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第482話 戦争遊戯

「宣戦、布告だと……!? ふっ、ふざけるなっ! 我がエルデラドと貴様のカーマインは、もう数え切れぬ年月を戦いに費やしてきたではないか! 何を今更、そのような世迷い事をっ!」


 エルデラド大帝国の皇帝、ティトス・エルデラドは激怒した。帝国長年の仇敵であるヴァカラが目の前にいるという起こり得ないこの状況に、未だ困惑しているのは確かな事だ。しかしそれ以上に偉大なる国の王として、如何なる相手、如何なる時であろうと見下される事だけは、彼のプライドが許さなかった。不可侵の領域を侵された狼藉もまた、彼の怒りに拍車をかけている。


「戦い? ああ、この国の兵士共が事ある毎に、我が国へと不法入国をしようとする、アレの事か? 言っておくが、あんなものは戦いではない。貴様らは身勝手な行動を取っているだけで、我々は淡々と処理を行っているに過ぎん。現に我らの方からこの国へと攻め入ったのは、もう何十年も昔の事であろう? まあ、その時は貴様の父親の代であったがな」

「ど、どの口がそのような戯言を……! 衛兵、衛兵っ! 侵入者がいるぞ! 何をしておる、衛兵っ!?」

「いくら叫ぼうが無駄だ。今この国に、貴様の呼び声に答える者はおらん。このように、な」

「あ……」


 ヴァカラが美女の一人に指差すと、その者は石化したかのように硬直してしまう。デリスにとっては飽きるほどに見慣れた光景だが、隣にいた者達にとっては恐怖以外の何者でもなかった。


「ひ、ひぃっ!?」

「貴様ぁ! 我が女に何をしたぁ!?」

「そう騒ぐな。何も難しい事はしておらん。蒼龍魔法の一つに『アイスエイジ』という魔法があるのだ。広範囲の意識を凍らせる、実に便利な魔法だよ。意識を凍らされた者は肉体も硬直化し、石化したような状態になる。何、心配するな。術を解けば効力は解け、生きたまま直前の状態に戻る。やろうと思えば、無血でこの帝都を制圧する事もできるぞ? 尤も、そのようなつまらない事はせんがな。使うとしても、ここまでよ」

「や、やめ―――」


 そう言いながら、ヴァカラは残りの女達にもその魔法を施す。この場にいる、いや、この帝都内にいる皇帝以外のエルデラドの者達は、これにて正真正銘全員が意識を凍らされてしまった。


「……! 貴様、一体何が目的だ? 宣戦布告など悠長な事はせず、手っ取り早くこの首をもっていけばよかろう。なぜ、このような事を! なぜ、なぜっ!?」

「王様、曲がりなりにも王なら、少し落ち着けよ。ほら」


 目を血走らせながらその場でヴァカラに迫るティトスに対し、デリスが『リフレッシュ』の魔法を唱える。しかしこれは慈悲などではなく、壊れそうな心を正常に保たせるという、一種の嫌がらせであった。


「……クッ!」

「なぜと問うのであれば、答えてやろう。ワシは弱者に対し全力を出す類の獣ではないし、決してお主を馬鹿にしている訳でもない。ただワシは、心より遊戯を楽しみたいだけなのだ」

「遊戯、だと?」

「今回ワシが直々にこの場所へ足を運んだ目的は、貴様の危機感を最大限に煽りたかったのが一つ。そして二つ目、宣戦布告と同時にこのゲームのルールを共有したかった。よく聞くが良い」


 ヴァカラはカーマイン、エルデラドの戦争的遊戯を一方的に告げ始める。


 ルールその一、この戦争は一週間(明日零時より開始)で終結するものとする。


 ルールその二、勝敗の条件はエルデラドの皇帝、ティトス・エルデラドの生死を以て判断。期間内にティトスの死が確定すれば、カーマイン側の勝利。逆に期間内にティトスが生き残れば、エルデラド側の勝利とする。


 ルールその三、カーマインは帝都の襲撃時にのみ殺傷を可能とする(殺傷をしない範囲での自己防衛はどこでも可)。具体的には帝都周辺の防壁より1km範囲までが襲撃可能範囲。期間内にそれ以外の領土への攻撃は違反とし、その時点でカーマインを敗北とする。但し、ティトス・エルデラドは期間中、攻撃可能範囲となる帝都内にいなければならない。ティトス・エルデラドが範囲外から出た瞬間、エルデラドを敗北とする。


 ルールその四、エルデラドの防衛戦力は無制限、カーマインは選出した四名のみを戦力とする。それ以外の戦力は、この戦争中自国の防衛以外には運用しない。


 ルールその五、カーマイン側の戦力は必ず自国の領土内から出陣、更には国境を通り進軍するものとする。また進軍の際、風系統魔法での転移を禁止する。


 ルールその六、戦勝国は敗戦国を好きに扱って良い。この点に特に制限はないものとする。


「―――と、そんな感じである。寛大なワシは質疑応答を受け付けよう。何かあるか?」

「明日からだと!? 唐突であるにしてもほどがある! それになんだ、このふざけた内容は!?」

「だから落ち着けって、王様。別に唐突でもないし、俺達だってふざけてなんかない。あとさ、エルデラドにそれを言う権利があるのか? お前んとこのエルデラドの兵士なんて、予告もなしに攻めて来るだろうが。超大国にしては考えが甘いと思うんだがね。思慮深くわざわざ予告をして、王自ら説明をしに来るカーマインを少しは見習ってほしいものだ」

「な、何だとっ!?」


 見る見るうちにヒートアップする皇帝、一方何だかんだでデリスはノリノリであった。人間、責任が伴わないと分かると、それなりにエンジョイしてしまうものである。


「ああ、そういえば紹介がまだであったな。彼はワシと同じ大八魔である『堕鬼』リリィヴィアの部下、黒君だ。彼はワシの友人の一人でな。此度の戦争で選出するこちら側の戦力には、彼の部下、つまるところリリィヴィアの部下の部下が数名組まれる事になっている。まあ、カーマインの客将というやつだ」

「私の部下がお世話になるよ。頑張って王様の首を取らせるから、ティトス君も頑張って抵抗してくれよな!」


 気さくな挨拶は基本。


「……部下の部下、だと? 要は末端の末端、しかもカーマインの戦力でさえない者達が、このエルデラドの全戦力を相手するという事ではないかっ! 舐めるのもいい加減にせいっ!」

「だから、これっぽっちも舐めてないって。貴国に対する正当な評価だ。ちゃんとゲーム…… コホン、失礼。戦争として成り立つように、私とヴァカラが頑張って調整したんだ」

「うむ。ティトスよ、貴様にとってはまたとないチャンスではないか。通常の戦闘行為では手も足も出ない貴様の国が、我が国に勝てるかもしれないのだぞ? これだけの好条件を揃えてやったのだ。怖気づいて断るような貴様でもあるまい」

「それでも自分の命が大切ってんなら、断ってくれても別に構わない。その時はルール無用の貴国スタイルで、カーマインとうちの部下達がこの城目掛けてお邪魔するかもしれないけどな」

「うむうむ。或いは今日のように、我々が直接貴様の下に出向くかもしれんなぁ」

「ぐぬ、ぐぬぬぬ……!」


 最早それは交渉などではなく、脅しも同然のものだった。デリスとヴァカラは全てを理解した上で、楽し気にティトスを煽り立てる。


(この痴れ者共め。そのような口約束に、我の命を懸けろとほざくか……! 確かに条件としては有利も有利、エルデラド側の為にあるようなルールだ。しかし仮にエルデラドが勝ったとしても、貴様らがそんな約束は知らないと恍ければ、それがまかり通ってしまう! それでは単に、我が命を危険に晒しているだけではないかっ! だ、だがしかし、これを断れば、ううむ……!)


 嗤う二人の悪魔を前に、ティトスは熟考に熟考を重ねる。如何に考えようと、選択肢が与えられていようと、皇帝としてのプライドが邪魔をしようと、生き残る為の道が一つしか存在しないのは明白だ。この場面の最後に、彼がこう答える事は最初から決まっていた。


「……分かった。この条件での交渉を受け入れよう。明日より一週間、一週間生き延びれば良いのだなっ!?」


 デリスとヴァカラは顔を見合わせ、不敵に口端を吊り上げるのであった。

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