12 公爵令嬢
翌日、わたしは空にいた。
村から領都に向かう空にドラゴン形態になったカルナの背に乗っている。
流石にカルナみたいなドラゴンが人里に現れると大騒ぎになるので、下からは見えないように魔法をかけてある。
古代語魔法レベル7の魔法スキル、【光学迷彩】だ。
光の屈折率を変化させて、対象を周りの風景と同化させる魔法スキルで、諜報活動なんかに高い有用性を持つ。
面白いのは古代魔導文明の遺跡で、この魔法スキルを覗きに使っていたという記録が見つかっている。
いつの時代でも男ってやつは……でもこの魔法、レベル7ってだけあって相当に高度な魔法スキルだ。
これが使える魔導師って限られてくると思うんだよね。
転生前の時代ですら大魔導師って呼ばれてもおかしくないレベル。
そんな大魔導師がやることは覗き。
まったく、頭は良くても馬鹿なんだよなぁ。
「マスター、ご機嫌のところ申し訳ないのですが、街道沿いにゴブリンの気配がします。このまま飛べば300秒後に会敵します。」
街道沿いにゴブリン?
それはまた珍しいな。
街や村を繋ぐ街道は人々が行き来するため、騎士や兵士が定期的に巡回してるし、魔物ハンターもいる。
ゴブリンみたいな低級の魔物が街道に現れるなんて青天の霹靂だ。
わたしは目を凝らして……古代語魔法レベル3スキル、【千里眼】で街道を順におっていく。
……あれかな?
どうやら馬車がゴブリン共に襲われているようだ。
いち……に……全部で14匹か、割と多いな。
うーん、馬車の方が分が悪いね。
護衛と思しき男が4人、御者が1人、そして女の子が1人かな。
仕方ない、見捨てるのも夢見が悪い。
「カルナ、助けよう。但し人型でね。」
「街道沿いにドラゴンが出た、では別の意味で面倒ですからね。」
カルナは自分たちドラゴンが人間からどう思われているかよく知っている。
まぁ、その昔人間も襲ってたからな。
カルナに限って言えば、わたしが懲らしめた後は人を襲うのをやめたそうだけど、他のドラゴンはどうだか知らない。
カルナは【光学迷彩】を張ったまま街道に降り立つと、竜型から人型へと変化する。
ゆったりとしたローブ姿なので、ツノと尻尾は目立たない。
ツノは竜人族と言って誤魔化せるが、尻尾は言い訳できないのでとりあえず隠す。
わたしは既に【肉体強化】で身体機能を底上げしてある。
高速で飛翔するカルナに乗るには魔法のサポートが絶対必要なのだ。
そのままゴブリンの群れに向かって突撃する。
第一目標は馬車を遠巻きに囲んで弓を射かけるアーチゴブリン6体。
この角度では投射型の攻撃魔法は使えない。
万が一外れたら馬車に当たっちゃうからね。
なのでわたしは近接戦闘モードに移行する。
そもそも魔導師というのはクロスレンジで戦えてナンボだとわたしは思ってる。
大魔力放射も魔法スキルの醍醐味だけど、細やかな魔法運用も魔法使いの楽しみだよね。
両手に魔力を流す。
近接戦闘用の古代語魔法レベル3【魔力刃】。
武器や拳に魔力を纏わせ直接の攻撃力を上げる魔法スキル。
今のわたしならゴブリンの首くらい一撃で落とす。
わたしは移動速度を維持しながら、アーチゴブリンの首をすれ違いざまに落とす。
6匹全て、時間は刹那だ。
そして【光学迷彩】を解いたカルナが、吶喊する。
馬車に取り付こうとしていた数匹のゴブリンを背中から一撃で貫く。
小細工なしのドラゴンの一撃だ。
今のカルナは人型だから、真の姿の竜型に比べればそのステータスは低下しているが、それでもそこらへんの人間は遥かに及ばない数値をしている。
具体的にはステータス平均150くらいかな。
「助太刀します! 守りを固めてください!」
わたしは馬車に向かって声を上げる。
残念ながら素の声量では足りないので、強化魔法レベル1スキル、【音量拡声】で増幅してある。
「助太刀、感謝するっ!」
馬車から野太い声が飛んできた。
視線を向けると、馬車の後方乗り口に陣取っている重装兵からの声だった。
カルナは次から次へとゴブリンを屠っていく。
一撃の元にゴブリンの腹に風穴を開けるカルナの闘い方は豪快の一言だ。
程なくゴブリンを全て始末する。
終わったかと思ったのも束の間、何やらまだ騒いでいる。
「誰か、じいを助けてくれ!」
見ると、御者のお爺さんが血を流して倒れていた。
御者というわりには良い服を着ている。
つーか、御者ではなくて執事だなあれは。
腕の良い執事は御者もできるし、おかしくはない。
その執事のお爺さんが倒れていて、傍に身なりの良い少女が付き添っていた。
「お嬢様……じいはここまでのようでございます……」
「何を言うか、ダメじゃ。死んではならぬ!」
少女が魔力を集中させている。
どうやら回復魔法のようだが、残念ながらお爺さんを回復させるには魔法スキルの技量が足りてない。
まわりを囲む護衛兵と思しき者たちも神妙にしていた。
もう助からないと思っているのだろう。
「マスター、どうしますか?」
そりゃまぁ、乗りかかった舟だしね。
もちろん助けますとも。
「ちょっと見せて。」
わたしは少女の元まで行くと、お爺さんの容態を診てみる。
肺に一本矢が刺さっており、貫通してさらに折れていた。
最初のアーチゴブリンの攻撃で矢傷を受けてしまったみたい。
「回復魔法をやめなさい。このまま回復魔法をかけても異物を取り除かない限り逆効果よ。」
身体に異物が残った状態で回復魔法をかけると、修復しようとする細胞が異物に邪魔されてうまく結合しない。
その上回復しようとするたびに何度も衝撃が走るので苦痛は大きくなる。
常人ならこれだけでショック死する場合もある。
わたしがそのことを少女に説明すると、回復魔法の手を止め泣き噦る。
「そんな、妾がじいを苦しめるていることに……」
「……お気になさりますな、お嬢様。じいはお嬢様に気に掛けてもらいむしろ幸せであります。」
「そんな、じい、ごめんなさいごめんなさい。」
うーん、盛り上がってるとこ悪いんだけど、このままじゃホントに死んじゃうからさっさと治療しよう。
わたしは肺に刺さった矢を空間魔法レベル3スキル【空間収納】で消し去る。【空間収納】は触れている無生物を【空間倉庫】に移動させる魔法スキルだ。
続いて破壊された体組織を修復して行く。
ここまで体内が損傷してると神聖魔法では役者不足なので上位魔法を起動する。
神聖魔法の上位魔法スキル、神威魔法レベル5スキル【蘇生】を使う。
「これは……どうしたことですか。」
「じい!?」
うん、上手くいったかな。回復系の魔法はあまり使ったことないからちょっと緊張したよ。
前世は割とぼっちだったから、人に回復とか殆ど機会が無かったからねぇ。
わたし自身は殆ど怪我とかしないし、しても【HP自動回復】の所為で直ぐ治るんだよねぇ。
……うん、寂しくなんて無かった。
無かったんだから。
「マスター?」
「なんでもないよ、カルナ。」
何はともあれ、もう大丈夫でしょ。
あとは失った血液を神威魔法レベル2スキル【増血】で増やしてあげれば……【蘇生】も【増血】もある魔法触媒が必要な魔法スキルなんだけど、幸いにもここにはその魔法触媒が沢山ある。
必要な触媒は【魔物の心臓】。
人間型の魔物ならゴブリンでもトロルでもなんでもいいんだけど、その魔物の心臓を乾燥させたものが一般的。
乾燥させるのは保管と運搬の利便性のためで、生のままでも触媒効果は問題ない。
本来魔物、いわゆる モンスターには心臓の代わりに魔石があるんだけど、何故か人型の魔物には魔石が無くて心臓がある。
その代わりその心臓が魔石と同じような力を秘めている。
何故なのかはまだ研究の課題だけど、今はあるものを使って治療を続けよう。
……うん、顔色も良くなってきたかな。
あとは少し休めば回復するでしょ。
年齢が年齢だから予断は許さないけどね。
「すげえな、嬢ちゃん!」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り向くと護衛兵の男たちが口々に褒めてくれてる。
「助かった。まさかこの往来で昼間からゴブリンに襲われるなど、思ってもいなかった。」
「わたしも疑問に思ってました。ゴブリンはどちらかと言えば夜行性です。それに14匹となればかなりの集団です。昼日中にこれだけの集団に、しかも街道沿いで襲われるなどなかなか珍しいことですね。」
あるいは陰謀かもね。
「あるいは陰謀やもしれぬな。」
わたしの心の声と被った感想が聞こえた。
「まず、助けてくれて礼を言う。妾はエルヴェレスト公爵家、カダルファの第一子で、カタリナという。じいの命、助けてくれたこと感謝の言葉も見つけられぬ。其方らは妾たちの命の恩人じゃ。本当にありがとう」
……公爵令嬢とは、また随分大物が出てきたなぁ。
エルヴェレスト公爵令嬢カタリナと名乗った少女は、見事な蜂蜜色の金髪と白皙の様に白い肌、青色の瞳をしていた。
まだ少女と呼ぶべき外見ではあるが、数年後には国に轟く美女と呼ばれること間違い無いだろう。
「おぬしの名を訊いてもよいか?」
しかも先に名乗った。
本来貴族階級は位の下のものから名乗るものなのに、まして平民のわたしに先に名乗るのは非常に珍しい。
たぶん階級よりも恩人であることが優ったのだろう。
礼を礼として知っている。
王国の貴族にもまともな人物はいるものだな。
「これは失礼しました。お初にお目にかかります、姫。わたしはイルミナ。家名はありません。この国の辺境の名もない開拓村の出身です。」
「改めて礼を言う、イルミナ。其方らのおかげで命永らえたわ。しかし家名なしとは思えぬ礼節よの。其方、何処でその礼を身につけたのだ?」
しまった、もう少し平民らしくすればよかった。
わたしは転生前、請われてとある国家の宮廷魔導師をしていた時期がある。
1300年の中のほんの数年だけど、それでも宮廷儀礼なんかは普通に身についているんだな、コレが。
「見れば其方、妾と大して変わらぬ少女と呼べる歳に見えるぞ。それに傍に控えたその娘御もなにやら……」
「あぁ、姫。この者はわたしの従者です。宮廷儀礼などには疎いので、どうかこの場はお目溢しください。」
「ふむ、……其方、そういえばイルミナと言ったな。」
「はい、そうですが。」
「それでは其方が、今噂の辺境の魔女か。」
「は?」
え? なんのこと?
……噂になっていた様です。
※スキル講座
【光学迷彩】古代語魔法レベル7
光の屈折率を操作して対象を周りに風景に同化させるスキル。
隠密行動に適してはいるが、視覚以外の探索法を持つ相手には効果が薄い。
【千里眼】古代語魔法レベル3
視覚強化の魔法だが、強化魔法ではない。
正確には視覚強化ではなく、魔法的に視野を伸ばしている。
レベルに応じて視界と視認距離が伸びる。
【魔力刃】古代語魔法レベル3
肉体や武器に魔力を伝達させて直接火力を増幅させるスキル。
魔力の形状も刺突、斬撃、打撃等、自分の好きに変化させることが出来るが、何かに纏わさせなければ数秒で魔力が霧散してしまう。
【音量拡声】強化魔法レベル1
音量を増幅させるスキル。
【空間収納】空間魔法レベル3
魔力で構築したパーソナルスペースを用いて荷物等を収納することができるスキル。
スペースの容量はスキルレベル依存。
ちなみにイルミナは魔法スキルは全てスキルレベルマックスまで極めているので、その空間容量はほぼ無限。
(というより測ったことがないので、全貌が自分でもわかっていない)
収納したい物体に触れてスキルを発動させれば収納できる。
出し入れ自由だが、魔法スキルなのでMP使います。
【蘇生】神威魔法レベル5
肉体の損壊、欠損、腐敗等、ありとあらゆる外傷に対して効果を発揮する回復スキル。
神聖魔法の上位スキル、神威魔法に属するため効果は絶大だがMPコストが尋常じゃない。
また、じっくりと集中しないと使い難いスキルなので、戦闘中激しく動きながら使うのは無理ゲー。
使用時、触媒として【魔物の心臓】が必要。
【増血】神威魔法レベル2
失った血液を加速度的に増やすスキル。
回復や治療スキルでHPや外傷を治しても、失われた血は戻って来ない。
そこで【増血】があれば問題解決ですよ!
【蘇生】同様触媒として【魔物の心臓】が必要。
【蘇生】と同じく神威魔法なためコストをばかばか食うスキル。