第472話 宝探し
クロッカス国内最難関ダンジョン『鋼鉄樹の根』、その最奥に住まう女王蟻を倒し、警護に当たる下っ端の蟻共も綺麗に一掃された。それもこれも、ハルと刀子の連携プレイによるものだ。素晴らしい。これまでの鍛錬を十全に活かした内容で、師匠として鼻が高いよ。うん、高いんだけど―――
「―――ハルよ、何から何までブラックホールに削がせたら、倒しても素材が入手できないよな?」
「すみません! その事をすっかり忘れていました~~~!」
唯一のやらかしポイントを挙げるとすれば、この後に剥ぎ取る筈だったモンスター達の素材まで、ハルのブラックホールが尽くを一掃してしまった点だろう。そう、ロザリーホールの応用によって発生したブラックホール連弾は、勝負を決すると共に素材を持ち逃げしやがったのだ。残念ながら現段階で、吸い込んだものを取り出す事は大変難しい。
「て、敵の亡骸が少し残ってますけど、それは活用できないでしょうか?」
「あー、ブラックホールの削ぎ残しか。一番でかかった女王蟻の体なら、まあ……」
ただ、少しばかり頭を悩ます事柄もありまして。
「旦那、率直に言ってグロいんだけど……」
「刀子、それを言うんじゃない。俺だって頑張って目と心を背けていたんだ」
「だってよ~……」
確かに女王蟻の素材に関していえば、頑丈な甲殻や屈強な牙等々、残っている部分も多い。が、それらを回収する為には、抉れて絶妙にえぐい感じになっている女王蟻に近づかなければならないだろう。あまり言葉に起こしたくはないんだが、敢えて言い表すとすれば、潰れてしまった虫の内部を見せつけられているようなもんで、非常に近寄りがたい状態なのだ。
……まあ所詮は小遣い稼ぎの部分だから、そこまでの失敗ではない。失敗は失敗として学んでもらいつつ、それから選択可能な最善を尽くすとしよう。如何に仲間のミスをリカバリーするかも、生きていく上で大切な事だ。
「仕方ない。残ってる部分のみ保管バッグに入れて、そのままギルドに出すとしよう。解体費用分の報酬は減っちまうが、変にメンタル削りながら作業するよりはマシだろ」
「その、ギルドから怒られないでしょうか?」
「大丈夫大丈夫、むしろあいつらからすれば万々歳だよ。ネルが全部燃やす筈だった素材が、僅かにでも手に入る事になるんだからな。はい、回収回収~」
心の中でクロッカスの解体作業員に謝罪しながら、俺達は使えそうな残骸を回収していく。よし、作業完了だ。
「一先ず、これで目標の第一段階は完了だ。ハルにはモヤモヤを解消してもらう為にも、帰ってから軽い罰を受けてもらう。それで今回のミスの件は完全にチャラだ」
「甘んじて受けます!」
「おう、帰ったら受けとけ。じゃあ気を取り直して、第二の目標の方に取り掛かりますか」
「でかくてすげぇ魔石を探すんだっけか?」
「そ、この辺りなら適当に掘っても、それなりに見つかるだろ。つう訳でお前ら、シャベルとツルハシ、どっちが良い?」
バッグから事前に準備していた道具(黒魔石製)を取り出し、二人に提示する。
「ほ、掘るのか……」
「掘るのだ。世の中、最後は人力で回るものなのだ」
「師匠、私はシャベルが良いです! 武器としても有用だと聞くので!」
「用途は兎も角、オーケーだ。ハルはシャベル、と…… 刀子はどうする?」
「……やるなら条件は同じ方が良い。俺もシャベルで」
む、刀子め、ひょっとしてこれから俺がやらんとしている事に勘付いたか? まあそれはそれとして、刀子にはシャベルをほいっと。
「それなら俺も公平を期す為に、シャベルでやるとしよう」
「師匠、公平とは!? 一体何をする気なんでしょうか!」
妙にワクワクした表情で、ハルがそんな事を聞いてきた。んな顔を作ってる時点で、刀子と同じで問いの答えを理解しているだろ、お前。
「普通に掘って探すだけじゃ面白くないだろ? やるなら楽しく、本気で取り組む工夫が必要だ。つう訳で、魔石探しにちょっとしたゲームを織り交ぜようと思う。題して――― 誰が最強の宝を掘り当てるか!? チキチキ時間限定魔石探しゲ~~~ム!」
「「わ~~~!」」
こんな古典的な発表に、拍手と笑顔を返してくれる無垢な弟子を持って、俺は幸せ者である。ただ、多分だけどもしこれが千奈津だったら、頭上にでっかい疑問符を浮かべていたであろう自信もある。チキチキって何ですか? とか、怪訝な顔をしながら聞き返してきたかもしれない。対してこの二人は、タイトルに最強というワードを入れておけば、無条件でテンションを上げてくれるタイプ。盛り上げ役として、これ以上に扱いやすい奴はいないだろう。
「ルールはどうしましょうか!?」
「負けたら罰ゲームな! これは譲れねぇ!」
「煽っておいて何だけど、お前ら少し落ち着け。ちゃんと説明するし、意見も受け付けるから」
そして予想以上の食いつきとやる気に、おっさんは若干押され気味だ。十代の若さ、侮っていた。
「これからやるのは題した通りのゲームだ。制限時間内で俺達三人はこの場で採掘を行い、発見した魔石の質とサイズで勝負する。幾つでも探し当てて良いけど、提出するのは一つだけだ。依頼達成の報告がてら、判定はフェアに冒険者ギルドに判断してもらうとしよう。制限時間は、そうだな…… 一時間もあれば十分か。ここまでで何か言いたい事はあるか?」
「私はその条件で問題ないかと。あ、でも強いて言えば、私と師匠は『魔力察知』のスキルを持っていますが、刀子ちゃんは持っていない点が気になります。刀子ちゃんが不利ではないでしょうか?」
「はっ! あんまり俺を舐めんなよ、悠那? 俺には『気功術』があるんだよ。気をこう、何か良い感じに張り巡らせれば、魔石くらい直ぐに見つかるってもんだ!」
「な、なるほど……!」
えっと、大事な部分がやけにふわっとしてない? まあ他でもない刀子が了承するなら、俺からとやかく言うつもりはないけど。
「あとは罰ゲームか。負荷の高いトレーニングはハルにとってご褒美でしかないし、家事の類は最初から二人ともやってるから罰にはならない…… よし、ここは勉強合宿の実施とか―――」
「―――異議ありです! その場合、師匠の罰にならないと思います!」
「―――旦那、こういうゲームにずるは良くないぜ、ずるは!」
同時に総ツッコミを食らう俺。クッ、そこまで単純ではなかったか。あと分かったから、その振り上げたドッガン杖と拳を下ろせ。お前らが本気で勝負しているのは、嫌というほど分かったから!
「なら、これならどうだ? 俺か悠那が最下位だった場合、旦那の言う勉強会に参加する。でも旦那が最下位だった場合、リリィ師匠の手料理を腹いっぱい食う! これなら師匠も喜ぶし、罰ゲームとして成立するだろ!」
「おお、お前刀子お前、俺をまた入院させるつもりか……?」
確かに以前、俺も似たような罰を考えた事があったけどさ、アレは不正防止の為に言った、所謂抑止力としての用途だった。本当に罰ゲームとして運用するだなんて、正気の沙汰じゃないぞ。
「師匠、そのくらいのスリルがあってこそだと思います。大丈夫、私の薬膳も成長していますから!」
「料理に使う材料くらいなら、俺が監視しとくからさ。旦那は安心して食ってくれよな!」
「あのさ、俺の胃が破壊される前提で話すの止めてもらって良いか?」
この時、俺は師のプライドを捨てて、全力でゲームに取り組む事を決意した。大人げないって? ハハッ、俺の性格分かった上でそれ言ってる?




