルマス王国と領土戦争をしていた過去があり、王国との仲は良くはない。

だが、先代ランズロウト伯爵にとってそのようなことは関係なかった。

ランズロウトはイルカーサク諸島連合、パルマス王国、アレリスト帝国の中継点としてその規模を増大していった。


領都街中央から四方にある大外門に至る中央路周辺は立派な商館が立ち並び、街の権勢を誇ってはいるが、路を大きく外れると市民の生活力が下がっていき、奥地にはスラムも点在している。

北門はグナイ川に沿って一際大きな街道が伸びており、その先は王都シュナイゼルへ。

南門はやはりグナイ川に沿って街道が伸びており、海へと向かう。その先には港町ガザとイルカーサク諸島連合へと続いている。

西門は北南の街道より規模は下がるものの、その先はアレリスト帝国への玄関口となる国境都市バラオへと続いており、そして東門を出るとそこは領主を地主とした一大穀倉地帯が広がっている。

街の中央に向かうほど富裕層の家が建ち並び、その中心に一地方貴族のものとは思えない程巨大な邸宅が建っている。

最早邸宅と呼ぶより城と呼ぶに差し支えない規模の建築物である。

今代ランズロウト伯爵こと、オリバー・ランズロウトはこの城の数ある自室のひとつに数人の愛妾とともに籠っていた。


「クソッ、忌々しい魔女め!」


ランズロウト伯は荒れていた。

理由はついぞ帰ってきた子飼いの騎士から受けた報告にあった。

きっかけは些細なものだった。

懇意にしている街の冒険者から、辺境の魔女の話を聞いたのだ。

話によれば、貴族でもないのに高位の魔法を使う、人が知らぬような知識をもち、その見識を持って村を豊かに導いていると言う。

実際にその村からの今年の租税は例年の倍以上、周囲の村から比べても二つ三つ抜きん出て多かった。

情報を齎した冒険者によれば、その村の者が持ち込む魔物の素材も美麗なモノが多く、高値で取引されているとか。

ランズロウト伯は金の匂いを如実に感じ取った。

その魔女がどういった素性かは知らないが、捕らえて我が下で働かせよう。なぁに、村人の2、3人でも人質に脅せば従うだろう。

これで我がランズロウトは……いや、ワシはさらなる富を得られるぞ、などと息巻いていた矢先の報告。

子飼いの騎士の報告では、件の村の連中はこちらの意向に一切従わない上に、強引に事を進めようとすれば叛乱もあるだろうとのこと。

現状で税も兵役もこなしているのだから難癖付けられる謂れはないと、完全に突っぱねられたということだ。

さらに驚くことに、魔女はまだ年端もいかぬ童女であったと。

魔女というから老婆的なものを想像していたが、これでは強引に連行という手も対外的に印象が悪過ぎる。

普段ならば領内のこと、強引な手段も気には止めないが、今はエルヴェレスト公爵令嬢が滞在中だ。

なんらかの形で彼女の耳に入れば、不愉快な事になりかねない。

ランズロウト伯は道義的な分別は持ち合わせてはいなかったが、国内での醜聞や上からの評価は気にする男だった。


「そもそもなんだ、公爵家の小娘が何故この時期に我がランズロウト領を訪れる必要があるっ!」


ランズロウト伯にとってエルヴェレスト公爵令嬢の存在は邪魔者以外の何者でもない。

派閥として対立してはいるが、面と向かって公爵家に粗相など出来ないし、滞在中はその安全を守る義務がある。

もちろん公爵令嬢は護衛も連れているし、有事の際の責任は護衛にあるだろうが、こと領内でことが起これば最終的な責任は領主であるランズロウト伯に帰結するだろう。

それでも、領都に着く前ならばまだ事故の可能性もあった。

いくら兵士や騎士が街道を警備しているとはいえ、突発的な魔物の襲来はあってもおかしくないのが世の理だからだ。

だから、彼らに公爵令嬢の襲撃を依頼したというのに結果は失敗に終わり、公爵令嬢は領都に着いてしまった。

情報を得るための間諜として付けようとしたハウスメイドもすげなく断られる始末。


「クソッ、存外アテにならぬ奴よ!」


悉く上手くいかない。

辺境の村の魔女とエルヴェレスト公爵令嬢、ふたつの案件はランズロウト伯の頭を悩ませる。

だが、良いこともあった。

公爵令嬢の連れてきた護衛と思しきものの中に、極め付けの美女がいたのだ。

フードを被っていたため完全に姿を拝んだわけではないが、ちらりと見えた容姿は絶世と形容しても過言では無い。

なにより軀が素晴らしい。

あの娘、必ず我が愛妾として囲ってやる、などと下衆な欲望を隠しもしないで下品に嗤う。


『ご機嫌は如何ですか、伯爵様。』


その時、ランズロウト伯の耳に聞き知った声が囁かれる。

その声は彼にしか聞こえない。彼の周りで夜伽の準備をする側女の耳には聞こえない。

ランズロウト伯爵には独り言の癖があると、女たちは特に気にしていなかった。


「貴様か。エルヴェレストの小娘の件、失敗しおったではないか。」

『申し訳ありません。とんだイレギュラーが乱入しまして。』

「イレギュラーだと……?」


声の主は伯爵がカタリナの排除の依頼をした存在だった。


『公爵令嬢の傍にいた女2人、奴らがイレギュラーです。私が嗾しかけたゴブリン14体、ものの数分で殲滅し、さらに死にかけた執事をあっさりと治療してしまいました。』

「なんだと……14体ものゴブリンをそれほどアッサリ……」


伯爵はこの声の主が使うゴブリンの技量が他の野良ゴブリンとは一線を画すことを知っていた。

鍛えた王国軍の兵士でさえ、数で勝れば押し切れるくらいの力を持ったゴブリン共だ。

それ故にその事実を認めるのに多少の時間を要した。


「それが事実ならば、対策を考えねばならん。」

『ご安心を。既に対策を立て実行に移しております。』

「ほほう、そうか。それは頼もしい。」


伯爵は声の主の迅速な対応に鷹揚に頷く。

そしてはたと思い留まり、声の主にひとつ注文を付ける。


「あのフードを被った美女はなるべく傷つけないで捕らえてくれ。可愛がってやりたい。」

『はは、ご希望に添えるよう最善を尽くすとしましょう。』


そうして声の主の気配は消える。

後には寝台の準備が終わって伽を待つ側女が今かと伯爵を待っていた。

だが、いざこれからというときに今度は別の邪魔が入る。


「父上、お話があります。」


彼の息子たる、トーガ・ランズロウトが尋ねてきたのだった。



「ふん、俗物が。」


声の主……ノーマンは悪態をつく。

あの肥え太った豚のお守りもそろそろ潮時かと、浅く無い溜息を吐いた。

自らの本当の主人のため、このランズロウト領に潜入して数年、伯爵とのパイプも形成できたのはいいが、どうにもあの肥え太った豚は鼻に付く。

日々を鬱屈して過ごしていたところに今日の一件だ。

彼の子飼いのエルダーゴブリン14体が殲滅されたのは非常に痛手だった。

ゴブリンに愛着があるわけでは無いが、使い勝手が良いゴブリンの集団という駒を失ったノーマンは今の自分の手持ちを確認する。

魔物使いとして様々な魔物を使役する彼ではあるが、故国を遠く離れたこのランズロウトではそれほど手駒があるわけでは無い。


「しかし、あの小娘どもは一体何なのだ。進化したエルダーゴブリンを一撃で倒すなど、普通の人間とは思えんぞ。」


魔物は一定のレベルに達すると進化が可能になる。

ドラゴンのような高位の魔物はレベルカンストの100が必要となるが、ゴブリンの様な低位の魔物はレベル10でまず一段階上の種に進化できる。

ゴブリンならハイゴブリンになる。エルダーゴブリンはさらにその上に位置する上位種だ。

ハイゴブリンなら然程時間をかけずに進化出来るが、エルダーゴブリンとなるとかなり時間がかかる。

その子飼いのエルダーゴブリンがすべて数分と掛からずに殲滅させられたのはノーマンにとって最悪だった。

だがまぁ、終わってしまったことを悔いても仕方ないと、ノーマンは前向きに検討する。


ノーマンは最初は情報だけ取って機会を伺うつもりだった。

ところがどうだ、小娘の滞在している部屋は魔法による完全な防音処置がされており、仕掛けておいた盗聴魔法が一切機能しない。

このままでは小娘どもの動向も一切分からぬまま、強行追跡する羽目になる。

それは避けたい。

ならば身柄を得るか、と考えたが、ここはランズロウト伯爵の領主屋敷……城の中である。

城内で失踪事件ともなれば面倒ごとは避けられないが、そこは令嬢さえ無事なら後はどうとでもなるだろう。

ノーマンは魔物使いの専用スキル【空間檻】からスモークゴーストを召喚する。

実態の無い煙状のモンスターで、少しの隙間でも入り込めるし、体組織の密度を拡散させれば視認が非常に困難になるため、諜報用のモンスターとしてとても便利だ。

その上、体の成分に特定の魔法スキルを乗せることができるので、とても重宝する。

乗せる魔法は古代語魔法レベル2スキル【睡眠】だ。

強制的に眠らせ、その後に拐かしてしまおうという算段だ。

あとは薬漬けにでもして奴隷にでもなんでもしてしまえばいい。公爵令嬢以外は五体満足である必要もない。

あのイイ身体の女は伯爵にくれてやる前に先に味見してやろう、などと下衆な想像をしていた。

所詮は同じ穴の狢である。


「あの様な小娘の中に、俺の盗聴魔法を防ぐ使い手がいることも驚きだが……まぁいい。女どもだけで部屋にこもってくれて助かった。強いとはいえ所詮は人間、状態異常への耐性があるわけじゃないしな。」


と、そこに伯爵から通話魔法が入る。

ノーマははて? と訝しむ。

ランズロウト伯爵は基本的に向こうから話しかけてくることはない。

貴族はみだりに下々と会話をしないとされる。

全くもって度し難い習慣だが、彼が属する魔族領ですら存在する習慣だ。

慣例を破ってまで依頼してきた伯爵の言葉にノーマは言葉を失ったのだった。

地理とかは割と適当にイメージしてます。

そのうち地図とか載せるかも。

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