第50話 馬車端会議
馬車に揺られる事、小一時間。この中は思いの外快適で、座りっぱなしで尻が痛くなるなんて事は、今のところなっていない。
ハルと千奈津は馬車の小窓から外を眺め、あれは何だやれ人が手を振ってくれたと、初めて電車に乗った子供のように楽しんでいる。いや、この世界の外に出たのも、馬車に乗るのも初めてだろうから、正しい反応なんだろうけど。
カノンとムーノ君は馬を操る御者として先頭に座っている。団長であるネルを乗せているせいか、カノンはかなり緊張した様子で、一方のムーノ君はなぜか輝いていた。こう、瞳や纏うオーラ的なものが。何なんだろうな、あれ。騎士団の誉れ的な結晶、なんだろうか? やはりムーノ君はひと味違う。
で、問題のネルなんだが…… 始めのうちは俺と視線を合わせようともしなかった。普段口数が少ないタイプであろうダガノフ老が只ならぬ空気を感じ取ったのか、場を和まそうと色々と話題を振ってくれた。2度目となる助け舟に俺は乗っかる形となり、時たまネルにも会話の種の振りながら場繋ぎを試みると、その苦労もあって、ネルも少しはいつもの調子を取り戻してきてくれた。
「そういえばネルさん、まだ行先と遠征内容をお伺いしていなかったのですが、結構遠いんですか?」
「あ、そうです。私もまだ聞いていません」
ふと、ハルと千奈津がそんな事を聞いてきた。
「まだ言ってなかったっけ?」
「私からは言ってないわね。うん、ダガノフお願い」
あ、説明が面倒だから部下に振りやがった。
「では、僭越ながら私めが。これから向かう先は我らが魔法王国アーデルハイトと、西の隣国タザルニアの国境近くです。付近の砦から先日知らせがありましてな。何でも別々の魔王を自称する、2つのモンスター集団が現れたと」
「自称魔王さんって、2人もいるんですか? 私、てっきり1人だと思っていました」
「大丈夫よ、大して変わらないから」
笑顔でネルがそう言いのけるが、一般的な感覚で述べれば結構な一大事である。この大陸に本物の魔王が現れた影響もあるんだろうが、自ら名乗りを上げるともなれば、それだけの知能があるいい証拠だ。同種族を率いて近隣の村々を襲いでもすれば、常駐する兵士などでは対処し切れないだろう。ましてや、今回は近くに砦があるのに応援要請がきた。それだけ状況はひっ迫している、と俺は予想している。
「その知らせによれば、魔王を自称するモンスターの種族はオークとゴブリン。恐らくは、上位種であるオークキング、ゴブリンキングが軍団を率いているのかと…… モンスターの集団の中には亜種族やオーガなどの別種族も混じっているようでして、油断は禁物です。現在はそのどちらもが、軍勢を率いて移動中との事」
「種族が異なる自称魔王が2体…… 争わない訳ないよなぁ」
「ええ。他種族の臭いに誘われてか、両者とも互いの存在には気付いています。ただ、2つの集団が衝突するまで、まだ数日は掛かる見込みです。私達の到着には間に合うでしょう」
ネルの事だから、各個撃破よりぶつかった後にまとめて撃破を狙いそうだ。
「せっかくの遠征でデリスもいる事だし、先に戦場のど真ん中に陣取ってしまいましょうか。獲物が入れ食い状態でお得よね」
「「え?」」
「それ、とても良い案だと思います! オークとゴブリン、そのどちらとも戦えますね!」
「「え?」」
ネルとハルの作戦に、千奈津とダガノフ老が戸惑っている。そっかー、ぶつかる前どころかその中心地に予め陣取っちゃうかぁ。俺もまだまだ勉強不足だったようだ。うん、面白い。
「ちなみに、モンスターの上位種や亜種っていうのは?」
「あー…… まず上位種ってのは、ある程度まで成長したモンスターが進化した個体だ。普通、モンスターのステータスは見る機会はないんだけどな、調教師や召喚士って職業の奴はモンスターを従える事ができるんだ。その時に鍛えたモンスターが、上位の種族に進化する事が確認されてる。俺ら人間にはない現象だな」
「へ~、面白いですね。それじゃあ、モンスターには私達みたいな職業はないんですか?」
「いや、ある。どうやって入手しているのかは分かってないが、狼みたいなモンスターであれば狩人とか。さっき話に出たゴブリンであれば結構幅広いタイプがいるぞ」
「ええっ、モンスターが職を持つんですか……」
ん? そういや千奈津はまだモンスターと戦った事がなかったか。ハルは前に灰コボルトの集団との戦闘を経験しているから、武器を使ったりもするあいつらを思い出せる分、想像しやすいのか。
「ああ。知り合いの調教師の話じゃ、その職業レベルが上がる段階で進化したとか、そんな事を言ってた。ま、そういう意味では今回の自称魔王は職業レベルが高いのかもな。仮にもキングなら王様だし」
「ま、まあ確かに王様ならそう、なのかな……?」
うん、そんなもんそんなもん。頭から黒煙を出してない分、君はとても優秀だ。
「前にハルが倒した灰コボルトは、茶色の毛並みを持つコボルトの亜種だな。上位種ではないんだが、頭数が少ない分、能力は軒並み上回っている。その地域の気候に適応した種族だとか、そんな風に言われてるかな。灰コボルトの場合は洞窟に生息している事が多い」
「師匠、そろそろ私、頭痛が……!」
おい、我が弟子。深刻な顔してギブアップが早えよ。メモ取る手が震えてるよ。
「ま、まあ調教師関連のスキルを持ってない俺らには、そんなに関係のない話だ。戦っている最中にモンスターが進化する、なんて場面に出くわす訳ないしな。ハルと千奈津が今回やるべきは、兎に角敵を倒す事! それだけに集中しろ」
「はいっ!」
「は、はい!」
実戦絡みの話になった途端に元気を出すハルに比べて、千奈津はやや緊張気味。だが、昨日ネルから見せてもらった千奈津のステータスを見た感じ、そこまで心配はしてない。なかなかに野心家な面もあるらしいし、慣れれば大丈夫だろう。
「ちょっと、チナツの指示まで何でデリスが出すのよ。この子は私の弟子でしょ」
ムッとした調子でネルがプレッシャーを放ちながら口を挟んだ。その瞬間、ダガノフ老と千奈津が滝のような汗を流し、馬車を引っ張る馬たちが悲鳴を上げながら暴れ出した。
「うおおっ!? お前達、急にどうしたっ! 反抗期かっ!?」
「ム、ムーノ、これでも何も感じないのっ!? 逆に凄いよっ!」
そんなカノン達の声も聞こえてくる。しかし、やっと本調子に戻ったか。やはりこいつは横暴で威圧的で傍若無人でないと。
「それじゃあ、ネル団長。師匠らしく千奈津に指示を出してやってくれ」
「……あっ、はい! 師匠、どうぞ!」
ハッと我に返った千奈津が、マジマジとネルに顔を向けた。
「コホン…… 見敵必殺、皆殺しにしなさい。目にした敵はことごとく殲滅よ!」
「え、ええぇー……」
「お前、それ俺の命令を物騒に言い直しただけじゃ……」
「全然違うわよ。こう言った方が気合いが入るでしょ?」
やらなきゃ背後から殺される感が増すだけだと思います。まあ、その辺は俺がフォローするとしよう。ネルはネルで戦闘中は動くだろうし、多少は手を貸しても許されるだろう。
「だ、団長、もしやその戦場のど真ん中に陣取る策、私やカノンらも……?」
「当然。安心なさい、これであの子達も大分度胸が付く筈だから」
「……了解であります」
これは、騎士達の方も俺がフォローしなきゃならない流れだろうか? あれ、今回俺忙しくね?
「お、おかしいな。さっきから震えが止まらない……?」
「それは武者震いというものだ、親友!」




