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小さな賢者の魔導学  作者: 五泉 昌
聖女転生編
16/159

15 ランズロウト辺境伯

少しずつブクマしてくれる方が増えてきて嬉しいです。

すごく励みになります。

ありがとうございます。

「ようこそおいでくださいました、カタリナ様。お父上とは懇意にさせていただいております。今後もよろしくお願いします。」


領主の城に付いたわたしたちを出迎えたのはランズロウト伯爵その人だった。

でっぷりと肥え太った40過ぎのおっさんで、外見的に褒められる場所が見当たらない、そんな感じの印象だ。

カタリナに対しては異様に腰が低い。

かと思えば使用人に対しては「早くしろクズども」などど曰い、側から見てみっともないほどに横柄だ。

典型的な小者臭のする男だった。


「申し訳ありませんねェ、使えない使用人ばかりで。」

「そんなことはないじゃろ。先触れを送ったとはいえ、突然来訪した妾の方に問題があるのじゃ。あまり使用人達を責めてはならぬ。」

「いえいえ、最近の平民どもは本当になってない。我々貴族に生かされている立場なのを弁えず、やれ税が高いだの兵役がキツイだのと権利ばかり主張しまくる。度し難いですなぁ。」


うん、こいつ嫌い。

典型的な特権思想に凝り固まったクズだね。

貴族の本来の在り方、高貴なる者の責務(ノブレスオブリージュ)をまったく理解してない。

権力に屈せず、民に公平に、自己を律し、富は還元する。

領地持ちの貴族ってのは言ってみれば民の奴隷だ。

民は税を納め、領主はその税で正しく領地を運営し、有事の際には率先して民の盾となり民を守らなければならない。

そのための貴族であり、領主だ。

貴族がいい暮らしを出来るのは、その税収分与の際に手数料として少なくないマージンを貰っているからだ。

あくまでも貴族は民に食わして貰ってる存在だということを忘れてはならない。

カタリナが来年入学する貴族院も、そういう事を学ぶところなんだと思うんだけどねぇ。

なにも魔法だけ学ぶところではないだろうし、まして私腹を肥やす方法を教わるところではないと思いたい。

このクズの言動にカタリナが眉をひそめたのを見ると、カタリナは貴族の在り方をちゃんと理解している。

来年ようやく貴族院に上がる小娘と、でっぷりと肥え太った目の前のクズ。

あまりにも高潔さに落差がありすぎて呆れるしかない。

ランズロウト領は商業の集積地だ。

上がってくる租税は他の辺境領の例が及ばない膨大なものとなるはず。

どんだけ中抜きや賄賂を受けているのか。


「最近では我が領地の端に怪しげな魔女が棲みつきましてな。これが貴族の特権たる魔法を平民ごときに教えるなどと、不届きな輩でして。

どうせなんらかのインチキなのでしょうが、捨て置けませぬ。先日捕縛の騎士を派遣しましたので程なく捕らえてくると思われますが……」


……ふーん。


『マスター、この酒樽が言っている魔女とは、もしやマスターのことではないのですか?』


カルナが【伝言】でわたしに話しかけてくる。

【伝言】はこういう無言での会話も可能なので、隠密行動時なんかでもかなり重宝する魔法スキルだ。

それにしても、なるほど酒樽か。

言い得て妙な体型だわ。


『どうやらそうみたいね。』

『今ここで殺して良いですか? あまりの暴言に一瞬我を忘れそうになりましたが。』

『まってカルナ。今ここで殺るのは簡単だけど、それじゃわたしの溜飲が下がらないわ。もっとこう……うふふ……」


わたしが近い未来に想いを馳せていると、カタリナがすごい目をしてわたしの肩を叩く。

そして小声で、


「イルミナ、抑えよ。お主からとてつもない殺気を感じるぞ。」


あっと、いけないいけない。漏れてた。


「気持ちはわかるのでな。わかるから、愚痴は後で妾が聞くからここは抑えよ。」


はいはい、ここはカタリナを立てましょう。

しかしこのクズ、いつまでもここの領主にしとくのは良くないな。

どうにかして排除しないと、村や家族にとって良くない結果しか生まない気がする。


「あ〜、ランズロウト伯爵。妾は慣れぬ馬車旅で疲れておってな。今宵は早目に休みたいのじゃが、よいかの?」

「ははっ、これはお気づきもしませんで申し訳ありませぬ。部屋は準備しておりますが、御付きの方々もご一緒でよろしいのですか?」

「かまわぬ。彼女達は妾の大切な客分なのでな。」


そのような下賎なものを城に滞在させるなど……とかブツブツ言ってたけど黙殺した。

というかいい加減同じ空間にいるのも腹が立ってくる。


あてがわれた部屋はにカタリナとカルナ、そしてわたしが入る。執事のお爺さんと護衛兵の人達は男性なので別の部屋だ。

一応、部屋の前に護衛兵の方が交代で立つらしいが、正直わたしがいれば問題は無いんだよね。

伯爵は各部屋にハウスメイドを付けると言ったが、丁重に断っておいた。

内緒話するのに伯爵側のメイドなんか付けられたら明らかに邪魔だ。

部屋にわたしとカルナ、カタリナが集まって最初に爆発したのはカルナだ。

わたしは大声を出しても問題ないように精霊魔法の風属性レベル4スキル【音声遮断】を使っておく。

【音声遮断】は指定空間内の音が外に漏れるのを遮断するスキル。盗聴防止に役に立つ。

他に【静寂】というスキルもあるんだけど、こちらは一切の音が消えるため、内々での相談すら出来なくなる。

潜入工作なんかに使う魔法スキルであって、この状況下では意味がないね。


「ホントなんなんですかあの酒樽! あの言動、マスターを馬鹿にするにもほどがある!」


カルナの行動理念はまず第一にわたしのことだから、わたしの名誉が傷つけられたことに憤っているのがわかる。


「それに途中から我を見る目がいやらしくて……」


あ、やっぱり?

なんかやたらジロジロこちらの方を見てきたから、気にはなってたんだけどね。

今のカルナはツノと尻尾を隠すようにフード付きの大きめのローブを着させてるんだけど、そのツノと尻尾に布を取られて立派なお胸が全開になってるからね。

まぁ、アレは見るよね。わたしも見ちゃうし。


「まぁ、カルナは女のわたしから見ても振り返る様な美少女アンドナイスバディだからねぇ。男なら仕方ないんじゃない?」


実はわたしにも覚えがある。

この9歳の姿になる前は絶世の美女とか言われてたし、衆目を集めるのも茶飯事だった。

……ホントだよ?

まぁ、中身は1000歳超えのおばあちゃんだけどな!


「そういうものなのですか? あまり良い気分はしないのですが……」

「うーん、カルナ的には体型変化とかしてもう少しメリハリを無くすとか出来ないの?」

「残念ですが、【人化】はそういうスキルではないので……あくまで個体としての魔物が人間に近い姿になった場合にもっとも相応しい姿になるスキルなのです。魔法スキルではないのでマスター的にも専門外の分野だと思いますよ。」


そうか、魔法スキルじゃないのか。

確かに【魔導の極み】まで取ったわたしにも人化の秘法は知識の埒外だった。

魔物を人化させるスキルだから、ヒト族である人間や亜人には発生しないスキルなのかも。

神様なら知ってるんだろうけど、もうあの神域に行く気は無い。


「ということはカルナ殿は元々が魅力的な女性ということじゃな。殿方の視線云々はともかく、同じ女性としては羨ましい部分もあるのう。」


カタリナがさらりとフォローをいれてくる。


「あ、そう言われると悪い気はしませんですね。」


急に機嫌が良くなる。現金なものだ。


「カタリナ様はまだ将来があるではないですか。わたしなんて未来永劫このままなんですから。」

「ん? 其方もまだ若いではないか。一、二年もしたら解らぬぞ?」

「残念ですがカタリナ様、わたしはこのままなのですよ。魔法使いとして転生したもので、肉体が不老不死なのです。」

「なんと……誠か!?」

「ええ、実際わたしが転生して一年と半年ほど経ちますが、その間わたしの身体は一切成長していません。

普通9〜11歳くらいの女の子は成長期のはずなんですが、まったく身長も伸びてませんよ。」


改めて口に出してその事実を確認するとちょっとヘコむなぁ。

まぁこればっかりは本当にどうしようもないので、わたしは話題を変えることにする。

目下の目的と、その行動についてだ。


「妾は其方に会うのが1番の目的じゃったからのう。魔導師顧問の件も其方の家族の許可待ちじゃし、ほぼ目的は成った様なものじゃ。」


なるほど、カタリナの目的は既に達成されつつある。

顧問のことは父は反対するだろうが、わたしが強く出ればきっと許可してくれるだろうし、さしたる問題ではない。


「となると問題はわたしの目的か。」

「其方の目的は村と家族の安全と平穏じゃな。」

「そうなんですが、先ほどのランズロウト伯爵の為人を見るに結構めんどくさい様な気がするんですよね。」


わたしは率直な意見を出す。


「無礼を承知で端的にお訊きしますが、カタリナ様は伯爵をどう評価されてますか? そういえば先程、お父上と懇意にしているとかなんとか……」


わたしは王国貴族としての矜持を踏まえて、悪いとは思いながら敢えてカタリナにランズロウト伯爵の印象を訊く。

するとカタリナはいかにもバツが悪そうにポツリと呟く。


「俗物じゃ。貴族とはとても言い難い。あれは王国にとっては手の施しようのない悪性の腫瘍の様なものじゃ。それに先程も言うたが、伯爵は政敵の派閥じゃからの。懇意になんぞしとらん。大方内務卿であるお爺様に良い顔をしたいだけなんじゃろ。」


ほほう、なかなか辛辣なことを仰る。


「妾の様な小娘なら御せるとでも考えておるのかもしれぬな。」

「手の施しようのない、とはまた言い切りますね。咎があれば罰するのは容易いのでは? あれだけの肥豚です。賄賂の証拠の一つや二つ簡単に掴めると思いますが。」

「奴自身はどうってことのない小者じゃが、後ろについておるモートディラウトが厄介過ぎるのじゃ。」


モートディラウト? あぁ、さっき話に出てきたカタリナの家の政敵か。


「モートディラウトは家格こそ我がエルヴェレストと同格じゃが、歴史が150年ほど深くての。社会的にはあちらが上じゃ。

もちろん表立って風上に立つ様な振る舞いはせぬが、裏で我がエルヴェレストを見下しておるのは一目瞭然よ。」


そのモートディラウトがランズロウト伯爵を庇護している。

理由はわかりやすい、この街が生み出す富だろう。

この街は一地方都市としては富が集中しすぎている。独立して別国家を名乗っても良いくらいには。

ランズロウト伯爵がそれをしないのは、長いものに巻かれていたほうが楽だからだろう。


「あれの父は立派な為政者だったとお祖父様から聞いたことがある。今日ランズロウト領が商業都市として権勢を保持しておるのはひとえに先代の努力の賜物じゃな。」

「街を育てる才はあっても跡取りを育てる才は無かったんですかねぇ。」


おっと、カルナもかなり毒を吐くな。毒竜じゃないんだけどな。


「妾個人としての意見を言わせて貰えば、国にとっては害悪じゃな。この街は散々言うてる通り、商業の集積地じゃ。

国としてもこの街からの税収は無視できない額になるのじゃが、その租税の無視できない額が領主の一存で勝手に消えておる。」


カタリナの祖父はこの国の内務卿だと言っていたな。

政治を預かる身としては噴飯なところもあるのだろう。


「エルヴェレストとしても、政敵であるモートディラウトの懐にかなりの額の付け届けがあろうことにあまり良い気分はせんのう。」


モートディラウトは軍事寄りの家柄だと言うし、軍や騎士団などの武力集団が個人的に財を集めていると言うのはなんだかきな臭くもある。

まぁ国家運営700年も経てばあちこちガタが来ていてもおかしくはない。

ここで踏ん張れるかどうかは為政者の力にかかっているわけだが、正直建国700年というのはトップから腐っていてもおかしくない。

国が建国される際にはそれはそれは高尚な大義を持って建国される。

どの国もそうだ。

そしてその大義は、3代目君主くらいまでは弁えている事が多いが、時代が下ると共に往々にして腐っていく事が多い。

わたしがかつて宮廷魔導師をしていた国も、最初は立派な君主のもと善政を敷いていた。

これなら大丈夫だろうと、宮廷魔導師を辞して研究の旅に出かけて数十年経ったのち、訪れたその国は王侯貴族ばかりが肥え太り、市民は瘦せ細り、あまつさえ理不尽な奴隷制を敷いていた。

犯罪奴隷などではない、人道に悖る酷い奴隷制度だった。

人は手を引く者がいなくなるとかくも道を踏み外すのかと嘆いたものだ。


「モートディラウト家は国のどの様な地位を占めているのですか?」

「当主のサーディン殿が国軍の最高司令官たる軍務卿なのは話した通りじゃが、近衛騎士団の副団長が当主の甥にあたるオズワルド殿じゃ。

その他軍や騎士団にはモートディラウトの血縁や息のかかった者が多いのう。」

「カタリナ様、この現状かなり危険ではありません?」

「やはり其方もそう思うか?」

「いつクーデターを起こしてもおかしくない状況ですよ。」

「妾も父上もお祖父様も危惧はしておるのじゃが、魔族の脅威があるうちは大きなことは起こらぬと思っておる。」


……今なんと言いました?

魔族の脅威? 魔族ってあの魔族か?


「なんじゃ知らんのか。魔王率いる魔族の軍勢が人間に対し宣戦布告してもう200年経つのじゃぞ。今でも散発的に小競り合いが起こる様な状況じゃ。」


は? 魔族が人間と戦争?

なんの冗談だろう。

※スキル講座

【音声遮断】精霊魔法/風属性レベル4

指定空間内の音を外に漏らさない様にするスキル。

範囲はスキルレベル依存だが、効果は一定。


【静寂】精霊魔法/風属性レベル6

指定空間内の音を完全に伝達させないようにするスキル。

不自然なまでに音がしなくなるので、生活空間内だと逆に違和感を感じるかもしれない。


【人化】特殊スキル

知恵ある魔物が人型に変化するスキル。

ヒト種には決して使えない。

魔法スキルではないためイルミナの知識の範疇外のスキル。

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