第555話 アーデルハイトの勇者
――修行99日目。
翌日、アレゼルの飛空艇でアーデルハイトに帰還した俺達は、その足でこれまでに関係を築いた友人知人達に、ハルら異世界転移組が元の世界へと帰る事を、またクラスメイトである当人達に、日本へ戻れる事を伝えに回った。その際の反応はどれも凄まじく、同時に俺の腰に響くものばかり。話の真偽を確かめる為に、俺を掴んで激しく揺さぶるのはマジで止めてほしい。
で、そのまた翌日にアーデルハイトより書状が届く。内容は自国の勇者であるハル達に対し、帰還を祝うパーティを開くとのものだった。このパーティが結構盛大なもののようで、他国の関係者にも招待状を出しているのだという。すっかり忘れていたが、そういやハルやチナツは勇者連合を組んだ際に、アーデルハイトの勇者として参加していたんだ。国王のディアスとしても、元の世界に勇者が帰還するとなれば、何をしない訳にはいかなかったんだろう。 ……いや、ディアスの事だから、それ以前にちゃんとした形で見送りたかったのかもな。まったく、律儀な王様だよ。
「しっかし、昨日の今日でよくこれだけ集まったもんだ」
アーデルハイト城で開かれたパーティーの会場にて、俺は改めて辺りを見回した。ハルのクラスメイトやジバ大陸各国の勇者を始めとして、中には王族である筈のクラリウス女王の姿まである。更にはギルドのジョルジアに虎髭のガンさん、アニータの奴まで…… 最早知り合いなら誰でもオーケーとか、そんな感じだな、こりゃあ。
「どうした、デリス? そんな所でぼーっと突っ立って? ハルナと共に挨拶回りに行かないのか?」
「王の言う通りです。デリスさん、転移の予定日は明日なんですから、時間は有効に使いましょうよ」
っと、噂をすれば何とやらだ。
「ディアスに、ええと…… ああ、そうそう、タクト君!」
「ノ・ク・ト・で・すッ! デリスさん、昔っから思っていましたけど、絶対わざとやってるでしょ!? ネル団長から聞きましたよ! デリスさんは凄まじく記憶力が良いって!」
「あらら、遂にバレてしまったか。俺の楽しみが一つ減ってしまったな」
「あまりノクトを虐めてやらないでくれ。しかし、今日は祝いの席。多少の無礼には目を瞑ろう」
「お、王!?」
ディアス王とノクト君は相変わらずのようだ。未来永劫とはいかないだろうが、暫くの間ならアーデルハイトは安泰かねぇ。
「デリス、師として弟子のハルナが帰る事に、何か思うところがあるのだろうが…… そんな時でこそ、堂々と送り出してやってくれ。お前ほどの傑物がそんな調子では、何か良からぬ事を考えているのではないかと、逆に周りを不安にさせてしまう」
「……そんなに変に見えるか?」
「現に、今の今までここで突っ立っていただろう? ノクトを弄るのも、現実から一時的に目を背ける為の行為だと、俺はそう見たぞ?」
「えっ、そうだったんですか?」
「ハァ、よく観察していらっしゃる」
「フッ、これでも心理学をかじっていたからな。尤も、本来のデリスのそれに比べれば、付け焼き刃程度のものだ。ほら、ハルナはあそこでテレーゼ達と談笑しているぞ、偉大なる勇者の師よ」
「……何かすげぇ王様っぽい」
「王だからな」
そんなディアスの助言を受け、俺はハルの下へと向かう事になった。何だかな。王とは言え、あんな年下にアドバイスされる事になるとは思ってもいなかった。確かに、ここ最近の俺は少し抜けていたかもしれない。
振り返ってみれば、ここ数ヶ月は激動の時間だった。ヨーゼフのやらかし召喚にフンド君の襲来、ネルと結婚したかと思えば、今度は大八魔の試練が待っていたと来たもんだ。けど、そんな忙しない時間の中で最も思考を割いていたのが、人生初となる弟子、ハルの事だった。最初はほんの僅かな興味から、そして関心は本物となり、本格的な弟子育成へと乗り出したんだっけ。まさか大八魔レベルに至るとはな。使う機会はあるまいと思っていた固有スキルも、この歳になって面目躍如。ったく、本当に飽きの来ない日々だった。
……だからこそ、か。心にぽっかりと穴が空いたように感じるのは。俺の生き甲斐の一つが、突然なくなるようなもんだからなぁ。俺はそんなキャラじゃない筈なんだが、ここに来て新たな自分を発見してしまったよ。
「うおおぉん! ハルナさんにチナツさん、行ってしまうのですわねぇぇぇ!」
「テ、テレーゼさん、そんなに号泣しないでくださいよ」
「そうですよ! これで永久にお別れって決まった訳じゃないんですし!」
「でぇもぉぉぉ! だっでぇぇぇ! でずわぁぁぁ!」
「テレーゼさんは…… とても、感性が豊かなんです……」
うん、号泣するテレーゼの姿を見たら、少し落ち着いた自分がいた。またしても新たな自分を発見である。にしても、永久のお別れじゃないか。ハルらしい前向きな発言だ。心配性な俺も、少しはその精神を見習いたいもの――― ああ、そうか。そうすりゃ良いのか。何だ、簡単な事じゃないか。
「そうだそうだ、これは永遠の別れなんかじゃないぞ」
「あ、師匠!」
「デリスざぁん……? ぞ、ぞれっで、どういう……?」
「確かに、ハル達が元の世界に戻る扉は片道切符だ。だが、その片道切符が買えるのは、何も一度きりじゃない。また大八魔共の試練をクリアして、扉を開けさせれば良い。ほら、これで行き来し放題じゃないか」
悠那に千奈津、ウィーレルと号泣していたテレーゼまでもが、途端にポカンとした表情を作った。どうやら俺の言葉は予想外であったらしい。
「そ、それってどういう事です?」
「どうもこうも、言葉通りの意味だよ。つっても、日本に大八魔はいないからな。直ぐには無理だろうが、俺が大八魔共の試練を制覇して、こっちの世界行きの切符を人数分もぎ取ってやる。それをいつ使うかはお前らの自由、好きな時に帰って来い」
ポカンどころか、皆一様にポカ―――ンな顔になり始める。えっ、そんなに予想外だったか?
「し、師匠、良いんですか!? たぶん、私達の時より酷い試練になりますよ!?」
「そ、そうですよ。流石にそこまでご迷惑をお掛けする訳には…… それに、大八魔の皆さんがそんな事を許すかどうか」
「何だ、そんな事を心配していたのか? あいつらはお前達の事を頗る気に入っているんだぞ? また遊べるともなれば、喜んで試練をやってくれるだろうさ。それに師匠としてそれくらいできなきゃ、今後のお前らの指導なんてしてらんねぇよ。何、腕を鍛え直す良い機会だ。次に会った時は、また別次元の俺になってると思え。あ、だけど帰る時は、またお前らが自分で切符を買えよ? それを繰り返していくうちに、いつか本当にサシで勝てるようになるかもな」
「デ、デリズざぁーん!」
「うおっ!?」
感極まったテレーゼが、俺の腹目掛けてタックルしてきた。いや、恐らく抱き着いているつもりなんだろうか。まあどちらにせよ、ハルでも千奈津でもなく、お前が率先して来るんかい! という気持ちだ。あと、だから腰は労わってくれと―――
「あ、飛びついて良いんですね! 師匠、ありがとうございまーす! 最高の気分です!」
「これは…… 飛び込む流れ、でしょうか……? えーい……」
「……ネル師匠には悪いですけど、私も今は飛び込みたい感じなので! ていっ!」
「あっ、何抜け駆けしてんだお前ら! それは俺の役割だろっとぉーーー!」
―――言ってる傍から飛び込んで来るなぁぁぁ!




