第503話 追跡者
障壁の道を宙に伸ばし、その上を疾走するカーマインの軍勢――― もとい、弟子三人娘+α。道作りと守りを担当する千奈津を先頭に、刀子、悠那、キラの順で帝都へと向かっている。かなりの高度を維持して進んでいる為、最初の国境要塞以降、エルデラド大帝国による妨害らしい妨害は今のところないようだ。あったとしても、地上の方からワアワアとちょっとした喧騒が聞こえてくる程度のものである。恐らく何かしらの攻撃を行っているのだろうが、地上からでは飛び道具や魔法の類は届かず、その地点も直ぐに通り過ぎてしまう為、一行がそれらを気にする事は皆無だ。但し、この旅路には何も問題がないかと問われれば、必ずしもそうという訳でもなかった。
「■■■ーーー!」
「ほっ、はっ、たあっ!」
―――ギィン! ガァン!
一行の後列にて、獣の如き猛りと剣戟が鳴り響く。国境線より試練をスタートし、今この時に至るまで、悠那とキラは互いの得物をぶつけ合っていたのだ。戦いながらのバック走になってしまう為、悠那の行軍速度は通常よりも随分と落ちている。
「悠那、走り続けてそろそろ一時間だ。攻撃を受け流すだけっつっても、そいつの相手はしんどいだろ。俺と交代して、今のうちに休んどけ」
「ええっ!? まだっ、私っ、いけるっ、っぽいよ!?」
「バーカ、走るだけだと俺の方が鈍っちまうんだよ。それにほら、いい加減エルデラドの奴らも、空に対応できるような戦力を準備する頃合いだ。それなら休憩中だったとしても、多少の刺激にはなんだろ。まあ、本当に気持ち程度の刺激だろうけどさ」
「そういうっ、事ならっ、了解っ! じゃっ、一二の三でっ、交代でっ!」
「あいよ。い~ち、に~の―――」
「―――さんっ!」
絶妙なタイミングで悠那と入れ替わり、キラの長剣による一撃を撃砕で弾く刀子。その後もキラが繰り出す連撃を払い続け、悠那がそうしていたように、バック走をしながらの器用な戦いを開始する。
「ふい~、良い汗かいたな~」
「お疲れ様、悠那。はいこれ、タオルよ」
「ありがとう! ふわ~、生き返る~!」
「フフッ、今のうちに体力を回復させてね」
結界を張りながら走る千奈津よりタオルを受け取り、走りながら汗を拭う悠那。この光景からも分かるように、悠那達にとって走り続けるという行為は、最早標準的な事となっていた。この速度で走るだけでは疲労はまず溜まらず、ほぼほぼ立つ座るなどといった行為と同義レベルなのである。悠那ともなれば走りながら熟睡するという、リリィじみた事もやれるかもしれない。
「千奈津ちゃんも疲れてない? ずっと魔法で障壁を作り続けているんだよね?」
「ううん、この程度なら全然平気。レベルアップしてから魔力を温存できるようにするスキルを取ったし、あの時の鍛錬に比べたら何もしていないに等しいわ」
「あ~、あの時はすっごくやり甲斐があったもんね。でも、あまり無理はしないでね? もしもの時は、地上に降りてその分私が頑張るから!」
「了解、それじゃあその時はお願いしようかしら」
まるで日常の一コマのように、千奈津の心は穏やかだった。普段の日常がアレ過ぎるせいなのか、むしろ今の方が彼女にとって平和なのかもしれない。
「それにしても、あのキラさんは何なのかしらね? 私達を追いかけて攻撃を仕掛けて来るけど」
「ルールには記載されてないけど、師匠曰く、エルデラドに対するハンデの一つらしいよ? 仲間がいつも仲間だとは思うなかれ。時に仲間というのは、最大の敵となり得るものなのだー。とか、そんな事を言ってた」
「それ、デリスさんの個人的な経験談がかなり入ってる気がするわ。主に冒険者時代の」
千奈津の予想はいつも的を射ている。実際、デリスは敵よりも味方に振り回される事の方が圧倒的に多かった。
しかしながら、キラの存在は三人にとって、決して無視できるようなものではなかった。悠那と千奈津、そして刀子のうち、最も彼の近くにいる者を追いかけ、剣による攻撃を放つ。国境を出発して以降、キラはこの行為を休む事なく繰り返していた。攻撃自体は単調なのだが、見た目以上に範囲が広く、その上威力が凄まじい。悠那と刀子が相手をしているとはいえ、そんなキラを連れて要塞の中を通ってしまえば、敵兵を巻き添えにしてしまうかもしれない。それは巡り巡って、ルールその三に抵触する恐れがあった。よって千奈津はいっその事、要塞を丸ごと無視する策に打って出たのだ。
結果、悠那達はエルデラドの隠し玉であった地雷攻撃を見事に防ぎ、そのまま空へとおさらばする事に成功。ちなみにあの攻撃を防いだ千奈津は、そういった事も起こり得るのではないかと、ある程度予想をしていたらしい。やはり的を射ている。
「あと、顔がないのも気になるよね。私、あの声をどこかで聞いた事があるような、そんな気がするんだけど…… うーん、どこだったかな?」
「あ、あの不気味な叫び声を?」
「■■■■ッ!」
「ハハッ、元気だなぁおい! 頭がねぇのにどっから声出してんだよ! 気合い入ってんなぁ!」
二人の背後より刀子とキラの叫び声が聞こえて来た。何度聞いてもキラの言葉は聞き取れず、気味の悪さしか感じられない。但し、音の発生源は何となく掴む事ができた。
「……首のところから、かしらね」
「えっ?」
「ううん、こっちの話。残念だけど、ちょっと私には分かりそうにないみたい。会話も試みようにも、私達の言葉に反応している様子もないのよね。ところでキラさんの強さ、実際に打ち合ってみてどうだった?」
「とっても強いよ。今はヴァカラさんにそう指示されているからなのか、正面からの単純な攻撃しかしてこないけど…… それでも強いって分かっちゃう。少なくとも、私以下って事はないんじゃないかな?」
「まあ、そうよね。順位が三十一位のアンデッドの人も、ほぼほぼ互角だったもの」
「うー。こんな事なら、お城でも相手をしてもらいたかったんだけどな~。昨日入れ替わり戦を申し込むつもりで、お掃除ついでにキラさんを探してたんだけど、その時は全然見つけられなくって」
「そうなの? そういえば、最初に入れ替わり戦をやった時もいなかったわね。今日だって姿を現したのは、出発寸前になってからだったし…… ヴァカラさん、そんなにキラさんの存在を隠したかったのかしら?」
「サプライズプレゼントって事かな?」
「この場合、とんだサプライズだけれどね。ネル師匠が足手纏いとか呟いてたの、今になって理解したわ…… っと。悠那、お客さんが前にいるみたい。お願いできる? もちろん、殺傷は禁止よ?」
「オッケー! クールダウンがてら、全力で退けるね!」
「おい悠那! 邪魔になるようだったら、もう少し下がって距離取るか、俺らっ!?」
「ううん、大丈夫! 全部そこまで行かせないから!」
前方より迫るは紫の雷。対して悠那はドッガン杖を一旦ポーチにしまい、両手に魔力を集中させていた。




