第64話 帰るまでが遠征
―――修行11日目。
長旅と連戦に次ぐ連戦、或いは下拵えを経た為か、宴が終わると皆早々に寝てしまった。特にハルと千奈津はぐっすりである。いくら砦が近くにあるとはいえ、夜の番は外す事ができない。比較的疲労のない俺とダガノフ老で焚き火に当たりながら見張りをし、日が昇り始めると朝の早いハルが起床した。
「し、師匠が、私より早く起きてる……!」
「寝ずの番をしてた師に対して開口一番がそれか、おい」
まあ、代わりに帰りの馬車の中でぐっすりではあるのだが。ハルが朝飯の準備をし始めると、その匂いに釣られてか残りの面子も起きて来た。朝食が終われば砦に一挨拶して、遠征の内容はほぼほぼ終了。後は愛しの我が家に帰るだけである。
「デリス殿。その、ネル騎士団長と共に強く生きてください……! この国の為にも……!」
帰り際にジャネット指揮官にそんな事を言われた。何なんだ、突然。結婚しても尻に敷かれる事無く、強く生きろと暗に示しているのか? 上手く手綱を握らないと国もろともだぜ? とか申したいのか。騎士団が見ぬふりをする中、やけにストレートに伝えてくるな、指揮官殿。そりゃネルを本気で怒らせたら国が危ないかもしれないが…… まあ、うん。気を付けます。
その後には隣国タザルニアのライズさんから最後の握手を強請られ、ネルと一緒にサインまで書かされた。見栄えするネルは兎も角、こんなおっさんのサインが欲しいなんて、世の中にはコアなファンもいたものだ。聞けば、ライズさんは結構な冒険者フリークなんだそうだ。自らも昔冒険者をやっていた事もあって、手の届かぬ領域にいる冒険者達の力を近くで痛感し、それで憧れるようになったとか。今度、あいつのサインを持って来たら喜んでくれるだろうか? でも、世間的には不味いよなぁ。それこそ、今なぜこれをと畏怖されてしまう。
馬車に乗り込み、帰りの道中。来た時と同様、カノンとムーノ君が御者、残る俺達は馬車の中だ。今になって急激な眠気に襲われている最中である。ほど良い揺れが癖になる。
「今回の報酬は帰ってから支払われるから、後で私が持って行くわね」
「わざわざネルが来なくても、カノンあたりに持たせてもいいぞ?」
「馬鹿。自称とはいえ魔王を倒した報酬なのよ? カノン如きに持たせたら色々と不安でしょ。だから、私が持って行くわ」
やたらと強調されてしまった。ああ、これは適当な理由を付けて家に来るパターンだ。早いうちに本気で婚約を考えた方が良いかもしれない。まあ、どんなに早くてもハルの卒業祭が終わって、いざこざを解消させてからになるけど。
「さて、帰ってからも少し忙しくなるな」
「あれ? 師匠、帰ってからも何か予定があるんですか?」
「ああ、そろそろハルの卒業祭の枠を確保しようと思ってさ。アーデルハイトの魔法学院に向かう手筈を整えないとな」
「……? えっと、その卒業祭? って何でしたっけ?」
うん? そういやハルにはまだ話してなかったか? ガンさんやネルには伝えていたから、てっきりハルにも話したもんだと思ってたが。或いは忘れているとか? うーん、どっちだったかな。
「それ、そういえばネル師匠も言ってましたよね。私を城から連れ出す時に」
「あら、言ってなかったかしら? もう伝えてたつもりだったのだけれど。ええっと、そうね。デリス、説明お願い」
お前もか、ネル。そしてまた投げるのか。仕方なく俺の口でアーデルハイトの卒業祭が何たるものか、優勝すればどんな恩恵があるのかを説明してやる。
「―――なるほど。詰まり、その卒業祭で良い成績を残せば国から正式に認められて、大陸に出現した新たな魔王討伐軍、それに加わる事ができると」
「私としては面倒だから、単独で突っ走った方が良いと思うのだけれどね」
「魔王だけならそうなんだけど、どっちかって言うと過程の方が大事なんだよ。魔王討伐軍は大陸各国の代表が集結する大規模軍隊だ。その中にはヨーゼフのじじいが半ば無理矢理に召喚した、ハルの学友である勇者様方も入るだろう。だが、向こうも向こうでヨーゼフの権限を使って勝手に連れて来た客将扱いだ。となれば、まずは代表に誰を含ませるかの格付けをする事になる。同じ候補にハルが入れば、そこで勇者全員と戦えるかもしれないだろ?」
「気の遠くなる話ねぇ…… そんな事しなくても、私が一言進言してあげるわよ? この子達は私が推すから絶対に出しなさい。さもなくば私は行かない。って」
ほぼ脅しですよね、それ。ネルがそう言えば、逆らう事のできないうちの国王様も恐らくは許してくれるだろう。しかし、ヨーゼフのじじいが確実に守りに入ってしまう。そうなれば勇者達とは戦わせてもらえないだろうし、ネルが推すほどの傑物ならば格付けは不要、とか色々と理由を付けて接触を回避してくる可能性が高い。ヨーゼフのじじいにとって、ネルはそれほどの劇薬なのだ。知られたらどうなるか分からないので、本人には曖昧な返事をしておく。
卒業祭で優秀な成績を残せば、この国での就職先をかなりの割合で斡旋してもらえる権利が貰える。今回はそれを魔王討伐軍に捻じ込む。チャンスを掴めばそれだけで一攫千金を狙える仕事だ。就職先に指名しても問題はないだろう。こう、マグロ漁船的な? わざわざこれを指名する輩は史上初になるんだろうけどな。で、いくら学院で優秀な成績で卒業した奴だとしても、ヨーゼフとしては自慢の勇者達をぽっと出の学生より下に見られたくない。ましてや、初日で俺の下に追放してしまったハルが相手だ。格付けではそれよりも上の立場を必ず狙って来る。
「いえ、私は分かりましたよ、師匠! 外道には外道で、ですが正道には正道で、ですね!」
「うん、そんな感じそんな感じ」
「デリスさん、どんな感じなんですか……」
そこでハルが鬱憤を晴らしてドヤ顔をすれば、目標達成。次なる大陸を脅かす魔王との戦いに向け、鍛錬にも身が入るというものだろう。
千奈津は、どうだろうな…… 元々勇者として力を認められていたところをネルに連れて来られた訳だし、卒業祭を経たところで、じじいにもネルが絡んでると知られるだろう。ああ、いや、勇者と戦いたいのはハルの願望だから、千奈津は別にいいのか。卒業祭に出場させるのも、どっちかと言うと俺とハルにネルが対抗してって感じだったし。
「うん、そんな感じだった」
「デリス、貴方疲れているのよ。寝ずの番をしていたんでしょ? もう寝なさい」
「実は眠かった。おやすみ」
「おやすみなさーい」
珍しくネルに心配されたので就寝。今日からまた3日の旅路を経て、帰れば準備か…… 今のうちに寝よう、そうしよう。そうだ。ハルのステータスも確認しなきゃ――― むにゃ。




