第507話 出会いが遅かった不運
同時刻、エルデラドの城内は混乱を極めていた。凄まじい衝撃音がどこからか発生したかと思えば、城内にいた者達が次々と倒れ始めたのだ。被害の拡大は恐ろしいほどに早く、となれば騒ぎが広がるのも一瞬だった。
この事態に迅速に動き出したのは、城内の指揮を務めていた『業炎の将』ズールであった。ガレッゼに次ぐ古株である彼は大八将のリーダー的存在だ。これまで如何なる障害をも乗り越えて来た実績があり、そして大八将中唯一レベル8の次元に届いた最強の戦士である事から、皇帝ティトスからの信頼が最も厚いとされている。
……が、だからこそなのか、ズールは自国とヴァカラが率いる躯国カーマインとの戦力差を、一番よく知っていた。敵将との一騎討ちの際には、一見好勝負をしているように思える戦いを繰り広げていたが、その実、敵将は明らかに手を抜いていると分かっていたのだ。時には自らが新兵に戦闘指導を行うように、剣の向かう先を容易に誘導され、時にはギリギリの戦いを演出する為なのか、瞳を瞑ったまま相手をされた事もあった。武人として、人類における強さの頂点に立つ者として、その誇りと自信は疾うに崩されている。表向き表情や言動に出す事は一切ないが、この戦いに勝ち目なんてものは存在しないと、ズールは心の底ではそう思っていた。
それでも尚、ズールがエルデラドに貢献してきたのは、前皇帝に対する恩があったからだ。詳細は長くなる為に省かれるが、ズールは前皇帝に命を救われた経緯がある。神の悪戯か、それとも悪魔による呪いなのか、不思議な事にエルデラド家はなぜか皆短命であり、前皇帝もその例に漏れず若くして亡くなってしまったのだが、ズールはその忠誠心を前皇帝の息子であるティトスへと移し、今日この日まで国に尽くしてきた。如何にプライドを引き裂かれようと、耐え忍んできたのだ。
「中心部から紫色の気体が放出されている! 障壁を張れる術士は通路を塞ぎ、これ以上流入するのを防ぐのだ! 回復魔法を扱える者は、戦える者の治療を優先せよ!」
「ズール様、倒れた者の症状はどれも報告にあったものと同じものです。となれば……」
「ああ、既にカーマインの者達が城内に入り込んでいるのだろう。騒ぎが起こり始めた順番を辿るに、恐らく発生源は王座の間だ」
「お、王座、でありますか!? それでは、陛下は……」
「狼狽えるな。皇帝陛下は別の場所に――― 通路前の術士、下がれっ!」
「えっ? あ―――」
―――ガシャーーーン!
ズールの叫びの直後、通路を塞いでいた障壁が一遍に粉砕された。入念に魔力を注がれていた筈の障壁は粉々に砕け散り、その障壁を集団で作り上げていた術士達もまた反応が間に合わず、障壁が破壊されたのと同時に吹き飛ばされてしまう。
「お前達も下がれ! 俺が受け止める!」
「「「ハ、ハッ!」」」
破壊された障壁の奥より、見えない何かが接近している。そう感じたズールは、慌ただしく部下達に後退を命じた。そして瞬く間に迫るそれは、ズールに向かって強烈な一撃を繰り出す。
―――キィーン!
構えた大剣の刃より火花が散ち、甲高い金属音が奏でられた。
(ぐうっ! 重く、そしてなんと強い一撃なのか……!)
防御に回ったズールは、ありったけの力で攻撃を受け止める事に成功する。しかし彼の額には滝のような汗が流れており、少しでも気の抜けば押し切られる、そう確信させる切羽詰まった状況でもあった。
「チィッ!」
「ありっ?」
拮抗した状態から剣を切り返し、謎の敵との距離を取る。その際に発せられた苦し気なズールの声とは対照的に、虚空より聞こえてきた声は実に軽いものだった。
「グラスイズ!」
ズールの部下の一人が魔法を詠唱、すると光の粒子が辺りに散布され、先ほどまで見る事のできなかった正体不明の敵の輪郭が、徐々に徐々にと空間に浮き出て来た。光輝魔法レベル40『グラスイズ』、本来は見る事のできない霊体を視認できるようにする魔法である。
「―――ッ! ズール様」
「ああ、本当に報告の通り、敵はこんなにも幼い少女であったのだな。まさか、自分の娘ほどの者だったとは」
彼らの眼前に現れたのは、ドッガン杖を肩に担いだ悠那であった。
(容姿に騙されるなという良い例だな、こいつは。この場に集った俺直属の部下『インペリアルガード』は、魔王を自称するモンスターを単独で倒せる精鋭ばかり。が、彼女の相手をするのは到底無理だろう。地力が違い過ぎる)
姿を現した悠那に対し、ズールが睨みを利かせる。
「わ、もしかして私、見えちゃってますか? だとすれば、すみません。ちょっと加減が過ぎたみたいです。貴方の実力を見誤ってしまいました。今日二回目の反省です」
「想像以上に流暢に喋る。これまでカーマインの幹部とは何度も刃を交えたものだが、ここまで華憐かつ凶悪な力と対峙したのは初めてだ。今日が初顔合わせ、それで合っているか?」
「はい。この国の人達との戦いに限って言えば、一応、今日が初陣になりますね」
「そうか…… 戦故に一騎討ちとはいかないが、戦う前に名乗っておこう。『業炎の将』ズールだ。帝国最強の剣、そして最強の部隊の力、堪能するが良い」
「お言葉に甘えさせてもらいます。あ、えっと、名乗りでしたっけ? 躯国六十六魔将第三十一位の『大戦杖』です。よろしくお願いします!」
悠那とズールが前へ踏み出し、周囲に展開したインペリアルガードがズールの援護を開始する。それから数十分後、エルデラド城は完全に鎮圧された。
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「ギィ!」
「ギィ君、今日もポカポカね。心も体も温まるわ」
「ギィー?」
千奈津が結界を施し、鉄壁の拠点と化した王座の間には、王座に座りながらギィ君を抱っこする千奈津と、今も障壁の牢獄から抜け出そうと力むキラの姿があった。障壁にダメージが蓄積される度に千奈津がその補強を行っている為、キラが拘束を解く気配は今のところない。敵が近くにいる様子もないので、千奈津にとってこの待ち時間は、久方振りの平和な時間となっていた。
「ただいまー!」
「おう、俺も戻ったぜ」
「お帰りなさい。静かになったみたいだけど、どうだった?」
どうやら、そんな平和な時間もそろそろ終わりのようだ。しかし、数十分程度の短い時間ではあったが、先ほどの簡易的な絶叫マシン体験、ギィ君との触れ合い体験もあって、千奈津の心は大いなる海の如く穏やかだ。
「お城の中は一通り制圧できた感じかな? 通路を障壁で塞いでいた魔法使いの人達を倒したら、一気に毒ガスが広がったみたいだし。それと、大八将の人も一人倒してきたよー」
「俺は偉そうな奴を見つけてはとっ捕まえて、皇帝の場所を吐かせてみたんだがよ、それっぽい場所はどれもハズレだった。城の中にはいないんじゃねぇか?」
「となると後は城下町の方、或いは一般の幹部も知らない隠し部屋があるパターンかしらね」
「うえー、どっちのパターンも面倒そうだなぁ」
「それでも、やらない訳にはいかないわ」
「ねえねえ、その前にいいかな? 私、ちょっと気になる場所があったんだよね」
「「気になる場所?」」
「ギィ?」
「うん! ビガーさんの話の中に、似たような場所があったのを思い出したんだ!」
「「……その前に、ビガーさんって誰?」」
「アレゼルさんとこの秘書さん!」
「「……?」」
顔を見合わせ、理解したかと確認し合う千奈津と刀子。悠那の説明は難解であった。




