第86話 お待ちになって!
「あら、もうお話は纏まったのですか?」
俺達がオルト公の屋敷を出て行こうとすると、メイ夫人がひょっこりと微笑みながら現れた。結果としてはテレーゼ嬢の護衛になれたので文句はないが、何気にこの人に一杯食わされた感があってむず痒い。それはネルも同じのようで。
「ねえ、私言ったわよね? 私用だから目立ちたくないって」
「ええ、ええ。分かっていますよ。ですから皆様のお名前は出していません。ただ、とってもお強いとだけ口走ってしまったかも。私、娘にはとっても甘くって。冒険者さんも、早く子を作りなさいな。とっても可愛いわよ?」
「……まあ、ハッキリ言わなかった私も悪かったわね」
おお、ネルの方から折れた。というか、逃げた。だがな、俺はまだ納得していない。なぜならば、まだ夫人から報酬を貰っていないからだ!
「ちょっと待ってくださいね。んっと、重いわね…… これ、ジーニアスまで送って頂いた報酬になります。相場が分からなかったから、私の匙加減で詰めてしまいました。足りるでしょうか?」
メイ夫人から手渡された金袋を紐解き、中身を改める。 ―――ほうほう、ほうっ!
「報酬の多い少ないで夫人を助けた訳ではありません。夫人の想いがこの金額に結びついたと考え、頂戴したいと思います。また何かお困りになられましたら、ギルドを通してご連絡ください。こちら、連絡先になります故」
納得するしないなんて些細な事である。俺と夫人は末永く良い雇用関係でいたいと思います。
「お母様、もう用件はよろしくて? 私はデリスさん達とギベオン遺跡へ向かいます。行先でお父様にもお話し致しますので、心配なさらないでくださいね」
「デリスさんが一緒なら安心です。明日は学院がお休みですが、あまり遅くならないようにしてくださいね? そうだ、宿題はもう終わったの?」
「とっくの昔に終わってますわ! 天才の私にとっては児戯にも等しい事です! オーホッホ!」
「うんうん。テレーゼが次期領主なら、ジーニアスの未来は安泰ね。オホホ」
テレーゼがお嬢様笑いなら、メイ夫人はマダム笑いできたか。この家は何かとレベルが高くて冷や汗もんだぜ……!
「ハルちゃんハルちゃん、ご主人様のあの思いふけるような横顔、格好良いよねぇ…… 思わずキュンときちゃう……」
「そうですね! きっとダンジョン内で行う過酷な鍛錬を考えているんだと思います!」
「そ、そうなの? 探索メインだから、鍛錬まではしないと思うけど。というか、流石にしないでほしい……」
「ああ、あの顔の時は大した事考えてないわよ」
「ゴブ!」
なあ、ゴブ男君。俺を貶す感じの流れの中で、その力強い「ゴブ!」の言葉にはどんな意味合いが含まれているんだい?
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屋敷を出て、ジーニアスの街から出発するまでの間で、テレーゼは結構な人数の生徒達に声を掛けられていた。アーデルハイト魔法学院における生徒会長の決め方は日本と同様、立候補と生徒による投票で決まる。どうやら生徒会長としての人気は確かなようで、どの生徒達も親しげに話している。その一方、馬車を引いてのインパクトある登場を決めてしまったハルと千奈津は、その場面を見掛けたのであろう生徒達に微妙な視線を向けられていた。いや、本当に悪かったって。だから千奈津、俺に訴えるような視線を向けるな。
街からギベオン遺跡は徒歩でも行ける近場にある。ジーニアスから少し歩けば、灰と黒の中間辺りの色をした石造りのピラミッドのような建造物が見えてくる。何者かの墓なのかとも当時は考えたものだが、別にゴーストやレイス系、ゾンビ系のモンスターは出現しない。低レベルなゴブリンや蝙蝠など、マジで初心者が相手をするような奴らしかいないのだ。ザ・最初のダンジョンを地で行くありがたい場所なのである。ちなみに入り口は地下へ直行する階段になっていて、あのそこそこ手間のかかったピラミッドも飾りでしかない。
「あそこがギベオン遺跡ですわ!」
「わあ、立派な建物ですね!」
「スマホのバッテリーが残ってたら、写真撮ってたかも」
そんな事を知らない2人は、無邪気にはしゃいでいらっしゃる。まあ、冒険者が同行すれば、ジーニアスの観光名所になったりする場所だからな、ここ。間違ってはいない。
「流石に今は観光客もいないか」
「ダンジョンの安全が確認されるまでは、そうなるでしょうね。生徒達、冒険者の修練場がなくなってしまうのは、延いては領土の、いえ、国の衰退に繋がります。観光資源ともなるギベオン遺跡がこのままでは、更には財政にまで亀裂が――― デリスさん、皆さん! 一刻も早い解決を目指しますわよ!」
「「はい!」」
「ゴブ!」
テレーゼ嬢の士気は高く、そのカリスマ性に当てられたのかハル達のやる気も十分だ。普段のテンションさえ意味もなく高いから、自然と鼓舞に繋がってるのかもしれないな。自己評価は高い傾向にあるが、その思想は気高いもので良い方向へと向かっている。上に立つ者としては適任だ。
―――が、そんな彼女が卒業祭の選考の為に動いているのが、どうも納得できない。生徒から人気もあって、本人の素行も特に問題が見られない。なら、何で選考から外れているんだ? 曲がりなりにも生徒会長なんだろ、この子? それともオルト公に問題があるのか?
「それでは、先にお父様に話を通して来ますの。デリスさん達は、こちらでお待ちになって。何、ものの数分の事ですわ。オーホッホ!」
そのまま高笑いをしながら、テレーゼ嬢はダンジョンの中へと消えて行った。地下の方で声が反響して凄い事になってそうだ。
今がちょうど良いかな? ネルにちょっと聞いてみるか。
「ネル、テレーゼの事だけど」
「何で選考から外れているのか気になるの?」
「む、読まれたか」
「そういう表情をしてたもの。ま、今なら教えてあげてもいっか。別にあの子も隠している訳じゃないしね。むしろ、学院の生徒なら全員知っているでしょうし……」
「どういう事だ?」
「テレーゼはね、魔法が使えないのよ」
……はい?
「もっと言えば、魔法使いなのに職業に関連したスキルを杖術しか会得してないの。間違って覚えてしまったのか経緯は知らないけど、小さい時にやっちゃったみたいね。しかも、それが発覚するまで相当無関係なスキルを鍛え込んじゃったみたい。覚え直すのも躊躇うレベルらしいわ。それでも職業はレベル3なんだから、立派なものよ」
お、おう…… テレーゼ嬢、独自の路線を突き進んでいるとは思ったが、スキル構成まで独自だったとは…… そりゃ魔法を主とする卒業祭からは外されてしまうわな。
「大丈夫ですよ、師匠! 杖術があって努力も続けているのなら、いつかレベル4になれます!」
「皆が皆、お前みたいに急成長する訳じゃないんだぞ、ハル君や」
レベル4に必要なスキルレベルは計100、要は唯一関連した杖術スキルをマスターしなくてはならないんだぞ? 生徒達が彼女を応援したくなるのも、今なら分かる気がする。




