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第468話 ご祝儀

 ―――修行74日目。


 窓から差し込んで来た日の光と共にベッドから起き、床に足をつけてゆっくりと立ち上がる。直立している状態で、体の軸が安定している事を確認。次いで軽く跳躍、これもまた問題なく行う事ができた。ものの試しに黒杖を取り出し、片手で掲げてみても腰には何の違和感もない。むしろ体は軽く、マリアと戦う前よりも調子が良いと思えるほどだ。


「うん、これなら完治と言って間違いないだろう。千奈津の魔法による適切な応急処置、十分な休息にネルの手厚い介護、そこにハルの薬膳料理が加われば、マリア戦での疲労、クワイテットの怪しげな薬の副作用、リリィに負わされた重症をも吹き飛ばすって事か。ありがとう、我が妻と弟子達よ」


 信仰がなくとも感謝はできる。形だけでも拝んでおこうと、俺は手を合わせ、精一杯の気持ちを虚空に示す。 ……よし。


 軽やかな足取りで病室を抜け出し、魔力の流れを頼りにクロッカス城の中庭へと向かう。何やらそこから、ドッカンドッカンと派手に音が響いていたのだ。今この城に滞在する面子で、こんなにも無遠慮にやらかしてしまう者は限られる。


「もー、何でできないのかなー? こんなの指先一本分どころか、髪の毛一本分の魔力なんだよ~?」

「むむむむむ、無理無理ぃ! 死んじゃう、本当に死んじゃうから! こんな怪物倒せないからっ!」

「……何やってんだ、お前ら?」

「あっ、師匠!」

「旦那!」


 ハルに刀子、凸凹三人組が集まる中庭に、なぜかマリアの姿もあった。そしてマリアのセレスティアルゾアのものと思われるリス型分身体が、泣き叫ぶ織田を執拗に追い詰めている。小動物系の可愛らしい見た目な分身体ではあるが、それでも強さは本物だ。少なくとも魔王並みの強さともなれば、織田が敵わないのも自明の理。そしてマリアは呆れ顔を作っている。が、その口元は微かに笑っていた。こいつ、絶対に内心では面白がっていやがるな。


「あの瀕死状態からもう完全回復されたんですね! 流石は師匠、凄い回復力です!」

「うんうん、悠那の言う通りだ!」

「それもこれもハル達のお蔭だ。あ、いや、それよりもアレは何だよ、アレ。何してんだよ? 新手のイジメか?」

「いえ、そういう訳ではないと思うのですが……」

「色々あって織田を鍛えてやろうって話になってよ、今日は俺流の鍛錬法を伝授してやる予定だったんだ。けど、ついさっきマリア師範がここに鼻歌交じりにやって来て、それなら妾が鍛えてあげる! って乱入して、このザマって訳さ。まあ物は試しと思ったんだけど、どうも合わないっぽい」

「マリアと波長の合う奴なんている訳ないだろ…… ん? 刀子、何でマリアを師範呼びしているんだ?」

「リリィ師匠が師匠なら、そのかーちゃんなマリア師範は師範と呼べって言われてよ。リリィ師匠に確認するにしてもいねぇから、今はその通りにしてる」

「マリアさん、それで少し機嫌が良くなったよね」


 んで織田で遊ぶ事で、更に機嫌が良くなったと。さて、どこから突っ込んだら良いものか。本当に好き勝手やってんなぁ、この困った吸血鬼様は。どれ、そろそろ織田に助け舟を出してやりますかね。


「マリア、今はクラリウスとの会談をやっていた筈だろ? こんなところにまで抜け出して来て、会談の方は大丈夫なのか?」

「んー? あ、デリスだ。やっと体が治ったの? おっそ~い、やっぱりもう歳なんじゃないの?」


 フハハ、その通りだ。歳だと分かってんなら、もう喧嘩を売らないで頂きたいのだが?


「茶化すな質問に答えろ」

「ぶー、つまらない返答ありがと! 今は休憩時間なの。椅子に座ってばかりだと、乙女の体に良くないでしょ? だからこうして、女王様の騎士さんを鍛えてあげてるの! ご迷惑おかけしました~って、お詫びの気持ちを込めてね。クロッカスの騎士が強くなって妾も満足する、プラスだらけの名案でしょ? でも想像以上にひ弱でさ、ここの騎士。これじゃあ、妾が従えてる部下の最下級クラスなんですけど!」

「あべうっ!?」

「無理言うな。そこで泣いてる織田は勇者ではあったが、あくまで普通の魔王を想定しての勇者だ。間違っても大八魔の最強クラスと遊べる力はないんだよ。このハルや刀子とは違うんだ、可哀想だろう!」

「うぐうっ!?」

「デリスさん、デリスさん、それ以上言っちゃうと肉体だけじゃなく、織田のプライドまでズタズタになりそうなので、どうか手加減してやってください」


 渕の申し訳なさそうな耳打ちに、俺は織田へと振り返る。む、知らぬうちに吐血までして。マリアめ、なんて酷い奴なんだ。


「それでも世界の人気者、マリアちゃんは諦めません! 弱虫だって叩けば響くと信じて、こうして叩き続けるの! じゃ、そういう事で!」

「ぎゃあ! ままま、またきたぁーーー!?」

「おい、おーい……」


 俺の声を無視して再開される、何の意味があるのかも不明な謎の特訓。ただただ織田がリスにいたぶられるだけである。まあ、頑丈になって根性はつくのかな……


「渕、真丹、お前らにこれを渡しておく」

「はい? ……これ、特訓のスケジュール表ですか?」

「織田君だけじゃなくて、僕達の分も……?」

「ああ、ネルから大まかな話は聞かせてもらった。入院中は何かと時間があったから、織田のついでにお前と真丹の分も作ってみたんだ。時間潰しがてらに作ったものだから、活用するしないは自由にしてくれ。まあ、少なくともハルの鍛錬を真似たり、マリアのご機嫌な鍛錬をするよりかは、断然に効果があると保証しておこう」

「……確かに、これなら一般人な織田にもできそうですね。ありがとうございます。はは、先を越されてしまいましたね。デリスさんが完治したら、織田に合ったスケジュールを作ってほしいと、お願いしようと思っていたところなんですよ」

「なら、ちょうど良かったじゃないか。それに、そんな大したもんじゃないから気にするな。だがまあ、そこまで喜んでくれるんなら、織田とクラリウス女王のご祝儀代わりだと言って、あいつに渡してやってくれ」

「なるほど、これ以上ないお祝いですね。それまでに織田が生きていたら、きっとお約束します」

「うん、生きていると良いな、あいつ」

「えっと、僕達の分まで考えてくれて、ありがとうございます。本当に助かりました。あと、絶対に毎日やって、頑張ります……!」

「ああ、精々頑張ってくれ。お前らの努力次第じゃ、いつかレベル7にも届くかもしれないからな。ま、その前にハル達が異世界への扉の使用許可を得るのが先かもだが」


 凸凹三兄弟用に組んだ鍛錬スケジュールは、ハル達のものと比べて随分とマイルドに仕上げたものだ。危険な行為をできるだけ避けて、地道に経験を重ね少しずつ少しずつ強くなるタイプ、というべきだろうか。それでも数ヵ月もやり続ければ、確実にレベルは上がる筈だ。クロッカスに永住する事を決めている織田にとっては、まあこの程度がちょうど良いだろう。


「ギャーーー!」

「待て待て~♪ 妾からは逃げられないぞ~♪」


 ……さっきも言ったが、生きていればの話だけど。


「ああ、そうだ。ハル、ちょっと入院明けの肩慣らし付き合ってくれないか? この近くに手頃なダンジョンがあるんだよ」

「師匠との共闘ですか!? 是非行きたいです!」

「なら決まりだ。善は急げ、出発は十分後にでも―――」

「………」

「―――と、刀子も行くか、ダンジョン?」

「し、仕方ねぇな~。デリスの旦那が誘ってくれてんだし、俺も行ってやるよ~」

「わっ、刀子ちゃんも一緒だ~。頑張ろうね!」


 俺だって鬼じゃない。そんな捨てられた子犬みたいな目で見詰められたら、そりゃ誘うわ。

9月25日に4巻発売予定&26日発売のコンプエース様よりコミカライズ連載開始ですです。

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