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第478話 紅茶は回復薬

 俺の耳がおかしくなってしまったんだろうか? 何やらヴァカラの口から、インパクトに塗れた発言がぶっ飛んだような、そんな気がしたぞ?


「悪い、今何て言った?」

「じゃから、エルデラド大帝国を滅ぼすのをワシの試練にしようかと考えていての。ここ最近の彼奴ら、頻繁に我が領土に攻め込んで来ていてのう。ワシが出るまでもなく、部下達で対処は可能なのじゃが、煩わしい事に変わりはないじゃろ? ここはお灸を据える為にも、一度ガツンと叩いてやろうと思っておるのじゃ」

「お前、おつかいを頼むノリで何言ってくれちゃってんの?」

「あ、駄目じゃった? ちょいと厳しいか?」


 恍けた顔でアホな事を抜かすヴァカラであるが、こいつの場合冗談ではなく本気で言っているんだろう。どんなに陽気で好々爺然としていても、本質はやはり魔王なのだ。人間の倫理観とか、丸っきり無視している。


「ふぅむ、今日は天気が良いのう。バルクよ、こんな日は日の光を浴びながら茶をすれば、気持ちが良いのではないかの?」

「ああ、そうだな。紅茶が来たら、俺らはそうするとしよう。今から楽しみだ」


 ギルドの長二人は早くも完全に聞かなかった事にして、窓から遠くの景色を眺め始めている。内容が内容である為、長としてのキャパシティを超えてしまったか。俺もできればそうしたい。当事者でなければ無視を決め込みたい。


「駄目とか厳しい以前の問題だろ。難易度だけでいったら、正直今回のマリアの試練の方が厄介だった。第四席以下の大八魔全員が、対マリアの為に助力してくれたくらいだしな。だが、エルデラド大帝国は人間が治める国だ。いくら相手が悪の大帝国だったとしても、人間の国を滅ぼすなんて愚行は、師としてハル達にさせる訳にはいかない」


 つうか、俺の裏工作が流石に間に合わない。灰縄程度の地方犯罪組織ならいざ知らず、エルデラドは規模がでか過ぎる。それに、俺は余計な恨みは買いたくないのだ。自他共に認める、根っからの平和主義者だからな。


「その点は安心せい。事後処理の全てまで任せるつもりはないわい。あくまでデリスらは、ワシら躯国くこくカーマインの一員となって戦列に並んでもらう形じゃて。騒ぎによって引き起こされた全ての責任は、発案者であるワシが全て責任を負う事を約束しよう」

「ああ、それなら話は別だ。早速その線で話を煮詰めようか」


 しかし、同時に俺はリアリストでもある。弟子のハル達が全力を尽くす分、俺は妥協点を見つけて着地させなければならない。世の中を上手く渡っていく為には、平和主義者だってある程度の汚い手は使わざるを得ないのだ。


「おい、聞いたかバルク? あの手のひらの返しよう、あれこそが『黒鉄』じゃ。お主も気を付けるのじゃぞ」

「なるほどな。ああやって大八魔と渡り合っていくのか。黒鉄の手練手管、恐れ入ったぜ」


 なあ、そこ爺さんズ。聞こえない振りをしているんじゃなかったのかい?


「フォッフォッフォ。同族の人間の相手は躊躇するかとも思ったが、その点はまったく気にしないのじゃな?」

「悪人を倒す分にはハルは目を輝かすくらい容赦がないし、塔江晃を手に掛けた経験のある刀子も問題ないだろ。千奈津は不殺でいくかもだが、これもまあ何とかなる。今更種族どうこうで躓くような、軟な育て方はしていないさ。だがヴァカラ、エルデラドを滅ぼすって条件は、些か曖昧過ぎるんじゃないか? あれだけの大国ともなれば、一般兵士の頭数も桁が違ってくるぞ。エルデラド全戦力の殲滅は現実的じゃない。もっと具体的な指標がほしいところだ」

「ふむ、指標とな。であれば、ううむ…… ならば、皇帝の首を取ってきたら試練クリアというのはどうじゃ? 単純明快で分かりやすくない?」

「それ、暗殺もありか?」

「暗殺はなしじゃろー。ワシの軍だって空気を読んで、毎回正面から戦っておるんだし」

「正面から戦うつったって、軍と軍がぶつかる訳じゃないんだぞ? 人数が少ないのなら、人数が少ないなりの戦い方ってものがあるもんだ。そもそもの話、どこをスタートとして想定しているんだよ? まずはシチュエーションをはっきりさせておかないと、作戦もクソもないぞ」

「ならば、こういう案はどうじゃ? ワシの配下を何人か同行させ―――」


 ヴァカラの試練を調整する為に、俺達は互いに案を出し合う。念の為に言っておくが、これは決しておふざけでやっているんじゃない。俺はよりハル達にとって有益となる内容にする為に、ヴァカラはより面白おかしく興味を惹かれる内容にする為に、提案という名の矛を交えているんだ。言わばこれは、試練の前の戦い。ククッ、ヴァカラめ。これも含めて楽しむつもりなんだろうが、その驕りを逆に利用してやるよ。


「わっるい顔しておるのう。歳のせいなのか、何の話をしているのか全く耳に入って来んが、デリスの顔は悪いのう」

「俺も話の内容は不思議と聞こえねぇが、段々と頭が痛くなってきたのは分かる。つか、マジでどうすんだよ、これ…… 不介入を続けて良いものなのか?」

「聞こえないものは仕方ない」


 どうしようもない事とはいえ、バルクは自責の念に駆られているようだ。そこのジョル爺なる者も、少しは長らしく振舞ってもらいたいものだ。


「しかしだな……」

「だってもヘチマもないわい。下手に手を出したら、最悪ギルドがなくなってしまうわ。ならば、顔の悪いデリスに頑張ってもらうしかなかろう。顔は悪いが、奴ならば良い落としどころを見つけてくれるじゃろうて。顔は悪いがな!」


 ……お前、段々と違う意味で顔が悪いって言ってない? 耳だけじゃなくて、目も悪いんじゃねぇの?



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ヴァカラとの交渉を終え、俺達が城へ帰還したのは深夜になってからだった。帰ったばかりではあるが、俺は用意された客室(ネルと同室)のベッドへと倒れ込む。


「「……疲れた」」


 まさかこんな時間まで話し合いが続くとは思っておらず、俺は大変疲弊していた。疲れを知らないアンデッドを生身で相手するのは、これだから嫌なんだよ。結局勉強合宿も有耶無耶になってしまったし、アポなし訪問はマジで止めてほしい。ハルと刀子渾身の紅茶がなかったら、途中で折れていたかもな。何気に薬膳効果があったし、あの紅茶。


「で、何でお前も倒れているんだ? ネルよ?」

「それはお互い様でしょ。デリスこそ、こんな時間まで何をしてたのよ?」


 ベッドに伏す俺の横には、これまた全身うつ伏せ状態のネルがいた。何が原因でそうなったのかは分からないが、見た感じ俺と同じくらい疲れている。


「珍しい事があるもんだ。お前がそこまで疲弊するなんてな」

「その言葉もそのままお返しするわ。ああ、もう。頭いったい……」


 俺達は今日あった出来事を共有すべく、気怠げな口調で説明し合う。どうやらネルの方は、問題児マリアと一日中付き合った為に疲れてしまったそうだ。同席していた千奈津とクラリウスもまた然り、である。うん、まあ、終日マリアアレと一緒にいるのは確かに辛いわ。


「デリスも平和とはいかなかったみたいね」

「ああ、まさか大魔王の方からギルドに訪問して来るとは思わなかった」

「それで、そのヴァカラの試練とやらは上手くいきそうなの? それだけの労力を費やしたのだから、それなりの成果はあったと思って良いのよね?」

「……ソウダネ。俺、頑張ッタヨ」

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」


 大丈夫大丈夫、きっとその時までに未来の俺が何とかしてくれる。だからさ、本日はもうお休みします。良い事をする元気はもちろんない。という訳で、おやすみ。


 ―――修行74日目、終了。

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